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第十七話 MLO式錬金術入門

今回は、前回で出たカラムスの呪文と、MLOの錬金術における調薬について少~し突っ込んでみます。

 試合が終わった直後、俺は自分の研究所に戻ってきた。

 家具や機材が多くなった十畳ほどの石畳の室内には、ガルガロと桔梗、ネリアも居る。


「おめでとう。まずまずの出だし、と言ったところか。まあ、君が映ってるスクリーンを見つけられなかったから僕は全然試合内容が分からないが」

「ご主人様、勝利おめでとうございます。私は見つけましたよ。ですが、決着の瞬間からしか見れなかったのが残念でしたけど」

「うー、ねりあは見てないよっ」


 ガルガロと桔梗は手分けして俺の試合を映すスクリーンを探していたらしい。 桔梗は試合の最後の最後で見つけたようだが、ガルガロへの連絡は間に合わなかったようだ。ネリアはそもそも鞄の中に収まっていたのだから観戦できるはずもない。


「ありがとう。でも、ロア女史にも言われたけど、相手に恵まれた結果だと思う」


 実際その通りだと思った。

 対戦相手のユングリードは見た感じ初戦であり、PvP経験もなく、更には恐らくつい最近インターミドルへと進級したばかり、という感じだった。


 特殊なタグを使用した魔術もなく、単純な詠唱速度優先の呪文を撃ってくるだけの戦法。

 しかし、後衛同士の戦いならば、詠唱を必要とするMLOのゲームシステムの場合はアレが基本骨子になるはず。手を入れるにしても、まずはあの攻防から展開を広げていく形となるだろう。


「それにしても、やはり『魔法陣』を使ったのか」


 ふん、と仕方なさそうにガルガロは切り出してきた。


「ああ。出来れば温存しておきたかった手札の一つだけど、相手も隙が無かったから崩すタイミングが掴めなかったし……」

「恐らく今後は魔法陣を使う学生(プレイヤー)もどんどん出てくることでしょう。取得条件は公表されていませんが、進級できるような方であれば容易に取得できるものですし」

「だな。今後は魔法陣も含めてレアタグのオンパレードになることは間違いない。何しろ、このMLO(ゲーム)をプレイする者のほとんどが中二病患者だ。自分で生み出した魔術を周囲に見せ付ける絶好の機会――――逃すわけがない」

「ふふ、ですね」


 単純な初歩の魔術のぶつけ合いなど観る者にとっては詰まらないにもほどがあるだろうが、やっている身としては必死だ。しかしそれらは単純であるからこその突出したものが無い。それらを脱するにはそれ以外の要素が必要になる。


 その一つが、今話題に出た『魔法陣』だ。

 正式名称は【魔法円】。

 俺が先の試合で使用したのは、ノービスクラスで受けられる『魔術概論基礎の試験』に合格した際に手に入れた、複数ある魔法円タグの種類の一つ【魔法円・詠唱陣(小円)】だ。


 魔法円タグにはそれぞれ小円、中円、大円、極円と段階があり、大きくなるほどに文字通り魔法陣の大きさと内包する複雑さが増す。

【魔法円・詠唱陣(小円)】タグは、一言で言えば、幾つかの面倒臭い法則のもとで呪文を省略出来る魔法陣だ。


 タグを手に入れると専用の魔術構築画面に専用のタブが追加され、そこで呪文を構成する特定の要素を別の単語に言い換えた、文章無視の省略呪文が作れる。


 例えば、先の試合で俺が使用した魔術、詠唱陣〈瞬炎の三弾〉。

 これは以下の呪文を省略したものだ。


【掌前の虚空に生じし三つの炎の玉よ、眼に映る敵へと疾く飛び出せ】


 この呪文の構成としては、タグを必要としない基本要素に加えて、付加情報(タグ)を必要とする三つの要素で魔術として成り立っている。

 文言と使用タグの関係は以下の通り。


『三つ』     ⇒ 【発現事象数増加】

『炎』      ⇒ 【火属性中級】

『疾く飛び出せ』 ⇒ 【事象速度操作】


 詠唱陣での呪文省略は、元となった呪文というよりも、それに使われているタグが重要となる。

 まず、使用されたタグを、そのタグに相当する“単語”に置き換える。

 今回の詠唱陣〈瞬炎の三弾〉の場合は以下。


【事象数増加】    ⇒ 『三』

【火属性中級】    ⇒ 『炎』

【発現事象速度操作】 ⇒ 『瞬』


 このように、タグの意味が込められた文言ならば漢字一文字でも、『flame(フレイム)』や『スリー』など英単語一つやカタカナの文言でも代替が可能だ。

 こうして使用タグの代替文言を用意した後はもう簡単だ。これらを入れた文章を作ればいいだけだ。

 1つ注意点があるとするならば、タグ使用文言は3つ以上連続で繋げてはならない。2つを超える場合は必ず『の』などの助詞や接続詞で分けなければならないのだ。

 しかし、この点さえ守れば後は比較的自由に呪文が作れる。今回のように漢字一文字で代替すれば2つ繋げて造語も作れるし、タグ使用文言さえ入っていれば逆に呪文には関係の無い言葉が入っていてもOKとなる。文章が長い分には構わないのだ。


