第三十六話 戦闘準備
僕は自室のベッドの上でパチリと目を開く。
「そろそろ、だね」
『あぁ』
僕は体を起こし、戦闘の準備を始める。と言っても、せいぜい武器を身につけるくらいだが。
防具も準備したかったのだが、現状で作れる防具となると金属製になるため僕には合わなかったのだ。僕の戦い方は身軽さが命だからね。
準備ができると、フューが頭の上に飛び乗ってきた。
僕はソルとフューに作ってもらった刀を強く握り締める。
「行こう」
村の防衛線である、有刺鉄線が張り巡らされた柵に向かうと村の男衆は既に集まっていた。村の外の方に目を凝らすと、魔物の集団が見えた。視認できるほど近くまで魔物達は来ていた。
村の男達の方に視線を向けると、皆一様に緊張した面持ちだった。この村は比較的最近出来たらしいので、まともな戦闘経験のある人が少ないのだろう。手にした槍を不安そうに握り、額に汗を浮かべている。
これからの戦闘に怯えを感じている人々を勇気づけるために、父さんが声を張り上げる。
「みんな! 魔物と戦うのは怖いか! 死ぬのは恐ろしいか! あぁ、そうだろう。誰だって痛いのは嫌だし、死ぬのは怖い。だけどな! 俺達はどれだけ怖くても! どれだけ逃げたくても! 戦わなくちゃならない! なぜなら、俺達の後ろには守るべき人達がいるからだ! 愛する人たちがいるからだ!」
怯えていた人達の顔つきが変わる。皆、それぞれの大切な人のことを思い浮かべているのだろう。家族や恋人、友人。そういった各々の守りたい人のことを想い、覚悟を決めたようだ。
父さんは男達の強い意志のこもった目を見て、笑みを浮かべる。
「安心しろ。幸いなことにこの村には俺とソレイユがいる。俺達がAランク冒険者だってことはみんなも知ってるだろ? 俺達がいる限り、誰も死なせない。この戦いが終わったら、全員で、誰一人欠けることなく、盛大な宴を開こう! 美味い飯を食って、美味い酒を飲んで、みんなで馬鹿みたいに騒ごう! だから、あんな魔物どもはさっさと蹴散らすぞ!! この村は俺達が守るんだ!」
『『『オオオオオオォ!!!』』』
男達全員の気合いのこもった声に、体がビリビリと震える。ただの大声ではない、強い感情が乗った声。決意と意思の塊。それは少し離れた場所に居た僕すらも昂らせる。
既にここには戦うことに怯えるだけの村人はいない。ここにいるのは、それぞれが守るべき人のために戦うことを決めた戦士だけだ。
「よし! それじゃあ皆配置についてくれ! 作戦通りに頼むぞ!」
父さんの言葉で、戦士達がバラけていく。魔物達は物量を生かすために村の囲んで攻めてくるだろうから、一箇所に固まっていてはあっさりと魔物の侵入を許してしまう。
みんなが持ち場についた頃には、父さんのいる場所には男達がいなくなった。父さんの戦力ならば広範囲を守れる為、男達は別の場所に行っているのだ。
それは母さんも同じで、むしろ父さんよりも広範囲の攻撃を得意としていて、父さんの担当場所の数倍の広さの防衛を任されている。
「ソーマ、そんなところに居ないで、こっちに来いよ」
父さんが、家の後ろにいる僕を呼ぶ。村人に見つかると面倒だから気配を消して隠れてたのに、父さんにはバレてたか。気配を消すのは上手いと思ってたんだけどなぁ。
僕は少し自信をなくしつつ、父さんの方に歩いていく。父さんのそばまで行くと、父さんは試すように僕の目を見つめた。
「本当にソーマも戦うのか? 強いといってもソーマはまだ五歳だ。本来なら避難すべきだ」
「戦うよ。僕もみんなの力になりたいから」
僕ははっきりと答える。ここで少しでも迷いを見せたなら、父さんはすぐさま僕を避難所まで連れて行っただろう。
「……そうか。なら、俺が言うべきことは一つだな。――死ぬなよ、ソーマ」
「もちろんだよ。まだまだやりたいことはあるからね。冒険者にだってなれてない。だから僕は死なないよ。……じゃあ、母さんの所に行ってくるね」
「おう」
父さんと別れた後、僕は母さんの担当場所に向かった。そこには母さんが愛用の杖を持ち、魔物の方向を見据えながら一人立っていた。
「母さん」
「あら、ソーマちゃん。どうしたの〜?」
「フューを連れてきたんだよ。ほら、あの作戦にはフューと母さんが同じ場所にいる必要があるでしょ?」
僕は頭の上のフューを指さす。するとフューは自分をアピールするようにくねくね動きだした。
「そうだったわね〜。あ、そういえばアレは終わったの〜? フューちゃんのアレ、見てみたいと思ってたのよ〜」
「あぁ、アレね。まだだったから、今やろうか。フュー、お願いできる?」
僕がそう言うと、フューは僕の頭から飛び降りた。地面に着地したフューは集会所を呑み込んだときのように、自分の体をぐんぐん大きくさせていく。
学校の教室くらいのサイズになると、フューは口を大きく開けた。
プップップップップッ!
