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第5話 魔獣少年と不死者の王 中編①


 県立八ヶ浜高校は、これといった特色のない学校だった。

 勉強の成績は中の上程度。各種スポーツ大会では二回戦も勝ち抜ければ順当。そんな平凡な学生ばかりが集まっていた。

 強いて言うならば、立地が海沿いなので、いつでも波の音を味わえるくらいだ。

 もっとも、その海は大して綺麗ではないのだが。


 しかし二年三組の生徒にとっては、汚れきった海でも今や懐かしい光景となりつつある。異世界に拉致されてから数週間、彼ら彼女らは、現代の若者には耐え難い不自由な生活を強いられていた。

 フォクトール聖王国で拉致された彼らだが、辛うじて脱出に成功していた。

 いまこの場にはいない大上友哉のおかげだ。ユウヤが『魔獣化』によって時間を稼いでくれたために、また別の生徒も固有術式を発現させることが出来た。戦いで血塗れになるほど追い込まれたおかげ、とも言える。


 ユウヤを助けようとして、女子生徒の一人が固有術式を発言させたのだ。

 その女子生徒が持つ固有術式は、転移。

 窮地に陥ったユウヤを、何処とも知れぬ森へ転移させたのも彼女だ。目覚めたばかりの術式では転移先の指定も叶わなかったが―――、


 結果として、彼女のおかげでユウヤも他のクラスメイトも救われた。

 奴隷として首輪を嵌められる前に、残った全員も転移で逃れることができた。

 とはいえ、次の窮地に放り込まれたとも言える。

 転移先の指定が叶わなかったのはユウヤの場合と同じだった。三十二名の生徒たちは、気がつけば、広々とした草原に投げ出されていた。

 そうして”何も無い生活”が始まった。


 彼らが持っていた物と言えば、精々がスマホと、生徒手帳くらいだ。制汗スプレーや化粧道具、トランプを持っている者もいたが、生きる上ではまったく役に立たない。偶然、カロリーメイトとクッキーも一袋ずつ出てきたが、下手な争いを生まないために、持ち主だった生徒がすぐに食べてしまうことになった。

 生き残る―――。

 平穏な日本の生活に慣れていた若者には、厳しい課題だった。


 家が無く、電気やガスを使えないだけでも不便を感じてしまう。野外で一晩を明かそうとするだけでも、ヒステリックに喚き散らす者がいた。

 水や食料を手に入れるだけでも困難なのだ。

 人が住む街にでも行けば、解決する手段もあるかも知れない。

 しかし異世界への拉致なんてものを経験してしまった以上、街を訪ねるのも危険ではないのか、なんて意見が出てくるのも当然だった。


「そんなに悲観することじゃないさ」


 御子柴(みこしば)克己(かつみ)が居なければ、彼らはとっくに啀み合い、バラバラになっていただろう。

 あるいは、逃げ出さない方が無事に生き延びられたかも―――、

 そんな呟きを誰かが漏らした時、クラスのまとめ役である御子柴はすぐさま反論の声を上げた。


「確かに大変な状況だ。分からないことだらけだ。だけど、ひとつずつ整理しよう。俺達を誘拐した奴らも言ってたけど、俺達には戦う力があるらしい。”固有術式”って言ってた。まずは、それを使いこなせるようになれば―――」


 別段、御子柴にはクラス委員とかいった肩書きがある訳ではない。

 けれど成績は良く、運動も得意で、男女問わずに人望があった。まだ皆が冷静さを保っていたのもあって、御子柴の提案はすんなりと受け入れられた。

 超能力的なものへの興味、というのもあっただろう。

 其々が試行錯誤して、固有術式を発現させるまでそう長くは掛からなかった。


 炎を操れる者、水を出せる者、武器や道具を作れる者―――、

 三十二の固有術式を駆使しても、やはり野外生活は苦労の連続だった。

 野生動物を狩っても、解体方法など誰も知らない。野草やキノコを採っても、毒の有無は食べてみるまで分からない。固有術式で治療を行える生徒がいなければ、少なくとも六名は食中毒で命を落としていた。