〈瞬炎の三弾〉も『瞬』『炎』『三』は必須として『弾』は入れなくても別に問題は無かったのだが、使用可能呪文リストの整理の時に分かり易いかなと敢えて入れてみた。入れた方が発音の際にも言い易かったというのもある。

 これにて呪文の省略――詠唱陣が完成である。


 人によっては、この入れても入れなくても問題は無い方の文章に凝る人も多い。何故なら、詠唱陣は本来の呪文作成と違い、魔術に成り立たないと判定されるだろう文章でも登録が可能だからだ。此処で登録するのはあくまでも“魔法陣の名前”としての意味しか持たないので、魔術としては省略元の呪文が成り立っていれば問題なく発動できるのだ。


 効率重視、速度重視の他にも詩的な格好良さ重視の呪文にする人も少なくはないと思われる。ガルガロが言うにはMLOでは割と後者を重要視しているプレイヤーが多いのではないだろうかという話だった。


 次に気になるのが、詠唱陣のデメリットだが、こちらは単純。詠唱を省略できる分、逆に消費魔力が5割加算されるというもの。つまり1.5倍となる。


 大魔術は勿論のこと、例え初歩の魔術といえども5割増はデカい。手法としては、素早い詠唱陣で相手を崩し、その隙に通常呪文を詠唱する、というのが最良だろうか。


 使いようによってはかなり強力な武器となる。

 事実、今日の試合もそうやって不意を突く形になった。

 だけど、詠唱陣の真価はこの程度ではなく――――


「何はともあれ、ご主人様は一回戦突破。次はガルガロ様ですね」

「分かっている。対戦相手が誰かは分からないが、前衛、後衛、万能型、それぞれの対処法は用意した。並み以下の相手に負ける気はしないな」


 無表情な少年は、いつも通りの顔に自信を漂わせながら淡々と断言する。

 この一週間、彼や桔梗さんと一緒に自己強化に励んできたので、その自信の程は解っているつもりだ。


「頑張れ。ガルガロなら勝てるよ」


 ガルガロの頑張りを知っている。試行錯誤を知っている。

 その末に、彼が掴んだ物を知っている。

 だからこそ、俺は素直にそう言えた。


「ああ。見ていてくれ」


 俺の言葉にフッと口元を緩めて、ガルガロは頷いた。




   ◆○★△




「――さて、っと」


 最終調整をすると言ってガルガロは自身の研究室へと戻っていき、室内には俺と桔梗、ネリアが残る形となった。


 まずは一勝。だけど時間を無駄にしている暇は無い。次の試合は明日だし、強敵たちは今もなお己を強化しているはずなのだから。


「何かなさいますか、ご主人様」

「うー?」

「うん。この一週間でようやく道具も揃ったし、そろそろ本格的にコレに取り組もうかと」


 そう言って、机の上に置いてあったフラスコを何気なく手に取った。


「【錬金術】、ですか」


 そう、錬金術だ。

 俺は自分の研究室を見渡した。

 一週間前とは明らかにその内装は様変わりしていた。もう既に一端の研究室と言ってもいいだろう。


 この一週間、色んなことをやって来たが、その合間合間にコツコツとクエストをこなして錬金術に必要な道具を揃え、ようやく最低限必要な設備を手に入れた。


 今まではガルガロにポーションなどを都合してもらったが、これからは自分でも作ってみようと思っている。

 出来ることなら、その()も。


「試合には、回復アイテム以外の制限は無い。つまり、魔術で他者に劣っていたとしても、その他のアイテムや装備で補うことが出来る」

「だからこその【錬金術】……アイテムの作成ですね」


 桔梗の微笑みに俺はコクンと頷いた。

 既に正式サービスが開始されてから2カ月を過ぎたと言っても、錬金術ほど習得に長い期間を有するものはほとんどない。習得条件を発見するのも容易なことではないし、今はまだゲーム開始直後の黎明期、情報の共有もほとんどされていない。


