第八話 暴走クラスメイト
前話の本編中のセリフの内容を一部変更しました。
信仰魔術 ⇒ 契約魔術
前話に記載したタグ名称を一部変更しました。
【事象加速初級】【時間延長初級】【付与初級】⇒【事象速度】【時間延長】【付与】
MLOを初めてプレイしたその翌日、俺は普通に学校へ登校していた。
俺なりに全力で楽しむとは決めたものの、それでも現実の生活を疎かにしてはならない。それはそれ、これはこれと。切り替えはキッチリしなければ、それは堕落の始まりだ。
――さて、本日の一時限目は数Bだったか。
昨日の夜はやんやかんやあって予習も出来なかった。
予定時間である夜10時丁度にログアウトして、そのまま風呂に入ろうと自室を出たのだが…………ドアを開いた所の廊下には、何故か正座をした両親の姿が。
彼らは正座のまま笑顔を向けてきて俺に質問してきた。
『ねえ、面白かったかい? 面白かったのかい?』
俺は無視して風呂に入り、そのあと今日の予習をしようとしたのだが、奴ら(両親)はそれを許さなかった。
追及に次ぐ追及の嵐。実際にMLOをプレイした感想を8000文字“以上”で表してくれとしつこく付きまとわれた。
結局、布団に入ったのは夜12時。あれこそまさに無駄な時間だ。あんなことなら12時までMLOをプレイしていたほうがずっとましだった。
「おはよう……」
挨拶をしながら教室に入る。誰も居ないとは分かってはいるが一応。
時刻は7時15分。まだ部活の朝練をしている生徒しか来ていない時間帯だ。
授業が8時半からなので、今まで8時くらいにならなければクラスメイトたちは来なかった。
――だから俺は、まだ誰も来ていないと思い込んでいた。
「お早う御座います」
「……!」
予想外の返答に一瞬息を呑んだ。
声の発生源は窓際の後列。その席に、濡れたように艶やかな長い黒髪をした女子生徒だった。この時間に俺以外に来ている者が居たとは。
――確か名前は……仁科、だったか?
新学期初日の自己紹介で聞いた気がするが、名前までは覚えていなかった。
どちらかと言えば美人といえる整った顔立ちが微笑を浮かべて此方を見ている。 すっと通った鼻筋と小さい唇、睫毛が長いのか細めていても強調されている双眸。第一印象は大和撫子。話したことはないが男子人気はかなり高いみたいなことは噂で聞いたことがある。
「お、おはよう」
目を合わせるのもなんだか気恥ずかしく、辛うじて挨拶を返した俺はそそくさと教室の中心に位置する自席に座った。
――気を取り直して、今日の予習だ!
勉強で一番重要なのは集中だ。それが例えどんなに短い時間だろうと、集中さえしていれば頭の中に残る。
……だが、今日の俺はあまり集中出来ていなかった。
その理由が、背中に感じる謎の視線のせい……だと思うのは俺の自意識過剰だったのだろうか?
◆○★△
「――んで。昨日の件なんだけどさ、考えてくれたか、真鍋?」
昼休み。
午前中から隣でずっとそわそわとしていた水島が手を上げながら話しかけてきた。
「一緒に飯食わね?」と、ずいっと迫ってくる水島の勢いに押され、特に考えないで返事をしてしまったのだ。恐らく、というか確実に昨日の「一緒にMLOをやらないか?」という問いの返答を期待しているのだろう。
俺は弁当持参なのだが、水島と彼の仲間たちは共に学食だというので、一緒に学食のテーブル席の一角を陣取っていた。
「むしゃむしゃ、ごっくん。相変わらずで強引で御座るな」
爛々と輝く瞳で此方に問うてくる水島を見て、テーブルを囲む彼の仲間の一人、太田吉秋が「仕方ない奴だなぁ」という眼を向けて溜息を吐いた。天然パーマの、かなり横幅のある体型をした男子生徒で、見た目通り大喰らいなのかカツカレー特盛をバクバクと食べている。というか、昨日聞いた時には語尾に「御座る」なんて付けていなかった気がするが……。
「そもそも優等生くんがゲームなんてやんのー?」
ボケーとした顔でA定食のニラレバを突いているボサボサ頭の男子生徒は飯倉正也。優等生くん、というのは話の流れからして俺のことだろう。言い方からして嫌味とかではなく単純に疑問を口にしただけだと思う。たぶん。きっと。
彼らはいつも水島と一緒に居る5人組グループのうちの2人だ。女子があと2人居たはずだが、此処には居ない。恐らく俺に気を使って男だけにしてくれたのだろう。
「……」
彼らにとって、俺は急遽何故かリーダー(水島)から誘いを受けた今後仲間になるかもしれない何処ぞの馬の骨のような存在なのだろうことは想像に難くない。
MLOは楽しかったが、コミュ力の低い俺にとって彼らの中に入るというのはかなり難易度が高いのではないのか?