 それでも辛うじて、彼らは生き延び続けていた。

 ギリギリの綱渡りではあった。

 クラスメイトという関係性なんて脆いものだ。例えばこれが、賞金を賭けて、脱落者も保護されるようなサバイバルゲームだったなら、すぐに裏切る者も出ただろう。

 しかし徹底的に追い込まれた状況が、脆い繋がりを強固な絆に変えていた。


「魔法なんてものがある世界だ。だから望みはあるって思えないか? いきなり連れて来られたんだから、元の世界に戻る魔法だってあるはずだ」


 御子柴は実によく皆をまとめていた。

 毒見役を率先して買って出たり、戦闘でも前に出て獲物を仕留めたり。

 普段は喋らなかった生徒にも声を掛けて、皆の繋がりを深めていった。

 もしも地球で無人島に放り出されたのなら、御子柴には全員を生き延びさせる能力があった。努力を惜しまず、最善の判断をして、最高の結果を導き出せたはずだ。


 けれど、ここは異世界だった。

 御子柴も、クラスの誰もが知らなかった。

 人間をいとも容易く絶望へと陥れる、悪魔という存在を―――。







 最初、それは朗報だった。

 森の探索に出ていた生徒たちが、大きな屋敷を発見した。クラス全員で寝泊りできそうな館で、しかも誰も住んでいない様子だという。

 雨露を凌げるだけでも有り難い。異世界人との接触を避けていた彼らだが、すでに大きな街を発見していた。街を訪れるかどうかは、やはり意見の別れるところだったが―――、

 今後の方針を話し合うためにも、落ち着ける場所を得られるのは喜ばしかった。

 それでも御子柴は言いようのない不安を覚えていた、が、


「綺麗な館でさ。洋風の。ベッドくらいならあるかも知れないぜ」

「荻原の『生命探知』で調べたんだ。誰もいないのは間違いねえよ」

「もう絨毯でも畳でもいいわ。落ち着いて眠りたいわよ」

「シャワー……は、さすがに無いよね。だけど、お風呂はあるかも?」


 勢いづいた流れを止めることは、御子柴にもできなかった。

 元の世界であれば、不法侵入ということになる。常識的に忌避感を訴える生徒もいただろう。けれど異世界の生活で、そんな常識は麻痺してしまっていた。

 そして注意力にも欠けていた。

 丹念に調べれば、館の裏、草陰に覆われて建つ小さな石碑も見つけられただろう。

 その石碑には、こう記されていた。


『この屋敷を訪れる者、歓迎を受けるまで出ること叶わず』


 そうして彼らは悪魔の罠に足を踏み入れる。

 閉じ込められた事実に気づくまで、そう長い時間は掛からなかった。








「―――なら、全員で飢え死にしろって言うのかよ!?」


 館に閉じ込められてから三日、クラス会議は紛糾していた。

 部屋の中央には大きな机が置かれている。白いテーブルクロスが掛けられていて、本来なら、大人数での食事のために使われるのだろう。

 その机を囲む形で、クラスメイト全員が揃っていた。其々の顔には苛立ちや不安が表れている。


 原因は当然、館の外に出られないことだ。

 扉や窓はすべて閉鎖されて、壊そうと試みても徒労に終わった。壁や床に傷は付けられても、即座に修復されてしまう。明らかに異常な力によって閉じ込められていた。

 しかも、何者かが悪意を持って―――。

 それを裏付けるように、館にはひとつの変化が現れていた。


 館の玄関ホールには、何枚かの風景画が飾られていた。大きな額縁に収められて、平凡で平穏な、草原などが描かれたものだった。

 最初に館へ踏み入った時は、確かにそんな退屈な絵画だったのだ。

 しかし皆が閉じ込められたと悟った時、絵は変化した。

 苦しげに顔を歪めた人々が、血塗れで争っているようなおぞましい絵画へと。

 それと同時に、額縁に収められた文章も現れていた。

 そして、その文章こそが争いの大きな要因になっている。