 つまりは錬金術を習得しているプレイヤーもまだ少ないと考えていいだろう。

 NPCの店売りのアイテムや武器防具は、正直な所、値が高い物でも性能はそれほどでもない。

 現在の最高級品の防具なども、進級直後のインターミドルの火力でも大ダメージを与えることが出来る。逆を言えば、その程度の装備品しか売っていないということだ。

 売っていないのだとしたら、それ以上の品質を持つ装備は自分で作りだすしかない。

 錬金術ならば、それが出来る。


「――とはいえ、まだまだ【錬金術】については素人だから、まずは基本のポーションから作ってみようか?」

「お手伝いいたします」

「うー! ネリアもおてつだいするー!」


 そんな訳で、初歩の初歩、ポーション作りから始めることにした。




   ◆○★△




「それでは、これよりポーション作りを始めようと思います」

「宜しくお願いいたします、ご主人様」

「わーわー!」


 さてさて。

 今回作るのはNPCの店でも普通に売っている初級の体力回復用ポーションだ。

 経口摂取か皮膚吸収で多少効果に差異はあれど、体力ゲージを回復してくれるという効果に違いは無い。

 最初ということで、一番低ランクのものを作ってみよう。

 俺はインベントリ画面を起動し、その中からアイテムを幾つか取り出した。


「ということで、材料はこれらだね」

「ほ~え~」

「薬草でしょうか……3種類あるように見えますが、これら全部を使うのですか?」


 作業台の上に置かれた材料を見て首を傾げるメイドさん。

 そういえば彼女はガルガロの作業するところを一度も見たことがなかったか。というよりもガルガロが見せてあげなかったというべきか。


「ポーションを作るのにこの3種類が絶対必要というわけじゃない。重要なのは……『成分』」

「成分、ですか」


 MLOの錬金術で使用する材料には、大きく分けて2つある。

 ひとつは、主に薬などに使用する素材から抽出した成分。

 もうひとつは、そのままで加工できる素材。

 ポーション類等の薬関係は必然的に成分の調合が必須となってくる。

 以前ガルガロが言った言葉が頭に蘇った。


 ――面白いが、果てが無い。


 至言だなと思う。


「まずは蒸留器(アレンビック)で、薬草の成分を【抽出】する」


 机の上に置かれたガラス製の小型蒸留器をタップする。

 表示されたウィンドウで用意した素材、3つの薬草の内【ヒール草】を選択。

 ヒール草と、蒸留器を使用する上で必須となる【水】が自動的に消費される。

 後は基本的に自動だ。

 ガラス瓶の中に投入されたヒール草と水。これらを熱することで薬草の成分を煮出す。

 10秒ほどで蒸留器の管からフラスコ瓶へと緑色と茶色、水色のマーブル模様の液体が滴ってきた。


 更にこのマーブル模様の液体をろ過器などを用いて【分離】させる。

 何度見ても思うが、本来の蒸留器ではこんなことはあり得ない。ゲームとは何と不可思議(ファンタジー)であるかと眉をひそめながら再認識してしまうが、まあ特に不都合も無いので気にせずにいこう。


 残りの2つ【アカヤジリ草】と【ルルーナ草】にも同じ作業を行うと、以下のような成分が取り出される。



 ■成分名:ヒールフェノル ×3

  ・作用:【体力回復(極微)】【急性毒性(極々微)】

 

 ■成分名:キュアトキシン ×2

  ・作用:【体力回復(極微)】【火傷治癒(極微)】【慢性毒性(極々微)】


 ■成分名:ホイミラミン ×1

  ・作用:【免疫反応抑制(極微)】【血流活性(極微)】



 上記以外は水分や不純物だった。

 薬などの作成には基本的にこれらの成分を調合する。

 成分には各々に『作用』を持ち、それらの組み合わせにより製作者の望む効果を発揮する薬となるのだ。


 ただし、作用欄を見て分かる通り、ほとんどの成分がプラス作用とマイナス作用を持つ。マイナス作用とは使用者にとっての『毒性』や『反作用性』を指している。


『毒性』が微少であれば問題は無いが、何でもかんでも成分をどんどんと組み合わせればたちまちそれは薬から毒へと変化してしまうだろう。しかも、基本的に一度混合させてしまった成分は分離させることは不可能。そのまま別の用途で使うか捨てるしかないので注意が必要だ。


『反作用』は文字通りプラス作用を打ち消す作用だ。基本的に成分には二種類が存在し、複数のプラス作用があるが含有量が少ない『広く浅くタイプ』と、高い含有量の一つのプラス作用と何かしらの反作用が存在する『一点特化タイプ』がある。

