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アカガシラ  作者: 直弥
五番目「再会」
16/17

4コマ目

 雄人は、自分の母親を想像した。

 

 一体、どんな女性だったのだろうか。

 優しかっただろうか?

 多分、優しかったんだろう。

 自分が死に瀕している時でさえも、我が子を心配してくれた女性だ。

 そんな女性が、自分の愛した男が単なる殺戮者になっていることを喜ぶだろうか? 

 息子を力ずくで連れ去ろうとしているのを喜ぶだろうか? 

 喜ぶはずがない。いや、それを言うのなら、こんな再会の仕方も望んではいなかったはずだ。

 息子の手で夫が葬られることなど、当然望んでいるはずもないだろうが、雄人には他に選択肢を見つけられなかった。

 この男がこれ以上罪を重ねないようにという、もっともらしい理由をつけて、この男を殺そうとしている。

 だが、それを自分勝手な解釈と結論であるとは、雄人は思わなかった。

 その選択は、自分一人のためのものではなかったから。

 

 雄人は、自分が久しく、明確に誰かのために戦おうとしていることに気付いていた。自己満足のためじゃない。自分の命を守るためでもない。此亜という大切な幼なじみとの未来を取り戻すために、彼は戦おうとしていた。

 雄人は此亜の方を見る。

 彼女はうつぶせになり、またぐったりと倒れていた。

 しかし、死んではいない。その証拠に、呼吸をしている。身体が胸を中心に、僅かに上下している。

 さっきは、ただ謝るために力を振り絞ったのだろうか?

 そう考えた雄人に、改めて強い決意が宿る。


「和彦……会ったこともない母さんからもらったその名前、これからも大切に胸にしまっておくよ。でも、俺の名前は雄人だ、国守雄人。この『国』を『守』る、『雄』たる『人』間。そういう意味を込めて、親父が付けてくれた名前だ。だから俺は、あくまで『人間』として、やり直しが効かないほど壊れちまったアンタを滅ぼすために戦う!! そして、此亜も取り戻す!!」

 その言葉を言い切った雄人が、和生に向かって走る。

「……数多に突き刺せ」

 四方八方から飛んでくる、鋭利な先端を持つ木の枝が雄人を狙う。彼は、酒呑童子から課せられた昔の訓練を思い出しながら、それらをかわす。訓練の時と違い、明確な意思を持って雄人を襲ってくるため、流石にすべてはかわしきれず、幾つかの傷を負ってしまう。しかし、いずれも気にならない程度の傷。雄人はそのまま怯むことなく突進し、和生の間合いに入る。

「はっ!!」

「うくっ!」

 雄人の仕掛けた足払いを、和生は跳躍することでかわす。

 そして跳躍しながら、次の言葉を放つ。

「狙い撃て!」

「――(つう)っ!」

 無数の石が、雄人に向かって飛ぶ。石とはいっても、どれも先のとがったもので且つその飛んでくる早さが尋常ではない。雄人がかわし切れなかった石は、彼に当たるというより、突き刺さった。彼の体中から、血が流れ出す。

 石の雨が収まった時、雄人は再び反撃に転じた。

 彼は一つの策を思いついてた。


 ――さっきみたいに、ただ突っ込むだけじゃダメだ。だが、こんな真似はそう何度も通用しない。出来れば、一発で勝負を決める!!


「切り刻め!」

 和生がそう叫ぶと、辺りの木々から葉が離れ、意思を持った手裏剣のように雄人に襲いかかった。雄人はそのすべてを避けようとすることは最初から諦め、出来るだけ身体を丸めて、和生に向かって走る。和生は後退するために走るが、彼の足では雄人の足に敵わない。いよいよ間合いに入った瞬間、雄人が左拳を突き立てる。和生は身体を、雄人から見て右にかわすことで避けるが、雄人はすかさず、右脚で和生の背中を蹴り上げた。

「がふっ!!」

 左腕から繰り出されたフェイントの拳。それを避けようとした先に待ち構えていた本命の右脚に強く蹴りあげられ、和生の身体は宙に舞う。

 彼はなんとか空中で態勢を立て直し、両足で着地した。

 しかし、着地した瞬間を雄人が狙っていた。

 背後から足払いを決められた和生は思わず倒れ込む。雄人は倒れた和生の足を掴み、ある場所に向かって投げつける。地面が牙の形を為して隆起したままであった場所に。

 和生の身体はその牙に、深々と突き刺さった。

「ぐあああぁぁぁ……っ!!………」

 目標を外れた時、すぐさま次の攻撃に移れるように、牙のすぐ近くにまで走り寄っていた雄人の頭上から、大量の血液が降り注いだ。

 隆起した地面は、和生の生命力が失われていくのを示すかのように押し下がっていった。

 そして、血塗れの男が、地面に倒れているだけとなった。


 雄人は和生に歩み寄る。

 最期の力を振り絞り、和生は口を開く。

「……強くなったんだな。術者の家に生まれた『絶魔体』。私も母さんも……すごく、心配してたんだが……杞憂だったって、今は……言えるよ。出来れば……、お前の成長を……この目で」

 最期の言葉を紡ぎ切ることも許されず、生きている間、遂にただの一度もわが子から「父」と呼ばれることもないままに、吉備津和生は五十二年の生涯を閉じた。


 雄人は父の亡骸の前にしゃがみ込み、泣いていた。一日でこれだけ泣いたのは、赤ん坊だった頃を除き、彼の人生で恐らく初めてのことであった。

「……雄?」

 和生の死とともに結界から解き放たれた此亜が、いつの間にか彼の傍にまで這い寄っていた。

「泣いてる……の? ゴメンね、私のせいで……」

「……!! 違う!!」

 雄人は今にも泣きそうになっている此亜の身体を強く抱きしめた。

「え……? え!? ゆ、雄!?」

 突然の抱擁に混乱し、此亜は顔を真っ赤にさせた。そんな此亜に、雄人は優しく言った。

「もう、謝らなくていい。此亜……ありがとう」

「え、えーっと……その……」


 此亜は状況を一切理解できず、茫然自失している。

 目の前に男の死体が横たわっている中での二人の抱擁は、あまりにも不謹慎であるように見えた。だがそれが、国守雄人が生きると決めた世界――法で裁けぬ相手であれば力を持って裁く修羅の世界の光景。二人の様子を、いつからそこにいたのか、少し離れた所から一匹の狐が眺めていた。

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