第二十話 予選第二回戦目
『は~い♪ 本日もやってまいりました~【天下一魔闘会】予選期間2日目! 実況は今日もわたくし、学園一のアイドル魔法少女☆チーシャちゃんとぉ』
『あぐあぐ……あー、解説はワタシ、魔術概論のロア・ジュストーでお送りするぞー。あぐあぐ』
『や、やる気なさげ―……。え、えっとー、何を食べてるんですかー?』
『アサルトロップイヤーの干し肉だ。ぶちりほろほろと千切れ解ける絶妙な歯ごたえ、程よい塩味アンド香草のスパイシーさが酒のつまみによく合う』
『あはははー……飲酒はお仕事が終わってからにしてくださいねー』
『善処はしよう。が、観戦に酒とつまみは付き物だろう?』
『あのーロアさん、観戦じゃなくて解説ですからねー?』
試合会場へと続く通路を、深呼吸しながら歩いていく。
今回も実況と解説はあの2人のようだ。それらも試合によってランダムで変わるらしい。ガルガロの試合では、城下町に店を構えるNPCが実況をしていたという。
『えー、気を取り直しまして。……さてさて、本大会も2日となりましたが、さっそく第2試合目を迎える学生が現れましたー!』
『両選手、共に2回戦目か。ふむ、1回戦を突破した者同士、多少は“観れる”試合を見せて欲しいものだな』
『それでは! 選手の入場でーす♪』
光差す出口へと足を踏み入れた。
爆発する歓声。
ただし全員NPC……。
いやでも、むしろNPCだと分かっている分、それほど緊張しなくて済んでいるのかもしれないから、OKとしておこう。
『両選手はリング上の試合開始位置に着いてくださいねー♪』
それよりも、今は試合だ。
対戦相手とのお目見え。開始前に出来るだけ情報を得ておかなければ――――
「ほう。貴様が今宵の贄か……クックック、我が剣の前には塵芥さえ残らぬということをその魂に刻んでやろう」
「…………」
なんかイタイ人来た……。
「今宵」って、ゲーム内時間も現実時間もまだ昼なんだけど。
あと、なんでソウルだけ英語なんだろう?
発言もそうだが、その格好も凄い。もちろん悪い意味で。
全体的な基調は黒と赤。目に付くのは闘牛のような長く鋭い角が左右から伸びた金属製のごついフルフェイスヘルメットだ。部分部分に細かい装飾も施されていて見た目も洗練されているしでかなりの高級感が伺える。逆三角形の穴が2つ並んだ部分からギラギラと挑戦的に睨んでくる金色の瞳だけが唯一分かる彼の顔の特徴だった。
ただ反面、首から下の部分に至っては何とも頼りない。布製の長袖上下に、胸当て等の申し訳程度の革製防具。色は統一されているが、正直、兜で全財産を使い果たして胴体の防具は間に合わせという感じが半端ない。
「聞け、我が名は【疾黒のティンダロス】……! 貴様はこの【暗黒剣ヴェルハディス】の第二の生贄となる」
すぅ、と自然な動作で背中から剣を抜いて片手で此方へと切っ先を向けてくる。
「……っ、っ」
やばかった。
めっちゃやばかった。
思わず吹き出しそうになってしまった。
なんとか強固なる意思の力をもってして無表情を貫いたが、自分の顔がひくついているが分かる。
特に『生贄』がやばかった。意味不明な所で急に英単語使うとかホント止めてほしい。発音が無駄にネイティブなのも絶妙にツボを突いてくる。
「フ……何か言い残すことがあるなら言っていいぞ?」
ドヤ顔をやめてくれと言いたい。
『おおーっと! 疾黒のティンダロス選手からの挑発です! これにカラムス選手はどう応える!?』
煽る実況のチーシャ。こちらにもやめてくれと言いたい。
盛り上げるのは良いんだけど、アレにどう返せというんだ。
「えーっと……その、よろしく」
困った結果、無難で簡潔な挨拶を返した。
「ククク……貴様も殺る気は十分、という訳か……左腕がうずく」
ニヤリと嗤う疾黒のティンダロス。
え、そうくるの? と別な意味で少し戦慄しました。
――この人、話が通じないタイプか……?
