第十九話 第三の魔法陣
翌日の日曜日。
早朝6時半に目を覚ました俺は、洗顔や朝食など諸々の支度を終わらせて、他に用事が無いことを確認してからMLOにログインした。
「来たか」
「おはよう御座います、ご主人様」
ログイン先は自分の研究室。
そこには入室許可の設定をしてあるガルガロと桔梗の姿が既にあった。
「おはよう」
俺は手を上げながら2人に挨拶を返した。
昨日の21時、ガルガロは第一回戦を無事に勝利した。とは言っても、ガルガロの試合を映すスクリーンを見つけることが出来なかったので詳細は知らない。
ただ本人が言うには、やはり【魔法陣】を始めとする幾つかの手札を使ってしまったとのこと。対戦者は前衛タイプ。後衛タイプであるガルガロは単純な呪文詠唱だけでは相手の前進を止めることが出来ずに、何とか距離を取ろうと苦労したらしい。しかし相手もまだ未熟だったのか、ゴーレムを使うまでには行かなかったようだが、そのせいで手札を幾つか使うことになったのにはガルガロも苦い顔をしていた。
俺もそうだったが、ガルガロも今回のことで対人戦闘の難しさがはっきりと理解できたんだろう。
「それで? 昨日は確か、試合前に新しいタグを取りに行くとか言っていたが、何処に何を取りに行くんだ?」
「えーと、取得場所は知らないんだ」
「なに?」
「でも、それを知っていそうな人に心当たりがある」
「「?」」
俺の遠回しな言い方で頭に疑問符を浮かべる2人に、ニッと笑って答えた。
「ロア女史だよ」
◆○★△
「――ワタシに用があるとはオマエたちの事か?」
学園の事務所でロア女史の居場所を訊いた俺たちは、職員室にある彼女の机に来ていた。
酒瓶やらつまみやら書類やら古めかしい本やらガラス小瓶やらが乱雑に置かれている木製の机。主に酒瓶が多い。
その前の椅子に、葉巻を吹かしている長い黒髪の女性――ロア女史がピッチリとしたジーンズと『焼肉定食』と達筆で描かれた半袖Tシャツを纏って眠そうな顔で口を開いた。
「はい。訊きたいことがありまして」
代表して俺が受け答えをする。
「ふーん……このあと講義が入ってるけど、ま、10分程度だったらいいぞ」
「ありがとうございます」
灰皿にぐりぐりと短くなった葉巻を押し付けた後、ロア女史は俺たちに向き直る。
「それで、何を訊きたいんだ? 3サイズは教えんし、彼氏も募集していない。強いて言うなら酒のつまみを好きな時に作ってくれる都合の良い奴を1人か2人欲しいな」
「訊いてません」
相変わらず人工知能とは思えないセリフだ。
「僕たちが知りたいのは一つだ。以前、進級試験で貴方が使っていた魔法陣――【構築陣】というのは何処で手に入れられる?」
「! ……ほぅ」
単刀直入に切り込むガルガロ。
ロア女史は眠そうだった瞳を軽く見開き、次いで興味深そうに俺たちを見渡した。
「ワタシに直に訊いてきたのはオマエらが初めてだな。本当ならば自分自身の手足と目で探し出すのが魔術師というものなのだが……」
「…………」
「ま、良いだろう。知っている者に訊く、というのもある意味、調査の結果ではある。それにオマエたちは全員【魔法円】持ちのようだしな」
「!」
溜めに溜めた後に、気が抜けるほど軽い様子でロア女史はOKを出してくる。
だけど、わざわざ【魔法円】を強調したということは、1つ以上の【魔法円】タグを所持していることが条件、とかあるのかもしれない。
俺たちは3人とも【詠唱陣】タグを取得しているし、錬金術で【生成陣】にも触れた事がある。
「……正直、教えてくれるとは思わなかった」
「そうですね。まさかロア・ジュストー講師に直接訊くという発想はありませんでした」
呆れたように息を吐くガルガロと桔梗。
2人にとって、ロア女史とは講義したり試験の監督をするNPCという認識しかしていなかったようだ。講義という概念を切り離した時に、ロア女史に相談するという選択肢は頭に存在していなかったらしい。
「私も一応講師だからな。大切な教え子の質問には出来る限り答えてやるさ。……すぅぅ、んはぁ~」
「…………けほっ」
その考えは立派だし有り難い。
だが、その大切な教え子の顔に新しく火を付けた葉巻の煙を吹き付けるのは講師としていかがなものか?
