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第百三話 最悪のタイミング

 レオーネは龍人将軍と剣をぶつけ合っているが、ぼくとフューの援護が無くなり、苦戦を強いられている。

 セリアはそんな二人にゆっくりと近づいていく。


 セリアが一歩足を進める度に膨大な魔力が集まり、物理的な圧力さえも感じさせるほどになった。やがて魔力はセリアの体の周りに収束する。


「……《氷剣姫(ヴァルキリー)の装束(リュストゥング)》」


 絶大な魔力はセリアの体を覆う氷の鎧と化し、そして敵を切り払う剣と化した。

 氷を纏ったセリアは、さながら神話に描かれる戦乙女の様だった。気高く、何者にも犯せない神聖さと、迫力を持っている。

 唯一の相違点は、無表情ながらに目に宿る怒りの炎だろうか。

 透き通るような水色の目は普段よりもより鮮やかな水色になっている。属性眼が発現している証だ。


 セリアが通り過ぎた場所には氷の華が咲き誇り、辺りにはうっすらと霧が満ちる。


「セリア……? どうして剣なんか……」


 セリアに運動神経は無く、近接戦闘はてんでだめだったはずだ。だからセリアにはその訓練なんて一切課していない。


「……ソーマ、私は体を動かすの、苦手。魔法の威力も、ソルには勝てない。私にあるの、魔法の制御力だけ。でも、それで十分。それだけで、私は戦える」


 次の瞬間、セリアは腰を低く落として完璧なフォームで地面を蹴り、龍人将軍に接近した。


「え、……今の、何が──」


 今のはありえない。セリアが実はとてつもなく身体能力が高かったとしても、今のだけはありえない。だって──筋肉が一切動いていなかったのだから。

 筋肉の働き無しに人が動くなんてありえない。外部から力でも加わらない限り──


「フッ!」


 僕の困惑を他所に、セリアは龍人将軍に剣を振り下ろす。その動きは龍人将軍の技量を遥かに上回った、理想とも言える動きだった。


 益々有り得ない。セリアは剣術については全くの素人と言ってもいいはずだ。

 そりゃ、大図書館での知識や、僕が教えた人体の仕組みについての知識はあるだろうから、理想の動きをイメージすることは出来るかもしれないが、イメージ出来ることと実際にやれるということは全くの別物だ。


 それに加えて、セリアの身体能力は並以下。あんな動きができるわけが──


「ハハッ、ったくセリアは無茶苦茶だな! 魔法で体を動かしてやがんのか! どんな頭してやがんだか……」


 魔法で体を動かす? ……まさか! 体に纏わせた氷を動かして、強引に体を操っている!? 動く時に必要な筋肉の動きを、全て魔法で再現している!?

 そんなの無茶だ! 歩くという行為ひとつとっても、幾つもの筋肉が動いている。それを全て頭で理解して魔法を発動する、それも剣術の達人レベルで、なんて人間の頭で行えることじゃない!


 ……だけど、確かにそれしか考えられないかもしれない。筋は通っているのだ。確かにそれなら近接戦闘について素人のはずのセリアがあんな動きをしていることに理由ができるし、筋肉が動いていないことも説明がつく。

 でも、筋肉の複雑でしなやかな動きを氷で再現するなんて……セリアの頭脳は僕の想像を突き抜けて優れているみたいだね。


 ともあれ、剣の達人レベルの動きをするセリアが加わったことで戦況はかなり優勢になった。セリアの膨大な魔力を注ぎ込んだ氷剣は龍人将軍の鱗を確かに切り裂いているし、氷鎧は攻撃を受けると壊れるがセリアの体はたしかに守っているし、すぐさま再生している。


「ははははぁ! どうしたぁ、随分と押され気味じゃあ、ねぇかぁ!」


 レオーネの動きもさっきよりかなり良くなっている。大方神具の力を更に引き出したんだろう。大量の記憶と引き換えに。そんな事を微塵も感じさせないくらい、レオーネは獰猛に笑っている。その笑顔が、僕には痛々しかった。


「くそ、僕も早く復帰しないと……!」


 レオーネの為にも、早く倒さないと。僕はようやく治癒の魔法を発動できるほど回復してきたので、フューと共に治癒の魔法を使い、腹の大穴の修復に取り掛かる。


「フュー、全力で僕の回復を頼む! 一秒でも早く戦場に戻らないと!」


 急がないといけない。レオーネの為だけじゃなく、この戦いは短期決戦しかありえないからだ。セリアが使っているこの魔術は当然のごとく容赦なくセリアの魔力を消費していく。

 セリアの魔力量を持ってしても、あと十分、いや攻撃に使う魔力も考えると八分が限界だろう。


 僕が最低限戦闘に参加出来るようになるまで、あと二分。復帰後六分以内に龍人将軍を倒せなければ、もう勝機はない。


 とにもかくにも早く傷を治さないと。そう考えた瞬間だった。龍人将軍が意地の悪い笑みを浮かべ、僕を見たのは。


「ソーマぁ!」


 セリアが悲痛な声で叫ぶ。


 くっ、こいつ、弱い奴を先に狙うのが有効だって学習したのか!


