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第二十九話 噴き出す針金

「ふぅ、そろそろ終わりにしましょうか〜。魔力もなくなってきたし〜」


 太陽が傾き、辺りが夕焼けに染まった頃、母さんが息を吐く。


「そうだね。でも一日でこの量だと魔物の襲撃には間に合わないかも……」

『俺達の魂が回復して鉄を出せるようになる前に魔物どもが来るだろうしな』


 僕達の前には針金状になった鉄がくるくると巻かれた状態で大量に置いてある。だが、その量は想定していた量よりもはるかに少ない。

 実は、針金状に形を変えるのは今の僕の魂の状態ではできず母さんに頼ったんだが、そうすると魔力が足りなくなってしまったのだ。


「ごめんなさいね〜。鉄の形を変えたら三日じゃ足りないって言い忘れてたわ〜」


 困ったな、針金を作った後にも作業があるのに……なにか方法を考えないと。


「おぉーい。ソーマー!」


 僕が考えに(ふけ)っていると、遠くから父さんの声が聞こえてきた。父さんは凄い勢いで土を巻き上げながらこっちに来ている。スコップで穴を掘りながら走ってきているのだろう。

 父さんは僕達の前に来ると、スコップを近くに突き刺す。


「ソーマ、穴はこんなもんでいいか?」


 父さんはスコップを取りに戻った後、もう一度僕の所に来て必要な穴のサイズを聞き、そのままスコップで掘り始めてしまったのだ。あっという間に父さんは見えなくなり、後に出来るのは父さんに伝えたサイズ通りの穴。

 あれ? 父さんは左に向かって掘り進めて行ったはずのにどうして右から来たんだろう。


「父さん? どうしてここに?」

「どうしてって、村一周してきたからに決まってるだろ」

「何かトラブルでもあって掘るのをやめて一周してきたの?」

「何言ってんだよ。俺は言っただろ? 一日あれば掘り終わるって」


 父さんは少しドヤ顔をしながら言う。

 確かに言ったけど、ほんとにできるなんて! でも父さんが嘘つく理由なんてないしね。父さんが終わったって言うんならそうなんだろう。


「凄いね……そういえばスコップでの一掻きが異様に大きかった気がするけど、そのおかげ?」

「あぁそうだぞ。こうやってスコップに魔力を通して――」


 父さんはスコップを手に取り、空に向ける。


「スコップの刃の部分を伸ばすように意識しながら魔力で刃を形作ると――」


 スコップの刃の先に、半透明な刃が生まれる。その刃は徐々に大きくなり、やがて元の何十倍にもなる。


「巨大なスコップの出来上がりってわけだ」


 父さんは地面にその大きなスコップを突き刺し、土を掘ってみせる。半透明な部分にもしっかりと土が乗っている。


「ま、元々は武器のリーチを伸ばすための技術なんだけどな。それを応用したんだよ」

「凄いね、魔力にこんな使い方があったんだ」

「おう、すげーだろ! これと身体強化魔法を併用して穴を掘ったんだ」

「なるほど……だからこんなに早く終わったんだね」

「それでも一日中穴を掘るってのはなかなかしんどいな。良い訓練になりそうだ」


父さんは額に浮かんだ汗を拭いながらそう言う。


「ふふふ〜お父さんもお疲れ様〜。ソーマちゃんもソルちゃんもよく頑張ったわね〜。家に帰ってご飯にしましょうね〜」


 母さんの言葉をきっかけに、僕らは片付けをして家に帰ることにした。まぁ、片付けと言っても針金を邪魔にならない所に動かしただけだけど。

 家に着くと、母さんは晩御飯の準備を始めた。父さんは汗を流しにお風呂に行ってしまったので、僕は自分の部屋に戻る。

 自室の扉を開けると、顔に青いものが飛びついてきた。僕はそれがなんなのかわかったので、よけずに顔で受け止める。


「フュー! 今まで何してたの!?」


 フューは顔から降り、部屋の机の上に乗るとシャドウボクシングのようなものを始めた。フューからぼんやりと伝わってくる意思と合わせて考えると、訓練していたと言いたいのだろう。


「訓練? でもなんで……」

『決まってんだろ。コイツも悔しかったんだ。フラムにお前が傷つけられたことが。従魔にとって主人ってのは守るべき存在だからな』


 フューもその通りと言いたげに体を上下に揺らす。


「そっか……ありがとね。フュー。でも今は僕を守るためじゃなくて村のみんなを守るために頑張らないといけない時なんだ」


 僕のせいで村人達が傷つくなんて許せるわけがない。なんとしてでも村の被害は食い止めなくちゃ。

 でも一人で頑張るんじゃなくて、みんなの力も借りないとそれはできない。前にフラムと戦った時だって他の人に頼らなかったからあんな事になったんだ。だから今回は両親だけじゃなく、村のみんなにも手伝ってもらうつもりだ。フューにも、もちろん手伝ってもらう。本人? 本スライム? もやる気だしね。