 何らかの作用を高めるために別の作用を諦める、ということも視野に入れる組み合わせもあるのだ。


 さて、先述した3つの薬草は低レベルダンジョンやフィールドなら何処にでも生えている物だ。材料の調達には事欠かない。

 今回作成する一番ランクの低いポーションには、これらの内【ヒールフェノル】という成分アイテムを3つ使用する。


 MLOには水などの液体アイテムにリットルやグラムなどの細かい量の単位を使わない。それらは必ず容器アイテムとセットで使用するため、1つや1個という単位を使う。ただの水でも革袋や水筒、ガラス瓶など多くの容器が存在するが、成分系液体アイテムの保管――インベントリ収容には試験管を使う。


 もし、【作用】の組み合わせからなる相乗効果に加えて、現実同様に更にミリリットル単位まで計算に入れなければならないとしたら非常に面倒くさかっただろうというのは想像に難くない。なので、液体の単位を『個』とするのに多少違和感はあるが計算が比較的ましになるし、そこはゲームシステム所以と割り切っている。


「ご主人様。ヒールフェノルを3つ、フラスコ瓶に投入いたしました」


 ふわり。涼やかな声と共に何かの花のような優しい香りが鼻孔をくすぐる。

 つられて横を見ると、にこやかな笑顔を浮かべるメイドさんが……直ぐ真横に居た。


 ――ち、近い……。


 試験官に入った大匙2杯ほどの緑色の液体『ヒールフェノル』を3つ分、大き目のフラスコ瓶に入れる桔梗さん。至って自然体の彼女だが、人気(ひとけ)が少なくなると気付けばいつの間にか肩が触れそうになるほど近付いていることが多々ある。

 それは彼女の整った顔が間近にあるということでもある。

 VRMMOは美形のアバターが多いが、桔梗はなんというか、他のプレイヤーのような外国人的な美人ではなく、作り物っぽくない自然な感じの日本人的容姿の美少女なのだ。

 仮想体(アバター)と知りつつも思わずドキッとしてしまう。


「おー……みどりいろだねー」


 作業を一歩離れたところから興味津々に見つめるのは椅子の上で胡坐をかいているネリア。騒いだりはしていないが、許可さえだせば飛び掛かってきそうなほどにその瞳を爛々と光らせている。

 桔梗さんの接近にドギマギしつつ、ネリアの姿に癒されながら俺は作業を続けた。


「これに水を【1個】加えて、容器に移してっと……うん。これでポーションの完成だ」


 成分アイテムを幾つ掛け合わせても、混合成分アイテムとなるだけでポーションにはならない。

 なので最後に【水】を加えて飲料アイテムにする必要がある。ただ、これも注意しなければならないのが、一つの薬液(ポーション)アイテムにはMLOで一番普及している容器【ガラス小瓶】一個分――コップ一杯分の水が適正分量だ。これ以下だと飲料アイテムとしては使用出来ないし、これ以上だと逆に薄まり過ぎて薬としての効能が消えてしまう。


 成分の組み合わせから生まれる作用・効能、そして分量。

 これらを考えた上で、最低ランクの素材で一番簡単な作成レシピが、『ヒールフェノル3つを合わせた体力回復ポーション』。

【ヒールフェノル】成分は、プラス作用とマイナス作用を1つずつ持つ、最も作用の組み合わせ計算が楽な成分の1つだ。


 作用はその効能の大きさによって、上から【極々大】【極大】【特々大】【特大】【大】【中】【小】【特小】【特々小】【微小】【極微】【極々微】の12段階に分けられる。

 効能が同じ大きさの作用を3つ掛け合わせることで一段階上がり、【微小】から実際に薬として使える効果として現れる。

 今回の場合は以下のようになる。


【体力回復(極微)】×3 ⇒【体力回復(微小)】

【急性毒性(極々微)】×3 ⇒【急性毒性(極微)】


 こうして【体力回復】作用が【微小】となりポーションとしての機能を持つ。 毒素はまだ【極微】なので人体に害をなす毒としてはまだ機能しない。

 これ以上の効能をヒールフェノルで作ろうとすれば、3倍の量が必要となり、プラス作用が上がるけれど、同時に今度はマイナス作用の毒性が機能してしまうようになるのだ。

 そうして完成したポーションがこれ↓だ。


 ■ヒールポーション■

 説明:体力ゲージをごくごく僅かに回復する薬液

 品質:超最低

 効果:経口摂取 20/毎秒 最大200

    皮膚吸収 50/毎秒 最大150


 NPCの店売りで同アイテムを購入する場合は1個200(デーラ)する。逆に売ると半額になる。材料費は殆どいらないし楽に入手可能だが、素材から成分を抜き取るのに手間が掛かるので金稼ぎにはまだ使えないだろう。