しかし、そんな俺の無言の視線にロア女史はふふんと何処行く風。
「さて、知りたいのは【魔法円・構築陣】の取得方法だったな?」
「はい」
「わざわざ【構築陣】を指定してくるということは、それがどんなモノなのかは想像が付いているということか?」
「……そうですね。ジュストー講師が進級試験でゴーレムを造るときに使っていた【構築陣】、あれは人型の形を成しただけの土塊に知能を付与させるものですよね? 『知能』を言い換えるとするならば『自律性』と『行動指針』。更に言えば『それらを設定された呪文』だと考えました。なので【構築陣】とは、アイテムや素材に『呪文を結び付ける魔法陣』だと思ったんです」
「ほっほう。あの時、一回だけしか言わなかった呪文を正確に覚えていて分析したのか……やるな。……取得方法を教える前にワタシからも1つ訊いても良いか?」
「え、ええ。どうぞ」
想像以上に会話が長引いている。
高度な人工知能だとは思っていたが、此処までだったとは。
ガルガロたちも無言だが、相応に驚いているようだ。
「詳しく訊くつもりはないから簡潔で良いのだが、【構築陣】で何をしようとしている? ゴーレムでも作るのか?」
さて、判断に困るな。
NPCである彼女は立場的に中立のはず。何を言っても他に漏らすことはないだろう。むしろNPCが聞いてどうするんだと此方が訊きたいが、逆に考えればNPCが訊いてくるだけの“何か”があるのかもしれない。
その“何か”は分からないし、話した所でどういう効果を得られるのかも分からないが、答えないことで教えて貰えないという結果だけは避けたい。
メリットデメリットを思考の末、素直に話すことにした。
「マジックアイテムの製作に使えないか、と考えています」
「…………く、くくっ」
詳しいことは言わず、出来るだけ簡潔にまとめたのだが。
何が彼女の人工知能の琴線に触れたのかは知らないが、いきなり笑い出した。
「くくく、そうか、ようやくそこに辿り着いたという訳か。……いいぞ、【構築陣】のことを教えてやる」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、手に入れられるかどうかはまた別だがな」
「それは、はい。勿論です」
そうして俺たちがロア女史から【魔法円・構築陣】タグについてを聞くこととなった。
結果、そのタグはとある洞窟系ダンジョンに存在する隠し通路を抜けた先にある小屋にて手に入れることが出来ることが分かった。
場所については聞けたが、小屋の中でから先は意図的にぼかされた。ロア女史はその部分を試練的な意味で曖昧な感じにしたのだと感じた。
ダンジョンとしての適正レベル帯も25とあまり高くないし、俺たちは直ぐに一度行ってみることにした。
◆○★△
「洞窟系ダンジョン【蟲毒の山洞】か。来たことはなかったな」
「そうですね。あまり人気の無いダンジョンの1つです」
「…………」
さっそく【歪路】でやって来た。
一見すると普通の山岳地帯にある、切立った箇所が幾つもある土肌の多い険しい山、という感じだ。高く鋭い山には幾つもの空洞が見られ、まるで蟻塚を巨大化させたような佇まいだった。
山の外面に幾つも存在する出口の何処かが、目的地である小屋が在る場所に繋がっているという。
ちなみに、誰かに見られるといけないから今回ネリアは出していない。
「今回はロア女史から順路を教えて貰ってるとはいえ、普通に入ったら確実に迷うな」
「ですね。そもそも入ろうとすら思わなかったと思います」
「はは、だなぁ」
「…………」
此処、【蟲毒の山洞】は、現在MLOの中でも1、2を争うほどの不人気ダンジョンだ。
その理由は幾つかあるが、一番の理由としては――――
