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第二十四話 告白

 僕は森の中ではなく、自分の部屋の中で目を覚ました。窓の外を見ると太陽は少し傾き始めた頃だったので、今はお昼すぎだろう。半日くらい眠っていたみたいだ。

 腹部に重みを感じて目をやるとそこには銀色の生き物がいた。

いや、それはよく見るとセリアの頭だった。セリアがベットの横に置かれた椅子に座り、頭を僕のお腹に乗せて寝ているんだ。


 でもなんでセリアが僕の部屋に?


 そんな僕の疑問を他所(よそ)にセリアは気持ちよさそうな寝息をたてている。起こすのが忍びなかったのでそのままの状態で暫くいると、セリアが体を起こし、目をこする。

 寝ぼけ(まなこ)で僕の方を見て、僕が起きている事を認識すると飛びついてきた。


「うわっ、どうしたの?」

「よかった……よかったぁ……」


 セリアにしては珍しく感情をあらわにしながら僕の胸元に頭をグリグリとする。僕はセリアを落ち着けようと頭を優しく撫でる。それがよかったのか、セリアは少しずつ落ち着いてきた。だけど意地でも僕から離れようとしない。


 僕が困り果てていると、騒ぎを聞きつけたのか母さんが部屋に入ってきた。母さんは僕を見ると走ってきて僕の頭を自分の豊かな胸部に抱き寄せる。ふにょんとした感触が僕の頭を包む。


「よかったわ。目が覚めたのね……」


 母さんはいつもののんびりした口調ではなく、本当に安堵している事がわかる声音でそう言った。

胸元にはセリアが、頭には母さんが抱きついて更に身動きが取れなくなった僕のところに父さんもやってきた。

 父さんは僕の状況をみて呆気に取られていたが、すぐにほっとしたような表情を浮かべた。


「無事に目が覚めたようだな、ソーマ」

「僕はどうして部屋にいるの?」


 この中では父さんが一番落ち着いていたので、僕は父さんに尋ねる。


「一昨日の晩、巨大な炎が林の中に現れたからな。何が起きたのか村の男達と見に行ったら焼け跡の中央にお前が倒れてたんだ。だから部屋まで運んできたんだ」

「そうだったんだね、ありがとう。それじゃあ体の傷が治っているのは?」


 確か僕の体は酷い火傷を負っていたはずだ。なのに今はその跡すら残っていない。


「それは私が治したのよ〜傷は完治したのになかなか目が覚めないから心配したのよ〜」


 いつも通りの口調に戻った母さんが答える。


 なかなか目が覚めなかった? そういえばさっき父さんが「一昨日の晩」って言ってたような……ってことは僕、一日半寝続けてたの!? そりゃ心配するよね……


「そっか、傷は母さんが治してくれたんだね。ありがとう。それで、セリアはどうしてここに?」


「ソレイユさんが……教えてくれた……」


 セリアが僕の胸に頭をうずめたまま答える。


「もしかしたら昨日もセリアちゃんと遊ぶ予定だったかもしれないと思って、セリアちゃんにソーマちゃんの事を伝えに行ったのよ〜そしたらセリアちゃん、看病するって言ってくれてね〜今日も朝早くから来て看病してくれたのよ〜?」


