第十七話 夜の森
『まずはフラムの性格だが、フラムはとにかく人間嫌いだ。今までも幾つもの人間の村や町を潰してやがる。あとは、かなりキレやすい。挑発には必ず乗るってほどだ。フラムと戦うならそこを利用するべきだろうな』
「なるほどね。なにか癖とかはある?」
『そうだな、フラムは追い詰められると自分ごと火の魔法で燃やし尽くす。もちろん、ある程度制御して自分へのダメージは減らすんだが、それでもかなりのダメージは受けるぜ』
「自爆か……やっかいだね。それにしてもソル、なんでフラムの事そんなに詳しいの?」
いくらフラムが二つ名が付くほど有名人だからといっても、流石に詳しすぎるよね。
『あぁ、フラムとは何度も戦ってるからな。フラムのことはそれなりに知ってる』
人間の村を潰したりする魔族なんだ。魔王を倒そうとしているソルと戦ったことがあるのも不思議じゃないね。
『あとはそうだな――』
その後もソルからフラムの情報を聞き、作戦を立てる。
「よし、大体作戦は決まったよ。次は武器の準備をしようか」
僕はソルに魔法で作ってほしい武器をできるだけ細かく伝える。刀やクナイなんかの説明は少し難しかったが、なかなか良いものが出来た。前世で僕が使っていた物には流石に及ばないが十分な出来だろう。
ソルに土魔法で作ってもらったのはクナイや短剣が大量、刀が数本、そして長いワイヤーが一本だ。刀を複数本用意したのは、フラムの炎で溶かされたとき用の予備だ。クナイや短剣は前世で習った通り体に隠したが、刀は流石に服に仕込んだり出来ないので空間魔法で収納している。
『これで準備は整ったのか?』
「いや、最後にアレがいるんだよ」
そう言って僕はこっそりと台所に忍び込み、アレをとってくる。
『なるほどな、確かにフラムにそれは効くかもな』
「でしょ? 上手く行けばこれは必殺の武器になる」
準備を万全にした僕達は、武器作成に使った魔力が回復するまで部屋で休息をとった。晩御飯も食べ、腹ごしらえも済ませる。
「そろそろ、だね」
僕はポツリとつぶやく。
『……なぁ。本当にお前の親にも協力を求めねぇのか? アイツらAランク冒険者なんだろ? 戦力になるはずだ』
それは武器の準備をしている最中にも聞かれたことだった。
「さっきも言ったでしょ。父さんと母さんには迷惑かけられないよ。第一どうやって知ったから教えなきゃいけないし、そしたら僕が異常だってこともバレる。」
『んなこと言ってる場合かよ。それに迷惑かけるってなんだ。村が潰されそうになってんだからアイツらにも関係あることだろ』
「とにかく、父さんと母さんの協力はいらない。それじゃ、行くよ」
『……ちっ。わかったよ』
部屋の窓からこっそりと外に出ようとすると、誰かが僕の服を引っ張った。振り返ってみるとフューが僕を見つめていた。
「連れていけって? 危ないからダメだよ。フューは生まれたばかりなんだし」
『本人が行くって言ってるんだから連れていけばいいじゃねぇか。コイツもかなり強力な魔法が使えるし、役に立つ』
フューがその通りとでも言いたげに、器用にファイティングポーズをとる。
「でも……」
『いいから連れて行け。スライムは核が壊れない限り死なねぇし、その核は持つ魔力の大きさに比例して頑丈になる。アレだけ魔力を注いだんだ。そう簡単には死なねぇよ』
「死なない……わかったよ。でも危ないことはしないこと。いいね?」
フューからわかったという気持ちが伝わる。フューは僕の頭の上にジャンプして着地し、早く行こうと僕を急かす。
「そうだね、早く終わらせたいしね」
窓からこっそりと外に出ると辺りは真っ暗で、静まり返っていた。この世界にはランプのような魔道具はあるが、基本的に早寝早起きな人が多い。だからこの時間だと起きている人はほとんどいないのだろう。
風の音だけが響く中、僕は足音を一切出さずに森に向かって走っていた。全力で戦うため、魔法で作った重りは既に外している。
人目が無いため自重せずに走ってきたので、それほど時間がかからずに目的の森に着いた。双子の月に照らされた夜の森は不気味な雰囲気を醸し出している。
前世での訓練のおかげで暗闇には慣れており戦闘に不都合は無いし、恐怖もない。それはソルとフューも同じようで、二人に闇を恐れる様子は一切ない。
「行こうか」
僕は気配を消し、暗い森の中に足を踏み入れる。するとソルが魔法を使った事を感じる。今日かけてくれたのと同じ、匂いをことに漏らさない魔法だろう。ソルに念話でお礼を言い、歩みを進める。
やはり昼間と変わらずに魔物達が見張りをしている。
見つかればすぐさまフラムに伝わるだろうから、慎重に魔物達を始末していく。闇に紛れ、背後から近づき、悲鳴をあげる暇すら与えずに迅速に命を刈り取っていく。
昼間と違い魔物達を倒していくのは、フラムと戦闘になった時に魔物達まで参戦してくるのは面倒だと思ったからだ。だからフラムと戦う前にフラムの配下の魔物は全て消していく。