「そういえば、ガルガロ様? さっきから黙ったままですね。どういたしたのでしょうか?」
「……う。な、なんでもない」
「大丈夫か? なんだか具合が悪そうだけど」
「問題ない。さ、さっさと行こう」
多少声が震えているがガルガロ自身がそういうなら此方に否は無い。
桔梗と視線を交わすが、彼女も首を傾げていた。
しかし俺たちのその疑問は、洞窟の中に入って直ぐ、理解することとなった。
「ひぐっ……!」
「ぅぁ、へくっ!?」
「ひっ、のわぁっ……ッ」
「ぁ、ひあああああああ――――!!」
これ全て、ガルガロの漏らした悲鳴である。
現在ガルガロは俺の後ろで俯いて縮こまっており、ローブの端をぎゅっと握り絞めて震えている。
「まあ」
「そういうことだったのか……」
「くっ…………想定外だ……っ」
小柄な美少年がプルプルと打ち震えて苦虫を噛み潰したような顔をしている。
どうやらガルガロはこのダンジョンに徘徊するモンスターの系統が少し……いや猛烈に苦手のようだ。
「よりにもよって、何故“虫”なんだ……!!」
そう。この【蟲毒の山洞】は、多種多様な蟲系モンスターが出現するダンジョンだった。
洞窟内に入って早々、徘徊していた敵PTと遭遇。体長2メートルの巨大蟷螂の首から上を百足にしたようなモンスター【混蟲蟷螂】が3匹。キシュァァッと百足頭部分を振り回して迫って来た。
即座に迎撃しようと2人に声を掛けたのだが、返ってきたのはメイドさんの冷静な応答のみ。その時、既にガルガロはポンコツと化していた。
前衛として桔梗が優秀だったため、3匹と言えども事実上2人で倒すことは可能だったが、それ以降も、ガルガロは完全に戦力外と言えた。
「まだ出口も近いし、ガルガロは研究室に戻って待ってたら?」
「そうですね。苦手なものは仕方ありませんし」
と俺と桔梗が優しく諭してみるが。
「ふんっ。ぼ、僕が自分自身で行かなければタグを得ることは出来ないじゃないか……!」
とセリフだけは格好良く反論された。
それはそうなのだが、だったら力いっぱい瞑っている目を開いてマントを掴む手を放してくれと言いたい。全力で視覚情報を遮断して俺の背後でぷるぷる俯いているのを鑑みれば、先ほどの勇ましい言葉は全部空虚なものに聞こえてしまうってのに。
「……仕方ないですね。ガルガロ様は完全に戦力外なので――」
「くっ……屈辱だ……っ」
「黙っていて下さい。……ご主人様、私が先行しますのでフォローと背後確認をお願いします」
「ああ、分かった」
「くぅ……!」
桔梗は適確な提案をしてから10メートルほど先行した。
――にしても桔梗はガルガロに厳しいなぁ。
俺は僅かに抵抗が掛かったマントを引くようにして彼女の後を追う。
それから何度か戦闘になった。無論、戦力は俺と桔梗のみである。
ダンジョン名に『蟲毒』と付くからか、なんというか蟲的にカオスめいたモンスターが多かった。蟲と蟲、蟲と爬虫類、蟲と哺乳類、等々。何かと何かを無理矢理くっ付けたような姿をした合成魔物だらけ。しかもその全てが細部までリアルに作り込まれており、3Dぽいテカった光沢ではなく現実のような鈍い光沢、甲殻と思われる皮膚には多少の産毛、鼻を突く腐ったような異臭、わきわきと動く手足触覚に口部の牙、濡れたようにテカる粘膜質な瞳や口内。
正直、気持ち悪い。
いや、キモい。
かーなーりキモい。
特に昆虫に対して何の感傷も無い俺でさえ、至近距離でGの腹を見たような生理的嫌悪感を感じていた。
元々苦手だというガルガロがこれほどまでに前後不覚になることも頷ける。
これは確かにダンジョン的に人気が無いというのも分かるというものだ。
俺は後衛だし距離があるからまだいいが、前衛の桔梗は触れるほど近くにエイリアンが迫ってきているようなものだろう。
