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アカガシラ  作者: 直弥
二番目「火球の少女」
2/17

1コマ目

「おはよう!」

 まだ半分夢の中にいた雄人は、その声でようやく完全に目を覚ました。

 彼が目を開けると、そこには視界いっぱいの此亜の顔。此亜は、ベッドで仰向けになっている彼の顔を、腰を曲げて覗きこんでいた。

「……近い」

「あ、ゴメン、ゴメン」

 此亜は顔を上げて姿勢を正した。こういう時、女の子は制服で起こしに来るのが定石というものだが、彼女の場合は寝間着のまま。学校に行こうと迎えにきた訳ではなく、純粋に雄人を起こしにきたというだけのことなのだから、それも当然のことではある。

「さあ、早く起きて。ご飯が冷めちゃうよ」

「ああ、分かった。どっこらよっ、と」

 ベッドから起き上がった雄人は此亜の後ろに続いて階段を降り、そのまま二階にある居間へと向かった。


 テーブルセットと卓袱台がそれぞれ一つずつあり、更にキッチンも備わっているその部屋は居間というよりもダイニングキッチンという方が正しいかもしれない。しかし、テレビが唯一置かれている部屋でもあるそこは、茨木親子と、居候の雄人が在宅時の大半を過ごす部屋であるが故に、専ら居間として扱われている。


 居間に小太郎の姿はなく、卓袱台には、焼いた塩鮭と味噌汁が二つずつ並んでいる。雄人は尋ねる。

「小太郎さんは?」

「朝ご飯も食べないで、さっきもう出掛けちゃったよ」

 茶碗にご飯を盛りながら此亜が答えた。

「そうか、早いな今日は」

 そう言って、雄人はふとテレビの画面右上に表示されている時間を見た。


 七時三十分。

 普段と比べ、此亜が起こしに来る時間としては随分遅めであった。


「帰りは遅いのか?」

「そうみたい。はい、雄の分」

「お、サンキュー」

 綺麗に盛りつけられたご飯を受け取り、先に卓袱台の前に座った雄人は、此亜が自分の分を盛りつけるのを待つ。その間、卓袱台の下にあった新聞を読んでいた。


『第二次山平内閣、発足へ』

『飲酒運転による死亡事故、十年で三倍増』

『有名私立校に通う女子生徒が行方不明』


「政治の話題か、ろくでもないニュースかのどっちかばっかりだな。何でもいいから、もうちょっと楽しいニュースはないもんかね?」

「朝食前に卓袱台で新聞を読んでるって、なんだかオジさんみたいだね」

 自分の茶碗にご飯を盛った此亜が、それを手にして、雄人に向かい合う形で座りながらそう口にした。

「幾らなんでもオジさんはないだろ。お前ともそんなに歳は変わらねーよ」

 雄人は此亜の「オジさん」発言に抗議する。

「それはそうだけど……。とにかく、新聞を置いて。早く食べようよ」

「そうするか。いただきます」

「いただきます」


 二人は手を合わせながらそう言って、一日の活力の源、朝食を摂り始める。炊き立てのご飯と味噌汁、そしてご飯がよく進む、塩味の効いたおかず。日本食の朝ご飯としては、お手本の様なメニューである。


「やっぱり日本人の朝食と言えばこれだよね。パンなんて邪道だよ」

「……ああ、そうかもな」

 雄人は内心「おまえは日本『人』ではないと思うけど」などと思っていたが、敢えてそれを口に出すような真似はしなかった。


「あ、そうだ。今日は放課後、墓参り行ってくるから。お前は先に帰っといてくれ」

「そういえば今年も、もうあの日か。うん、分かった。でも髪切りは今日も捕まえに行くんでしょ?」

「当然だろ」

「チュン子がいたら昨日みたいに見つけるまでに何時間もかかるってことはないんだろうけどね。じゃあ、私は家で待ってるよ」

「ああ、頼む」

「それと私も一つ言っておくこと……というか謝らなくちゃいけないことがあるんだけど」

「ん? 何だ?」


 雄人は一瞬箸を止める。


「今日はちょっと、お弁当作れなかったから、お昼は食堂でもいいかな?」

「構わないぞ。昨日は遅かったしな」

「ありがと。ごめんね」

 

 朝食を終えた二人は一度それぞれの部屋に戻り、学校に行く準備を整える。先に準備を終えてビルの入り口にまで出てきたのは、やはり男である雄人。少し遅れて此亜もやってくる。

「お待たせ」

 学校指定のセーラー服と、同じく学校指定の鞄を手に持ち、一見準備万端に見える。しかし、彼女は一番大事なことを忘れていた。

「此亜、角、角!」

「あ、忘れてた! えい!」

 雄人の指摘で角を出したままだったことに気付いた此亜は、その二本の角を、かばんを持っていない方の手のひらで押さえつける。


 手を放した時、そこに角はなかった。


 いや、実際には見えなくなっただけのことである。まるで、角を頭の中に押し込んだように見える光景ではあったが、実はそうではない。不完全な化身(けしん)の術で、角を見えなくしただけに過ぎない。


 妖怪鬼である彼女は、他の多くの妖怪同様に変姿の術を持つ。しかしまだ幼い故にその術は不完全。完全な変化の術ならば、見た目だけでなく、本当に角を消してしまえることも可能なのだが。


「いつかは小太郎さんみたいに、常に角を隠していられるようになるのかね?」

 ――まあ、小太郎さんは角を隠しているんじゃなくて姿そのものを変えてるんだけど。

 と思いながらも、流石に此亜がそれを出来るようになるのは、まだまだ先の話であることは雄人にも分かっていた。そもそも、此亜は角さえなければ人間と全く変わらない容姿なのだから、そんなに完全な化身をする必要もないだろう、ということも。

「そうなったら楽だよね。私は一晩寝るごとに元に戻っちゃうもん。金棒を出す時にも角まで一緒に出ちゃうし」

「これからは朝起きたらまず角を隠す習慣をつけた方がいいと思うぞ」

「そうする」

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