『一人を殺せば、水を。

 二人を殺せば、食料を。

 半数を殺せば、帰還への道を。

 最後の一人には、あらゆる望みを叶えよう』


 館に閉じ込められた三十二名の生徒たちは、現状、水には困っていない。固有術式によって、大量の水を供給できる者がいたおかげだ。

 けれど食料に関しては逼迫している。

 狩った野生動物や野草などを、幾分か持ち込んではいた。あと幾日かは飢えを凌げるだけの食料がある。

 だが、その後は―――、

 館から脱出できなければどうなるか、すでに全員が理解していた。


「月影の”コンビニ”は、今日はどうだったんだ?」

「……ポテチが二袋だけ。力足らず」

「いや、それでも幾らかは足しになる。頑張ってくれてるのは、みんな知ってるさ」


 御子柴は手を振って曖昧な笑みを浮かべる。

 少しでも良い材料を探そうとしたのだが、不発に終わった。

 そして、そんな態度は、強行派の怒りを誘うだけだった。


「御子柴! いつまで現実から目ぇ逸らしてんだよ!」


 力任せに机に拳を叩きつける。長い黒髪が逆立っているのでは、と錯覚するほどに激情を露わにしている。

 竜胆りんどう可憐かれんは、この館を訪れる前から、幾度も過激な意見を口にしていた。

 食料を手に入れるために、街道を通る商隊を襲撃するべきだとか、

 自分たちを拉致した連中に復讐するべきだとか、

 所謂、”使えない”生徒は見捨てるべきだとか―――。


 元の世界にいた頃から、竜胆は苛烈な性格だった。「目付きが悪い」と言ってきた教師に対して、殴りつけようとしたこともある。咄嗟に友人が制止に入らなければ、実際に拳を振り払っていただろう。

 その割には友人とは気さくに話すし、真面目な部分もある。料理や洗濯といった雑用も積極的にこなしていて、これまでは不満を漏らしながらもクラスの方針には従っていた。

 けれどそんな彼女だからこそ、信頼して従う生徒も多い。


「言っとくが、テメエが決断しなくても変わらねえぞ。アタシは、何をしたって生き延びて、元の世界に帰るって決めてんだ」

「……クラスの仲間を犠牲にしてもか?」

「良い子ぶってる状況じゃねえって言ってんだよ!」


 机の上に乗り出しながら、竜胆は左右へ視線を巡らせた。そこに並んでいるクラスメイトたちの顔を眺めて、幾名かには鋭い眼光を向ける。

 彼らがこれまで生き残ってこられたのは、ひとえに『固有術式』があってこそだ。地球で安穏と暮らしていた高校生が、その身ひとつで過酷なサバイバル生活を乗り越えられるはずもなかった。


 けれど『固有術式』の恩恵は、各人によって大きく異なる。

 例えば、ここにいないユウヤのように魔獣化して強力な戦闘力得られる者。あるいは竜胆のように炎熱ブレスを吐けたり、御子柴のように身体能力を強化できたりするのも、分かり易く”使える”術式だ。

 しかし、小さな光を浮かべられるだけだったり、爪が伸びるだけだったり、思考能力が速まるだけだったり―――、

 そういった”使えない”術式を持つクラスメイトも少なくなかった。


 竜胆の言い分は単純だ。

 使えない者は殺せ。そうすれば食料が減るのを遅らせられるし、館で目にした文章を信じるなら、逆に食料を得られるだろう。


 生き延びるための理屈としては正しいのかも知れない。

 しかし倫理的には決定的に間違っている。

 普段の竜胆ならば、さすがにクラスメイトを直接手に掛けるなどと口にはしなかっただろう。いまの彼らの状況は、それだけ追い込まれたものだった。

 つまりは、”人の間引き”をしなければいけないほどに―――。


「……誰かを殺して、それで食料を得られる保証はない。冷静になれ。あの言葉はまるっきりの嘘かも知れないんだ。もしも”踏み出して”しまったら、取り返しはつかないんだぞ?」


