第四話 初魔術発動
「――さて。これから…………どうしよう!?」
「ノープラン乙」
「ガルさんオレのときだけキツいっス!」
「あははー」
「…………(こくー)」
本当にこの4人は初対面なのだろうか?
むしろネットゲームというのはこう初対面でも明け透けと物を言うのが普通なのだろうか?
うーん、わからん。
「あはは。ねね、カラムスくんは何か目的あった? ただ来てみただけ?」
左右にふるふると赤毛ポニーテールを振りながら、緋奈は笑顔で訊いて来る。
あまり女子に声をかけられるのは得意じゃないんだが……折角の機会だ。少しは積極的になってみよう。
「あ、ああ。あるにゃーある」
か、噛んだ――――ッ!!?
「にゃにゃ?」
「…………にゃー?」
くっ、無口なロロ美までが……!
だがここで慌ててはだめだ。気を取り直してっ。
「こ、こほん。此処に来た目的はあるにはある」
「ふむふむ。というと?」
フィリップが話に入ってきた。
「ロア女史が言っていた事務棟で、簡単そうなクエストをいくつか受けてきた。それと同時に呪文について実験したいこともある」
新規登録した呪文を試すことが第一目的だ。クエストはついでだが、装備を整えることも考えれば、クエスト報酬もしっかり貰っておきたいので出来れば全部達成させたい。
と、考えての発言だったのだが……。
「――ぶふはっ! ろ、ろろろ、ロア女史~~~~~っっ!!」
「ロア・ジュストーのことか」
「あはは。かっこいい言い方だねー」
「…………古風?」
何故か話の内容とは別件で大ウケしてしまった。
先生と呼ぶのはどこか子供っぽい感じがしたし、講師と呼ぶのは彼女の人柄的に違和感があるしでこの呼び方にしたのだったが、そこまで爆笑するほどか?
「いや、いいね~、ロア女史! オレも今度からそう呼ぼ!」
どうしてか、からかわれている気がする……。
「あははっ。でも、そういうことならわたしたちもクエ受けてくればよかったねー。まあ、今回は仕方ないからカラムスくんのお手伝いするよ。どういうクエなの?」
「い、いや……それは流石にみんなに悪い」
「いーのいーの!」
「…………(こくこく)」
「僕らも初心者。戦闘に慣れるための口実」
「ガルさんもこう言ってくれてるんだ。――つまり、諦めてオレたちを仲間に入れるんだな!!」
ビシィッと指を突き付けてくるフィリップ。
なんというか、本当に押しが強い奴らだ。
――だけど。
それを迷惑と思っていない俺が居た。
◆○★△
スティカレーア魔術学園地下迷宮。
広大な規模を誇るこの地下迷宮は未だその全土を把握しきれていないのだという。
現在の到達最下層は地下32階。
まだまだMLOが正式サービスを開始して間もないと考えれば結構な攻略スピードだ。
…………ただ、学園の外にも大小様々な迷宮があり、それらの攻略も考えればやはり先は長いと言えるだろう。
「んで、カラムスっちの受けてきたクエってどんなのなんだ?」
全員が学友登録とパーティー申請を終えて、松明に照らされる地下迷宮のレンガ造りの通路を歩いていた俺たち5人。何故かリーダーが俺になっていたのだがツッコムことは出来なかった。
なにかと先頭を歩きたがるフィリップが振り返って訊いてくる。
「えと、ちょっと待ってくれ――」
俺は学生証を開いてステ窓を表示させた。
クエストタブをタップして、現在受注中のクエストを表示させる。
「どれどれー」
「…………(じー)」
――うっ。
緋奈とロロ美が両脇から覗いて来る。
美少女二人にこんなにも接近されるのは初めてで――正直、なんか辛い!
まあ、嬉しくないわけじゃないけれど……。
■クエスト一覧■
・酒場『魔女の鍋』亭からの食材調達依頼
・学園錬金術課からの実験材料調達依頼
・ロア先生からの酒のつまみ調達依頼
・匿名生徒からの調達依頼
「おいおいおいおい。ロア女史さま、なに依頼しちゃってんのよ」
「あはは。じゃあ、この依頼からやってみよっか」
「異議はなし」
「…………(こくん)」
「わ、わかった。よろしく頼む」
最初にこなすものが決まったので、依頼の詳細を確認。
■『ロア先生からの酒のつまみ調達依頼』
アタシは常に酒のつまみを欲している。
事務課を通してでも、アタシへ直でもいいから早めに持ってきてくれ。
・アサルトロップイヤーのもも肉 ×10
「ロップイヤーって、垂れ耳うさぎのことだよね?」
「…………突撃垂れ耳うさぎ?」
「うさぎのもも肉かー。ロア女史マジ鬼畜っす」
「クエストだというのなら、うさぎ畜生を狩ることもやむなし。情報によると、この先の三叉路を左に行った場所がそいつの生息地らしい」
「情報?」
自身のステ窓を見ながら無表情に言ったガルガロの言葉に、俺は反応した。
まるでこの迷宮のことを知っているような口ぶりだったからだ。
「あはは。購買でダンジョンの情報が売ってたんだよ。安いんだけど階毎に買わなくちゃいけないし、階が増えるごとに少しずつ高くなってくるから総合したらかなりの金額になるかもねー」
なるほどな。購買ではそんな情報まで買えるのか。
このクエストが終わったら俺も行ってみるとしよう。
地図情報を持つガロガロに従い、俺たちは通路を進んだ。
◆○★△
情報通りに三叉路を左に進むと、大きく開けた場所に出た。
至る所に苔が生えていて、茶色のうさぎらしき生物たちが個々にその苔を食べている。
「あれが……突撃垂れ耳うさぎ!?」
「アサルトロップイヤーだ」
「あはは。想像どおり可愛いね~」
「…………角、生えてるです」
普通のうさぎよりはかなり大きい。小型犬くらいの体格だ。
姿はそのまんまロップイヤーだが、ロロ美の言う通り、その額には10cmほどの鋭い角が生えていた。
名前の表記はないが、頭上には俺たちと同じく体力ゲージが見える。
「ふはははは! 兎よ兎、兎ちゃん! 悪いが贄となってくれぃ!」
「非攻撃的モンスターだからいいものの、そうでなかったらとっくに攻撃を受けているぞ貴様」
高笑いしているフィリップは、冷静なガルガロのツッコミを無視した。
「ゆくぞ! 【ふんぐるい、むぐるうなふ】【掌前の虚空に生じし火の玉よ、眼に映る敵へ“と”飛べ】ェ――!!」
ドガーン!!「ぐはぁー!?」
杖を持つ手を突き出したフィリップが呪文を唱えたと思った直後、突然彼の杖から爆発が起こった!