魔物は、魔力の温存の為に身体強化の魔法以外は使用せず、直接短剣で喉元を切り裂いて倒す。命を摘み取る感覚に嫌悪感をいだくが、まだそんな感情が残っていることに安堵する。僕はまだ殺人鬼ではないのだと。
倒した魔物の数が百を超え、大体の魔物を始末し終えた頃、僕の前方には大きな緑の大きな人型の魔物がいた。ゴブリンジェネラルだ。
僕は他の魔物達を倒した時と同じように背後から奇襲をかけるが、ギリギリで腕で防がれてしまう。僕が振るった短剣はゴブリンジェネラルの腕に浅く傷をつけるだけに終わってしまった。侵入者の発見をフラムに知らせようとしたのか、ゴブリンジェネラルは叫び声をあげようと口を大きく開く。
ゴブリンジェネラルの咆哮が放たれる寸前に、フューがゴブリンジェネラルの口めがけて跳躍し、口を塞ぐ。
ゴブリンジェネラルは突然口の中に何かが飛び込んで来たことに慌てていたが、飛び込んできたものがスライムである事を認識すると核を噛み砕こうとする。
だが、僕が助けに行く間もなくフューがゴブリンジェネラルの口の中で風魔法を発動する。ゴブリンジェネラルは内側から体をズタボロにされ、血とともにフューを吐き出し、地面に倒れ込む。
す、すごいなフュー。風魔法を使ったのも気づかれないようにしたのかな? だったらフューって結構賢いんじゃ……
僕が血で赤く染まったフューを見つめていると、フューはゴブリンジェネラルの体を取り込み始めた。何をしているのかわからなかったが先ほど高い知性を示した為、何か理由があるのだろうと考え、好きなようにさせる。
取り込まれたゴブリンジェネラルはあっという間に溶けていく。フューが魔石まで消化したのだろう、最後には何も残らなかった。
フューは消化が終わると、再び僕の頭の上に飛び乗る。血も完全に消化していたので、僕の頭は血まみれにならずにすんだ。
その後、しばらく探索したが魔物は見つからなかった。恐らくあのゴブリンジェネラルが最後の魔物だったのだろう。
僕はある仕掛けを湖から少し離れた場所に仕組む。この仕掛けが上手く行けばフラムに大きな隙ができるはずだ。少し時間がかかったが、無事に仕掛け終えた。
(それじゃあフラムと戦いに行くよ)
僕はソルとフューにそう告げ、湖のある方に歩き出す。湖が木々の隙間から見えるようになったので、木の陰からこっそりと様子を伺うと、フラムは昼間に見た大きな狼、ノワールウルフの背中に腰掛けていた。
ノワールウルフとは、闇魔法を使うAランクの魔物だそうだ。見る者を引き込むような黒い毛に、銀の模様が美しい。見た目の美しさとその存在感があいまって強大な威圧感となっている。
僕はノワールウルフのその威圧感にのまれないよう、精神を強く保ちながらフラムの後ろ側へと回り込む。
そしてフラムの背中めがけてクナイを三本放ち、同時に刀を構えたまま駆け出す。クナイがフラムに当たる直前、フラムを乗せたノワールウルフが跳躍する。クナイはフラムには当たらずに地面に突き刺さるが、僕はそれに見向きもせずノワールウルフの着地の瞬間を狙う。
ノワールウルフの首を切り落とそうと刀を振るおうとすると、炎の玉が飛んできたため後ろに跳び、それを躱す。
「あたしを狙う馬鹿がいると思ったら、アンタみたいなガキだなんて。でもガキとは思えないその力……アンタ何者よ」
フラムは強い意志を感じさせる紅蓮の瞳で僕を睨みつける。昼間は気が付かなかったが、フラムの額には魔族の証であるツノが生えていた。
「ただの五歳児だよ」
「答える気は無いってことね。いいわ、アンタが誰だろうと殺すから」
フラムはさっきよりも巨大な炎弾を放ってくる。僕はそれを左に跳んで躱し、土の塊を銃弾のように回転させて放つ。
フラムは土弾を腰から引き抜いた剣で切り裂く。その直後ノワールウルフが僕の方に走ってきた。ノワールウルフの突進を横に跳んで躱そうとするが、フラムが放った炎によって阻まれる。
僕は土壁をノワールウルフの前に生み出し、突進を防ぐ。ノワールウルフは後ろに跳び、一度距離をとった。
「子供とは思えない魔法ね。それにこれだけの魔法をバンバン使うということは魔力量も多いんでしょ? もしかしてアンタがあの青い炎を放ったの?」
青い炎とは僕の初めての魔法の事だろう。アレだけ目立ったんだ。フラムが近くにいたのなら気づいていても不思議はない。
「そうだよ」
「そう、目的の方からやってくるなんて手間が省けたわ」
「目的?」
「そうよ。あたしはあの青い炎の使い手を殺すために来たのよ。あの魔法を見たところ魔力量は多いけど魔法の使い方はなってなかったからね。弱い今のうちに潰しておこうと思ったの」
「弱いうちに、か。随分と臆病なんだね」
僕の言葉にフラムは口をひきつらせる。
「ガキのくせに言ってくれるじゃない。そんなに死にたいのなら死なせてあげるわ!」
フラムは今までで一番大きな炎を放ってきた。恐らく込められている魔力も桁違いなのだろう。離れていても熱気を感じる。




