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第十五話 思惑

 中華系ダンジョン【大王古城跡ダーワンクーチョンジー】の最奥。

 レイドボス【四凶(スーオン)渾沌大王(フンドゥン・ダーワン)】が倒されたことによって、陰鬱な雰囲気を見せていた薄暗い【王座の間】に光が差した。

 光に照らされたことで、伏魔殿のような陰の濃さが取り払われ、本来の荘厳さを取り戻していく。

 床には石畳が崩落した大穴や多くの瓦礫が残り、戦場の爪痕を強く感じさせていた。


 タ~タラタッタラッタタタジャジャジャジャ~ン♪


 渾沌大王の体が塵となり消え去ったと同時、盛大なファンファーレが鳴り響いた。

 そこかしこで聞こえてくる少女たちの喜びの声。

 レイドボスを倒したことで得られる数々の報酬が今、彼女たちに配られたのだ。

 経験値はボスの体力ゲージに与えたダメージによって各々分配される。かなりの者がこれでレベルアップしたようだ。カラムスもなんだかんだとレベルが2も上がり、一気に20レベルになった。

 取得金は生き残った者に平等に分割される設定になっている。ただ、これが思ったよりも少ない。これについては、此処のレイドボス討伐クエストを【東方街】にて受けることが出来、そちらの報酬が巨額となっている。流石にそれについてはカラムスたちが受け取るという話にはなっていない。

 ドロップアイテムは完全にランダム制。ただし急遽参加組のカラムスたち3人は除く。ランダム制に設定したということは、運頼みの恨みっこ無しという意味ともうひとつ、取得報告の義務が発生しない――つまり手に入れたことを黙っているのもOKだという秘密主義を助長するような意図もある。

 まあ周囲を見る限り、手に入れたー手に入らなかったーと一喜一憂している姿が多く見られるので、そこまで考えている者はこの場にはあまりいないのかもしれないが。


「よーし、新タグをゲット~!」


 カラムスたちは今聞かされたことだが、レイドボス討伐クエストを事前に受注していれば、報酬としてレアタグが3つ入手できるらしい。クエスト関係の報酬は急遽参加組はどうしたって無理だ。他はそれほどでもないが、正直レアタグは欲しかったなぁとカラムスは陰で溜息を吐いた。


 周囲には、報酬の件で談笑する少女たち。

 それを眺めていると自然と笑みが浮かんでくる。

 勝ったんだと、実感が湧いてくる。


「なーにニヤニヤしてんのよ」

「いやいやぁ、これはニヨニヨしちゃうよお」


 金髪の少女と桃髪の少女が近付いてきた。メーゼとシーファである。

 メーゼは責めるような口調で、シーファはからかうような口調で話しかけてくるが、どちらも表情は穏やかだった。


「2人とも、無事だったんだな」


 視界端にはPTメンバーの情報があるが、それすら確認している余裕は無かった。

 実際に2人の姿を見て無事を確認したカラムスはホッと安堵する。


「あたしたちはぁ、ずぅっと後ろの方にばっかり居たからねぇ」

「あんたが抜けて前の方に行っちゃったからね、その穴を埋めるのに必死だったわよ」

「う……ごめん」

「ばか、冗談よ。ふふっ」

「……!」


 メーゼが笑った。自然な笑顔だ。

 ただそれだけの事なのに、カラムスは少し動揺した。

 ほんの少し前まで冷たい態度でしか接せられていなかったのに、レイド戦の時から徐々に態度が軟化していっている気がする。最初の頃の拒絶モードとのギャップに慣れることが出来ず、狼狽えてしまう。


「いやぁでもでもぉ、カラムスくんの活躍はすごかったねぇ。あとであの呪文のこと教えてねぇ」

「ほんっと、あんたって……っ」

「はは……教えるのは別に良いけど、中級の四属性タグが無いと出来ないよ」

「うええ~、そうだったぁ。まずは進級試験に合格しなきゃだったぁ」


 同級生ゆえの無遠慮な冗談か、それとも彼女個人の性格か。あっけらかんと『魔術師の呪文訊き(タブー)』を口にしたシーファに苦笑が出るカラムスだったが、彼女にとっては『試験』こそがタブーだったようだ。何やってんだかとメーゼが溜息を吐いていた。

 カラムスたち3人が話していると。


「あ、此処に居たんだ」


 振り向けば、七火を先頭に【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】幹部の4人が勢揃いしていた。


「や、元気そうだね」


 気安い感じで七火は手を上げてくる。


「にふふ、にゃふふふっ。勝った勝った、勝ったのらー♪」


 最初に感じた強がって背伸びをしている生意気な幼子的な雰囲気は鳴りを潜ませ、今は嬉しさを抑え切れなず少し漏れてるといった表情をしているなのら。


「あらためて、初めまして。私は【菜璃(なのり)】。なのらちゃんのギルドで幹部をさせてもらっているわ」


 ナース服が似合うおさげの女性、菜璃がカラムスたちにニッコリと悪意の全く無い笑顔を向ける。


「フフフフフ、初めまして英雄さん。我が名は【無未(なのみ)】……先無き未来を想う者。魔女なる乙女たちの管理者の一人。フフフフフ、先ほどは中々面白い見せ物だったわ」