 母さんはやっと僕を離し、父さんの横に立つ。


「そっか、ありがとね、セリア」


 僕はセリアの頭を優しく撫でる。セリアはようやく僕の胸に頭を押し付けるのをやめ、僕の顔を見る。


「ん……」


 そう言うだけだったが、頬がほんの少し赤くなっていることから照れていることがわかる。


「それで、その、倒れていたのって僕だけ? 近くになにかいなかった?」


 あの場にはフューもいたはずだ。もしかしたらスライムだから倒されてしまったかもしれない。そう考え、恐る恐る父さんに尋ねる。


「あぁ、あのスライムのことか?それだったら――」


 父さんがそう言いかけた時、布団がもぞもぞとひとりでに動き出す。そしてその動いている部分から水色の塊が飛び出してきた。


「フュー! そんな所にいたのか!」


 フューは嬉しそうに僕の顔にくっつく。そして満足したのか、僕の頭の上に登る。


 なんだかそこがフューの定位置みたいになっちゃったな……


「そのスライムはソーマのことを守ろうしていたからな。悪い魔物じゃないんだろうと思って連れてきたんだよ」


 僕を守ろうとしてくれてたのか。可愛いやつだな。



 さて、と。状況もよくわかったし、そろそろだね。


 僕は深呼吸を一度してから父さんと母さんをしっかりと見る。


「父さん、母さん。話があるんだ」






 話がある。そう言った僕の真剣さを察してか、フューが僕の頭から降りる。

 よかった。フューを頭に乗せながらじゃカッコつかないからね。


 フューが降りるのを確認したあと再び父さんと母さんの方に目をやると、二人とも何故か嬉しそうだった。


「やっと話す気になってくれたのか」

「え? 気づいてたの?」


 完全に隠せていたと思っていたのに……


「当たり前よ〜私たちの大事な大事な子供なんだから〜」

「と言っても、気づいたのは何か大きな隠し事をしてるってことだけなんだけどな!」


 そっか、気づかれてたのか……必死に隠してたのに、やっぱり親だからかな。


「えっとね、隠してた事ってのはね」


 僕はそこで一度言葉を切る。もしかしたら受け入れてもらえないかもしれない。前世の記憶があって、更に中に別の人がいるだなんて受け入れてもらえる方がおかしい。この先を言ってしまえば二度と元の関係には戻れないかもしれない……


 そんな嫌な考えが脳裏をよぎる。

 でも、僕は決めたんだ。自由に生きるって。僕はもう二人に隠し事なんてしたくない。たとえ受け入れられなくてもそれでいい。隠し続けるよりはずっと――


 覚悟を決めた僕は唾を飲み込み、カラカラになった喉を潤してから口を開く。


「僕には、前世の記憶があるんだ」

「前世の記憶?」


 二人は怪訝そうな顔をしている。突然前世の記憶があるなんて言われても意味がわからないだろう。だから僕は説明を続ける。


「うん。僕には、こことは違う世界で闇野奏魔(やみのそうま)として生きてきた記憶があるんだ。記憶があるっていうのは少し正確じゃないかな。生まれ変わりって言った方が正しいかもしれない」

「生まれ変わり……」


 この世界にも生まれ変わりという概念はあったのか、二人は僕の言っていることを理解してくれたようだ。僕は二人の反応が怖くて下を向いてしまう。だけど話はここで終わりじゃないんだ。僕は下を向いたまま話を続ける。


