第二十六話 クッキー
僕がいつもの土人形がある場所に向かおうとしている途中、こちらに歩いてくるセリアが見えた。いつもの場所は通り過ぎてるけど……どうしてこっちまで来てるんだろう。
「おーい。セリアーー!」
僕は大きく手を振りながらセリアを呼ぶ。セリアはその声で僕のことに気づいたみたいで、小走りでこっちに向かってくる。僕もセリアの方に走っていく。
「どうしたの? いつもの場所にいると思ってたんだけど……」
僕はセリアの息が整うのを待ってセリアに聞いてみる。
「ソーマ……心配……」
「うーん? 僕の体調を心配してくれてたの?。もしかしたら今日は来ないかもしれないから、直接家に行ってみようってこと?」
「ん……」
僕、一日半寝続けて昨日やっと起きたところだったしね。それにその後は泣き出して眠っちゃったし……ってかなり恥ずかしいところをセリアに見られたんじゃ!?
「よしよし……」
そんな僕の心境を知ってか知らずか、セリアは僕の頭を優しくなでる。セリアの最後に見た僕の姿は泣いている姿だったから、慰めてくれているのかもしれない。
でもなぁ……中身は既に大人な僕からしたら、五歳の女の子に頭を撫でられて慰められるのは情けないというか、なんというか……。セリアの気持ちは嬉しいんだけどね。
「ありがと。もう大丈夫だよ」
そんなことをセリアに言うわけにはいかないので、お礼を言う。感謝してるのは本当だしね。
「そうだ。セリアが僕の看病をしてくれたお礼にって母さんがクッキーを作ってくれたんだ」
「クッキー……」
セリアは無表情だけど、心なしか目が輝いているような気がする。これは多分今すぐ食べたいって言うだろうな。セリアは美味しいものが本当に好きだね。
「いつもの場所ならソルが作ってくれた椅子もあるし、食べるならそこがいいよね」
僕はセリアの手をとって歩き出す。しばらく歩くとソルが作った土人形と椅子が見えてきた。歩いている間、セリアの早く食べたいって言う無言の圧力がすごくて大変だった。
僕達は椅子に腰掛ける。
「早く……」
「はいはい」
セリアの催促に応えるべく僕は母さんが持たせてくれた、クッキーが入ったバスケットを膝に乗せ、中からクッキーを包みごと取り出しセリアに渡す。
セリアは待ちきれないという様子で、手早く包みをほどく。
中身のクッキーは様々な動物の形になっていて、しかも色んな味があるみたいだった。ジャムが入っているものや、粉砂糖をまぶしたものなど様々な種類があった。
このクッキーの材料はどうやって手に入れたんだろう。卵とか牛乳を新鮮なまま運ぶのってこの世界じゃ難しいんじゃ……あ、近くに鶏や牛を飼っている人がいるから、その人から貰ったのかな。
「猫さん……」
セリアは猫の形のクッキーをつまみあげ、しげしげと眺める。セリアは猫が好きなのかな。というかこの世界にも猫はいるんだね。ほかの動物もいるみたいだし動物は前世とだいたい同じなのかもしれないな。
セリアはそのクッキーを惜しそうに食べる。可愛いから食べれないとかそういうことは言わないんだね。
「おいしい……」
「それはよかった。母さんもきっと喜ぶよ」
セリアは僕の方にクッキーを一枚差し出してきた。
「くれるの?」
セリアは首をこくんと縦に振る。
「一緒に……」
「一緒に食べようってこと?」
再びその小さな頭が縦に振られる。本当なら独り占めしたいだろうに、わけてくれるなんてセリアは優しいな。
「ありがとう。実は、とっても美味しそうだから食べたかったんだよ」
僕はセリアが差し出してくれたクッキーを受け取り、口の中に放り込む。上品な甘さが口の中に広がり、酸味のある柑橘系のジャムがいいアクセントになっている。
「おいしいね」
「ん……とっても……」
