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アカガシラ  作者: 直弥
五番目「再会」
15/17

3コマ目

 和生に過去を話すことを促した雄人は、静かにその話を聞いていた。

 雄人の両の目から、涙が零れた。彼は手の甲で、涙を拭った。その涙が一体何の涙なのか、わからないままに。

「そんなことが、あったのか……」

「そうだ。お前が信じようと信じまいと、全て真実だ」


 和生の言葉に嘘偽りがないことが、雄人には分かっていた。その上で、雄人は和彦に、自分の真実を告げる。


「俺は、自分の意志で今の居場所にいるんだ。それに、人間以外の全部が悪だなんて、俺は思わない。オヤ……酒呑童子も小太郎さんも、此亜も此亜のお袋さんも、皆、良い鬼だよ。朱点童衆の皆も、いい妖怪だし」

 しかし雄人のその言葉は、和生を怒らせるだけであった。

「違う!! 目を覚ませ和彦! 第一、その朱点童衆の中の一匹が、酒呑童子を裏切ってあの山へ封じたんじゃないのか!?」

「それは……」

 酒呑童子本人の口からそれを聞いていた雄人は、必死に返す言葉を探した。

 そして、

「で、でも……仇を取ったのも同じ朱点童衆の妖怪だったじゃないか! 横暴だろ!? そんな言い分! 大体、そんなことを言い出した人間にだってとんでもない奴は幾らでもいるじゃないか!」

 雄人の精一杯の抵抗であった。だがそんな彼の精一杯を、和生は軽くいなす。 

「確かにそうだ。でもな、それでも人間の社会は、全体としては何とかやっていけているだろう? そしてそれは妖怪も同じこと。しかし、その二つが交わった時にどうなるか。結果は一つしかない。破滅だよ」

「そんなことは……」


 ない、とは言い切れなかった。

 そう言い切るには、雄人はあまりに若すぎた。若く、経験が浅すぎた。対して目の前の男は、実際に一度『破滅』を味わっている。


「妖怪と人間。どうせ、何れかは一方が消えるしかないんだ!」 

 もう自分が何を言っても、この男には『無垢な子どもの夢想』としか聞こえない。雄人はそう思い始めていた。

「俺は……酒呑童子から命の破片をもらっている。俺が『アンタについて行く』と言ったとしても、それはただの一時凌ぎかもしれないぞ? アンタが寿命で死んだあと、あっさり此亜たちの元に戻るかもしれない。俺の寿命は、そこからの期間の方が圧倒的に長いんだから」

 だから自分をつれて行っても無意味だと、雄人は訴えかけたが。

「その心配はない。お前が鬼の寿命を持つというのなら、私も鬼の寿命を持とう。どこかの鬼をぶち殺して、強引に奪えばいいだけのことだ」

 もう何を言っても無駄なほど男は壊れてしまっていると、雄人は遂に確信した。

 鬼を殺したところでその寿命を強引に奪うことなど出来ない。魔術師が人間の寿命を超越するのであれば、それこそ魔術であるのが常道。魔術師にとって、魔術師になることが第一の壁、寿命を克服するのが第二の壁と言われるように。男が返すべき言葉は、その第二の壁を魔術によって自力で越えようというものでなければならなかったのに。


「……俺が『アンタについて行く』って言うんなら、此亜は放してくれるのか?」

「ああ、それは約束しよう。本当は今すぐにでも捻り潰してやりたいところではあるが、ともかく今は解放しよう」 

「……」

 雄人の心は揺れていた。


 ――俺がついて行けば、此亜は助かる。しかしついて行けば、此亜と一緒に笑うことは永遠に出来ない。一緒に学校に通うことも、一緒にテレビを見ながらみたらし団子を食べることも出来ない。此亜だけじゃない。恭の馬鹿な話に突っ込むことも、真壁をこれ以上知ることも、佳苗さんの授業を受けることも出来ない。親父にも多分、会えなくなるだろう。小太郎さんからは、命を狙われることになるのかもしれない。


 様々な負の感情が彼の心に渦巻いた。 


 ――でも、ともかくはそれで此亜が助かるというのならば……俺は……。


「俺は……。くっ!! それでも、やっぱり出来ない! 俺は、此亜と離れるなんてことは考えられない!!」

「ならばやはり、私を殺すのか? 父であるこの私を」

 和生が悲しげに目を細める。

「違うっ……!! 俺には殺せない……。アンタが今までにやったことが、許されないことを多分に含んでいるんだとは思う……! 復讐のために、狐の里を滅ぼしたのもそうだし、それ以外にも色々。ただ人間じゃないってだけで、罪のない者まで殺戮してきたということだって、言われなくても分かる。それなのに、アンタだけは殺せないんだ。いや、そもそも戦えない。これが、親子の情ってヤツなのかどうかはわからないけど、多分、それに似たなにかだとは思う」