というか雑談してないで試合始めないで良いのか?
第一回戦の時は直ぐに試合を始めてたのに。
『――それでは! これより試合を始めます!』
ようやく開始のようだ。
この意味不明な不成立会話からもようやく解放されると思うと溜息が出る。
ふぅ、と短く息を吐いて。
ハッと思い立つ。
――あれ? 相手の分析出来てないよ……。
『第二回戦…………開始でーすっ!!』
『オマエたちの研鑽、見せてみろ……!』
チーシャとロア女史の声が響き、開始の合図となる。
しまった。失敗した。
警戒に身が強張る。
余計なことを考えていたせいで俺は戦闘の運びを考えるのを失念していた。
あの奇抜な格好と言動はこれが狙い……?
すわ、これが相手の計略か。と対戦者の意図を計る。
先手を取られたときつく眉を潜めた。
しかし。
「…………フッ。行くぞ、【暗黒剣ヴェルハディス】よ! 彼奴のその肉の一片、その血の一滴残らずを、喰らい尽くせ……!!」
疾黒のなんとかさんは、未だ開始地点で何やら叫んでました。
しかも強化魔術すら使ってない。
いったい、何を考えてるんだ……?
「【我、魔の法を紡ぐ】【〈瞬岩の六弾〉】……!」
空気を読まず、これ幸いと素早く詠唱。
相手はばりばりの前衛と判断。こちとらこてこての後衛だ、近付かれたらまずい。
もはや詠唱陣ぐらいの出し惜しみは無しでいく。
展開された魔法陣より6つの岩塊が相手に向かって飛び出した。
「ぬ、小癪なぁ……!」
流石にこれでやられる相手でもないだろう。
しかし、虚を突くタイミングはバッチリだった。6つ全ては完璧に避けられず、どうにか対処しなければならないはずだ。
その間に俺は距離を取りつつインベントリ画面を開いて操作、2本の試験管――筋力増強薬と魔術抵抗力増加薬を取り出して一気飲みする。試合前に飲めないのが難点だ。
「フッ、ハッ! 洒落臭いぞぉ! 【我が求めに応じよ世界】ぃぃ……!」
なんと疾黒のなんとかは身体強化をする前に己の技量だけでその場で6つの岩塊をひょいひょい避けていた。
その動きはヘンテコだが動作に迷いはなかった。変な言動に惑わされると痛い目にあうかもしれないな。
「――【ルーン:馬】ぅぅ!!」
相手が言い放つは、走力増加のルーン魔術。【馬】は直線の移動力に特化した強化魔術だ。30メートルの距離くらいは直ぐに潰されるだろう。
前衛である相手は当然の如く距離を詰めてくる。
此処でポイントなのは強化されるのは『走力』であって『敏捷力』ではないという所だ。細かく足を止めさせれば速度は封じることが出来る。
「【我、魔の法を紡ぐ】【〈土石の大壁〉】!!」
詠唱陣2連発。
序盤にしては消費が速いが仕方ない。
正面に畳3枚を横並びにしたくらいの土と石の入り混じった壁が隆起した。
目隠し。互いに姿が見えなくなるが、敵は確実に近付いてきている。
更に後退しながら詠唱。
「【我、魔の法を紡ぐ】【〈三方に放つ瞬炎の六弾〉】!!」
瞬時に展開した魔法陣から飛び出した6つの火球は、一瞬広がるように散開し、土壁の左右と上方を抜けてほどよく弾幕を張りながら壁の向こう側に居るだろう疾黒なんとかへと向かう。
「ぬぬ!? とりゃあ――!!」
土壁の右側へと叫び声の音源が動いた。
火球が足止めに成功したと判断して俺はダッシュ。弧を描くように左に走りながら相手が居るだろう場所に掌を向ける。