 桃色のゴスロリドレスを纏う長身の女性、無未はニタァァァと観察するような眼を向けた。


「は、はぁ。その、よろしく……」


 七火ともなのらとも違う、対称的な2人の少女の視線に、思わずたじろぐカラムス。


「じゃあ、あらためて……今回はありがとう。キミの協力がなければきっとやられていたよ」

「うむ。かんしゃしてやってもいいのら!」

「うふふ。すごかったわねー、おねえさんも感心しちゃった」

「全ては我が【先視瞳オイユ・ヴワレヴニール】の導きよ……フフフフフ」


 幹部の面々が好意的な言葉をかけてくる。

 嬉しくはあるが、その反面、部外者の自分がこんなに介入してしまって本当に良かったのだろうかという自問は尽きない。

 そんなカラムスの悩みをどうでもいいと吹き飛ばすかのように、少女たちは歓迎の雰囲気で接してきた。


「そうだっ、カラムスたちに御礼をしなきゃだね!」

「ふむむ……そうらな、恩にはむくいるのが盟主たるなのらの義務なのら」

「じゃあ――」



「そこでちょっと待ったコ――――ル!!」



「うん? リグルカ?」

「ちょちょちょっ、七火さんにリーダー! 御三方に渡す報酬は事前に取り決めされてるッスよ。それ以外で渡すってことになると流石にギルド内で反感を買う可能性“大”ッス! ただでさえ今回は急に日程変更して参加できなかったギルメンが多いんですし、レイド報酬がこれ以上部外者の手に渡るのはちょっと……」

「むむむぅ」


 何やら追加報酬の話になってしまったと思ったら、いつの間にか青髪ショートの少女、リグルカが腕を×の字にして輪の中に入ってきた。

 彼女が慌てている理由は分かる。カラムスたちの周りにいた子たちは比較的友好的だったが、やはり部外者のいきなりの参戦を良く思わない子も居ただろう。そのうえで追加報酬までとなったら、活躍したとはいえどうして部外者に……とギルド内に軋轢を生む可能性がある。


 ギルドメンバーの人間関係と、部外者。どちらかを取るとすれば、リーダーとしては無論前者だろう。

 けれど、なのら個人の感情としては、カラムスへの恩に報いることに否は無い。それほどに感謝はしている。

 だとすればどうやってギルメンの反感を買わずにそれを成せるかだが。


「フフフフフ、提案。だったら、我がギルドにおいて『今後のレイド戦への参加権』をその男に渡したらどう?」

「!?」


 ゴスロリ少女が突然爆弾を投下した。


「うぇいマジッスか無未さんー!!」

「うふふ、思い切ったわね~」

「おぉぉ、それも良いね!」

「ふむ……わるくないのら」

「ああっ!? リーダーたちが乗り気になってる!?」


 涙目になるリグルカにちょっと同情してしまうカラムス。

 きっと彼女はギルド内の人間関係をより大事に想っているのだろう。

 いくら活躍したからとて、部外者である者に報酬を上乗せ――つまりギルメンよりも贔屓すれば当然批判の声も上がる。上がらなくとも、各々の胸中にしこりは残る。それでは後々になって人間関係に影響が出るだろう。

 リグルカはそれを恐れているのだ。


「せめて! 他の幹部(みな)さんと話し合ってから決めて下さいッス! お願いですから~!」

「うーん。そこまで言われたらしょうがないね」

「じゃあそれは後日にするのら。とりあえず、学友(フレンド)登録だけしとくのら」

「うふふ。あなたはそれでいいかしら?」

「あ、ああはい。俺はなんでもかまわないです……」


コロコロと言うことの変わる少女たちにカラムスはもはや場の流れに身を任せることにした。学友画面を開きながらチラリと横を見ると蒼髪の少女は陰でホッと胸を撫で下ろしていた。


 ――なんだか大変そうだなぁ。


 自由気侭な幹部たちに翻弄される真面目な部下。

 カラムス、メーゼ、シーファは同時にそんな絵が脳裏に思い浮かんだ。

 そして、そんなこんなで一斉に学友登録が始まった。幹部たちを始めとして、リグルカ、エーリカ、支援部隊の少女たち、護衛してくれた少女たちなど、今回のレイド戦で縁が有った者たちは全員が互いに登録し合った。


 そんな時だった。


「――Hei(ヘイ)! そろそろ良いんじゃないカナ?」

「そうネ! そろそろいいと思うワ!」


 やたらとテンションの高い男女の声が、【王座の間】の入口の方から響いてきた。


HA()HA()HA()!! エクセレンッ、エ~~クセレンッ! まったくもって素晴らしいウォーゲームだったネ!! キミもそう思うだろう、トゥッティ?」

()HU()HU()! そうネ、アベル! 見ていてワタシ、感激しちゃったワ!!」


 てくてくと、楽しそうに会話をしながら2人の男女が此方へと歩いてくる。

 男の背は高い。2メートルはありそうか。ふっくらとした服装をしている。


 ――あれは……狩衣(かりