第百話 知識の神
「そうだね。じゃあまずはレオーネとソルがいつ出会ったのか聞いてもいい?」
「もちろんだぁ。俺とソルが出会ったのは、学園都市なんだぁ。まぁ、俺はソルと同じ学校じゃあなくて、ノービリスに通ってたがなぁ」
ソルはゴルトアイの生徒だったんだよね。えーと、学園都市には三つの学校があって、ゴルトアイが実力主義、クーランクが変人が集まる学校で、ノービリスは格式を重視してて、主に貴族が通う……って!
「もしかしてレオーネって貴族なの!?」
失礼だが、そんな風には一切見えない。服装だって華美なものじゃなくて冒険者らしいものだし、なにより平民の僕にもフランクに話してくれている。
聞いた話じゃ平民が貴族にタメ口をきいたら罰せられることもあるらしいのに。
「おう、そうだぞぉ。まぁ、貴族っていっても五男だから実質平民みたいなもんだけどなぁ。だからノービリスの空気は合わなくて、よく抜け出してソルとつるんでたりしたんだぁ」
「なるほど……その学生の頃の縁でパーティを組むことになったんだね。確か、もう一人の魔王討伐のパーティメンバーのトールも学園都市の生徒だったよね。クーランクに通ってたはず。パーティメンバーの三人が同じ学生だったんだ」
「いや、三人だけじゃないぞぉ。最後の一人も俺たちの同級生だぁ。聞いたことないかぁ? 《芸術の創造者》って名前。彼女が最後のメンバーなんだぁ」
確か、学園見学の時に聞いたことがあるような……。ん? 彼女? 《芸術の創造者》は女性なのか。男三人に女一人のパーティか。
よく聞く話じゃそういうパーティは恋愛で人間関係がこじれるって言うけど……うん。レオーネはともかく、筋肉バカのトールは恋愛なんて興味無さそうだし、ソルが誰かを好きになっているところなんて想像もできない。
「魔王討伐のパーティは学生の頃の仲間で出来たパーティだったんだね。そのパーティのことも気になるけど……それよりも、学生の頃のソルってどんな感じだったの? そっちが気になるよ!」
「いいぞぉ。なんでも話してやるよぉ。ソルの奴は色んな伝説を作りやがったからなぁ。話のネタは尽きないぞぉ? そうだな、まずは――」
それから僕は学生時代のソルの所業をたっぷり聞いた。
入学試験を面倒臭がって校長室に乗り込んで、自分の魔道を見せつけて入学を認めさせたり。上級生に喧嘩を売って、十対一で完勝したり。それが原因で他の生徒からの信望を集め、ゴルトアイで初めて推薦で生徒会長になったりと、随分大暴れだったそうだ。
まぁ、それらは学園に流れた噂で、レオーネがソルから聞いた真相は少し違うらしい。
入学試験の話は、自分が真っ当に試験を受ければ他の受験生の迷惑になると考えたから。自分の実力を見れば受験生たちは萎縮するだろうし、会場も壊れるからだと。
ソルは学生の頃からナルシズムが入ってたんだね。なんというか自分の力に過剰な自信を持っているというか。まぁ、それに見合った実力もあるんだけどさ。
上級生に喧嘩を売ったのだって、その上級生がソルのクラスメイトを虐めていたかららしい。元々悪名高かった不良生徒を圧倒したため、生徒会長になるくらいの信望を集めたのだ。
ソルのツンデレも学生時代からだったんだね。ソルは言葉や態度こそ悪いものの、根っこは優しい。
でも、ソルが生徒会長ってのは全く似合わないなぁ。苦虫を噛み潰したような顔で、それでも真面目に生徒会長の仕事をやっていただろうソルを想像すると、なんだかおかしくて笑いがこぼれてしまう。
「――っと、そろそろ交代の時間だなぁ。ソルの昔の話はここで中断だぁ」
「名残惜しいけど、仕方ないね。休息を取らなかったせいで怪我するなんて馬鹿みたいだし」
僕はセリアを起こすため、テントの外から呼びかけた。だが返事はない。
「セリア、ぐっすり寝ちゃったのか。なにかあったらすぐ起きれるように寝るのがベストなんだけどな……」
まぁ、慣れてないんだし仕方ないか。それよりも今はセリアを起こさないと。意味は無いが、入るよと一声かけてからセリアのテントに入る。
「ちょ、セリア!?」
テントの中のセリアは、いつにも増して寝相が悪いようで、服の色んなところがめくれ上がってあられもない姿になっている。すぅすぅと規則正しく聞こえてくる寝息が、無防備だという印象を更に強める。
何度か見た宿でのセリアの寝姿で耐性がついたと思っていたが、これはいつもより強烈だ。
野営という慣れない環境のせいか、いつもよりは眠りが浅かったせいなのだろうか。――いや、そんな風に冷静に考えている場合じゃないって!