セリアは次のクッキーをかじり、包みを僕の方に向ける。もっと食べていいってことだろう。まぁ、いくらセリアが食べていいって言ってくれてもセリアへのお礼の品なんだから食べすぎるつもりは無い。
「ありがと」
その後、僕らはのんびりとクッキーを堪能した。セリアはクッキーをたくさん食べられて満足そうだった。
無表情ながら幸せそうなセリアに伝えるのは気が引けるけど、これは言わないといけないな。僕はそう思って、セリアに魔物の襲撃について教えようと口を開く。
「えっとね、セリア。何日かの間に魔物がたくさん来るかもしれないんだ。でも僕もソルも、村の大人達もしっかり対策するから心配ないよ。魔物が来たらセリアは安心して避難してね」
もちろん父さんたち大人達からも伝えられるだろうけど、僕から言った方が安心できるかな、と思って言うことにしたんだ。
「大丈夫……?」
「うん、色々考えてる事はあるし、僕の両親はとっても強いみたいだから大丈夫だよ」
「違う……」
違う? 他に心配事なんて……あ、もしかして
「? もしかして僕の心配してくれるの?」
「ん……ソルも……」
「大丈夫だよ。僕もソルもとっても強いんだ。ソルの魔法がすごいのはセリアも知ってるでしょ?」
「でも……」
セリアもまだ五歳なんだから、魔物が怖いんだろう。その魔物に僕とソルが戦うから、酷く心配しているんだろうな。
「大丈夫だって。ゴブリンなんかよりもっと凄いゴブリンジェネラルっていう魔物だって倒せたんだよ? 心配ないよ」
僕はセリアを安心させようと頭をぽんぽんとする。本当はフューが倒したけど僕だって倒せただろうし、いいよね。
「ゴブリン……ジェネラル……」
「知ってるの?」
「ん……図鑑……」
図鑑で読んだってことなのかな? というか魔物図鑑なんてあるんだ。読んでみたいな。
「それじゃあゴブリンジェネラルの強さも知ってるでしょ? それを一発で倒したんだよ? 安心でしょ?」
「ん……」
セリアはまだ少し不安そうだけど、とりあえずは納得してくれたみたいだ。
じゃあ次に話さないといけないことは――
「それでね、今日はセリアの家に行こうと思うんだけど……」
「どうして……?」
セリアは相変わらず無表情だが、一歩後ずさったことから嫌がっていることがよくわかる。それでも、もう見て見ぬふりはしたくないんだ。
セリアはもう僕の大切な人の一人になっているから、そのセリアが苦しんでいるのを放って置くことは出来ない。
「セリアは僕の看病をしてくれたでしょ? その時結構遅くまで僕の傍にいてくれたって聞いたからさ。ちゃんと説明しておこうと思って」
これはセリアの家に向かうための建前だ。説明はした方がいいとは思うけど、絶対必要だと思っているわけではない。
「大丈夫……」
「ダメだよ。僕のためにセリアが頑張っくれたんだからそれでセリアが悪く思われるのは嫌だからね」
少し強引にセリアの家へ向かうことを決定する。セリアの手をとり、セリアの家へと歩き始める。セリアももう諦めたのか、大人しく着いてくる。
そういえば今日はソルが全然喋ってないな……
(ソル、どうかしたの?)
『あぁん? お前とこのガキがせっかく二人きりなんだ。気をつかってやるのがいい大人ってもんだろ』
(な、何言って……ソルまで僕をからかわないでよ!)
『冗談だ。魔物が来る頃にはどのくらい魂が回復するか計算して、どこまでの魔法なら使えるか調べてたんだよ。だから話す余裕がなかっただけだ』
(なるほどね。魂が完治する前に魔物が来たら制限のある中で戦わないといけないのか……ちょっと大変だね)
そんなことを話していると、セリアの家に着いた。僕はセリアの家に入る前に一度深呼吸をする。
よし、行くぞ! 僕は扉をノックした。