「……!?」
「ちょっ、えええ、フィリップ!?」
「まさに自爆なう」
「…………っ(おろおろ)」
驚き慌てる俺たち(ガルガロを除く)。
すぐに爆煙の中からフィリップが出てきた。
彼の頭の上にある体力と魔力のゲージが少し減っている。
――呪文失敗にはダメージを伴うらしいな。
「ごほっ、ごほっ……な、なにが起こったんだ……?」
「恐らく、呪文を間違えた」
「え? オレ、間違えてた?」
「【飛べ】の前に【と】が入ってた」
「えーマジでー?」
ガルガロの指摘だが、その点には俺も同意だ。
ただ、それだけが失敗の理由じゃないのでは、とも思った。
「あと、もう一つ気になったことがある」
「なになに?」
「…………?」
「呪文では【掌前】つまり掌の前ってことになってるけど、それは杖を突き出した場合でも問題は無いのだろうか?」
つまり、呪文と自らの行動が一致しなければやはり失敗とみなされるのではないか? ということだ。
この呪文の場合なら、掌を突き出すという動作も一緒に行う必要があるのだと推測する。
「お、おおー? なるほどー?」
「じゃあ、【掌前の】ではなく【杖先の】とかに変えればいいと?」
「たぶん、そうじゃないかと」
「……! ……!(こくこくっ)」
俺の指摘を聞いた4人はさっそく魔術構築画面で設定し直していた。
これで間違っていたらすっごく恥ずかしい。
「――よし! 修正完了だ! 次こそ……!」
「あはは。呪文間違えないでよー」
「分かってるって! ――【ふんぐるい、むぐるうなふ】【杖先の虚空に生じし火の玉よ、眼に映る敵へ飛べ】!!」
ボオゥッ! ゴオオォォ――!!
フィリップの突き出された杖の先から火の玉が生まれ、10m先に居るアサルトロップイヤーに向けて飛び出した。
「いっけぇ! ファイヤ・ボール!」
「お、今度はちゃんと成功っぽいね!」
――成功してよかった……。
どうやら俺の指摘は合っていたっぽい。
人が走るぐらいの速度で飛ぶそれは、もふもふと苔を食べているうさぎに直撃した。
「やった! 倒した?」
「……いや、まだポ」
「え?」
直撃時に生じた煙からひゅんと兎が飛び出した。
体力ゲージは4分の1まで減っていて、大きな赤い垂れ目だったのが、いまは鋭い吊り目に変わっている。
アサルトロップイヤーは一直線にタッタッタッと走ってきた。
「あはは。明らかに怒ってるねー」
「って、おっもきしオレがタゲられてるよね!?」
「ガンバb」
「…………(こくこく)」
「ちょ、戦うのオレだけっ!? 助けてーカラムスっちー!!」
情けなく叫ぶフィリップに向けてロップイヤーが跳躍した。
尖った角を突き出しての体当たり。
「……!」
俺は咄嗟に指を突き出して詠唱をしていた。
「【我、魔の法を紡ぐ】【指先に弾けろ、火花】ッ!!」
バチィッ!
アサルトロップイヤーに触れたと同時、俺の指先から火花が飛んだ。
先ほど考えていた近距離用の呪文だ。
思惑通り、【発現場所】と【効果】を発揮した魔術に、うさぎは「きゅん!」と鳴いて小さく吹き飛んだ。
体力ゲージがゼロになったアサルトロップイヤーは、紫色の煙を上げて薄れるようにして消えていく。
視界端に取得経験値とドロップアイテム【アサルトロップイヤーのもも肉 ×1】が数秒表示された。
「せ、成功した……?」
その結果に一番驚いたのは、何を隠そう俺自身だろう。
仮想世界没入という技術を体験しても。
魔術学園という石造りの城のような建物を歩き回っても。
他人が使っている魔術を見たり、呪文の講義を受けたりしても。
新呪文を考えたりしても、いまいち実感できなかった魔術というものを、初めてちゃんと実感できた気がする。
――これが、魔術。
ぞくりと、俺の中の何かが武者震いした。