僕は慌ててセリアの服を直し、一息ついてからセリアの肩を揺する。
「セリア、交代の時間だよ。ほら、起きて」
「ん、んん……そーま?」
「交代で見張りをするって話だったでしょ?」
「まだ……ねむい……。寝てちゃ、だめ?」
うっ、トロンとした目で上目遣いで見られると、無理に起こすことに罪悪感が……。いや、見張りの経験はセリアの為になるはずだ。ここで甘やかしちゃいけない!
「だめだよ。冒険者なんだから野営くらい出来ないといけないよ。見張りは野営の基本。ほら起きて、ソルも待ってるよ」
「そる……そうだった、ソルと話さないと」
セリアはソルの名前を聞くと、右手で目をこしこしと擦ってテントから這うようにして出た。
ソルと話さないといけないことか……なんだろ、魔道の話かな? まぁいいや、僕も早く寝ようっと。
僕はセリアのテントから出て、少し離れたところにある男用のテントに入った。既にレオーネはイビキをかいていた。
ね、寝るの早いね。素早く眠りにつけるのも優れた冒険者の素質なのかな。イビキこそかいてるけど、僕がテントに入った時に一度パチリと目を開けてたし、警戒状態のまま寝てるんだろうね。流石Sランクの冒険者だ。
怪しい物音がすればすぐ目覚めるだろう。
僕は感心しながらレオーネの横に寝転がり、毛布をかぶると目をつぶった。ソルとセリアの話し声を微かに聞きながら、僕も眠りへと落ちていった。
◇◇◇◇◇◇
「ん、ここは……あぁ、そうか。そりゃ寝たらここに来るよね」
僕がいるのは何も無い真っ白な部屋。いつも練習場として使っているアゼニマーレの神域だ。今更だけど神域なんてものを練習場に使っていいんだろうか……。いや、アゼニマーレに許可はもらっているけど。
「ソルは……やっぱり居ないか」
ソルは今見張りをしていて、寝てるわけじゃないからね。いないのは当然なんだけど、今までこんなことなかったからなぁ。そもそも、僕とソルは一心同体なんだから離れること自体が初めてだし。当然この神域でも一緒だった。
少しの寂しさと新鮮さを感じていると、目の前に光の塊が現れた。この光は何度か見ている。アゼニマーレが出てきたり消えたりする時の光だ。
アゼニマーレがまた来たのか。随分と久しぶりだけど、何の用だろうか。
不思議に思いながら光が収束し、人形になっていくのをぼんやりと眺めていると、少し奇妙なことに気がついた。出来上がっていく人形が、いつもより長身なのだ。
そして、光の中から緑の長髪が姿を現す。これもおかしい、アゼニマーレの髪は金髪だったはず。別人、なのだろうか。
やがて光が消え、人形が完全に姿を見せた。床に垂れるほどの緑の長髪を持つ、理知的な瞳の青年だった。目の周りを彩る銀の眼鏡がその知性的な雰囲気にさらに拍車をかけている。
「初めましてですね。私は知識の神、メテウスです」
「知識の神……あ、僕に寵愛を授けてくださった方、でしたっけ?」
確か大図書館の館長の話では、僕がエルフ語を読めたのは知識神の寵愛のおかげだったはず。
「ええ、そうです。あまり有用な力でなく申し訳ないのですが」
「いえいえ! 全言語の理解だなんてとても役に立ちますよ! でも、どうして僕に寵愛を?」
「それは私があなたの味方をしたいと思ったからですよ。他の神々がしていることを見過ごせなかった、とも言えますが」
「どういうことですか」
