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アカガシラ  作者: 直弥
五番目「再会」
13/17

1コマ目

 雄人は、次々に投げつけられる青い火球を避け続けていた。

「逃げ回ってばかりか? なにも変わってないな!」

「くそっ! 何言ってやがるんだ!」

 雄人には理解が出来なかった。この少女が「また会ったな」と言ったことも、何故彼女が自分を襲うのかということも。ただ、この少女が、あの男となにか関係があることは明白であった。

「お前、あの結界使いの仲間か!?」

 火球を避けながら、雄人が訊ねる。彼女は攻撃の手を緩めることなく、それに答える。

「アタシは、あの男の配下さ」

「だったら、なんでこんなことを!!」

 雄人が口にしたその疑問は当然湧き上がってしかるべきものであった。ここで自分を仕留めることが目的ではないはずだ。最初から自分を殺すつもりなら、男にはその瞬間が幾らでもあった。わざわざこんな回りくどいことをする必要がない。

「ほら、喋くってる場合じゃないだろ?」

「ぐっ!!」

 遂に少女の放った火球が雄人の頬を掠める。炎上とまではいかなかったものの、掠めた箇所が黒ずんだ。

「舐めるな!」

 雄人は遂に反撃に転じることを決意し、特攻を仕掛ける。

 無数に放たれた火球を避けながら、彼は少女の懐に入った。そのまま渾身の拳を入れようとする。しかし、伸ばした拳は彼女に届くことなく止まった。

「がっ……!!」

 雄人の突き出した腕は少女の両拳に挟まれる。彼女はそのまま、握ったままの拳からも火を生み出し、雄人の腕を焦がした。そして、追い打ちをかけるように、彼の鳩尾を思いっきり蹴り飛ばした。

 雄人の身体が高く吹き飛ぶ。

 吹き飛ばされた雄人は辛うじて倒れることなく着地したが、火傷した腕で鳩尾を押さえながら、苦痛に顔を歪ませていた。

「がはっ……くうっ……!!」

「本当に何も変わっちゃいないな。まあ、たった一日でそう変わられても困るが」

 雄人にとっては意味深な言葉を口にした彼女であったが、その声はもはや彼の耳に届いていなかった。

「此亜はどこだ」

 突然、雄人が抑揚のない口調で、本当は彼が一番最初に聞きたかった疑問を口にした。

「この状況でまだあの小娘の心配か。随分余裕じゃないか? ええ!?」

 その時、少女は、初めて明確に自分の感情を現した。『怒り』という名の感情を。しかし、雄人はその感情を冷酷に無視した。

「お前の感想なんて、どうでもいい。此亜はどこだって、聞いているんだ」

 再び少女が自分の感情を明確に、顔に現した。但し、今度のそれは『恐怖』であった。

 彼女は恐怖したのだ。雄人のその、冷酷を極めたような表情に。

「あ、あの男のところにいるさ。お前が指定された場所に」

 彼女は努めて冷静に質問に答えたつもりであったが、その声は明らかに震えていた。

「そうか……」

「!?」

 雄人が一言だけ呟くと、その姿が一瞬にして消えた。

 次の瞬間、少女の体は宙を待った。

「きゃあっ!!」

 受け身を取る間もなく地面に叩きつけられた少女が悲鳴を上げる。

 唖然としながらも何とか立ち上がり、さっきまで自分がいた場所に彼女が目をやると、そこには機械のように冷淡な顔をした雄人が立っていた。

 真相としてはごく単純。超越的な素早さで少女の背後に回り込んだ雄人が、そのまま、彼女を思い切り蹴り飛ばしただけに過ぎない。ただその動作が、彼女が『無意識のまま、目で追うことが可能な限界』を凌駕していただけのこと。

「じゃあ、さっさとお前をぶっ倒していかないとな……」

 雄人は、先程の呟きの続きを口にしながら少女に近づいていく。

「ひっ!」

 少女は一瞬だけ身を竦ませたが、彼女とてド素人でない。すぐに態勢を立て直し、新たな火球を連発し始めた。その全てが雄人に直撃したが、彼は一向に構うことなく、彼女に近づいていった。そして、

「つあぁぁ!!」

 その拳を、彼女の顔に叩きつけようとした。

「うくっ!!」

 彼女はその攻撃を間一髪でかわし、雄人の背中に手を当てて直接に火を放った。

「!!」

 燃え上がる自分の服を脱ぎ捨てる雄人。その間、彼女は雄人との距離を、出来得る限り取っていた。そして八メートルほど離れたその場所から、矢のような形状をした、今までとは違う種の火を、大量に放った。

「うっとうしい」

 幾つもの火を浴びて、体中に火傷を負いながらも、彼は三度女に向っていく。そして今度こそ少女の腹に、激しい殴打を浴びせた。

 吹き飛ぶことまではなかったものの、少女の身体がよろける。雄人はそのまま彼女を蹴り飛ばそうとするが、今回は素早く反応することに成功した彼女が、雄人の足を掴んで、炎上させる。

「ちっ!!」

 結局、蹴り飛ばすことを断念し、雄人はその足を引っこめる。その隙に少女は再び距離を取った。少女は既に逃げの戦法へと転じている。『避ける』という戦闘における基本動作の一つを完全に無視した、ほとんど暴走に近い戦闘方法。それにより雄人の身体は着実に傷付いていたが、地力の差はあまりに大きかった。様子見を終えた国守雄人の純粋な戦闘能力は――ずば抜けているとまでは言わないものの――熟練の魔術師と比較しても遜色がない。