「まあまあ、落ち着けよお前ら」
何故か水島がドヤ顔で2人を制する。
「あんまりジロジロ見てやるなよ。怖がってるだろ?」
この状況に至らせた本人が言うべき台詞ではない気がするが?
というか、怖がっているのではなくて返答に困っているだけだ。
「昨日も言ったけどさー、なんでいきなりー? ってのはあるよなー」
「うむ。それがしたちに何の相談もせず」
「いやいや、それは言ったじゃねーかよ。頭良い奴が仲間に欲しーなーって! 俺らのパーティー馬鹿ばっかだから後衛心許ないし!」
「それはわかるので御座るが……」
「あーはー。アッキー馬鹿って言われてるー」
「貴様もだ、馬鹿!」
「あ、俺も俺も!」
『このバーカ!』
――なんなんだ、こいつらは……。
人のことを誘っておいて放置とか、というのは別にいいのだが。
傍目から見ても凄く仲が良いのが伝わってくる。なんというか、気の置けない関係というやつだろうか。
そんな彼らの関係が、俺には少し眩しく感じた。
「――ちょっと、いいか?」
タイミングを見計らって箸を休め、俺は彼らに声をかけた。
恐らく、こっちから本題に入らなければ昼休みが終わってしまう。
「お、何々?」
「ふむ」
「なーにー」
会話をやめた3人の視線が俺に集まる。
まずはこちらの状況を知ってもらうのが先決だ。
「……その、水島たちが言ってたMLOなんだけど、お、親が持ってて、実は昨日の夜に……プレイ、してみたんだ」
『!?』
「おおおお! マジか!? 意外とアグレッシブだな!」
「ふむ。それでは同士ということで御座るな」
「ほっほー。ゲームにハマる優等生くんってのもーオツだねー」
彼らの反応はまるで180度変わり、異物を見るような目つきから興味深いものを見るような雰囲気になった。
「で? で? レベルいくつ?」
「え、いや、まだ5……いや4だったか」
ライカンスロップイヤーを倒してレベルアップしたのだが、その後に死んだせいで経験値-5%されてレベルが下がっていたのだ。地味に、ショックだった。
「タグはどんくらい? 10? 20? 100!?」
「100て……。それがしらでも30個くらいで御座ろう」
「きゅ、9個」
「まあ、昨日だけならそんくらいか」
「だねー」
しかし、一人頭平均でタグ30個だと?
