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アカガシラ  作者: 直弥
初番目
1/17

セーラー服と鬼金棒(きかんぼう)

 月も沈んだ深夜の小学校。

 彼らが今いるのはそこのグラウンド。

 彼らとは即ち、(くに)(もり)雄人(ゆうと)という名の黒髪の少年と、茨木(いばらき)(ここ)()という名の赤髪の少女。

 そして『髪切り』という一体の異形のことである。

 鳥のような顔とハサミ型になった両手を持つ異形。雄人はそれを組伏せている。此亜という名の少女の方を見てみると、頭には二本の小さな角があり、彼女もまた人外の存在であることが分かる。そしてその手には、鬼にお似合いの金棒が握られている。

 彼女は金棒を振り上げて跳躍する。校舎三階の窓の位置に匹敵する高さにまで。そこから、雄人が異形を組伏せている場所を目掛けてその金棒を振り下ろそうとしている。

「お、おい! ちょっと待て!」

 雄人は焦った声で此亜を制止しようとするが、その声は彼女に耳に届かない。

 ――やばい!

 そう判断した彼は、異形を掴んでいた手を放し、その場から飛び退いた。自由の身となった異形は、飛び跳ねながら何処かへと去っていく。直後、此亜の金棒は、雄人たちのいた場所に直撃した。

 砂塵の巻き起こる中、直径約三メートル、深さ二メートル程の大穴の中心に、赤髪の少女が立っていた。


「あー! 避けられた!」

「それは俺に対する言葉かあいつに対する言葉か、どっちだ!?」

 雄人は、口惜しげな顔で地団駄を踏んでいる此亜に向かって、怒りと驚愕の入り混じった声で叫んだ。その直後、呆れ顔で次の言葉を紡ぐ。

「だいたい、今日は処分じゃなくて捕縛が目的だろ。完全に殺す気満々だったじゃないか、お前」

「だってあの妖怪は女の子にとっては大敵だもん。わざわざ捕まえてから処遇を決めるなんて甘過ぎると思うんだよね」

「そういう文句は小太郎(こたろう)さんに言えよ、まったく。どっこらよ、っと」

 飛び退いた先で尻餅をついたままだった雄人は、やけに年寄り臭い掛け声とともに、ようやく立ち上がった。

「大事な髪を勝手に切り落とす妖怪に対する、その怒りは分かる。一応お前も女の子だし。分かるけど、流石に、それを理由に殺すっていうのはちょっと過激じゃないか? 別にお前が切られた訳じゃないんだし」

「似たようなもんだよ」

 そう言って、此亜は一瞬遠い目をするが、雄人は気が付かない。その言葉の意味にも気が付けないでいた。

「とにかく、今日はもう帰ろう。俺達だけで逃げたあいつをもう一回探してたら、見つける前に日が昇っちまうかもしれない。それに今日はもう何もしないだろ。この時間にこの辺りで外を歩き回ってる人もいないし」

「そうだね。今日はもう仕方ない、か。よし、帰ろう」

 此亜はそう言うと、一人でそそくさと歩き始める。雄人は此亜に駆け寄って、その隣を歩き始めた。彼はズボンのポケットから携帯電話を取り出して時間を確認する。

「うわ、もう二時半過ぎだ。事務所に着く頃には三時に突入してるな、こりゃ」

「嘘、もうそんな時間!? 事務所を出た時は十一時だったのに? そんなに時間掛けた結果が無駄足なんて……」

 雄人は、此亜のその言葉に対して「いや、お前のせいじゃないか?」とは思いもしない。彼の心に湧いたのは「申し訳ない」という気持ちだけである。何故なら、彼女が自分と一緒にこんなことをしているのはそもそも自分のせいだという認識があるからである。

 彼が、彼女の父である小太郎の裏の仕事を手伝い始めた時、同時に彼女がそのパートナーとなった。彼女の言い分は、「父さんがどうしても、っていうから雄のことを手伝っている」である。

 それが、雄人に気を負わせないための嘘であることは、雄人自身もとうの昔に気付いていた。

 だから彼も、彼女に気を負わせないように、気付いていない振りをして提案する。

「なあ、此亜」

「何、雄?」

「もう何回も言ってることだけどさ、無理して俺を手伝わなくってもいいんだぞ? 夜遅くなるってだけじゃなく、それなりの危険もあるし。俺が直接小太郎さんに言ってみようか?」

 雄人の提案した申し出を、此亜は顔を真っ赤にしながら慌てて拒否する。

「そそそ、それはちょっと困るよ! だって、雄がそんなこと言っちゃったら、結局私が父さんに怒られるんだもん! お前が言わせたんじゃないか、って。だから、言わなくていいからね? そんなコト!」

――小太郎さんがそんなこと言うとは思えないけどな。

 それは彼の推測。

 憶測故に、彼は自分の中に湧いたその考えに大きな信頼は置かない。

 実の娘である此亜の方が、小太郎のことをよく知っているのだと考えるのは当然のことであるし、ただ単に小太郎に対する自分の認識が少し誤っているだけかもしれない。そして、もしそうであるならば、自分の余計な一言のせいで此亜が怒られるというのは忍びない。

