第百六話 レオーネ
本日二話目です。お気をつけ下さい。
『くそが! レオーネ!! ソーマ、早くレオーネを!!』
ソルの声に突き動かされ、僕は地を這いながらレオーネのもとへ近づく。レオーネは龍の息吹に飲まれ、そして龍の息吹が消え去ると地面に倒れ伏せた。その体は黒焦げになっており、原型を留めているのが奇跡だとさえ思えた。
『レオーネ……くそ、この馬鹿が! なんでこんなまねを……!』
「レオー、ネ……! レオーネ……!」
僕は潰れかけた喉で何度もレオーネを呼びながらようやくレオーネのすぐ側に来た。近くで見たレオーネの体は想像を絶するほど酷かった。ところどころ肉が焼け落ちて骨が見え、無事な皮膚は存在していなかった。
最悪の想像が僕の頭をよぎる。それを否定したくてレオーネの心臓に耳をそっと当てた。
「動い、てる……?」
聞き間違いではない。本当に微かな音だったが、レオーネが生きている音が聞こえた。
「ソル……! レオーネは、まだ、生きてるよ……!」
『本当か! 早く治癒の魔法を──あぁくそ! 魔力が残ってねぇ! こんな時に……くそがぁ!』
背中で何かがもぞもぞと動くのを感じた。フューがリュックから出てきたのだ。フューは僕の手をつんつんと続くと、緑色の液体が入った小瓶を差し出してきた。
『そうか、ポーションがあった! でかしたぞフュー! ソーマ! 早くポーションをレオーネに!!』
「う、うん……!」
僕はフューからポーションを受け取り、レオーネに振り掛ける。
「ふぅ……」
治癒の魔法があるから、必要性が薄くて忘れてたけどポーションでも回復出来るんだよね。そもそも僕達が最初に受けた依頼は、ポーションの材料の薬草採取だった……。
レオーネを助けられた安堵から、そんなことを考えていると、再びソルの焦った声が脳内に聞こえてきた。
『おい! 傷が治らねぇ! もっとポーションをかけろ!』
「な、治らない? そんな……」
いや、余計なことを考えている場合じゃない。僕はフューから再びポーションを受け取り、レオーネに使う。
「まだ、足りないのか……!」
フューは既に《亜空間収納》からポーションを吐き出し尽くしていた。僕はそれを次々にレオーネにかけていく。だが傷は一向に塞がらない。
僕は回復してきた僅かな魔力を絞り尽くして《亜空間収納》を使い、ポーションを取り出す。セリアもリュックから出て来て同じようにポーションを取り出した。
これで僕達が持っているポーションは全てだ。
ずらりと床に並べたポーションを次々に使っていくが、傷は一向に塞がっていかない。いや、僅かに回復してはいるようだが焼け石に水という言葉が似合うほど僅かな回復量だ。
ポーションの残りがあと少しという時だった。ソルが魔法で声を出した。
「もういい。ポーションを使うのはやめろ。残りはソーマが使え」
「なに、言ってるんだよ……! レオーネは、僕達を、庇って……! それにレオーネは、最後に、言ったんだぞ!……」
喉はほとんど潰れ、掠れるような声しか出ない。声帯を震わせる度に痛みが走る。だが、言わなければならない。伝えなければならない。
レオーネが炎に飲まれる直前、口にした言葉を。
声にはならなかったが、唇の動きから読み取った、そのメッセージを。
「レオーネは……! 『ソルを頼んだぞ』って! 最期だと、思った時でも、レオーネは、ソルの、事を……! それなの、に! ソルがレオーネを諦めていいはず、ない、だろ……!!」
彼は自分の命が失われようとしている時でさえ、ソルのことを、仲間の事を思っていたのだ。そんな彼が、このまま死んでいいはずがない。
『! そうか、レオーネのやつはそんな事を……。だがな、ソーマ。オレがいつレオーネを諦めるなんて言った。この馬鹿が』
「でも、ポーションを、僕が、使えって……」
『残りのポーションを全部使ったって今のレオーネの怪我の前だと意味はねぇ。怪我が酷すぎてポーション程度じゃ治らねぇんだよ。だから違う方法で治す必要がある。その方法をソーマは知ってるはずだろうが』
僕の知っている回復方法……。治癒の魔法にポーション以外に何が……そうか、ソルはさっきの事を言ってるんだ!