 普段は柔和な表情を崩さない御子柴が、険しく顔を顰める。真剣かつ冷静な言葉は、僅かだが竜胆の苛烈さを抑える効果があった。


「……だからって、全員が飢え死にしても取り返しはつかねえぞ」

「分かってる。だけど”それ”は最後の手段だ。まだ知恵を搾りきった訳じゃない。他にも脱出する手段は―――」


 ガタリ、と椅子を動かす音が言葉を遮った。

 御子柴も竜胆も首を回して、急に立ち上がったクラスメイトへ目を向ける。


「どうした、萩原? 何かあったのか?」

「あ、ああ。いきなり誰かが……」


 その生徒、萩原は、”生命探知”の『固有術式』を持っていた。眠っている間でも発動しておける便利な術式で、外での生活では、魔物や動物を探すのに役立ってくれていた。

 いまも萩原は、その術式を発動していた。

 半ば諦めながらも、何かしらの変化を見過ごさないようにしていたのだ。


「玄関ホールに、誰かが現れた。魔物や動物じゃない。この反応は人間……だと思う。一人だけだ」


 部屋に集まっていたクラス全員が息を呑む。そう、この会議には全員が顔を揃えているのだ。

 ならば、玄関ホールに現れたというのは何者なのか?

 驚愕や困惑、あるいは期待―――、

 各々の胸に抱いた感情は違ったけれど、無視しようと思う者はいなかった。


「えっと、私も魔力を感じ取れるよ。反応の大きさは、たぶん、竜胆さんと同じくらいで……」


”魔術”を扱える女子生徒が、遠慮がちに告げる。

 もはや何者かが部屋の外にいるのは間違いなさそうだった。


「とにかく確かめてみよう。警戒のために、俺が先頭に立つ」


 誰も反対はしない。御子柴の判断は的確なものと思われた。

 だが御子柴は、とある懸念を胸に秘めていた。


 何者かは分からない。誰か、恐らくは人間が現れたのは確実だ。

 もしも、その誰かと戦いになったら?

 もしも、戦って殺してしまったら?

 その結果――― ”一人殺した”後に、水を得られたら?

 禍々しい文言が事実だと証明されてしまう。あるいは、それを証明するために殺そうと言い出す者が出てくるかも知れない。


 いまの追い込まれた状況で犠牲が出ていないのは、クラスメイトという枠組みが全員を縛っているおかげだ。その枠組みに嵌まらない、”仲間外れ”が突然に現れたなら、躊躇を踏み越える者が出てもおかしくない。

 だから御子柴は先頭に立った。

 誰一人として犠牲を出さず、手を血に染めずに済ますために。

 これまでも戦いで前に出ることはあったが、今回はとりわけ重い覚悟を固めていた。けれど―――、


「え……?」


 唖然とした声を漏らして、御子柴は知らされる。

 覚悟なんて必要なかった、と。

 だってそこにいたのは―――、

 一人だけ別れたはずのクラスメイト、大上友哉だった。






 唐突に再会できたクラスメイトに対して、一同は揃って反応に困っていた。

 呆然として立ち尽くしてしまう。

 もちろん嬉しくはある。最初にユウヤが暴れなければ、皆が酷い扱いを受けていたのは理解できていた。謂わば全員の恩人であるユウヤがどうなったのか、気に掛けていない者はいなかった。


「えっと……みんな、久しぶり」

「あ、ああ……」


 ユウヤは努めて明るい声を投げたが、返答は意味を為さない声だけだった。

 単純に、状況が呑み込めないというのもある。

 けれど同時に、罪悪感もあった。

 経緯はどうあれ、ユウヤ一人を置き去りにしてしまったのだ。この過酷な世界で、たった一人では生き残れるはずがないと、再会を諦めている者も多かった。

 だから皆、声も出ない。

 広い玄関ホールは静寂に包まれた、が、


「―――ユウくん!」


 喜色に満ちた声が、静寂を破った。

 その声を上げたのは柳木やなぎ有栖ありす。転移の固有術式でユウヤとクラス全員を救った女子生徒だ。

 他の者を押し退けて飛び出した有栖は、そのままユウヤの胸に飛び込んだ。


「アリス……うん、よかった! 無事だったんだな!」

「そうだよ! ユウくんのおかげで、みんな……みんな無事だよ!」


 有栖は声を震わせ、瞳に涙を湛えながら、ユウヤを強く抱き締める。

 ユウヤも同じく、言いようのない感慨に顔をくしゃくしゃに歪めた。そうして胸にある温もりに惹かれるまま、有栖の身体に腕を回した。


 突然に異世界へ召喚されて、物のように扱われた。

 命懸けで抗うも力及ばず、訳の分からない内に独りきりになっていた。

 人の住まない森での生活はとても過酷で―――、


 だけど、そんなことはどうでもよくなった。

 いまだけは、この温もりに身を任せていたい。

 ユウヤと有栖は、互いに名前で呼び合うくらいに親しい。それもそのはず。家が近くで、物心ついた頃にはもう友人になっていて、所謂幼馴染といえる関係だった。恋人といった明確な関係にはなっていなかったが、惹かれ合っているのは間違いなかった。