よくあんな涼しげに戦えるなと感心を通り越して畏怖してしまうよ。
メイドさん凄い。
「きゃあ!」
「……え?」
不意に女の子のような悲鳴があがる。
桔梗? いいえ違います。
ガルガロだ。どうやら地面のぬかるみで足を取られたようだ。普段の声も変声期前のように高いから、まんま女の子のように感じてしまう。
「あ……くっ。な、なんでもない!」
当のガルガロは顔を赤らめて目を逸らす。
その様子を見て、思わず吹き出してしまった。
「…………ぷっ」
「な、なんだ。何で笑う? それに、そんな目で僕を見るな……っ」
「はははっ、ごめんごめん。なんていうか……ちょっとかわいく見えて」
「はア!? か、かか可愛い? ぼ、僕が可愛いだと!? ばばば、馬鹿にしてるのか!!」
「そんなつもりはないって」
「ぬぐ、ぐぅ」
ぐぅの音が出ました。
声は怒っているのに俺のマントを放さない所も微笑ましく感じる。
「ハァ。お2人とも、じゃれてないで背後の警戒をお願いしますね」
あらら。桔梗に窘められてしまった。
背後のガルガロもぐぬぬ状態だし、流石に真面目にやろうか。
そんなこんなで探索を続けること数十分。
「……この辺りですね。ジュストー講師が言っていた場所は」
桔梗がインベントリからメモ帳を出して見る。
ロア女史は「洞窟内の分かれ道を7回、一番右の通路を選択し、次いで2回、一番左を。最後に左から二番目の通路を通った先に魔術で破壊出来る大岩がある。目的地へ続く道はその向こうにある」と言った。
【蟲毒の山洞】は外見で蟻塚と感じたように、内部も蟻の巣のような作りになっていて、行く先々で分かれ道に出くわした。
そしてようやく件の場所に到着。確かに情報通りに大岩が通路の左側に埋まっている。
だが、はっきり言って完全に洞窟の一部というか背景の一部と化していて、言われなければ絶対に気付かないと思う。こんな場所、普通に探索していて分かるか!! と内心叫びたかった。
「つ、着いたのか……?」
恐る恐る、という様子で背中から顔だけ出すガルガロ。
いつもの自信たっぷりな泰然自若さは鳴りを潜めていた。
悲壮感と疲労感たっぷりだ。
「多分、あれでしょう。どの程度の威力で壊れるかは分かりませんが」
「一応ゲームだし洞窟が崩壊する懼れは無いよな」
「……」
「え? 無いよね?」
「MLOだからな……」
「MLOですからね」
不安になるようなことを言わないでくれ。
取り敢えず試しで初歩の火球を放ってみる。
着弾。
その瞬間、大岩がパッと消え去った。
「って、ええ!?」
「魔術で破壊出来るとはこういうことでしたか。魔術なら何でも良かったのかもしれないですね」
「うーん、そうかもな」
「ど、どうでも良いから早く進もうっ。や、奴らが出る……!」
ガルガロはブレないなぁ。
ぷるぷるはしてるけど。
背中を物理的に押され、俺たちは大岩があった所に出来た通路へと踏み出した。
◆○★△
5分も進まない内に出口を見つけた。
外に出ると、そこは岩壁に囲まれた隔離された森という印象の広い空間だった。
その中心に、恐らく件の小屋と思われる一軒の木製の山小屋が建っている。
周りには井戸や切株に刺さった斧、小さい物置。
人里離れた世捨て人が暮らしているような建物、という雰囲気だ。
「情報通りですね」
「此処は安全地帯のようだ。モンスターは出てこないみたいだな」
「ハァ、ハァ。……ようやく人心地付ける」
「お疲れ」
俺の背中から出てきたガルガロは深く深呼吸をした。
「とりあえず、中に入ってみよう」
「はい」
「そうだな」
桔梗が先頭のまま小屋に入っていく俺たち。
警戒はしていたが、しかし必要なかったようだ。
至って普通の居住空間。