「フューは魔法が使えるから活躍してもらわないとね……魔法、魔法か……あ! フュー、もしかして鉄とか出せる?」


 フューは僕とソルの莫大な魔力から生まれたんだ。魔法が上手でも不思議じゃない。もし鉄を出せたら、魔力量が大きいフューなら針金の準備を間に合わせることができるかもしれない。

 期待を込めてフューに聞いてみると、フューからできると伝わってきた。


「それじゃあ鉄を針金状にしたりとかは?」


 フュー机の端に向かってもぞもぞと動くと、魔法を発動させる。

 するとフューから銀色の太い糸のようなものがピュルルルルと噴き出してくる。それは地面に落ちるとくるくると円を描くように積み重なっていく。

 未だフューから噴き出し続けるその糸を手に取ってみると、それが糸にしては大きな質量を持つことに気づく。


「もしかして……針金?」

『あぁ、しかも不純物が少ねぇ。いちいち取り除く手間がねぇな』

「すごいよフュー! これで針金の準備が間に合うよ!」


 フューは踊るように動き、喜びを表現する。その間も針金はフューから噴出し続けている。僕に褒められて嬉しくなったからか、凄い勢いで針金を出すので、部屋があっという間に針金で埋まってしまった。


「ふゅ、フュー……ありがたいけど、もうちょっと考えて……」


 フューはちょっとしゅんとして、こころなしか体も小さくなっているみたいだった。頑張ってくれたのに文句を言ってフューを落ち込ませてしまい、罪悪感がわいてくる。


「そ、それにしても本当に凄いね、フュー! 母さんでも純度の高い鉄を出せなかったのに」


 フューから何か伝えたいみたいだが、断片的にしか伝わって来ず、意味が読み取りにくい。


「えっと、セリア、訓練、見た、練習?……もしかしてセリアが魔法の制御の訓練をしているのを見て、自分で練習したってこと?」


 その通りだと言いたいのかフューが跳ねる。


「それならもっと凄いよ! 見ただけで練習してこんなに上手になるなら、ソルに教えて貰ったらどうなるんだろ……ねぇソル、ソルは寝る必要ないから夜は暇だって言ってたよね」


 僕の頭にあるアイデアが浮かぶ。少し酷い考えかもしれないけど、この方法を使えば確実にフューは強くなるはずだ。


『あぁん? 確かに言ったけど、それがなんなんだ。嫌な予感しかしねぇが』

「スライムって睡眠の必要は?」

『……ねぇな』

「だったらさ、僕が寝てる間フューに魔法を教えてあげてくれないかな? フューならソルの声も聞こえるし」

『まためんどくせぇことを……ちっ、イイぜ、やってやるよ。今は戦力が必要だしな』


 心底面倒だという事がよく伝わる声色だけど、ソルは了承してくれた。なんだかんだ言ってソルって結構わがまま聞いてくれるよね。

 フューはソルが教えてくれると聞いて喜んでいるみたいだ。


『ただし、魔物の襲撃が終わって魂も完治したら、オレの魔法の実験に付き合うこと。それが条件だ』

「魔法の実験? 面白そうだし全然いいよ」


 魔導師のソルが思いついた魔法の実験なんて、面白そうじゃないか! むしろこっちからお願いしたいくらいだ。

 よし、話はまとまったし、あとは……


「この針金を片付けないとね……」


 僕は部屋を埋め尽くす針金を見つめる。

 片付けるとは言ったもののどうしようか……これ一本で繋がってるんだよね。これじゃあ運ぶのも大変だし、適当な長さで切ろうか。どうせ後で切って使うものだし。

 僕は針金を持つと、運びやすい長さになるよう、手刀(・・)で針金を切る。


『あぁん? 今何した?』

「何って、手刀で針金を切っただけだよ?」

『手刀だぁ? そんな真似魔法なしで出来るわけがねぇだろ』

「え? 普通できるでしょ。里のみんなもできたし……」


 さすがに木を手刀で斬るのは族長にしかできなかったけど、針金くらいなら誰でも切れるんじゃ?


『それは普通じゃねぇ……』


 ソルが呆れた声で言う。

 普通じゃないのか……確かに学校のみんなは手刀を使ったりしてなかったね。

 少しショックを受けつつ、僕は次々と針金を裁断していき、それらを部屋の窓の外に運ぶ。ここならすぐに運び出せるし、邪魔にならないからね。

 針金の八割くらいを運び終わった頃、台所の方からいい匂いが漂ってくる。晩御飯が出来る前に運び終わらせようと、僕は作業のスピードをあげる。

 すべて窓の外に運び終わって一息ついた頃、母さんが呼びに来た。


「母さん! フューが頑張ってくれたおかげで針金の準備が間に合いそうなんだ!」


 そう言って僕は窓の外を指さす。窓の外は輪っか状になった針金が大量に置かれている。


「まぁ、すごいわね〜!。これ全部フューちゃんが?」

「そうだよ!」


 僕がそう答えると、母さんは目を丸くした。従魔のスライムは弱いっていうのが常識だしね。まして、フューは見た目だけは普通のスライムと同じだから余計に驚いたんだろう。

 フューは母さんのそんな驚いた顔に、どこか誇らしげにしていた。

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