「チィ……ちょこまかとぉ」
危なっ。あと5メートル。直ぐそこまで来ていた。
「――【我、魔の法を紡ぐ】【〈土石の大壁〉】!」
再び土壁。しかし、今度は逃げずに壁の陰に身を潜める。
そしてローブの内側のポケットに手を入れた。
「【我が求めに応えよ世界】ぃぃ、【三倍強の鋭さ】ぇぇ!!」
背後の壁の向こうから怒号のような詠唱が響く。
刃を持つ武器の攻撃力を十数秒間だけ三倍にする効果を持つ強力な【オーディンのルーン】だ。
そして同時に確信する。
――敵はルーン系の魔法戦士。
それも、あまり魔術は行使せず、己の技量に重点を置いて戦うタイプだ。
この手のタイプは奇策をあまり用いないが、その分、地力が高いことが多い。
それは初手の岩塊を簡単に避けたことでも証明していた。
相手は想像よりも迅速に距離を詰めてくる。
正直、距離を開ける対処だけで精一杯で、攻勢に出られない。
前衛との戦いは厳しいだろうなと感じてはいたが、敵が迫ってくるという感覚がこれほどまでに精神的圧迫感を感じるとは想像できていなかった。
後衛にとって前衛は、間違いなく難敵だ。
生半可な方法では高い技量でいなされるだろう。
よって、使いたくは無かったが此方は奇策を用いる。
「待ぁぁぁてぇぇぇぇい!!」
土壁は大きい。その死角で、俺がまた距離を取っていると信じて疑っていないことを証明するが如く、叫びながら近付いて来る疾黒なんとか。
俺は壁に背を預けてしゃがみ、耳を澄ました。
壁のどちらから来る? 右か、左か……。
「フハハ―――ァァァアアッ!!」
思わず顔を背けたくなるドップラー効果の近付いて来る方向は……右だ!
「っ」
俺は取り出した“それ”を右側の地面へとそっと差し出す。
形状はフリスビーの一回り大きいくらいの薄い金属の円盤。
表面には複雑な魔法陣が描かれている。
「逃がしはせん、逃がしはぜんぞぉ! ――――ぬぉ!?」
直後、土壁の右側から姿を現す疾黒なんとか。
足元に在る円盤を踏んだ瞬間。
「うのがああああああああああああああああああ!?」
竜巻状の突風が突き上げるように発生し、疾黒なんとかの身を上空へ投げ出した。
それは、俺にとって切り札の一つ。
つい先ほど完成したばかりの魔導具だった。
◆○★△
【蟲毒の山洞】より魔法陣タグ【構築陣】を携えて戻ってきた俺たちは、早速アイテムの製作に入ろうと、もっとも施設が充実しているガルガロの研究室へと移動した。
うずうずしながらそれではと【魔術構築画面】に追加された【構築陣設定画面】を呼び出す。
やることはシンプルだ。アイテムを選択し、登録してある『呪文』の中から結び付けるものを選択して【構築陣】を起動させる。
素材は出来る限り用意した。
呪文も既に登録済み。
魔導具の構想も、幾つか明確化させている。
準備は万全。さあ作ろう!
「…………魔法陣が起動しない?」
原因は直ぐに判明した。アイテム内、つまり素材に魔力が不足しているせいだった。
あの時、老人NPCが言っていた「【構築陣】は、使用者の魔力を用いて対象物に宿る魔力に干渉し、設定する術式に沿った魔力の流れを作り出す」という言葉。
『対象物の魔力に干渉し』という点から鑑みると、逆に言えば対象物に魔力が無い、もしくは足りない場合は【構築陣】が起動しないこともありうるのではないか?