「この都市の、魔術を使う、のか……!」
魔術で姿が変わった時、僕の腹に空いた大穴は綺麗さっぱり治っていた。あの魔術は魂に作用して、体を作り変えるのに近いのかもしれない。それの副産物として傷が治るのではないだろうか。
「そうだ。だが次の魔術まではかなりの時間がある。そこまでの時間、レオーネがもつかはわからねぇ。レオーネが今生きてるのは、神具を発動して生命力を強化してるからだ」
レオーネの右腕に目をやると、確かにレオーネは神具の大剣を握りしめたままだった。注意して見ると体がうっすらと光っているのもわかる。
「気絶したままの発動がどこまで続くか……。神具の効果が切れれば、レオーネが死ぬまで、余り多くの時間は残らねぇ。だから──」
「──だから、このダンジョンの奥にある、この都市の魔術の研究資料を手に入れ、僕達でその魔術を使う」
僕は残ったポーションを全て飲み、ソルの言葉を引き継いだ。
「そういう事だ。時間は無駄にできねぇ。さっさと行くぞ」
「フュー、レオーネを運んでくれるかな」
フューは体を大きくすると、ひらべったくなってレオーネをその体に乗せた。
「それじゃあ行こうか」
そう告げると僕は歩き始めた。その後ろをフューが続く。
セリアも異論はないのか、にゃあと一声凛々しく鳴くと、しなやかに伸びた尻尾をピンと張り、僕の後ろをついてきた。
……ここから先は龍人将軍と出会うまでのダンジョン攻略の比じゃないくらい厳しい戦いになる。全員の魔力はすっからかんで、時間経過による回復に頼るしかない。
僕だって、ポーションを飲んで回復したとはいえ、それは最低限の回復でしかない。正直に言ってコンディションは最悪だ。
そんな状態で、Aランクの魔物が跋扈するダンジョンを進むなんて自殺行為でしかない。
そんなことは、ここにいる誰もがわかっている。なのに誰も文句一つ言わずに付き合ってくれるのだ。その事が僕の胸を温かくし、活力を与えてくれる。
「多分、研究所は近いと思うんだ」
「あぁん? なんの根拠があってそう言ってんだ?」
僕は歩きながら、自分の考えを述べる。
「このダンジョンを作った人は、こだわりがあるんだよ。ほら、強さが変わる時には階段の色が変わったりしてたでしょ?」
魔物が強い場所の色が自然に変わるわけがないんだから、色が変わったならそれは製作者があえてそうしたということになる。
「なのに今回はSランクなんて化け物が急に出てきた。これはおかしいんだよ。そして、龍人将軍は傷を負ってた。多分、何かに襲われて逃げてきたんだと思う。つまり、強さが変わって、龍人将軍がいた場所が近いんだ。龍人将軍が逃げてくるくらいの距離しかないんだ」
そして、恐らくだが龍人将軍はこのダンジョンのボスだと思われる。こだわりのある製作者なら、ボスは一段と強い魔物を用意するだろう。龍人将軍がボスでないとなると、ボスはSSランクの魔物ということになるが、流石にそれはありえないと思うのだ。
そんな考えをみんなに話して見ると、各々から賛同が得られた。
「確かに、SSランクを魔術で縛るのは不可能だ。もしダンジョン内にSSランクなんて居たら、このダンジョンは破壊し尽くされてるだろうからな。修復できないくらい、木っ端微塵だ」
セリアもにゃーと鳴き、恐らくは納得してくれている。
「だから、ゴールまではあと少しなんだよ! だから頑張ろう!」
とはいえ魔物と出会うだけで危険な状況は変わりない。魔力が回復したわけでも、僕の体が万全な状態になった訳では無い。
それでも希望を見つけ、僕達の足取りは軽くなっていた。
「レオーネ、もう少し待ってろよ。オレ達が助けてやるからな……!」