2DLKくらいの間取りだ。
敵らしきものは居ないが……居間らしき場所に人影が。
「……む? 客人かね」
揺り椅子に深く腰掛けた老人が此方を見た。
緑色のマーカーが頭上にあるということは。
「NPCのようですね」
「イベントNPCか」
「話しかけてみよう」
近付いて、まずは挨拶をしてみた。
「こんにちは」
「うむ」
老人NPCは揺り椅子に座ったまま軽く頷く。
「このような場所に珍しいな。何用……と問うのは野暮か。格好を見る限り、若い魔術師といったところ。ともすれば、新たな魔術を求めて、ということだろうか」
「あ、はい」
学者然とした硬い喋り方をするNPCだな。
「僕たちは此処に【魔法円・構築陣】を得られると聞いて来たのだが」
ガルガロが単刀直入に切り出した。
「なるほどな……確かにその知識を私は有しておる」
「じゃあ」
「しかし、無知なる者にそのままくれてやる、というのもな」
にやり、と老人は白い髭に埋もれた口元を歪めた。
「問うぞ。――まず、【構築陣】とは何かね? その全容を理解しているか?」
もしかして問答形式の講義、のようなものかな?
此方の解答如何によって、タグを渡すかを決めるのかも。
学園城のとはちょっと特殊な講義だと思えばいいだろう。
とりあえず俺はロア女史に言ったことをそのまま伝えた。
「武器防具、道具、素材などのアイテムに呪文を結び付ける魔法円だと考えています」
「ふむ。惜しい」
「え」
「よくよく考えてみることだ。人が呪文を扱うならまだしも、ただのアイテムにただ呪文を結び付けただけで正常に機能するのかどうかをな」
「…………」
惜しい、ということは半分以上は正解ということでいいだろう。
目の前の老人は「ただのアイテム」という言葉を使った。
ということは『呪文を結び付ける』という点は合っているということ。問題は『結び付ける対象』か?
「何でもかんでもアイテムなら良い、という訳ではないということか」
「特殊な条件があるのでしょうか?」
ガルガロと桔梗も眉を潜めて思考に入った。
「…………」
老人は黙した。
此方の回答を待っているのだろう。
「ヒントは出してくれてる、んだと思う。たぶん、さっきの『人が呪文を扱うならまだしも』というやつがヒントになってる気がする」
「人が魔術を、呪文を扱うのは普通のこと。だけどただのアイテムではそれは叶わない。何故か?」
「人と、何らかの共通点が有るアイテムでなければならないということでしょうか」
「うーん。共通点か……あ、いや、そうか。呪文を結び付けるってのは、アイテムに魔術を使わせるのと同じことだ。人が魔術を使うのに必要なモノがアイテムにも必須となるということか?」
「ああ、そういうことか。魔術を使用するには魔力が必要だな。つまり」
「魔力を有する、もしくは魔力を生成する機能や性質を持ったアイテムでなければ【構築陣】を使用することは出来ないということ、ですかね」
結論に至った俺たちは、老人に向けて視線を集める。
瞑っていた瞼を開き、灰色の瞳を此方に向けて、彼は蓄えられた白鬚を震わせた。
「……なるほど。多少なりとも考える頭を持っているようだ」
不意に椅子から立ち上がり、物が乱雑に置かれた広い机の前まで来る。
そして乱暴に腕で物をどかすと、その机上には直径80センチほどの魔法陣が書かれていた。
ガルガロが呟く。
「……【構築陣】」
「然り。お主らが言うた通り、魔力を有する物体と呪文を結び付ける魔法円だ」
「一つ訊いても? 魔力を有する物体とは具体的にどんなものが挙げられますか?」
「一言でこれだということは出来ん。自然由来では宝石、生物由来では幻獣や魔獣の身体素材などが挙げられるが、内包する魔力量によっては【構築陣】を使用できないものもある」