アイテムを【鑑定】してみた所、そもそも魔力を宿した物がほとんどなかった。
辛うじて植物類に微量。
魔物のドロップアイテム類は比較的多いが、用意した素材は元のモンスターの格が低いからか、量としては【構築陣】起動にまだ足りない。
一応、【錬金術】に用いる道具で素材に【魔力抽入】することが出来るのではあるが、これは素材側に魔力を受け入れる容量が無ければ意味がない。
『素材にどうやって魔力容量を持たせるか』
まずはこの問題を片付ける必要があった。
直ぐに出た一案は、強力な魔物の素材を使用すること。低レベルモンスターの素材でも魔力を有することが分かっているのだから高レベルならばより多くの魔力を含有しているだろうと。
しかし簡単には手に入らないことと、とりあえず今有る材料で考えようという結論になって一旦保留とされた。
第二案は、魔力容量の多い物を探すこと。含有量、ではなく総容量だ。鑑定では現在の含有量しか分からなかったが、総容量がそれ以上であった場合は【魔力抽入】を行うことで増えるはず。
そんなこんなでさっそく調査開始。
【魔力抽入】にはプレイヤー自身の魔力を使う。素材の種類が多いのでガルガロと桔梗と俺とで別れて行った。
その結果。
宝石類は純度が高いほど容量が高かった。が、【構成陣】を使用できるほどとなると数は激減する。汎用性は低い。
金属類は総じて容量は低かった。ガルガロ曰く、ミスリルやアダマンタイトならばあるいは……とボヤいていたが、無い物ねだりは意味がない。
植物類は籠めれば籠めるほど魔力は入ったが、一定を超えると須らく毒々しく変質し、しばらくすると黒くなってボロボロと崩れ落ちて消えてしまった。
土石類や魔物素材類も同様。変質はするが、劣化するだけで含有魔力は増えない。
最も良反応だったのは液体系の素材だ。ただの水ではそれほどでもなかったが、魔力関係の作用を持った成分を飲み薬化したものや、特に魔物の血液は魔力浸透率が高く、保有量も多くなった。
これで魔力を有する素材は用意できた。
しかし此処でもまた問題が発生。
液体は、不定形にして常時たゆたう。
そして【構築陣】は呪文を魔法陣として対象物に刻むことで結び付ける。
故に、魔法陣が描けない液体に【構築陣】を刻むことが出来なかった。
――正確には、刻むことは出来るが、少しでも揺れて魔法陣の形が崩れると直ぐに消えてしまうのだ。
ならば固体にすればと【凍結薬】の応用で凍らせてみたが、当然常温では溶けていくのでこれも却下。
魔物の血液は容器から出せば固まるのだが、そうすると含有魔力が何故か極端に減ってしまう。
これらから、もしかしたら魔力は流動する物に多く宿る性質があると仮説が立てられる。
だがそうなると今度はそれに魔法陣を描くことが難しい。
さて困った……と思ったところで作業台の上のポーション瓶をネリアがつついて倒してしまった。あーあーと言いながら机上に広がる薬液を眺める。こうなってしまえば廃棄した事と同義。しばらくすれば消えてしまうだろう。
当のネリアは不思議そうに人差し指を薬液に付け、つつつぅ~と机上を滑らした。指の軌跡に液体が線を作る。直後、机上の薬液は透けるようにして消えてしまった。
おお~と何やら感心しているネリアを横目に、俺はその光景から閃きを得た。
そうだ。何も液体に描かなくても良かったんだ。
――液体で、魔法陣を描けば良かったんだ。
専用に用意した金属の円盤の内部には細い空洞を作った。
それは【構築陣】で刻む魔法陣の形を成してある。
その中に最も魔力を含有している『魔物の血液』を満たす。
魔物の血液と言ってもランクは最下級に近いのだが、【魔力抽入】を施した血液ならば最低一回の発動は大丈夫のようで、一回使い切りの消費アイテムとしてなら使える。使ったら、壊れたり失くしたりしない限り研究室の施設で再び【魔力抽入】して再利用できるので、一応汎用性も持っている。魔導具自体に魔力回復機能を持たせるのは今後の課題としよう。
そうして出来た金属の円盤を対象として【構築陣】を起動する。