 自分の敗北を悟った少女が笑う。

「ハハハッ……あーあ、結局ダメか。まあ、わかってはいたけどね。それに、元々そういう役割だもん。実力的に勝ってようが負けてようが、結局アタシの『勝ち』は、結果としてあり得ない勝負だし。第一、アタシだけが二回目なんてズル、最初から嫌だったんだよね」

 さっきまでとは明らかに別人のような口調で意味深な自虐、自嘲をする女に違和感を覚えつつも、雄人は攻撃を続けようとした。

 しかし、雄人の蹴りを寸でのところでかわした少女は高く飛び、近くの木の枝に乗った。

「さあ、これが正真正銘、アタシの最期の仕事だ」

 そういって彼女は、両手を天に上げる。

 すると、彼女の頭上に今までの火球とは比べ物にならないほど巨大な、炎の玉が形成されていった。その色は青ではなく、橙であった。


 ――そうか、こいつは。


 尋常外の炎の光に照らされながら、雄人は悟った。


「流石に、コレの直撃だけは避けた方がいいと思うよ。アンタなら死にはしないと思うけど、それでもちょっと熱すぎるからね」

 少女はそう言って、両手を振り下ろした。

 

 自分目掛けて飛んでくる巨大な火球を、雄人は蹴り上げた。

 途端に火は、最初からなかったかのように掻き消えた。


「な、にっ!?」


「手で振り払おうとすればしっかり火傷するのに、足で蹴り上げれば消えちまうんだから、不思議なもんだよな。『狐火』ってのは」


「あ、アンタ、アタシが狐だって……」


「さっきまで核心はなかったけどな。そんな火まで見せられれば流石に分かる。こちとら妖怪変化とは赤ん坊の頃からの付き合いだぞ」


「あいつの所へ行く前に、聞かせてもらいたいもんだな。まずはお前の正体を」

 雄人が詰め寄る前から既に観念し切っていた少女は、大きく息を吐くと同時に腰を下ろして。

「……アタシはね、十年前まではただの狐だったんだよ。って言っても、既に妖狐への変化を遂げる直前の段階であったけどね」昔を思い出し、懐かしむような目で語り始めた。「私の故郷は静かな山でさ。代々、完全な妖狐への変化を遂げる前の狐が各地から集まってくる場所の一つだったんだ。そこで仲間たちと一緒に暮らしてたよ。あの男がやって来るまで」

 そこまで聞いた段階で、雄人は話の結末にほぼ気が付いていた。

「突然やって来たあの男は、アタシの仲間を次々に殺していったんだ。わけも分からないまま、皆アイツに殺された。しかしあの男はアタシだけは殺さなかった。アタシには利用価値があったから。アタシが異能の力を持っていたから」

「異能……どんな力だ?」

「大したものじゃないよ。ただ、記憶を巻き戻すだけの能力さ。しかも、精々六時間分くらいしか巻き戻せない」

「ふうん」

 雄人は腕を組んでしばらく考え込んだ。

 彼の頭の中で、一昨日の夜、此亜が漏らしていた不満が再生される。


『誰にもばれないように、っていうのがそもそも無茶だよね。お蔭で、昼間からの仕事は凄くやりづらいし、たとえ夜でも神経使うもの』


「もし事態が丸く収まったら、あんたには同僚になってもらうかもな」

「へ? いやまあ、確かにアンタらの仕事に取っちゃ助かる力だってのは分かるけど、そもそもあっさり信じていいのかい? アタシなんかの言葉を」

 至極尤もな少女の言い分。雄人は何故?

「……一日だけ里を離れている間に同胞を惨殺された狐が今、養魔園にいる」

「え?」

「皆を弔ってやりたかったそうだけど、どうしても一匹だけ死体が見つからなかったらしい」

「それって……」

「時期的にも一致する。間違いない。アンタの同郷だよ」

「そんな、まさか」

 にわかに少女の声が震え出す。

 

 ――ああ、そう言えば。よく里を抜け出していたキカン坊が一匹居たっけ……。


「感慨深くなっているところ申し訳ないけど」と、本当に申し訳なさそうに雄人が言う。「結局、あの男は何者なんだ。本当に、俺の父親だって言うのか?」

「さあね。だが少なくとも、アタシにもずっとそう漏らしてたよ」

「そうか。じゃあやっぱり、そうなんだろうな」

 心得顔で頷く雄人に、しかし納得が行かないのは少女の方であった。

「お、おいおい。あっさり信じていいのかい? あの男がアタシのことも騙してるって可能性もあるだろう」

「それは勿論、そうなんだが。でも、今思えば……似てたんだ。さっきまで俺の足を捕まえてた、あの結界の匂いが」

「何に?」

「今もあの山に残ってる結界に。じゃあ、俺は行くからな。……悪かった、謝って許されるはずもないけど」

「何を。まさかこの期に及んで父親のことで? アンタはアンタだよ」

「ありがとう」

 嘘偽りのないを礼を述べると、雄人は走り出した。


 ………………。

 …………。

 ……。   

 

 ――――そして。

  

 頂上にて、雄人は男と対峙した。   

 男の背後には檻状の可視結界があり、その中で赤毛の少女が横たわっていた。

「何が目的なんだ」

 雄人からの問いに、

「お前を取り戻すことだ」

 男は端的に応えた。

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