 そう解釈し、結論づけ、彼は結局彼女の好意に甘え続ける。

「悪いな、ホント。時間を奪っちまうのはもう仕方ないけど、せめてお前の身はきっちり守ってやるからな」

 雄人がそう言うと、此亜は呆れた顔で、しかし顔を少し赤くさせて言い捨てた。

「雄ってたまに、聞いてて物凄く恥ずかしいことをさらって言うよね」

「え? マジで?」


 二十分程歩き続けて、二人は一棟のビルの前で足を止めた。

 蔦の絡まった三階建ての鉄筋ビル。

 ニ階部分から飛び出した看板には『茨木探偵事務所』の文字。表向きには素行調査や人探しを請け負う、どこにでもある探偵事務所。しかしそれは、茨木小太郎の本来の目的のための疑似餌のようなもの。小太郎はまるで創作の中の探偵のように、怪奇現象に関する相談も承っていた。それによって彼は、妖怪……特に、人に害を為す妖怪の情報を得ることが出来ていた。もっとも、相談者には偽の解答を提示し、秘密裏に処理するのだが。

 一階の入り口は既に施錠されていたため、雄人たちは外階段を利用して二階に上がる。そして、まだ明かりの点いている部屋の扉をノックした。応接室も兼ねる所長室の扉を。

「雄人と此亜、今戻りました」

「ああ、入っておいで」

 中からの、入室を許可する言葉を受けて、二人は扉をくぐる。雄人は頭を下げながら『失礼します』と一声かけて。

 清潔に整えられた室内は、建物の外観からはとても想像出来ないほどに真新しい部屋の印象を与える。その部屋の奥、事務机に付属する椅子に腰を掛け、雄人達の方を見つめている男がいる。

 彼こそがこの探偵事務所の所長、此亜の父、小太郎である。

「随分遅かったね。チュン子抜きじゃ、やっぱり見つけられなかったかい?」

「あー、いえ、時間はかかりましたけど……見つけることは見つけましたよ」

 失敗したという報告をしようとしているのだから、雄人の言葉は当然歯切れが悪い。小太郎はそれを敏感に感じ取った。

「どうしたんだい? もしかして『見つけたには見つけたけど逃げられた』ってことかい?」

「すみません」

「ごめんなさい」

 二人は小太郎の質問に対して、謝罪の言葉と頭を下げるという行為で答えた。

「いや、逃げられたんならそれはそれで仕方ないよ。幸い命を奪う類の妖怪でもないし。怒りはしないよ。しかし珍しいな。雄人君一人でも楽に捕まえられる相手だったと思うんだが、あの髪切りってやつは」

 小太郎は、怒りや悲嘆より、むしろ驚きの感情を表せていた。

「面目ないです」

「いや、だから謝ることはないって。どうせ此亜が暴走したんだろ?」

「ちょっと! 少しは娘を信用して……」

「違うのか?」

「はい、そうです。ごめんなさい」

 此亜の抗議の言葉を一瞬で粉砕した小太郎は、額に手を当てて俯き、しばらく考え込む。そして額から手を放すと、再び此亜の方を向いて喋り出した。

「事情が事情だったからな。お前の気持ちも分からない訳じゃない。さっき言ったように、怒るつもりもない。でも一つだけ注意はしておく。お前の暴走の結果で、今後被害が増える可能性だってあるんだ。時には冷静に対処することも大事だぞ」

「肝に銘じておきます」

 此亜は途端にしゅんとしてしまう。それを見かねた雄人は、慌てて彼女に励ましの言葉をかけた。

「そんなに気に病むなよ。お前だけのせいじゃないって」

「ううっ、ごめんね、手伝うどころか邪魔しちゃって……。でも、ありがとう」

 元気を取り戻したのか、此亜は顔を綻ばせる。

「誰にもばれないように、っていうのがそもそも無茶だよね。お蔭で、昼間からの仕事は凄くやりづらいし、たとえ夜でも神経使うもの」

「すぐに調子に乗るんじゃない。それとも、今回の失敗はそのことと何か関係があったのか?」

「ないです。ごめんなさい」

 小太郎に再びたしなめられた此亜が肩をすくめる。

「とにかく、今日は仕方なかったけど、なるべく早い内に捕まえてくれ。とりあえず、もう今日は寝た方がいい。私ももうすぐ寝るし。お疲れさん」

「はい、お疲れ様です」

「じゃあね、父さん」

 雄人と此亜はそう言って部屋を出ていく。そして雄人は自分の部屋がある三階に上がる階段の方へ向かおうとするが、此亜は二階の自分の部屋ではなく、一階へと向かおうとする。

「なんだ、こんな時間から風呂に入る気か?」

「だって、金棒使った時に髪にも体中にも砂がいっぱいかかっちゃったし。シャワーだけだからすぐだよ」

「うーん、まあその方がさっぱりして気持ち良く寝られるかもな。じゃあ、上がったらなるべく早く寝ろよ? 明日も学校なんだから」

「うん。お休み、雄」

「お休み」

 一日の終わりの挨拶を交わした二人(厳密にはとっくに日付が変わってしまっているが)は、それぞれ目的の場所に向かう。雄人は眠るために三階の自室へ、此亜はシャワーを浴びるため一階の浴室へ。

 部屋に戻った雄人は電気も点けず、ベッドの上に用意していた寝間着に着替え、そのままそのベッドの上に倒れ込んだ。


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