「それに、生まれ変わった時に違う人の魂も入っちゃったんだ。だから僕の中にはもう一人いるんだ。普段表に出てるのは僕だけど、中には違う人がいるんだよ」

「ソーマの中にもう一人……?」

「魂が混ざったの……?」

「うん。滅多に起きる現象じゃないらしいんだけど、魂が似通っていると稀に起きるらしいんだ」


 僕がそう言うと、二人は暫く口を閉ざした。本当に少しの時間だったけど、僕にはそれが永遠に感じられた。気分は死刑執行を待つ囚人だ。


「ソーマ……」

「ソーマちゃん……」


 僕はビクッと体を震わせる。続くであろう拒絶の言葉を待っていると、不意に体が温かいものに包まれた。

 驚いて顔を上げると、父さんと母さんが僕を抱きしめていた。


「ソーマ……よく話してくれた」


 父さんはそう言って僕の頭をわしわしと撫でる。


「ソーマちゃん。辛かったわね」


 母さんは僕を強く抱き締め、僕の肩に顔をうずめる。


「え……? どうして?」


 全く予想していなかった反応に、思わず疑問の声をあげてしまう。


「ソーマ、たとえお前が何者だろうとお前は俺の息子なんだ。俺はお前を拒んだり、気持ち悪がったりなんてしない」

「ソーマちゃん、安心していいのよ。私たち二人は何があってもソーマちゃんの味方だから」

「でも、でもっ、僕は本当は子供じゃないんだよ? 中身はもう大人なんだよ? そんなのが息子だなんて気持ち悪いよね?」


 自虐的なことを口走ってしまう僕を、二人は更に強く抱き締める。


「気持ち悪くなんてない。お前は俺達の自慢の息子だ」

「気持ち悪いだなんて言わないで。貴方は私達の愛しい子供なんだから」



 目から何か熱い物が流れ出してきた。止めようと思っても止められない。


「ぐすっ、うぅぅ」


 喉からも変な声が漏れだしてくる。まるで泣き声みたいな――――あぁ、そうか。僕は泣いているんだ。中身はもう二十歳を過ぎてるのにみっともなく泣いているんだ。……だけど、悪くない気分だね。今まで溜まっていた何かが流れ出していくみたいなんだ。


 僕はそのまま、五歳の体が限界を迎え眠りにつくまで泣き続けた。





 僕が目を覚ましたのは夜だった。綺麗な二つの三日月がぼんやりと辺りを照らす。食卓の方の明かりがついているので、父さんと母さんはまだ起きているみたいだ。

 そんなことをぼんやりと考えていると、僕のお腹が空腹を訴える。そういえば一日半寝てて更にお昼も食べ逃したから、ほとんど二日間何も食べていないことになる。そりゃお腹が減って当然だよね。


 何か少しでも食べ物を貰おうと明かりのついている方へ向かうと美味しそうな匂いが漂ってくる。僕は足早にその匂いのもとへと向かう。


「おっ、起きたかソーマ」

「ご飯出来てるわよ〜」


 父さんと母さんが笑顔で待っていた。テーブルの上には豪華な食べ物がずらりと並んでいる。


「ソーマちゃんが隠し事を話してくれたから、お母さん頑張っちゃったのよ〜。あ、ちゃんと消化が良くて胃に優しい物だからソーマちゃんも食べられるからね〜」


 まる二日何も食べていなかった僕のことを考えてくれたのだろう。母さんの優しさが嬉しい。


「ほら、早く来いよ。温かい内に食わないともったいないだろ?」


 父さんが僕を呼ぶ。僕はとたとたと走り、テーブルにつく。


「それじゃ、食べましょうね〜」

「あぁ、しっかり食えよ? ソーマ」


「うん!」


 そう答えた僕はこの世界に生まれてから一番良い笑顔を浮かべていたに違いない。それはきっと、父さんと母さんに隠し事をしたままだと決して出来なかったことだと思う。

 二人に話して本当によかった。僕はそう思いながら、母さんの愛のこもったご馳走に舌づつみをうつ。


「とっても美味しいよ!」

「そう、よかったわ〜。あ、そういえばソーマちゃん。ソーマちゃんの中にはもう一人いるって言ってたわよね〜」

「そうだったな。ソーマ、そいつと話すことは出来るか? そいつだって俺達の息子だからな。しっかりと話しておきたい」


 おっと、ソルのことを紹介するのを忘れてたね……


(ソル、変わってくれる?)

『チッ、面倒だな……まぁ仕方ない、か』


 ソルの了承を得た僕は早速ソルと入れ替わる。


「オレがソーマの中にいるやつだ」


 ソルがぶっきらぼうに言い放つ。ソルの少し荒っぽい言葉に父さんは少し面食らったような顔をする。母さんはいつも通りのニコニコ笑顔だ。


「そ、そうか。お前もソーマと同じように前世の記憶があるのか?」

「あぁ、あるぜ」

「だったらお名前を教えてくれないかしら〜?」

「オレの名前はソル=ヴィズハイムだ」

「ソル=ヴィズハイム? どこかで聞いた事があるような……」


 父さんはピンと来ていないようだが、母さんは魔法使いだからか気づいたらしくニコニコ顔を崩し、驚いた表情を浮かべている。


「もしかして、魔導師のソル=ヴィズハイムさんなのかしら〜?」

「あぁ、そうだぜ」


 ソルが少しだけ得意気に言うと、父さんが驚いた顔になる。


「魔導師!?」

「なるほど〜。だからソーマちゃんが魔法を使えていたのね〜」


 えっ、なんで僕が魔法を使えることがバレてるの!?