 そんな男女が、生死に関わる困難を乗り越えて再会を果たしたのだ。

 二人だけの世界を作ってしまうのも当然だった。


「―――おい!」


 しかしまったく空気を読まない者もいる。

 竜胆可憐は情熱的で、どこまでも真っ直ぐな性格だった。

 だから、


「ありがとう。おまえのおかげで助かった」


 竜胆は深々と頭を下げた。

 ユウヤが感極まって涙を流しているのも、有栖が未だに抱きついているのにもまったく頓着しない。ただ助けられたから礼を言う。それが竜胆だった。


「んで、テメエはどうやってここに来たんだよ?」

「え? あ、あぁ、それは、えっと……」


 ユウヤはぱちくりと瞬きを繰り返す。竜胆と、まだ胸の内にいる有栖と、視線を交互に巡らせる。


「さっさと説明しやがれ。いまは非常事態なんだよ。イチャつくのは、この状況を乗り切ってからにしろって言ってんだ」

「い、イチャつくとか、そんなつもりは……」

「だぁから、照れてねえでさっさと話をしろって言ってんだ!」


 耳まで紅くしたユウヤの態度に、クラスメイトたちからも笑声が零れる。

 思いがけず、ユウヤはまたクラス全員を救う形になった。

 ユウヤが戻ってきたことで、本当の意味で全員の無事が確認されたのだ。追い詰められた状況は変わっていないが、「一人も欠けずに地球へ帰る」という目的に現実味が増した。その意味は大きい。


 何事も、最初の一歩を踏み出すのは重い。

 一人目を殺すのと、二人目を殺すのは違うものだ。

 そんな理性的な感謝も抱きながら、御子柴はユウヤに歩み寄った。


「大上。本当に、よく戻ってきてくれた」

「あぁ……っと、そうだ。俺がどうしてここに来られたのか、もちろん説明はするけど……」


 そう短い遣り取りをする間も、竜胆が鋭い眼光を投げ続けている。

 さっさと事情を話せ、と。

 ユウヤは軽く首を回すと、広い玄関ホールの様子を確認した。


「実は、俺の他にも、もう一人ここに来る予定なんだ。その人のおかげで助かったというか、これから助けてもらうというか……とにかく、ちょっと端に寄ってくれるか」


 要領を得ない説明だった。けれど助けという言葉への期待もあって、クラスメイトたちは素直に広間の端へと移動する。

 移動しながらも、御子柴は疑問を投げた。


「もう一人って、この世界に来てから知り合ったってことだよな?」

「ああ。少し驚くかも知れないけど、頼りになる人だよ。えっと、本当に人間だから、その、驚かないであげて欲しいんだけど……」


 ユウヤが述べている内に、玄関ホールに異変が起こった。

 中央の空間が歪み、その場の光が渦を巻く。何かしらの魔術現象が起こるのだと、『固有術式』を知る生徒たちにはすぐに察せられた。

 全員が息を呑み、身構えながら見つめる先で―――、


 ズズッ、と黒い影が現れた。

 只の影ではない。見ただけで生物としての根源的恐怖を呼び起こすような、おぞましい、粘つくような瘴気を溢れさせている。その黒々とした瘴気の中心にあるのは白い姿。しかし白色が持つ清麗や純真といったイメージを、徹底的に破壊する姿をしていた。

 それは襤褸布を纏う骸骨。生者の絶対的な敵。

 不死者の王―――。


「はじめまして、皆さ、ん……」


”彼女”は、たった一言を発しただけ。軽く手を振っただけ。

 それだけで―――、

 クラスの半数が失神し、残りもほとんどの者が恐怖に駆られて逃げ出そうとする。静かだった玄関ホールは、一瞬にして狂乱に包まれた。



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