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アカガシラ  作者: 直弥
六番目
17/17

延長線上の未来

 和生の亡骸は、雄人の手によって吉備津の里に埋葬された。

 迷った挙句、雄人はすべてを包み隠さず此亜に話した。結局、拘束中の此亜に意識があったのはあの謝罪の時だけだったらしく、彼女は雄人の話す内容のすべてに驚いていた。狐は此亜によってコンと名付けられた。

 


 ――――そして、夜が明けた。


 一夜が明けても、雄人はまだどこか上の空。連絡を受けて即時帰宅した小太郎を含む朱点童衆の面々が今回の事件の後始末に奔走している間も、彼だけは部屋でデスクワークのみを任されていた。しかし、夕食時には、居間へ降りてくるほど回復していた。


 ――――さらに、もう一夜が明ける。

 

 小太郎が一人、居間でテレビを見ながら寛いでいた。テレビからはアナウンサーがニュースの原稿を読む声が流れている。

『行方不明になっていた有名私立高校の女子生徒ですが、今朝、自宅の自室で眠っている状態で発見されました。失踪中の記憶はないとのことですが、身体に外傷もなく、元気だということです。ただ、失踪当時の彼女が持っていたはずの携帯電話だけが見つかっておらず……』

「おはようございます。小太郎さん」

「おはよう。今日は早いね。……もう、大丈夫なのかい?」

「大丈夫じゃないですよ、本当のことを言うと。でも、いつまでも落ち込んでいても仕方がないし、とりあえず表面上は普通でいられるようになりました」

「そうか……」

 小太郎は敢えてそれ以上何も言わなかった。

「此亜、起こしてきましょうか?」

「ああ、頼む」

「じゃ、行ってきます」

 雄人は居間から出て、此亜の部屋に向かった。


 ノック。返事はない。

「おい、まだ寝てるのか? 入るぞ?」

 雄人は此亜の部屋の扉を開いた。

 中では、此亜がコンを抱いたまま眠っていた。彼女に抱かれたコンもすやすやと眠っているようであった。

 ――ちゃんとパジャマは着てるみたいだな。でも……。

 コンのヒト型の姿を知っている彼からすると、その光景は若干異様に見えた。

「おい、起きろよ。朝だぞ」

「むにゅにゅ……ふぁー。あ、おはよう、雄」

「きゅう……」

 雄の声で、此亜とコンの両方が目を覚ました。

「早いんだね、今日は」

「ああ、なんか『いつまでも寝てられっか!』て感じで目が覚めちまった」

「アハハ、何それ?」

 此亜はそう言って愉快そうに笑う。それは、彼女なりの気遣いでもあった。

「ほら、さっさと飯食って学校行こうぜ。終業式だろ、今日は」

「うん、そうだね。明日から夏休みか」

 二人と一匹は、居間へと向かった。


「じゃあ、行ってきまーす!」

「行ってきます」

「ああ、気をつけて」

「コーン!」

 小太郎とコンに見送られ、二人は学校へと向かう。

「あーあ、コンも今日にはお父さんが養魔園に連れて行っちゃうのか」

 此亜は残念そうな声でそう呟いた。

「昨日一日、お前のわがままに付き合ってくれただけでも感謝しろよ。本当は昨日連れて行くはずだったんだから。それに、また会いに行けばいいだろ?」

「うん、それもそうだね」


 ………………。

 …………。

 ……。


「おはよう! 雄人、茨木!」

「おはよう、ココ、国守君」

 教室に入った二人を、恭太郎の威勢のいい挨拶と茜の淑やかな挨拶が迎えた。

「雄人、いい知らせがあるぞ」

「いい知らせ?」

 はて、なんのことだろうか? と、雄人は思考を巡らせた。しかし、心当たりに行き当たる前に、茜の口からその答えに直結するヒントが提示される。

「昨日、お話した別荘の件です」

「ああ!」

 そこで雄人は答えに行き当たる。同時に此亜も。

「もしかして、オッケーになったってこと?」

「うん! それで、いつだったら皆の都合がいいか話し合おうと思って、二人が来るのを待ってたの」

「ちなみに俺は、いつでもオーケーだ」

「威張ることか」


 ――要するに暇ってことじゃねえか。