「魔法? ソレイユ、どういうことだ?」


 父さんが母さんに尋ねる。


「この前ソーマちゃんと手を繋いだ時にね〜左手の親指辺りに魔法の気配を感じたのよ〜」


『魔法の気配? そんなのがわかるの』


 僕はソルに聞いてみる。


(あぁ、わかるぜ。ほら、オレだってゴブリンに触った時に支配の魔法を受けているのに気づいただろ? まぁ、魔法の種類までわかるのは魔法使いの中でも一握りだろうけどな)


 ソルの自慢を交えた説明を聞いて僕は理解する。指輪を貰った日に手を繋いだ時、母さんが首を傾げたのは魔法の気配にきづいたからなんだろう。


 僕に説明をしたあと、ソルはご飯を食べ始める。話の途中なのに……マイペースだね。


「左の親指……そういえばソーマ、じゃなくてソル、その指輪はなんなんだ?」

「ちっ、オレが魔導師だってことよりそんなことが気になるのかよ……ったく、親も子も変わったヤツらだな……まぁいい、これはアゼニマーレとかいう自称神様に貰ったもんだ」

「アゼニマーレ〜? 聞いたことないわね〜」

「というより、どうやって神様なんかに会ったんだ?」


 そりゃあ、そこが気になるよね……普通神様なんて会う機会がないはすだし。


「自称神様に精神だけ呼ばれたんだよ。なんでも魂の融合ってのは危険なんだとよ。だからそれをなんとかするアイテムってことでこの指輪を貰ったんだ」


 ……うん、だいぶ端折ってるけど、大体あってるね。でももう少し丁寧に話してあげればいいのに……


「危険って、その指輪があれば大丈夫なのか?」


 父さんと母さんは心配そうだ。指輪の危険性についても話すべきだろうな。きっと心配されるだろうけど、話さないってのはダメだろう。


「いや、強力な魔法を使い過ぎると危ないらしい。今この指輪は赤色だろ? 赤ってのは魂の崩壊が近いって意味らしい」


 ソルが色々と省略して話す。

 そんな言い方だと父さんと母さんが無駄に心配するだろう!? どうしてそんな言い方するんだよ……


「魂の崩壊〜? 大丈夫なの〜?」


 いつも通りののんびりとした口調のままだが、母さんは真剣に聞いてくる。


「この指輪には魂を治す機能もあるらしくてな。赤色になっても一週間も()てば元通りだってよ。だがその間は魔法を使うのは控えなきゃならねぇんだとよ」


 さっきアゼニマーレに釘を刺されたところだし、魔法を使わないように気をつけなきゃね。指輪が青に戻るまでは魔法の練習も禁止かな……


「一週間ね〜。すごく短いのね〜」


『短いってどういうこと? 基準なんてわからないんじゃないの?』

(魂は自然回復もするんだよ。魂が崩壊寸前までいくと普通は治るまで数十年以上かかるんだよ。下手したら百年以上かかる時もある)


 本来はそんなにかかるのがたったの一週間……とんでもないアイテムなのか、この指輪は。余計にアゼニマーレの怪しさが増してきたね。そんなアイテムを何の条件もなく僕に渡すなんて、どう考えても怪しい。気をつけなきゃね。


 アゼニマーレに対する警戒を改めた僕は、ソルと再び入れ替わり、父さんと母さんとの会話を一晩中楽しみ続けた。ソルには悪いけど、せっかく秘密を打ち明けて父さんと母さんと子供のフリをせずに話せるようになったんだから、色々話をしたかったんだ。

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