もり
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
走る。息が切れていることすら気付かず、ただ走り続ける。
枯葉を掻き分ける音が背後から迫る。足音が増えていく。
獣が走る音に怯えながら、闇雲に足を動かす。
背後の足音が早くなる。獣の唸り声が響く。足が動かなくなっていく。
「はぁっ……はぁっ…………!」
木の根に足が引っかかる。
膝の出血に目もくれず、更に走る。
走ることをやめた先にあるのは『死』のみ。いや、もしかしたら、『苦しみ』もあるかもしれない。
けど、そんなことはどうでも良い。結局のところ、最後は『死』なのだから。
「はぁっ……はぁっ……。……?」
遠くに建物が見える。童話に出てきそうな赤い屋根の建物。あの建物に入れば逃げ切れるかもしれないと、淡い期待を抱く。
最後の辛抱だと決意し、足を更に早く動かす。
あの建物に辿り着ければ、もう走る必要は無くなる——!
「っ……」
傷口がズキズキ痛む。
身体が悲鳴をあげている。吐き気がする。悪寒が走る。頭が痛い。目眩がする。
建物を目指してただ走る。その距離はきっと、大したものではないだろう。それなのに、その建物への距離は、気味が悪いほど遠く感じた。
何度も足を動かす。いや、もう何度も動かした。なのに、辿り着かない。ずっと視界の隅にある建物に近づくことはなく、同じ距離を保ち続ける。
——馬鹿らしい。
どこかからそんな声が聞こえた気がした。
早くあの建物に入らないと『死』が待っているというのに、よりにもよって足が動いていない。
何度も足を動かしたのに辿り着かないんじゃない。
何度も足を動かしたつもりで、全く足が動いていなかっただけ。
獣が迫る。このままだと死ぬ。全てが無駄になる。
身体に鞭打って走った。初めと同じペースで、身体を壊す覚悟で。
獣に噛み付かれる直前で、建物に転がり込んだ。
でも、まだ休めない。扉を閉め、鍵をかけ、安全を確保しないと。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ぐったりと床に座り込む。
足を止めて初めて、喉の渇きに気付く。
動かし続けていた身体は悲鳴をあげ、傷口が開いてズキズキ痛む。
「……?」
ようやく少し落ち着き、建物を見回して気付く。奥に扉があるだけで、ここには家具がひとつも無い。
あの扉の先にいけば、飲める水か包帯くらいあるかもしれない。
ゆっくりと立ち上がり、扉の方に向かう。
建物が小さいせいかその距離も短く、扉はすぐに開いた。
扉を開いた先は、少し古く、散らかった子供部屋のような場所だった。小さなベッド、机、椅子、本棚、花瓶。
花瓶の中の花は枯れ、本棚には何も飾っていない。床には布が散らかっている。机の上には、ケースに入ったクレヨンだけが乗っていた。
床の布を退かし、本棚を動かし、部屋に何か無いか探索する。
「……?」
ベッドの下を覗き込むと、小さなノートのようなものを見つけた。
探していたものとは違うはずなのに何故か興味を惹かれ、気が付いたらノートを開いていた。