どこかマヌケな音と共に、フューの口から青い物が次々と吐き出された。
どんどん量産されていく青い物体。その数に反比例するようにフューの体はどんどん小さくなっていく。そして青い物体の数が百を超え、フューが元の大きさになると、青い物体の生産はストップした。
「これは……凄いね」
『圧巻だな……』
「聞いてはいたけど、本当にフューちゃんは凄いのね〜」
僕達の前に広がるのは、大量の青い物体――スライムの大群だった。
「スライムが分裂出来るのは知っていたけど、普通のスライムは出来て四、五体までなのよ〜?」
そう、フューが今やったのは分裂なのだ。分裂と言っても、フューが二匹になったと言うよりも、フューの分身が出来たと言う方が正しい。ちゃんとオリジナルが居るのだ。そのオリジナルが死ねば分裂した個体も死んでしまう。フューと同じように動くが、あくまでフューではないのだ。
『分裂した個体はオリジナルよりも弱くなるとは言え……この数は脅威だな』
「しかも、このスライム全員、フューと同じように全属性の魔法が使えるんだもんね」
僕はオリジナルのフューを腕に抱き、フューが分裂に使った魔力を補充すべく魔力を流し込む。
僕はほとんど魔法が使えないんだし、魔法が使えるフューに渡しておいた方がいいからね。とは言っても、元の容量以上には渡せないんだけど。
「よし、魔力はもう満タンだね。フュー、分裂したスライムを変身させて」
フューがぷるぷると震えると、分裂スライム達の形がぐにゃりと潰れ、さっきフューが森で捕食した鷲型の魔物に姿を変えた。
「じゃあ皆には空から村を襲う魔物の相手を任せる。頼んだよ」
僕が分裂スライム達にそう指示すると、鷲型のスライム達はピィィィ、と高い笛の音のような声で勇ましく返事をし、羽をまい散らせながら一斉に飛び立った。
大空に舞い上がったスライム達は村の上空を優雅に旋回している。
全属性の魔法が使え、鷲の魔物の身体能力まで有する彼らに任せれば空は安全だろう。
「これで大丈夫だね。フューも作戦通り頼むよ? 母さんも怪我しないでね。……それじゃあ僕ももう行くね。」
「ソーマちゃんもソルちゃんも、無理しちゃダメよ〜? 終わったら凄いご馳走用意するからね〜」
「うん、楽しみにしてるよ」
僕はフューを母さんに渡し二人に別れを告げ、村の中央へと向かった。
「さて、と。ソル、身体強化魔法はどのくらい使える?」
『半分程度だ』
「意外と使えるんだね」
『身体強化魔法はどっちかと言うと魔法というより技術と言った方が近いからな。魂への負荷はそれほど大きくねぇんだ』
「なら好都合だ。じゃあちょっと試してみようか。ソル、身体強化魔法よろしく」
ソルが身体強化魔法を使うのを確認した後、僕は全力で地を蹴った。
体に凄まじい風圧を受けながら、僕はぐんぐんと地上から離れていく。家がバスケットボールくらいの大きさに見えるほどの高さになると、ようやく上昇が収まった。
前に初めて身体強化魔法を使ってジャンプした時とは比べ物にならないくらいの跳躍力だ。
着地の大きな衝撃を膝を曲げることで軽減し、着地に成功した僕は冷や汗を流しながらソルに聞く。
「ソル、なんで半分くらいしか使えないはずなのに前より強力になってるの? それもとてつもなく」
『オレが使ったってことを差し引いてもありえねぇ……。お前こそ心当たりはねぇのか』
「重りを付けて筋トレみたいな事をしてたけど……それだけじゃこんなことにはならないよね?」
身体強化魔法は元の身体能力を掛け算するように跳ね上げさせる魔法だから、筋トレすれば魔法の効力は大きくなるが、ここまで常識外れなことにはならないはずだ。
『そうだな……あの馬鹿みたいな重さの重りを付けてた時はオレがこまめに回復魔法をかけてやってはいたが、それは関係あるのか?』
「へぇ、ソルそんなことしてくれてたんだ。優しいね……って! それだ!」
『あぁん? どういうことだよ』
「筋肉って言うのは傷ついた後、その傷を修復することで強くなっていくんだよ。本来筋肉の回復にはそれなりの時間が必要なんだけど、傷ついた筋肉をソルが魔法で治したから、傷つき、回復し、傷つき、回復しっていうのを短い期間に何度も繰り返していたんだ! だからあの短い期間でも何ヶ月分の筋トレをしたことになってたんだよ!」
『元の筋力が跳ね上がったから、こんなことになったってわけか』
さっきの戦闘で気づくだろって言われそうだけど、いつもより調子がいいとは思っていても、それはソルの身体強化魔法のおかげだと思って気にしていなかったんだよね。ソルも多分、魔法をそんなに強くかけてなかったんだろう。
これは嬉しい誤算だ。これからする作戦が随分と楽になる。
魔法の確認も終わり、戦闘前の準備は完全に整った。後は魔物達が来るのを待つだけだ。




