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第二十七話 セリアの両親

 ドアをノックすると、コンコンコンと少し低い音が鳴る。だがしばらく待ってみても返事はない。セリアの反応からして不在ということはないだろう。

 もしかしたら聞こえなかったのかな? 僕はそう思いもう一度ノックしようと手を伸ばすと、セリアの白い手が僕の手を掴む。


「どうしたの?」


 セリアは答えずに扉の横を指さす。その動作で輝きを放つ銀の髪が少し揺れる。あぁ、やっぱり綺麗な髪だな。セリアに見蕩れてしまい、少し遅れてセリアが指さす方を見ると木でできたドアノッカーが存在していた。


「これじゃないと……聞こえない……」


 インターフォンとかじゃないから気が付かなったんだよ。大体前世で住んでた時はドアノッカーなんかなかったし、気が付かなくても仕方ないよね! 僕は心の中で誰に向けたものかもわからない言い訳をする。


『だせぇ』

(う、うるさいな!)


 うぅ、いきなり出鼻をくじかれちゃったな……これじゃいけない。僕は一度両頬をパチンと叩く。よし、今度こそいくぞ!

 今度はちゃんとドアノッカーを使い、セリアの両親を呼ぶ。さっきのノックよりもかなり大きな音が鳴った。

 少し待つとギィィと鈍い音をたてて扉が開く。魔物対策なのか、扉が分厚く作られていたのだ。だから普通のノックだと聞こえなかったんだろう。


「どちら様かしら?」


 出てきたのは茶色い髪の少しふくよかな若い女性だった。決して太っているわけではなく、適度に肉が付いているとでも表現すべきだろうか。

 セリアの母親だけあってとても端正な顔立ちの女性だ。目元がセリアとそっくりだ。セリアと違うのは柔らかな表情で愛嬌があることだろうか。


 その女性はセリアの方を見ることなく、僕の方を見て話しかけてきた。


「突然来てすいません。僕はソレイユとスーノの子供のソーマです」


 あんまり子どもらしくしすぎても話しにくいし、しっかりした子供程度になるように話す。あまりしっかりし過ぎてても変に思われるしね……加減が難しいよ。


「まぁ、あのお二人のお子さんなのね。確かにスーノさん譲りの鮮やかな赤色の髪の毛ね。鼻筋はソレイユさん似かしら? とてもしっかりした子ね。私はイーナよ」


 どうやら僕の態度は変に思われなかったらしい。両親のことを知っているらしく、僕のことを警戒した様子もない。


「それで……ソーマくんはどんなご用事かしら」

「昨日まで僕は風邪をひいていたんですが、その間セリアが僕のお世話をしてくれていたって聞いて……遅くまで僕の家にいてくれたみたいなので、その事でセリアを叱らないであげてほしいんです」


 イーナさんはセリアの方をチラッと見る。


「大丈夫よ。そんなことで怒ったりしないから」

「よかった……あ、セリアのお父さんはいますか? ちゃんと話しておかないと」

「主人ならさっき畑から帰ってきたけど……私から話しておくわよ?」

「いえ、ちゃんと僕から話しておきたいんです。それにセリアのお父さんがどんな人か気になるんです」


 僕がセリアのお父さんと言った時、イーナさんは一瞬顔を曇らせた。やっぱり何かあるんだ。


「しょうがないわね。じゃあ上がっていきなさい。おかしもあるわよ?」

「ありがとうございます!」


 よし、家に入れば何かわかるかもしれない。少しでも情報を手に入れないと……!

 僕はイーナさんに着いていって家に入ろうとするが、セリアが動こうとしなかった。

 

イーナさんと話していて気が付かなかったが、何故か悲しそうな表情を浮かべている。普段無表情なセリアがここまではっきり感情を顔に出すなんて……


「セリア、大丈夫? 入らないの?」


 セリアはふるふると銀の髪を振り、走り出してしまった。


「あ、」


 追いかけたかったが、何故かそれをしてはいけないような気がした。それにここでセリアを追いかけて行くと、イーナさんに不審に思われる。僕が急にいなくなった原因がセリアだとわかったら、怒られるかもしれない……。

 だったら話を早く終わらせてセリアのところに行くしかないね。


 僕は家の中に入った。イーナさんは誰もいない僕の後ろに目をやったが、何も言わずに僕を家のテーブルがあるところまで案内した。


 テーブルのところには、がっしりとした体つきの男の人が座っていた。おそらくセリアの父親だろう。口元がよく似ている。少し怖そうな外見だが、やはりイーナさんと同じく眉目秀麗な男性だった。


 いや、そんなことはどうだっていい。僕が一番気になっているのは彼の髪の毛の色だ。彼の髪色はこげ茶色(・・・・)なのだ。母親のイーナは茶色。父親の髪色はこげ茶色。なのに娘のセリアの髪色は銀色なのだ。



(ねぇ、ソル。こっちの世界での髪色の遺伝ってどうなってるの?)