 胸を張って「夏休み中暇です」と同義のことを言った恭太郎に、雄人が口と心で同時に突っ込んだ。

「まあ、俺も基本的にはいつでも大丈夫なんだけどな。あまり早すぎるとちょっと都合が悪いんだ。だから、来週以降にしてくれるとありがたい」

「え? なんで?」

 此亜が不思議そうな顔で雄人を見上げる。そんな彼女に、雄人は耳打ちする。

「(今日から小太郎さんはまた養魔園に行っちまうだろ? その間の事務所、というかこの区域を空にするつもりか?)」

 それを聞いて、此亜は無言でこくこくと頷いた。「理解した」という意味の彼女のサインである。

「わかりました。じゃあ、日程が確定次第連絡しますね」

「おう! 楽しみだな」

「はい!」

 茜が元気よく挨拶した瞬間、チャイムが鳴り響いた。そのチャイムの音とともに、石山が教室に入ってきた。

「さぁ! 一学期最後の朝礼、始めるぞぉ!」


 終業式の後、雄人は制服姿のまま、一人で箒山に来ていた。

 六尾に滅ぼされた吉備津の里の、すべての墓に順々に手を合わせた。

「じゃあな、また来月には来るから。ばいばい、父さん。それに、母さん」

 最後に和生の墓前で手を合わせてからそう言って、彼は里を後にした。


 里から歩くこと数分、彼は酒呑童子の元にやって来た。その日の酒呑童子は、珍しく最初から起き上がった状態で彼を迎えた。


「よう。来ると思ってた」

「来ると思ってる、と思ってた」

 僅か数日振りの再会であるにも関わらず、二人はお互いに、まるで何十年振りかの再会のような気がしていた。

「落ち着いてからゆっくり話をしたいと思ってさ」

「昨日までは結局まともな話が出来なかったからな」

 和生との戦闘後、彼は此亜たちとともにここへも訪れていたが、その時の彼は正に抜け殻の状態であった。話と言える話を出来る状態ではなかった。

「仕方ないさ。お前にとっては色々あり過ぎた。それより……後悔はしていないか?」

 酒呑童子は、今の雄人に一番聞きたかったことを訊ねた。回りくどい言い方を避けて、直球で。雄人はしばらく目を閉じてから、口を開いた。

「……そりゃ、全く後悔していないってわけじゃない。でも、ついて行ってたら……もっと後悔していた。それは、絶対だ。俺の父さんは吉備津和生という男だったかもしれないけど、俺の親父は酒呑童子だった。それが、俺の選択だ」

 それは、嘘偽りのない、雄人の正直な気持ちであった。

「そうか。ならば、それでいい。お前が自分で決めた道だからな」

 酒呑童子のその言葉も、雄人同様に正直な気持ちを表したものであった。雄人が和生と生きる道を選択していたとしても、彼がそれを責めることはなかっただろう。


「ところで雄人、なんであの子はあんな離れた場所からこっちを見てるんだ?」

「へ?」

 酒呑童子が指差した先には、「気付かれた!」という表情の此亜が立っていた。

「此亜!? 尾けてたのか?」

 雄人が声を上げると、観念した此亜が彼らの元に歩み寄ってきた。

「う、うん。だって、また一人で山に行くなんていうから、心配しちゃって……」

「心配?」

「その……帰って来ないんじゃないかと思って」

「樹海じゃないんだから」

 此亜の短絡的思考に、雄人は思わず呆れてしまう。

 酒呑童子は大声で笑ったが、それは此亜を嘲る笑いではなかった。

「ガハハハッ! こいつが此亜ちゃんを置いてどっかに行くわけがないって! なんせ、こいつは昔っから此亜ちゃんにべた惚れなんだからな」

「な、何言ってんだよ、親父!!」

 酒呑童子の突然の発言に、雄人は顔を真っ赤にして叫んだ。

「じゃあ、雄は私のこと、嫌いなの?」

 今にも泣きそうな目で此亜が訊ねる。

「いや、なんでそんなに極端なんだよ。好きとか嫌いとかじゃなくて、お前を置きざりにする気がないっていうのは本当だけどさ……」

「じゃあ、ずっと一緒にいてくれる?」

 少女はそう言って手を伸ばす。

 身体を小刻みに震わせ、目は閉じられている。

「ああ、約束するよ」

 少年は、少女の伸ばした手をしっかりと握った。


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