 甘い。そんなことは雄人にもわかっていた。

 彼とて曲がりなりに切った張ったの世界で今まで生きてきた。命のやり取りは妖怪相手ばかりでなく、邪悪な魔術師の何人かは戦闘の末に屠ってきた。殺人鬼でなくとも、時に殺人者にならざるを得ない世界で今も生きている。それでも、雄人は今まで感じたことのない感情に襲われて、和生と戦うことを拒んだ。


「ならば、私にどうしろというんだ?」

 和生が抑揚のない口調で言った。

「此亜を離して、消えてくれ。そして、二度と俺たちの前に姿を現さないでくれ」

 それは、懇願。

 何の裏も持たない、心からの願いであった。


 雄人の懇願は、此亜や小太郎、そして酒呑童子を裏切ることになるものであった。今まで一体どれだけの罪無き妖怪を葬ってきたか分からない男。そして何より、今ここで逃がしてしまっては、これからも確実に妖怪を殺戮し続ける男を、あまつさえ生きたまま逃がそうというのだから。


「和彦……悲しいことだ。出来れば、話し合いだけでお前を連れて行きたかった。しかしどうやら、実力行使に出るしかないようだ」

「!!」

「少なからずこういう事態は予想していた。だからこそ、お前の体力を少しでも削るための捨て駒も使ったのだが。どうも、予想よりも早くお前にやられてしまったらしいな」

「捨て駒……?」 

 雄人はさっき自分が戦った相手が、和生にとって単なる捨て駒であったことを知る。そして同時に、和生が『雄人が自分の手でその捨て駒を屠ってきた』と勘違いしていることも。

「さあ、行くぞ!」

「!?」

 和生は両手を、開いた状態で重ね合わせる。

 そして呪文を詠む。

「水で錆び、火に縁り朽ちろ、桎梏よ」

 雄人の足元。地面が隆起し、さながら巨大な犬の口のような形状なる。

「な、陰陽術!? くっ……!!」

 間一髪。飛び退いて。己をかみ砕こうと迫ってくる口をかわした雄人。

 しかし、すぐさま和生が新たな言葉を口にする。

「突き刺せ」

 雄人が転がった先にあった、まだ木とも呼べないほどの幼木が、まるで意思を持ったかのように動き、彼の肩を突き刺した。

「ぐああっ……!!」

 雄人が苦痛に顔を歪ませる。ただの枝ならば如何ほどの速度と鋭利さを持っていても雄人を傷付けることなどできない。彼の方に深々と突き刺さった枝には、明らかに魔力が込められていた。

「大丈夫。殺しはしない。ただ、気絶させるだけだ。その間にこの娘を殺し、お前は連れて行く」

「なっ!? く、くそっ!!」

 雄人は急いで肩に刺さった幼木を抜き取り、立ち上がる。

「この一帯はな、吉備津が退治した悪鬼たちの怨念を封印するための場所だったんだよ。昨日封印を解いた時には、吉備津である私やお前を殺そうと息巻いていたようだが、安心しろ。今や私の傀儡(くぐつ)となっているからな」

「マジかよ……」

 えげつないという言葉がぴったりな和生の策に、雄人は戦慄した。


 如何に対象が悪鬼であっても、あまりにも邪悪。

 あまりにも人でなし(・・・・)


「どうした、反撃してもいいんだぞ? そのまま逃げ続けるつもりか!?」

「……くそったれ!」

 そこまで言われても、雄人は自分の拳を和生に向けることが出来なかった。物心着いた時から数えて、初めて出会った『肉親』という存在が、彼の思考を迷わせていた。ただ、攻撃を避け続けるのみ。


 ――このまま逃げ続けていても、じきにやられちまう。俺の意識が失われている内に、此亜が殺される。じゃあ、俺はもうこの男について行くしかないんじゃないのか? そうさ、これから先の一生を考えたら、俺と此亜の過ごした時間なんて微々たるもの。俺は直にこの男の思想に染まるかもしれない。遺伝的に、この男が俺の父親なのは間違いないんだから。俺は此亜のことなんてすぐに忘れて、此亜も……、此亜もきっと俺なんかすぐに……。


 そう考え始めていた彼に、聞き慣れた少女の声が届いた。

「雄……ごめん、ね……」

「え?」

 その声を聴いて。雄人は、此亜が囚われている檻に目をやった。

 痛々しげな少女が。彼の目に映った。

 少女は立ち上がることも出来ず、這うような態勢で、雄人の方を一点に見つめていた。

「私のせいだよね? ごめんね、本当にごめん……ね……」

「なんで……」


 ――なんでお前は、こんな時にまで謝ってるんだ……!!


 雄人はそう言いたかったが、それを口にする前に、再び盛り上がった地面が彼を襲った。

「ちっ!!」

 雄人は最初の時と同様に、転がることでそれをかわし、転がった先でも次の攻撃を警戒し、すぐに立ち上がった。

 

 いつから気が付いていたのだろうか?