■発動条件【感圧】
■呪 文【正面に疾く渦巻く豪風よ、強く圧せ】
設定された呪文は魔法陣となり、魔力を有する魔物の血液へと刻まれる。
今度は血液自体がその魔法陣の形と成っているので崩れることもない。
媒体となっている物に一定以上(10kg弱)の圧力や衝撃を感知することで魔法陣の正面を小さな竜巻で強く押し出す魔導具。
ガルガロ命名【竜巻地雷】。
対接近戦用の、相手を遠ざけるためのものだ。
移動する手段さえなければ、空中の敵は恰好の的。
疾黒~はうおうお言いながらぐるぐる回って上空へと昇っている。
此方の動きへの対応は出来ないと見た。
着地までの予想滞空時間は約6、7秒だろう。
十分だ。
「【我、魔の法を紡ぐ】……!」
せっかく自由落下の重力加速度が加わるのだ。利用しない手はない。
「――【眼に映る敵真下の地面より、無数の岩石の槍よ、隆起せよ】!」
詠唱の直後、俺の目の前、疾黒~の予想着地地点に天を衝くように鍾乳石が噴き出でて剣山の如く立ち並んだ。
『ほう』
『ありゃ~、あれは避けられませんねー』
実況の棒読み感想の直後。
「ちょ――!? 【我が求めに応じよ世界】【象の守り】ぎゃああああああ!!」
疾黒~は叫びながら鍾乳石の剣山に落下して盛大に砂埃をたてた。
「っ! 【我、魔の法を紡ぐ】!」
詠唱準備をしつつ、距離を取るために俺は即座にダッシュ。
奴はしっかりと防御系魔術を使っていた。仮想体とはいえ、10メートル近くの落下プラス剣山だ、衝撃はかなりのもののはず。即座に追ってくる可能性は低いとはいえ、敵の近くに留まる理由もない。
しかし相手の足を止めた今が攻め時。追撃あるのみ。
「ぬぐああああ!! なんだったのだ今のは!? 無詠唱か!? ククク、それでこそ我が好敵手よ! 左腕がうずく!」
ちっ、やはり撃破までは至ってなかったか。
痛みが無いとはいえかなりの高さからの落下と地面衝突は相当恐怖心を引き立てると思うのだが、本人は全然ピンピンしているようだ。というかいつの間にか好敵手にされてるし。左腕のうずきなんて知るか。
「――【〈瞬炎の六弾〉】!」
連続して撃ち出される6つの火球。
落下直後でぐぬぬしている黒いのに向けて高速で吸い込まれていく。
『ふむ、追い込みをかけてきたな』
『タイミングはバッチリですね! このまま決めることが出来るのか!? はたまた凌がれてしまうのかー!?』
コラコラ此方の考えを大音量で暴露しないでくれ実況解説さんたち。
とは言え、此処は『追い込みをかける』一択。やることに変わりはないか。
「ぐはあ……!! こん、ぬぐほっ! ぷげら!? ぐぐぎ、だが負けんよ!! こんな所で、負けるわけにはいかないんだ――――」
「【我、魔の法を紡ぐ】【正面の地面より、眼に映る敵へ、巨岩よ疾く隆起せよ】!!」
「――がっふァ!?」
なんだか苦境に立ち向かう物語の主人公を気取っていたので、地面から突き上げる様に隆起させた巨岩で思い切り殴り飛ばした。ちょっと気持ちよかった。
相手は再び数秒は空中。これで詠唱時間も確保できた。
強力なのを御見舞いして一気に決めてやる。
「【我、魔の法を紡ぐ】――」
「ん舐めるなあああ!! 【我が求めに応じよ世界】ィィ!!」
不安定な空中で対抗詠唱?
何をしてくるか分からないが、威力で押し潰す。
「――【掌前の虚空に生じし多量の土石よ、積水と混ざり合い、眼に映る敵へ飛び、呑み込め】!!」
小規模土石流が黒いのを呑みこもうと空を駆ける。
まともに喰らえば瀕死は免れないだろうし、直撃すれば相手を拘束する効果も付随している。
だが、疾黒のティンダロスは空中でもがきながらもまだ諦めていなかった。
「【|流れの道筋を決めるもの《ストラウムル・ランヤ》】!!」
土石流が当たる直前。
空中で逆さまになりながらも黒いのは叫びながら輝く剣を振るった。
すると剣を払った方向に向けて、カクンと土石流の流れが曲がる。それでも余波は喰らっているが、しっかりと直撃だけは避けていた。
――すごい……!