昨日1日、しかも現実時間の20時から22時までのたった2時間で9個を取得したのだ。水島たちがいつからMLOを始めたのかは知らないが、明らかに俺の2倍3倍以上はログインしているはずだ。
いくらなんでも少な過ぎる気がするが……。
「あ、いま少ないって思ったー」
「え」
「くはは。しかたねえって! 講義で取れるタグ取っちまったらあとはダンジョンに潜りっぱだからな!」
「ちなみに、それがしらの平均は17レベルで御座る」
「高い……のか、それは? 水島たちはいつから始めたんだ?」
「俺ら? 俺らは1週間前くらいだぜ? レベル的には中堅に入った辺りか。いやー、このMLOってレベル10超えると途端に次のレベルまでの必要経験値が跳ね上がるんだぜ? ほぼ3日間は全部ダンジョンに通い詰めだったし!」
「んだなー。元ベータテスターとかー、廃人さんたちはー、30代前半くらいって情報ー」
「正式サービスが始まってまだ3週間しか経ってないで御座るからなぁ。先駆者たちは情報開示よりも自己強化を優先している状態なので御座ろう」
此処に来て、俺はようやくMLOがまだ稼働して1ヶ月経っていないということを知った。そのせいで攻略サイトに乗っている魔術のこともまだほとんど基本的なことしか書かれていないという。
「基本的、というと?」
「えーっとな、講義にも種類があって、『無条件で受けられる講義』ってのと、『特殊な条件を満たすことで受けられる講義』ってのがあるんだ」
「基本的ってのはー、『無条件で受けられる講義』のみで考察されるあれこれのことだーねー」
「正確には、無条件で受けられる講義と、その講義を受けたことが条件で受けられるようになる講義のこと、で御座るな」
「ややこしいな!」
「なー」
「バカ2人は黙っているで御座る」
『えー』
水島、太田、飯倉の話を総合すると、攻略サイトといっても、それほど詳細な情報が載っているわけでもないらしい。むしろ現在は情報を求めている側のようだ。
その理由は、MLOプレイ中はネットブラウザにアクセスできないことが大きな要因の一つとして挙げられる。ゲーム内の情報を現実に持ち出す媒体は己の記憶のみ。余程記憶力に自信が無ければ、一回に取り出せる情報はほんの少し。管理人だけで攻略サイトを作り上げるのは至難を極める。
従来であれば、新作ともなるとユーザーから様々なコメントが飛び交い、それを検証することで記載出来た。しかし、MLOに至ってはコメント、つまり情報提供者が圧倒的に少ないのだという。
その理由は――――。
「まだ自分たちのユニークスタイルというものを探している最中なので御座ろう」
「『俺の考えた最強呪文!』をパクられるのが嫌ーとかー」
「レアタグ情報も、『手に入れたー』とかは聞いたことあるけど『何処でー』はまったく無いもんな」
――上位プレイヤーたちの情報の専有化。
といえば悪く聞こえるけども、別にそれが悪いわけではない。彼らは彼らの時間を使ってMLOをプレイしているだけなのだ。そこで知り得た情報をどうしようが彼らの勝手。新参の俺たちがどうこう言う権利はない。
ただ、攻略サイトの内容はそのせいで伸び悩みらしいが。
「今、知られている魔術は6つで、そのうち取得方法まで解ってるのが『ルーン魔術』と『契約魔術』だったで御座るか」
「ルーン魔術……?」
聞き覚えがあった。確かフィリップたちが言っていた前衛プレイヤーに適している魔術だという話だったか。長時間効果を発揮するらしいから俺も取得はしてみたいと思っている。
「お? 真鍋、ルーン魔術が気になんの?」
「え?」
ルーン魔術に反応した俺の雰囲気を感じたのか水島が訊いてくる。
確かに気にはなっているが、別にそれだけが気になっているわけじゃ――――
「ふむ……そっか。じゃあ一緒に行くか!」
「――え?」
何処に?
「む、あそこで御座るか」
「え?」
太田が腕を組みながら片目だけ閉じてにやりと笑う。
それで、あそこって何処なんだ?
「あーあー。またあそこに行くのねー」
「え?」
飯倉は思い出したというように手をポンと打った。
だからあそこって何処なんだ!?
「――しゃあ! 行くぜ、『ルーン洞窟』!!」
「…………え!?」
水島は立ち上がってグッと握り拳を突き上げた。
――って、此処学食なんだが……。
一旦落ち着いて状況を整理しよう。
昨日の会話を思い出して「ルーン魔術」と思わず呟いただけだったのが、いつのまにか水島たちと『ルーン洞窟』というダンジョンに行くことになっていた。
何を言っているのか分からないと思うが、俺も正直分からない。
――ただ。
盛り上がる水島たちを見ると、今更行かないなどとてもじゃないが言えなかった。
ルーン魔術編 開始