 

 今気付いたばかり?

 だとすれば、此亜は意味も分からない内に人質にされ、未曾有の恐怖を味わっているはずなのに、自分が足手まといになったと思って謝っているのか。


 もしかして最初から?

 そうなら、全てを聞いた上で謝っているのか? 彼女が謝る理由など、何一つないのに。


 雄人は様々な可能性を想定する。しかしその想定の全てが、此亜が謝っていることを『不条理』と判断した。


 ――俺はどこまで自分勝手なんだ! いつまで自分勝手な都合のいい解釈で楽な方に逃げ続けるんだ! 自分自身まで押し殺して……。曲解するしない以前に、確実に分かっていることがあるだろう!? まず、俺が此亜のことを忘れるなんて、ありえないってこと! そしてもう一つ、俺がこのままこの男について行ったら、此亜は一生、この俺なんかのために謝り続けるってことも!!


「んん?」

 声を出したのは和生。それまで逃げの一手だった雄人の目に、覚悟の火が宿ったことに気が付いたのだ。

「……やる気になったのか?」

「――ああ」

 雄人は、直前までの自分を殴り飛ばしてやりたくなっていた。


 此亜を守ると決めたはずなのに、ずっと傍にいると決めたはずなのに、自分の覚悟はそんなものだったのか、と。

 自分は、そんなにも情けない男だったのか、と。


「ホント、情けないよな。さっき見ず知らずの女……つっても、あっちは俺のことを知ってたみたいだし、正確には見ず知らず、ってわけじゃないんだろうけど。とにかく、そんな奴が相手だったら容赦なくぶちのめしてたってっていうのに。形ばかりの親子の情だけでこの様か」

 自虐と自嘲。

 本来、負の方向にしかなりえないその二つが、今、彼を正の感情に向かわせていた。

「アンタは、気の毒だったとは思う。俺が想像出来る範囲を遥かに超えて不幸だったんだと思う。でもさ、だからって、今の俺の幸せを壊す権利がアンタにあるのか? ただ、実の父親だっていうだけで」

 雄人のその言葉は、彼の予想を超えたダメージを和生に与えた。

「違う、お前のためなんだ! 鬼や妖怪なぞと一緒にいるよりも、父親と一緒にいた方がお前にとっても……」

「俺の親父は酒呑童子だ」

「!!」決定的な言葉。「ぁぁぁああああ!!」

 和生は発狂したかのように叫ぶ。その叫び声に呼応するかのように、辺りの地面が次々に盛り上がり、植物や石が雄人を目掛けて襲いかかる。

 しかし雄人は怯まない。怯まず、接近戦に移ろうとする。

 彼の体力は、先の戦闘と合わせてかなり消耗されていた。この戦いを勝利で終わらせるためにも、時間は掛けていられなかった。


 和生の感情を反映し、ただ暴れ狂うだけの地形。ならばその攻撃をかわすことは容易。攻撃の網の目をかいくぐりながら、雄人は初めて和生に一撃を与える。

「――――ッッッッ……!……!!」

 腹を殴られた和生の身体は高く吹き飛んだ。

 吹き飛ばされている途中、彼の頭は徐々に冷静を取り戻しつつあった。結局、彼の体は地面に叩きつけられることになったが、その衝撃で、暴走しかけていたその思考は、徐々に冷えていった。

 彼はよろよろと立ち上がりながら叫ぶ。

「どうしても妖怪どもと生きるというのか。お前の母を殺したのも妖怪なんだぞ!?」

「確かにそうだ。でもそれは、親父でも、小太郎さんでも、此亜でもない!!」

 雄人は強い口調で言い切った。いつも何となく浮ついたことばかり言っていた彼が、確固たる意志を持って言い放った。

「それに、妖怪だけじゃない。俺には他の妖精や人間の仲間だっている」

「そんな連中との繋がりは一時的なものに過ぎんだろう!? 鬼の寿命を持ったお前が人間として普通に生きられるのは、あとほんの僅か。だからせめて、この私とだけでも一緒に生きようと言っているんじゃないか! やり直すんだ。二人で」

 和生はそう言って手を伸ばす。


 しかし雄人は、その手を取ることを拒絶した。


「残念だったな。俺には魔術師や能力者みたいな、こっち側の人間の友人だっているんだ。その中にはもう魔術師としての『第二の壁』を越えて、寿命を克服してる人たちもいる。ダメなんだよ。残念だったな。やり直すべきは俺じゃなくて、アンタの方だったんだ」

「和彦!!」

 和生のその言葉に、雄人がぴくりと反応する 

「……和彦、それが俺の元々の名前なんだよな」

「そうだ。私の名前から一文字、それに、吉備津開祖である吉備津彦の名を足して和彦。私の妻、つまりお前の母親が名付けた名前だ」


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