『……基本的に親のどちらかから遺伝する』

(じゃあ、もしその両親のどちらの色でもない色を持って生まれた子供はどうなるの?)


 そんなことは聞かなくてもわかっている事だ。でも信じたくなくてソルに聞く。僕の予想が間違っていると言って欲しくて。


『十中八九、自分の子じゃないと思われるだろうな』


 あぁ、やっぱりそうか。当たって欲しくなかったな。


『父親は母親の不貞を疑うだろうから家族仲はそりゃ悪くなるだろうよ。この母親のガキに対する態度を見るかぎり、こいつもあのガキのことをよく思っていねぇみてぇだな。まぁ、あのガキが養子だったり、どっちかの連れ子だったりすりゃあ話は別だが』

(それはないだろうね。この二人はセリアに似すぎてる)


 もしソルの言った家庭環境が本当なら、セリアはどれだけ辛かっただろう。自分の両親から実の娘だと認められていないんだ。

 まだ五歳の子どもなのに、これまで親の愛情を一切受けずに育ってきたのもしれない。


「どうしたの? 座っていいのよ? あ、もしかして椅子が高くて座れない?」


 ソルと話していたため、ぼーっと立ちっぱなしだった僕を不審に思ったのか、イーナさんが話しかけてくる。


「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 僕は笑顔を作ってそう返事する。うまく笑えてたかはわからない。僕は五歳の体には高い椅子をよじ登るようにして座る。どうやら子供椅子なんてものはないみたいだ。


「俺はイザギだ。それで、ソーマ君だったな。イーナから話があると聞いたが、どんな話なんだ?」

「はい、僕が寝込んでいる時にセリアが世話をしてくれたんですが、そのとき遅くまで世話をしてくれてたみたいで……遅くまで家に帰らなかったことでセリアが怒られたりするのは嫌だなぁって思ったんです。セリアを怒らないであげてください」


 話しながら、ふとキッチンの方に目をやるとまだ洗われていない食器があった。おそらく朝食に使った食器だろう。

 だがその食器は一組分しかなかった。サイズから見てセリアのものだろう。なぜセリアの食器だけが残っているのか。その答えはすぐに思いついてしまった。


 食事を一緒に摂っていないのだ。バラバラに食べたから、遅くに食べたセリアの食器だけがまだ洗われていないんだ。もしこの推測が当たっていたら……

 セリアはまだ幼い子どもなのに家族と一緒にご飯を食べることすらできていないのか。目の前の二人に怒りが湧いてくる。

 もちろん僕の勘違いかもしれないが、今までの状況から考えると間違っていない可能性の方が高い。


『落ち着けよ。ソーマ』


 わかってる。その怒りを今ここでぶつけても意味がない。むしろセリアに対するこの二人の態度が悪化するだけだろう。僕は奥歯を噛み締め、怒りをこらえる。


「そんなことか。安心しなさい、怒ったりしないから」

「そうですか! よかったです。それじゃあ僕はそろそろ失礼します」


 僕は用意されたおかしにも手を伸ばさないまま、帰ろうとする。これ以上この場所には居たくない。怒りが抑えられなくなるかもしれないから。


「あら、もう帰るの?」

「はい、ちょっと用事があるので。今日はありがとうございました」


 僕はそう言って頭を下げると、早足で家を出た。家を出た後は全力で走りだす。セリアに今すぐ会いたい。セリアのいる場所はおおよそ見当がつく。多分いつもの場所だ。


 そう考えた僕はさらにスピードをあげる。土人形が見える頃になると、セリアがいたとき驚かせないように速度を落とす。そしてしばらく小走りくらいのスピードで走ると、土人形のそばにしゃがみこむセリアが見えた。

 僕はセリアのところまでゆっくりと歩いていく。


「ここにいたんだね、セリア」


 僕はなるべく優しい声を心がけて、セリアに話しかける。

 話しかけてようやく僕に気づいたのか、セリアがゆっくりと顔を上げる。


 僕はセリアになんて声をかけていいかわからなかった。セリアがさっき逃げたのは、自分には冷たい母親が僕に優しくしていたからなのだろう。

 セリアは、どうして自分は優しくされなかったのに僕だけ優しくされたんだ、そんなふうに思っていてもおかしくない。


 そんなセリアに、僕は何を言えばいいんだろう。前世でも今世でも両親に愛されている僕が、かけてあげられる言葉なんてあるんだろうか。


 僕が何も言えず立ちつくしていると、セリアが歩いて来て僕の手を引っ張る。


「魔法……教えて……」


 魔法……か。そういえばセリアは両親に褒めてもらうために魔法を覚えたいんだったね。両親にずっと冷たくされてきても諦めていないんだ。だったら僕も協力してあげたい。セリアが両親に愛されるように、僕も出来ることはなんでもやろう。



 僕はその決意を胸に、セリアのお願いに頷くのだった。

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