「ということは、例えば、魔力を一定以上籠めた物を自作して……というのも有りということですね」
「……そうとも言える」
「なるほど」
「一定以上の魔力を有する、という点がネックになりそうだな。そもそも魔素はともかく、魔力を有するアイテムがそこらにポンポンと存在しているのかも怪しい」
「ですね」
「そこまでは面倒見きれんぞ? 魔術師ならば、自力で見つけてみろ。むしろそうあるべきだ」
「う……はい」
まあ、そう来るよな。
仕方ない。始めから全部教えて貰えるとも思ってなかったし。
「この魔法円はまず結び付ける物体を選択し、その後、結び付ける呪文を決定する。その際、気を付ける事は2つ。何か分かるか?」
「?」
「さっきの例で考えると……人が魔術を使うのも、アイテムが魔術を使うのもほぼ同じ、と思っていいんですよね? だとしたら重要なのはやはり魔力か」
「人とアイテム。物によるかもしれないが、確実にアイテムの方が保有魔力は少ないだろうな」
「つまり、そのアイテムが持つ魔力で使用できる魔術でなければいけない。ということですね」
「だな」
「魔術による消費魔力の軽減、節約、省エネ……か」
アイテムの保有魔力が人よりかなり少なく、また自動供給もされないと仮定すると、例えば、一回の魔術使用で魔力切れを起こしてしまうということも有り得る。使い捨ての消耗品マジックアイテムとも言えるが、それでは燃費が悪すぎる。
「消費魔力を出来るだけ軽減させて効率化を図る、というなら、一番に思いつくのは属性値かな」
「火属性魔術を使うなら火の傍、火そのもの、あるいは火を熾せる物を一緒にしておくということか」
錬金術の施設【生成陣】を使えばそれらしい道具は作れるだろう。
「確か、宝石などには様々な魔術的意味合いがあると言いますね。例えば紅玉は炎や血、命と言った意味があると聞いた事があります。その他にも石言葉なども恐らくは属性値や魔術使用の助けになるのではないかと思われます」
属性値は勿論のこと、アイテムに籠められた意味にも魔術効果を増したり、消費魔力の軽減したりと効率化が出来る作用を持つ。
それらを組み合わせることで、より高度なマジックアイテムとして機能するのではないか、と桔梗が言う。
それは俺も同感だ。
「纏めよう。つまり、【構築陣】を使用する際に重要となるのは」
「対象となるアイテムの保有魔力と、設定する呪文の消費魔力との兼ね合い」
「そして、アイテムと結び付ける呪文との関連性による魔術の効率化、ですね」
そんな感じでどうでしょう? と俺たちは老人に向く。
「…………ま、良しとしよう」
数秒の黙考と後、老人はそう言って頷いた。
「本来、物と『魔術』は結び付かない」
何故なら、人が有する『体内で魔素を魔力に変換する機能』と『術式を構築できる頭脳』を持ち合わせていないからだ。
そして、特に後者をどうにかするのが【魔法円・構築陣】となる。
「【構築陣】は、使用者の魔力を用いて対象物に宿る魔力に干渉し、設定する術式に沿った魔力の流れを作り出す」
パソコンのような複雑な回路が入り組んだ電子機器でもあるまいし。
ただの“物”に“機能”を付加させるなど言うほど簡単には出来ない。
魔法陣を介すというのは、言い換えれば『儀式を経る』ということ。
「【構築陣】という名の魔術儀式を行うことで、ただの“物”が、魔術を行使しうる“魔導具”足り得るようになるのだ」
この儀式というのが、パソコンにおけるプログラミングと同義だと理解した。
言語を使って道具が半自動で設定された事象を起こすような機能を付けるという点ではほぼ同じと考えていいだろう。
「さて……魔法円に触れてみろ」