奇天烈な言動に目が行きがちだが、相手のプレイヤースキルは文句なく高い。
ごつい兜が目立っていたが、装備している両手剣もかなりレア度の高い武器のようだ。
相手が使ったのは瞬発的に強力な効果を及ぼすルーン魔術の種類【オーディンのルーン】だが、使用には装備品にルーン文字で単語を刻んでそれに対応する呪文を言う必要がある。
しかし、ルーン文字を刻む時には魔力を籠めるらしく、ランクが低い装備品だと1単語が限界。2単語以上刻もうとすると壊れる。
疾黒のティンダロスは先刻【三倍強の鋭さ】という剣を媒体とした【オーディンのルーン】を使っている。それなのに再び剣を媒体とした【|流れの道筋を決めるもの《ストラウムル・ランヤ》】を使用した。
つまりあの両手剣は、2単語以上ルーン文字を刻めるほどの一品ということだ。攻撃力もかなり高いだろう。斬られたらヤバイ。
近付けちゃいけない理由がまた増えた。
「【我、魔の法を紡ぐ】!!」
直撃はしなかったとはいえ、先の土石流は確実に相手の体力を削っている。
回復はさせない。更に畳みかける。
「がッ、くっ……ククク、流石にやるな。だがっ、この一閃に全てを懸ける!!」
墜落と同時に前転受け身からの起き上がりというびっくりな動きを見せ、黒いのは即座に此方に向けて走ってくる。どうやら此方の追撃を察知して、回復はせずに捨身の突進をしてきたようだ。
「左腕がうずく――!!」
知らんがな。
「【掌前の虚空に生じし積水よ、眼に映る敵へ飛べ】!!」
詠唱完了と同時に取り出しておいた試験管を正面に放った。
生み出した水塊が放った試験管を包み込んでティンダロスへと飛んでいく。
「む、この程度っ! しゃらい!」
形状付与もしていないただの水だ。何かに当たれば魔術としての効果は切れる。
それならばと思ったのだろうティンダロスは逆袈裟に水塊を払った。
飛び散る水滴。
と同時に割れる試験管。
中の薬液が大気に触れる。
「んなああああにいいいい!?」
ガチン、と奴の動きが強制的に止められる。
見れば両手を含む剣や足が地面と氷によって繋がれていた。
両手剣を振り抜いた形で硬直状態に陥った疾黒のティンダロス。
「な、な、な、なん……!?」
冷静になれば炎の魔術や身体強化で氷を割ることを思いつくだろうが、相手は若干混乱しているようだ。
敵は混乱のうえ硬直状態。更に満足に回復も出来ていない。
つまり。
「【我、魔の法を紡ぐ】……!」
――この試合、俺の勝ちだ。
◆○★△
『勝者――カラムス選手~!! やりましたね! これで2勝目ですよー♪』
「…………ク、ククク、流石だな我が宿敵よ。だが、この我を倒そうとも、第2第3の我が再び現れ、必ず貴様を……あっ――――」
そう言い残して、大文字に横たわった疾黒のティンダロスは消えていった。
好敵手から宿敵へとランクアップしていたことは気にしないことにした。たぶん、意味はないだろうから。
『今回の試合はどうでしたか、解説のロア先生?』
おっと、今日の試合評価の時間が始まりました。
『うむ。総評としては、典型的な前衛と後衛の戦い、といったところか。片や接近したい、片や距離を取りたい、のぶつけ合いだな。結果的にはあの手この手と手数の多さを見せたカラムスの勝利に終わったな』
『疾黒のティンダロス(笑)選手も良い動きはしてましたけどね』
『確かに動きは良かったが、奴は『相手に近付く』以外の攻撃手段を用いなかった。その時点でこの試合の主導権はカラムスに有った』
『今回は色々とアクションが有って面白かったです♪』
『立体的な戦闘を視野に入れての行動だったのなら、今後が楽しみだ。相手に動かされるのではなく、相手を動かしていければ最高だな』
無理難題を言ってくれる。
想定はしていても、その通りにいかないのが現実なんですけど。
『つまり、もうちょっと頑張りましょう! ということですねー♪』
お気楽なチーシャの声でお気楽に締められ、俺は闘技場を後にさせられた。
――これが前衛との戦闘か……。
薄れゆく視界で、先ほどの試合内容を思い返す。
前衛との戦闘は想定していたはずだった。
だれども思い返せば、その場その場でいっぱいいっぱいだったことは否めない。
まあ冷静に考えればそれも無理はないとは思うけど。だって、自分に対して大きな刃物を振り回した人物が必死に迫ってくるってどんな状況だよ。恐いよ。普通に恐しいよ。
今まで人型モンスターはウィントたち前衛やネリアに任せてたからなぁ。前衛という緩衝材が居ないだけで、此処まで敵意を向けられるのが焦るとは……これもまた経験か。
うん。次回は相手の性格に惑わされないようにしよう。