「詳しいことは言ってはならないことになっているのですが……そうですね、貴方はアゼニマーレが何かを企んでいることには気づいているのでしたね。ならばこう言いましょう。私はアゼニマーレたちの企みを阻止したいと思っているのです」
「!?」
確かに、アゼニマーレはなにか怪しいと思っていたけど、どうやらそれは僕が思っていたより大事のようだ。神々、と言っていたし、これはアゼニマーレ一柱だけの計画ではなく大勢の神が関わっている。しかも、それに反対派もいると。
これはますます警戒のレベルを上げないといけないみたいだ。話が大きすぎて、どうしたらいいのか分からないけど。
「その企みとは、一体なんなんですか?」
「それは、話すことができません。神には様々な制限が課されているのです」
昔、父さんに聞いたエンシェントドラゴンも似たようなことを言っていたね。肝心な事を話してもらえないのはやきもきするけど、仕方ない。話せる事をもっと話してもらおう。
「今になってぼくに会いに来たのはどうしてなんですか?」
「貴方は、いえ、あなた方は眠りにつくとアゼニマーレの神域に行くようになっているので、私が入る隙がなかったのです。無理に割り込めばアゼニマーレに気づかれてしまいますからね。魔術のおかげで貴方とソルの魂が一応は別れ、アゼニマーレの神域に行く条件を満たさなくなった今だから接触できたのです」
「なるほど。それじゃあ、僕達は何をすればいいんですか? その企みとやらにどう対処すれば……」
アゼニマーレやその他の神々が何かを企んでいると言われても、どうしろって話だ。詳細も知らされていないしどうしようもない。
「強くなってください。ひたすらに強く」
「そ、そんなことでいいんですか?」
神々の企みを、そんな力技で破れるものなのだろうか。人間の強さが神に通用するとは思えないのだが……いや、日本の神様のイメージで考えてはいけないのかもしれない。制限も多いようだし、万能というわけじゃないんだろう。
「いえ、それだけでは無いのですが、強くなるのが最低条件なのです」
「なら、他には何をすれば?」
「それも制限があって言えないのですが……ラスベガスに行けば、いえ、ラスベガスの最奥に居る彼に会えば全て教えてもらえるでしょう。私が言えるのはここまでです」
ラスベガスか。元々行くつもりだったし何も問題は無い。
「ラスベガス……そこに誰がいるんですか?」
元々僕がラスベガスに興味を持ったのは、その名前から、前世の地球の人が関わっているかもしれないと思ったからだ。もしかするとメテウス様のいう彼、とは地球の人なのかもしれない。
「この都市、エンデルグに魔術をかけ、ダンジョンを造り、ラスベガスの街を作った男です」
「大昔の魔法使いですよね!? 生きているんですか!?」
「生きている、と言えるかはわかりませんが……会えばわかります。というより、これ以上は言えないのです。本当に申し訳ありません」
「そ、そうですか。わかりました、なるべく早くラスベガスに行くことにします」
「ええ、貴方の行く道が、幸せな結末に辿り着けますように」
メテウス様はありがたくもどこか違和感のある祈りを残し、消えてしまった。
「僕は一体、何に巻き込まれたんだろうね……」
今回の話で、めでたく百話にたどり着くことができました。これも皆様が拙作を読んでくださっているおかげです。ブックマーク、評価、感想は非常に励みになっております。
これからもどうぞ、『アサシンの僕と魔導師のオレが融合した結果』をよろしくお願いします。