くいっと顎を机上に向ける老人の言に従い、俺たちはそれぞれ手を伸ばす。
「!」
光り出す魔法陣。
時間にして2、3秒で消えたと同時に、目の前に小さいウィンドウが表示された。
【新しくタグを取得しました。】
そのメッセージを見て、俺たちはステ窓から所持タグ一覧で【魔法円・構築陣】が追加されていることを確認する。どうやら【構築陣】には小円とかの分類は無いようだ。
しかしまあ何にしても。
「これでマジックアイテムの製作に取り掛かれるな」
「ああ。まずは素材の選定からだ」
「うふふ。お2人とも楽しそうで何よりです」
魔法円タグとしては【詠唱陣】【生成陣】に次ぐ三番目の魔法陣【構築陣】を、俺たちは手に入れた。
「用が済んだなら、このような場所からは早く去るがいいだろう。魔術を極めんとする道に、遊んでいる時間は露ほどもないぞ」
そう言って老人は俺たちに背を向ける。
素っ気無い態度だが、一応教えて貰ったのだからお礼は言っておいた方が良いかな。
「あ、えーと、ありがとうございました!」
もうこれ以上は何もないことを確認し、外に出る間際、俺は振り返って軽く頭を下げる。
老人は此方を振り向きもしなかったが、ピクリと肩が動いたような、そんな気がした。
「……NPCに何を礼などしてるんだ?」
ガルガロが不思議と呆れを混ぜた表情で訊いてくる。
「はは……まあ何となくだよ」
「ふふ、ご主人様らしいですね」
え、なにそれ。どういう意味?
「……まあ、そうとも言えるか」
あれ、ガルガロも同意?
俺への評価が2人の中でどうなってるのかが気になる。
「――それよりもガルガロ様。大丈夫でしょうか?」
手に入れた【構築陣】について話しながら、再び洞窟内に入る俺たち。
帰りは分かれ道は無く、戻ればいいだけだから一本道も同じだ。迷うことはないだろう。
「む、何がだ?」
ふとした桔梗の問いに、俺たちの前を歩いていたガルガロが僅かに振り返る。
「いえ、その」
「?」
悲しげに眉を潜め、桔梗は口を押えて面てを伏せた。
正面から見れば、何か重大なことを言いたくても言えない、そんな雰囲気に見えたかもしれない。
けれど、背中側から見ると、肩を震わせて笑いを堪えているようにしか見えなかった。
その様子で、俺も気付く。
「あ」
「な、何なんだ」
「ガルガロ様、後ろをご覧ください」
「後ろ?」
「ガルガロっ、まっ――」
遅かった。
俺の待ったは届かなかった。
「――――ひッ」
入って最初の曲がり角。
先頭はガルガロ。
そして、此処はもう安全地帯ではない。
結論として。
「ひぐっ……ぁ、あアっああアア――――――――ッッッッ!!!!」
絶叫、そして失神。
至近距離にて、粘膜質的な生命の神秘(一部の特殊分類)を一ヶ所に集めたようなうねぐちょアメイジングを見てしまった少年ガルガロ。
攻撃の一つも受けてないのに何故か石化のバッドステータスに掛かってしまったようだ。
「ちょ! が、ガルガロ!?」
「くっ……ぷくくっ、くす、クスクス……!」
「いや桔梗笑ってる場合じゃないから! 早く戦ってくれぇぇ!!」
流石に俺一人で戦うのはきついっ!
タグを手に入れるまで一応順調だったというのに、どうして今は巨大蟲たちにタコ殴りにされそうになっているんだ。
最悪は死に戻りかなー、と石化中のガルガロとツボに入ってしまった桔梗を横目に、俺は必死に魔術を唱えた。
ということで、道具と呪文を結び付ける方法のもう一つは、『魔法陣』でした。
単なる魔術ではなく、魔法陣を用いるというのは一つの『儀式』を通すということ。
それにより、魔術的要素を付加された道具として成り立つのです。……たぶん。
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