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第百七話 スニーキングミッション

 僕達は皆満身創痍。僕とソルはレオーネに使う魔術の為に魔力を温存しないといけないから、魔道は一切使えない。セリアは魔力切れだ。使えてもせいぜい小さな魔法をいくつかといったところだろう。それはフューも同じだ。


 魔力を使わない戦闘をしようにも、僕の体はボロボロだし、とてもじゃないがAランクの魔物と戦うなんてできない。フューはダメージこそほとんどないが、魔道無しにAランクと渡り合うことは不可能だろう。


 つまりは、敵に見つかれば、待つのは死のみ。今の僕達では逃げることさえ叶うかどうか怪しいのだ。


 それでも僕達は行く。僕達を助けてくれたレオーネを今度は僕達が助ける為に。


 僕達は気配を消して、ダンジョンを進む。幸いにして、気配を消すことが出来ないセリアは猫になってしまった。セリアから発せられる気配は見た目通り小動物のそれなので見つかる可能性は低いだろう。フューはそもそもスライムという弱い魔物だ。今は魔力を使い果たしているので気配もとても弱い。


 唯一問題だったのがレオーネだが、それはフューが体の中にレオーネを入れることで解決した。もちろん消化したりはしない。ただ保管することもできるようだった。もちろん呼吸はできるようにしてある。


 これによってレオーネの気配はフューの弱いスライムの気配に完全に包まれた。代わりにフューは肉弾戦に参加できなくなってしまったが、致し方ない。これで僕以外の気配の問題は解決した。


 だから僕が気配を消せれば、それだけで会敵の可能性はかなり下がる。気配を消すのは僕の得意分野だ。


 僕達は歩く。慎重に、だが素早く。レオーネが力尽きるまでになんとしてもダンジョンの最奥にたどり着かなくてはならない。


 迫るタイムリミットと僕達の命を容易く刈り取る敵がいるという恐怖。この二つに挟まれ、精神がごりごり削れていく。


 と、そこで複数の足音が微かに聞こえてきた。全身に走る緊張をいなし、皆に合図をした。素早く脇道に身を隠し、足音の主たちが通り過ぎるのをじっと待った。僕達が今いるのは人ひとりがようやく入れる程度の狭い道だ。複数の魔物ならこっちには来ないだろう。だから今はただ息を殺していればいい。


 現れたのは立派な武具を身につけたAランクの魔物、オークジェネラルの集団だった。統一された武具のせいで軍隊にも見えるが、訓練された兵達ほど統率は取れていない。

 だが、連携が取れていなくてもAランクの魔物の集団というだけで今の僕達を惨殺するのは容易い。絶対に見つかる訳には行かない。


 恐怖で心臓の動きが激しくなるのを必死に抑える。

 落ち着け。こんな窮地、前世でなら何度だって経験したはずだろ。そして何度だって切り抜けてきた。今回もそうするだけだ。だから、落ち着いて気配を殺せ。


 自分にそう言い聞かせてオークジェネラル立ちが通り過ぎるのをただただ待つ。

 ついに集団の先頭が視認できるまでになった。血走った目を横から眺めながら彼らが気づかないことを祈る。

 そうして耐えること数十秒。集団の最後尾、一番体格の良いオークジェネラルの横顔が見えた。そいつは他のオークジェネラル達とは違い、僕達が隠れている脇道の前で足を止めた。そして何度か鼻を大きく鳴らす。どうやら匂いを嗅いでいるようだ。


 まずい、気づかれたか!?


 だがそのオークジェネラルは首を傾げるとそのまま通り過ぎて行った。


 オークジェネラル達が十分に離れ、近くに他の魔物の気配がないことを確認し、僕達は大きく安堵の息を漏らす。だが、ゆっくりとしている時間はない。こうしている間もレオーネは死に瀕しているのだ。いつその呼吸が止まってもおかしくはない。


「行こう」


 全員が無言で頷いたのを確認し、僕は歩き始めた。正しい道はある程度わかっている。魔物が多い方に行けばいいという法則で今まで進んできて、ある程度の規則性を見つけたのだ。

 とは言っても方向がわかる程度で、次の階層、あるいは最奥までの距離はわからない。ゴールがわからないというのは中々なストレスだ。


「! まただ、みんな隠れて」


 再び魔物の気配を感じた僕達は通路の角を曲がってすぐのところで息を潜める。今度は魔物がこちらに向かってくる可能性もある。その時は奇襲をかけてなんとか倒すしかない。幸いにして、魔物の気配は一つだけだ。

 隠密に優れているのか、気配が極薄いことが気がかりだが、一人だけ気配がわかりやすいということは無いだろう。魔物が単体なことは間違いないはずだ。


 気配が薄いせいで大まかな位置しかわからないが、彼我の距離はもうほとんどないようだ。今顔を出してみれば、魔物の顔が拝めるだろう。


 もうすぐ魔物が僕達が隠れている分岐点にやって来る。そのまままっすぐ行ってくれれば難なくやり過ごせるが、曲がってきたら厄介だ。初撃で決めないと満身創痍の僕達では厳しい戦いになるだろう。


 全員が万が一の一瞬に備え、戦闘態勢に入る。緊張から流れ出た汗が地面に触れる直前、魔物の気配がこちらに曲がってきた。だが、魔物の姿が見えない。気配はそこにあるのに、姿が見えないのだ。

 僕達が困惑している間に気配はずんずん近づいてくる。


「ちっ、くそが! 上だ!」


 ソルの声を聞いてすぐさま上を見上げると、そこには今にも僕達に襲いかかりそうなスライム(・・・・)がいた。魔物は地上ではなく天井に潜んでいたのだ。


 回避は間に合わない。スライムは僕達を溶かそうとしているのだろうから、その体に触れるだけでダメージを負ってしまう。

 このままだと僕達全員がスライムの攻撃を受けてしまう。ならここは──あえて飛び込む!


