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もしも転校生が来たのなら

登場人物読み方

向田 すみ(むこうだ すみ)

七原 愛 (ななはら あい)

皆部 尋 (みなべ ひろ)

転勤族の生まれは面倒だ。



環境に馴染もうと努力しても、すぐにまた引っ越し、引っ越し、引っ越し。

仲の良い友達ができても早々と別れはやってくる。その後連絡を取り合うこともない。

だけれども人付き合いを嫌えば、世間からは「あら変わり者ね。」と囁かれる。


この息苦しさを、理解できる人は少ない。

地に根を生やした大木は、次いつ会うとも分からぬ一陣の風に想いを馳せたりしないのだ。







そうして無駄な努力をすることを放棄した少年は、いつの間にか変わり者でいることに慣れてしまった。




________________________________________________________





「みんな驚けよ~はい、今から転校生を紹介します。」



ある晴れたのどかな日。

5月の訪れと共に、一斉にやる気スイッチがOFFになった生徒たちのくたびれた顔にも、にわかに興奮の色が差し始める。



「え?どこ?どこにいんの転校生!」


転校生が来るだなんて初耳だ。なんで先生は事前告知してくれなかったのか!


田舎の学校に通う生徒たちは、いつだって新しい刺激を欲している。新しくできる商業施設、新しくできる有名チェーンカフェ。新しく放映されるドラマに映画、最新型の電子機器に至るまで―――。


なんせ楽しみが少ないのだ。

幼い頃から同年代は同じ組み合わせ、下手したら10年越しの腐れ縁。近くにあるのは海か山。恋するくらいしかすることはないが、好きになれそうな異性などもう好きになり倒した。



高校を卒業したら、もっと都会に出て行こう。ここは誰もがそう思うような町だった。




「あー。今から教室に呼ぶんだよ。どれ、入ってきなさい。」


頭のてっぺんがつるっと禿げた担任教師のことを、みんなザビエルと呼ぶ。本人の前だろうが関係ない。もはやこの学校の共通認識だった。本名は確か…鷲山先生だったかな。



扉の向こうで、何者かの気配が動くのがわかった。すうっと緊張感が高まる。自分は別に関心がないと装う生徒も、内心では期待に胸を疼かせるのだった。"新しく来た転校生"、興味をそそるには十分すぎた。



そうして私たちの世界に、彼はやって来る。








「ねぇもう皆部くん超やばくなーい!?」

「やばい!超かっこいい!」

「東京から来たんでしょ!!っぽいよね~!」

「ほんと!王子様かと思ったもん私!」


キャーキャー騒ぐ女子の声で教室は溢れていた。理由は単純、転校生が非常にかっこよかったのだ。本人がザビエルに連れられて職員室へと行っている今がチャンスと、彼女たちは張り切って声を荒げていく。


これで美少女が越してきたというのなら、教室は男子生徒の野太い声で埋め尽くされていたのだろうが、今の彼らは苦々しい顔で女子の方を眺めることしかできなかった。


「すみ!すみもそう思うよね~っ?」

「え、私?」

「ってかさ、昔すみの好きだった、なんとかくんにそっくりじゃない?」



すみ、とは私の名前である。向田すみ。変な名前だなぁと自分でも思う。すみれとか、かすみとか、もっとあっただろうに。


「なんだっけ、牧原みたいな名前じゃなかった?」

「違う、牧瀬くん、ってか全然似てない。しかも話古いよ~。」

「牧瀬!そうそうそれそれ~!すみがいつまでも引きずってる男の子!」


今現在私の前の席には、七原愛という垢抜けた女子生徒が後ろ向きに座っている。私とは長く友達をやってくれている大変ありがたい友人だ。そして彼女の底抜けに明るい性格と目立つ容姿が、カリスマ性を発揮していた。彼女の周りにはいつも人が絶えない。


彼女と私は家が近いわけでも親同士の仲が良いわけでもないのだが、気づけばよく遊ぶ仲になっていた。はたから見れば、野暮ったい私の面倒を彼女が見ているような構図に思えなくもないのだが。


「すみちゃんって案外やることやってそうだよね~。」

「あ~わかる、おとなしそうな顔してるけど、本当はガッツリ肉食系?みたいな?」

「男ってほらギャップに弱いじゃん?」


キャハハハ、と私たちを取り巻く女子生徒らは笑った。またこれか、と私は舌打ちしたくなる。そんなことはないと面倒でも否定しようかと思った矢先。


「すみはそんな子じゃないよ。一途で奥手で不器用ないい子だよ。」


一途で奥手で不器用なのがいい子の特徴だとは到底言い切れないが、七原愛はとにかくも幼馴染を擁護したのだった。とたんに一瞬白けたような空気になる。


私は軽い頭痛を覚えた。最近は毎日これだ。


「そうだよね~、すみちゃんは愛のお気に入りだもんね~。」


この手のやっかみは大体こんな感じで終結する。七原愛を半ばアイドルのように崇拝する女子生徒たちが、いつも隣に引っ付いている冴えない女子生徒をチクチクと攻撃しては、彼女に諌められて一旦引く。だが愛の見ていないふとした時にも、さり気ない攻撃は続くのだ。案外やることやってそう、と言い切った茶髪の子は案の定良い顔をしていない。私への一瞥はひどく鋭かった。



こりゃぁ胃が痛くもなるっての。



窓の外に広がる青空には、綿のような雲がぶら下がっている。遠くからは船の汽笛の音がする。

あぁ鳥になって大空を飛べたら気持ちいいだろうなぁ。

早くこの世界から自由になりたい。






転校生、皆部尋の席は、教室の最左後ろに決まった。私の席から数えれば1列左の2つ後ろにあたる。将棋でいえば桂馬の位置。そこは誰もが認める特等席である。だが反論しようとする者はいない。転校生は存在からして特別だし、彼自身もまた特別だったから。


連日七原愛とそのついでの私にたかってくる女子集団は、今日は転校生にたかることにしたらしい。


「ひろくんって呼んでもいいかなぁ?それともなにかあだ名とかあるの?ひろりんとか?」

「東京から来たって本当~?すごいね~!」

「モデルとかやってるの?何か趣味はある?」

「ひろくんもう入る部活決めた?」


ねぇねぇ

ひろくんひろくん


完全なる質問攻めだ。当事者たち以外はあっけに取られた。彼女たちのアクティブさにはいくらなんでもと思わざるを得ない。これじゃあ転校生も羽根が休まらないだろう。


「な~んか大変そうだねぇ。」

「そうだね。」


私と七原愛は久しぶりにゆっくりと語り合っていた。


「ねぇ私やっぱりさ、牧瀬なんとかと似てると思うんだけど。」

「愛ちゃんまだ言う?全然似てないから。黒髪で同い年で男ってとこだけ同じなだけだから。」


3度目にもなる同じやりとりを行いながら、実際は私もかつて焦がれた男の子にこの転校生が似ていると思っていた。それはずっと昔の、小学校4年の頃の話。高校2年の私たちからすれば6年以上前のこと。今になって懐かしく思うことになるとは予想だにしていなかった。





ひろくんひろくん

いいもの見せてあげる、ついてきて



大きな瞳を輝かせながら柔和に笑ったあの男の子。

元気にしているだろうか。

私のことなど忘れてしまっただろうか。



あの日の約束をまだ覚えているだろうか。


読んでくださり、ありがとうございます

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