 全員の意識が僕に向き、僕を守るために動き出した。レオーネは強烈な一撃を龍人将軍に加えて怯ませ、セリアと共に僕の下まで退いてきた。ソルも魔法の準備をしているみたいだ。


 守りが万全になり、龍人将軍の目論見を潰した。そう安堵するが、龍人将軍は一層笑みを深めた。そして大きく口を開ける。

 口の奥にちらちらと見えるのは、真っ黒な炎。僕を狙うように見せたのは、罠だったのだ。大技を放つ隙を作るためのフェイクだった。


「くそがっ! 龍の息吹(ドラゴンブレス)が来るぞ! 逃げ場はねぇ! 死ぬ気で防げ! できなきゃ死ぬぞ!」

「ん、了解!」

「わかったよ!」

「ははははぁ! ここが正念場だなぁ!」


 僕とフューも治癒の魔法を中断して、防御の為の魔法を発動する。ソルは元々準備していた魔法に手を加えるだけでよかったからか、かなり強固な壁を作っていた。セリアはそれに手を貸し、レオーネは僕達の前に庇うように立ち、大剣を振りかぶっている。


 僕達は更に守りを固めようと新たな魔法を使おうとするが──そこで時間切れ(タイムアップ)だった。黒い炎の濁流が襲いかかる。あらゆるものの存在を否定するかのように、燃やし尽くす炎。

 急造の守りは次々に綻びを見せ始め、僕達はそれの修復に全力を費やす。


「く、キツい……、耐えられるかどうか……」


 ここからは根比べだ。龍の息吹(ドラゴンブレス)が止むのが先か、壁が突破されて僕達が燃え尽きるのが先か。文字通り命懸けで抗っている最中、異変が起きた。


 外から体に魔力が入ってくるのだ。防ぎたくとも壁の修復に心血を注いでいる状況ではどうしようもない。


「こんな時に、何が……!」


 魔力は瞬く間に体に広がり、そして未知の魔力が体を犯しきった時、全身が光り始めた。

 目だけを動かし皆を確認すると、魔法を使っていないレオーネ以外は皆、この魔力に抗えなかったようで体が光っていた。


「思い出した……! この感覚、この都市の変身の魔術だ! くそ、なんてタイミングなんだよ!」


 そう嘆くと同時に、自分の体に変化が訪れたのがわかった。それを確認する余裕もなく、龍の息吹(ドラゴンブレス)を防ぎ続けること数十秒、とうとう最後の壁が破れてしまった。体が変化しても集中を絶やすことは無かったが、防ぎきれなかったのだ。


「くっ、耐えきれなかったか……!」


 迫り来る黒炎は、かなりの距離があるのに僕の肌を焼く。僕達の存在を焼き尽くそうとする炎を前にしながらも、僕の心は折れなかった。


 なんとか生き残る術を模索していると、レオーネが動いた。振り返ったままだった大剣を、空間を切り裂く勢いで振り下ろした。その大剣から放たれたエネルギー波とでも言うべき何かは龍の息吹(ドラゴンブレス)と拮抗し、とうとう相殺するに至った。


「ふぅ、なんとかぁ、なったみてぇだなぁ」


 命からがら生き残った僕は、すぐさま次にとるべき行動、すなわち都市の魔術の効果を確認した。


 異変はすぐにわかった。傷が治っている。切り裂かれた左腕も、腹に空いた大穴も、何もかもが元通りだ。

 そして何より、体が成長している(・・・・・・・・)。背丈は伸び、髪は長くなり、より引き締まりしなやかな筋肉がついているのを感じる。


 更には、ソルが僕の中に戻ってきていた。フューはいなくなっているので、スライムの体に帰ったのだろう。ちらりと確認してみると、フューのスライムの体に変化はないようだった。不定形のスライムだからだろうか。


 そして最後にセリアを確認する。

 猫耳と尻尾がついていたセリアは──猫になっていた。


 比喩でも何でもなく、美しい銀の毛並みの猫になってしまっていたのだ。セリアが纏っていた《氷剣姫(ヴァルキリー)の装束(リュストゥング)》は周りの地面に落ちてしまっている。


「最悪だ……」


 セリアの《氷剣姫(ヴァルキリー)の装束(リュストゥング)》は恐らく人型でしか使えない。ようやく龍人将軍を倒せる糸口が見つかったのに、魔術一つで覆されてしまった。


 銀の猫となってしまったセリアが、にゃあと戸惑っているような鳴き声を一つあげた。

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