 僕は地を蹴り、左手を伸ばしながらスライムへと飛びかかった。左手の先がスライムに触れ、強烈な熱に襲われる。僕の血でスライムが薄らと赤く染まるのを見ながら、僕は尚も左手を伸ばす。


「あった!」


 ようやくお目当てのものを掴んだ僕は、それを全力で握りつぶした。直後、左手を襲っていた熱が引いた。

 スライムの体が溶解液ではなくなったのだ。これで驚異はなくなった。だが、スライムの体そのものが無くなる訳ではなく──


「うわっ」


 僕は顔からスライムの死骸を浴びることになった。


「うえぇ、ベトベトだ」

「ハハハ、締まらねぇな。だがまぁ、やるじゃねぇか、咄嗟の判断で核を狙いに行くとはな」

「フューのおかげでスライムの知識は豊富だったからね。すぐに弱点を思い出せたんだよ」


 僕は左手の中にある、核の破片を見ながらそう言った。スライムは核を潰されると死んでしまうのだ。フューが死んでしまわないように、スライムの弱点についてはよく調べてあったのが幸いした。


 あのスライムもまさか溶解液と化した自分に突っ込んでくる奴がいるとは思っていなかったのだろう。核の移動が間に合わなかった。


「それにしても、今のは危なかった……」


 奇襲をかけるつもりが、逆に奇襲をかけられてしまった。相手がスライムだったから何とかなったが、もし違う相手ならあそこで死んでいたことだってありえる。


 それに、今回だって無傷じゃない。スライムの体に突っ込んだ左腕はボロボロで、見るのも痛ましい程だ。肘のあたりまで皮膚が無くなり、指先に至っては薄ら骨まで見えている。


 セリアがリュックからしゅたっと抜け出し、僕の傷を心配そうに見る。前足を伸ばし、なけなしの魔力を使って治癒を施そうとする。


「いや、大丈夫だよセリア。利き腕は無事だし、どうしても治さないといけないものじゃない。魔力はあとに残しておかないと」


 セリアは僕の目をじっと見たあと、柔らかい肉球で僕の足をぽかりと叩いて、リュックの中に戻った。


 その後しばらく行くと、急なカーブを描く一本道に入った。十メートル先が見えないくらいに道が曲がっている。


「……もう敵を避けてはいられないってことだね」

「ちっ、このダンジョンを誰かが作ったっていうなら、そいつの性格は最悪だな」

「仕方ない、一気に通り抜けようか」


 ここをゆっくり進めば、それだけ多くの敵と会う可能性が高まってしまう。最悪、挟み撃ちもありえる。

 ならば全力で走って、敵を通り抜けるしかない。無防備な背中を晒してしまうわけだから、まともに対峙するよりもリスクは高い。だが、僕達には連戦に耐えうる体力もないし、挟み撃ちの危険もある。

 だから、この作戦以外は取れない。


「一二の三で行くよ。一、二の、三!!」


 僕達はいっせいに駆け出した。ただし、足音だけはたてないままでだ。僕は前世の訓練のおかげで足音を立てなくても普段と変わらないくらいの速度で走ることが出来る。


 走り出して数秒後、Aランクの龍骨(ドラゴニックス)(ケルトン)の集団と遭遇した。狭い通路なので、二列になって行軍しているようだ。後ろの方はあまり見えないが、少なくとも十体はいると思われる。

 通り抜けるにしても数が多いというのはかなり厄介だ。更に厄介なことに、龍骨(ドラゴニックス)(ケルトン)のうち、最後尾の何体かは遠距離攻撃ができるようで、弓や杖を持っていた。これでは通り抜けた後も安心できない。


 龍骨人達は、視認できるまで僕達に気づいていなかったようで、慌てて武器を構えた。僕達はそれでも速度を落とさずに走り続ける。龍骨人達の間合いに入る直前、思いっきり踏み切って力のベクトルを斜め上へと捻じ曲げた。

 龍骨人達の上を舞う僕達だが、それをAランクの魔物達が見逃すはずもない。次々と繰り出される武器の数々を体を捻り、時にはフューを引っ張り引っ張られで辛うじてかわす。だが、龍骨人達を飛び越えきる前に、僕の体は重力に引っ張られ始めた。


 龍骨人達の中に落ちてしまう前に、僕はとあるアイテムを取り出し、すぐさま真下に向けて投擲した。するとそのアイテムは爆発するかのように広がった。


「よし、投網はしっかりと広がったね!」


 僕が投げたのは網だったのだ。それも魔物の素材で作られているから、そう簡単にはちぎれないし、斬ろうにも網だから手で抑えて斬る必要がある。勿論これで無力化できるとは一切思っていないが、数瞬の隙は作れるはずだ。


 思惑通り、龍骨人達は困惑し、僕達への攻撃の手が一瞬止んだ。それを利用し、僕は一番手近にいた奴の頭を足場にして再び跳躍した。


「いけるよ! このまま──」


 だが、Aランクもの魔物達がそう簡単に見逃してくれるはずがなかった。僕とフューは背後から巻き起こった熱風に体勢を崩した。


 杖を持った龍骨人が魔法を使ってきたのだ。網は焼き払われ、怒りをその空っぽの目に宿した龍骨人達が僕を睨みつける。

 仲間への被害を考慮しない広範囲の火魔道は、僕達にあたりこそしなかったものの、その熱波をもって僕の喉を焼いた。


「かはっ」


 動きを鈍らせた僕に、容赦なく武器が突き出される。


「くそっ、ソーマ!!」

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