 ちなみに、素材から成分を【抽出】する効率は道具性能に依存している。俺の所有する最低ランクの蒸留器では一度に同じ素材を3つが限界だ。数を増やすか、高ランクの蒸留器を手に入れるかすれば改善はするが、蒸留器は大きいので場所を取るし高額だ。部屋の広さを広げるにも金が必要なので、何をするにも懐事情が物を言うという訳だ。

 切ない……。


「まあ、ちゃんと俺の部屋の設備でもポーションが作れると分かったことだし、今度はもうちょっと高ランクの奴を作ってみよう」

「はい。材料は此方に」


 俺の言葉に、流れるような自然な動きで材料を取り出すメイドさん。

 あれ?

 自分の行動に何の躊躇いも迷いも見えなかった。

 というか、何のポーションを作るかさえまだ言っていないというのに、出された素材は欲しかった物とピタリと一致している。

 さっきまではポーションの作り方さえ分かっていなかったというのに、いったいどうやって先読したというのか……頼もしくも恐ろしい。


「あ、ありがとう」

「いいえ、メイドとして当然の事ですので」


 楚々としてお辞儀する桔梗。

 大仰な態度に若干引きつつも俺は作業を再開しようとするが。


「うーっ、ネリアもてつだうー!」

「はぐぉっ……ね、ネリア」


 我慢できなくなったのか、ネリアがぴょんと椅子から飛び出してきた。

 そのままの勢いでどーんと抱き付いてくる。柔らかくもべちょべちょとした感触が俺を襲う。


「わ、わかったから。ネリアにも手伝ってもらうよ」

「やたー!」


 とはいっても、実際には【錬金術】が登録されてないと道具や設備は使えないんだけれども。

 その嬉しくも気まずい感触に、俺は負けた。

 隣でメイドさんが何やらクスクスと笑っているが気にしないようにしよう。うん。




   ◆○★△




「【スカラテイン】成分3つと【プロテスチン】成分3つを混合して【魔抗力】を『特小』まで上げて……これだと【慢性毒性】が高くなり過ぎるから【ディスベルリウム】成分の【反慢性毒性】で中和して……。あ、ネリア、そこの試験官取って。青いやつ」

「はーい!」


 作用の足し引きには無限の組み合わせがあるが、これもやはり道具に依存する。

 基本的に成分の混合は【哲学者の卵】という名のフラスコ瓶でしか出来ないが、やはりこのアイテムにもランクがあり、高ランクになればなるほど成分の混合数を増やせる。俺の持つ初心者用【哲学者の卵】では一度に成分10個までしか組み合わせられない。


 成分10個という限定された枠内で、出来る限りの高効果を求める。

 プラス成分を高め、マイナス成分が機能しないギリギリの所で抑える。毒性にも種類は多いが『微少』を越えなければ無害。逆に言えばどれだけ多種類の毒性を備えようがそれさえ越えなければ良いのだ。


 その観点から、俺はポーションを作り出していく。

 体力、魔力を回復する薬。

 魔術抵抗力、筋力、敏捷力を高める薬。

 推奨レベル帯が20~30程度の低レベルなダンジョンやフィールドで採取した素材なので、そこまでの効果を発揮するわけでもないが、塵も積もれば山となる。少しでも戦力が上がるならやっておくに越したことはない。


「これで、一通りのポーションは出来たかな」


 一応、作りだしたポーションのレシピはノートに記録(メモ)しておく。

 ポーションの品質(ランク)は最終的な作用とその効能によって決まるから、どの組み合わせが正解、というのが無い。個々人がそれぞれ自分の作り方(レシピ)を模索していく必要がある。


 薬草や鉱物から抽出できる成分は、解っているだけでも100種類以上。作用も数十種類にも及ぶ。

 MLOの攻略が進めば更に増えるという話だ。

 気が遠くなるよ。ホント。

 そして、その中には成分というには疑問を覚えるようなファンタジー的な成分も多数存在する。


「――じゃあ次は、試合で使えそうなものを作ってみようか」


 少し楽しくなってきた。

 なんというか、もっと小さかった頃、粘土をいじっていた感覚にも似ている。

 自分の手で、考えながら作り出す、ということが面白い。

 口端が緩むのを抑えられない。


「ふふ」

「おー!」


 そんな俺を見て、つられるように助手2人も笑った。

薬と毒は紙一重。

薬などの成分と作用を、MLOではゲームシステムに取り入れました。

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