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第二十三話 自由

――その後僕は一族の大人達が来るまで泣き続けていたんだ。僕が周りの人と距離をとるのはこのことが理由だよ。誰かと親しくなればなるほど、その人と敵対して殺さなければならない時の悲しみが大きくなる。だったら親しい人なんて作らなければいいんだ」


 ソルは僕が話し終えた後も難しそうな顔をして黙りこくっている。


「まぁ、そんな訳で僕が人と距離を取らないってのは無理かな。どうしても誰かと親しくなるのは怖いんだ。ソルみたいに絶対に敵対できないような存在なら大丈夫なんだけどね」


 僕は笑顔を顔に張り付ける。うまく笑えているかな? 自信ないや。

 ソルは僕の中にいるんだから、ソルを殺すことは出来ない。だからソルとは距離を取らなくて済むんだ。


「くっだらねぇな」 


 ソルは心底馬鹿にしたような目で僕を睨みつける。

 ……くだらない? くだらなくなんてない。僕にとってはこれ以上なく重大なことで、最大の悩みなんだ。


「くだらねぇんだよ、何もかもが。お前は自身に降り掛かった悲劇に酔ってるだけだ」

「そんなんじゃないよ僕はただ、二度とあんな思いをしたくないだけ――」


 ソルの目に宿った鋭い光に僕は口をつぐむ。心を見透かすような目だ。


「それが悲劇に酔ってるって言ってんだよ。なんで親しいやつと敵対することを確定事項みてぇに語ってんだよ」

「それ、は――」

「お前がただびびってるだけじゃねぇか。お前は犬に噛まれてから、犬を避けるようになったガキと同じだ」


 ソルは僕を嘲るように笑う。


「いや、ガキでもいずれは犬を克服するしな。お前はガキ以下だな」


 ソルの見下したような言葉に、目に、顔に、ふつふつと怒りが湧いてくる。


「……勝手な事ばっかり言うなよ! ソルに何がわかるっていうんだ!」


 僕は衝動のままにソルに斬りかかる。冷静さを欠いた、力任せの一撃だ。

 ソルはそんな素人同然の一撃を、半歩横に動くことであっさりとかわし、僕を殴り飛ばす。魔力を纏った拳での一撃を受けた僕は数回地面にぶつかり、ようやくとまる。

 僕は口から流れ出る血を拳で拭うと立ち上がる。


「わからねぇよ。そんな負け犬の考えなんて。前を向くことをやめ、めそめそと過去の事を気にする女々しいヤツの考えなんて、わかるわけねぇだろ」

「うるさいっ! 僕はただ嫌なだけなんだ! 

胸が張り裂けるくらいに痛くて、

心にぽっかりと穴が開いて、

頭が真っ白になる、

あんな思いをしたくないだけなんだ! 嫌な思いをしないように対策することの何が悪い!!」


 僕は再びソルに斬りかかる。ソルが僕の刀を防ごうとした瞬間、僕は刀を手放してしゃがみこみ、ソルの懐に入り込む。そしてソルの鳩尾みぞおちめがけて肘打ちを入れようとするが、それは読まれていたらしくソルは僕の顎に膝蹴りを放ってくる。

 かわせないと判断した僕は、後ろに跳んでその衝撃を受け流す。軽減したとはいえ、かなりの衝撃が僕の頭を襲い、視界がぶれる。


「そうだな。対策するのは悪くねぇよ。だけど、お前のは違うだろ。お前はただ逃げてるだけだ」

「違う! 逃げてなんかない! 親しくなったら辛くなるから、距離をとってるんだ!」


 僕は立ち上がり、ソルに向かって吠える。


「違わねぇよ。お前は過去の失敗を過剰に気にしてるんだ。親しくなったら辛くなる? んな馬鹿なことがあるかよ。そんなふうに考えて、感情にフタをするのは、もう、やめろ。お前だって他人ともっと関わりたいんだろ?」


 そんなはずない。他人と深く関わっちゃダメなんだ。僕は痛みを知っているから、そんなふうに思ったりなんてしない。


「知ったふうな口をきかないでよ!」


 刀をさっきの攻撃で手放してしまったため新たな武器を取り出そうとするが、残っている武器は和麒に御守りとして渡し、そして和麒の命を絶った愛刀だった。僕はそれを取り出し、鞘から刀身を抜く。

 鞘と刀が擦れる音を聞きながら、僕はソルを睨みつける。


 僕が武器を準備するのを待っていたようで、準備が終わると同時にソルが僕の背後に転移してくる。とっさに横に跳び、ソルの首を目がけて愛刀を振るう。ソルはそれを氷の剣で受け、鍔迫り合いの状態に持ち込む。


「お前だってわかってるんだろ! お前は周囲と仲良くなりたがってる! 心を開きたがってるんだ! セリアとかいうガキを気にしてるのがいい証拠だ!」


 ソルが強い口調で言う。


 僕が心を開きたがっている……?


 ソルは剣に込める力を強め、僕は押され始める。このままだと押し負けると判断し、身体能力強化の魔法にかける魔力を一気に増やしソルを吹き飛ばす。


 お互いに距離をとり、それぞれの得物を構える。次の一撃で決着は付くだろう。僕はそう直感した。

 それはソルも同じらしく、最後の一撃の前に僕に語りかける。


「なぁ、もう逃げるのはやめようぜ。そんな必要は無いんだ。お前はやりたいことをやっていいんだ。お前は――――」


 ソルはそこで言葉を切り、駆け出す。僕も同じように地を蹴りソルとの間を詰める。


 ――そしてお互いの武器が交差する。

 ギィィンという激しい音と共に決着がついた。

 ピシッという音をあげながら僕の愛刀にヒビが入る。僕のトラウマの象徴とも言える刀が砕け散り、僕の体から血が吹き出す。そのまま僕は地面に仰向けに倒れる。

 ソルはそんな僕を見下ろし、途中で止めた言葉の続きを言い放つ。


「――自由に生きていいんだよ、ソーマ・・・。過去の呪縛になんて囚われてるんじゃねぇよ」


 その言葉と共に、僕の体に巻き付いていた鎖が、音を立てて崩壊していくのを感じた。ソルの言葉が身体に染み込んでいき、じんわりと温かくなる。


「自由、か……」


 自由に生きる、それはとても難しいことのように聞こえた。事実、今の今まで過去に縛られていた僕にとって、それは大変なことだろう。

 だけどそれは同時に、素晴らしいことのようにも聞こえた。少なくともこのままトラウマを抱えて、自らの行動に制限をかけながら生きるよりは、ずっといいはずだ。

 そんなふうに思わせてくれたソルの方に、僕は首を動かす。


「……ありがとね、ソル」


 ソルには感謝してもしきれない。自分で自分を縛り付けてた僕を解き放ってくれた。真っ暗で窮屈な部屋の中でまるまっていた僕を、明るくて、広い場所へと引っ張り出してくれたんだ。

 僕の感謝の言葉にソルはそっぽを向いた。恐らくソルなりの照れ隠しなのだろう。


 少しずつ意識が薄れてきた。恐らく話が終わったから、アゼニマーレがこの場所を終わらせようとしているのだろう。もうすぐ僕は現実の世界で目を覚ますはずだ。

 僕は真っ白な天井を見ながら、大きく息を吐く。





 ……和麒、僕、自由に生きることにしたよ。今までは和麒のことを理由に逃げていたんだ。ソルに言われてやっと気づいた。だからこれからは何かのせいにしたり理由をつけて逃げるんじゃなくて、自分の意思で、前に進むよ。

 もしかしたら、また親友になった人と戦わないといけなくなるかもしれない。だけど、それを恐れてたら何も出来ない。後悔するかもしれないけど、僕は人と距離をとるのをやめるよ。僕がそうしたいと思っているから。

 それに、親友と戦わないといけない状況なんて起きないようにすればいいんだ。僕がもっと強くなれば、そんな状況ひっくり返せるくらいに強くなればいい。和麒の時だって、僕が一族全員敵に回しても勝てるくらい強かったら、僕らは争わずに済んだしね。

 今思えば冒険者に憧れたのも、自由に生きたいっていう思いがあったからなのかもね。それをソルに見透かされてたのかも。


 僕がどれだけ強くなって、どんな風に生きるのか、見守っててね。


 僕はあの世にいるだろう、和麒に向かってそう語りかける。すると、どこからか和麒の笑い声が聞こえた気がした。僕はその声に安心感を覚えると同時に、意識を手放した。

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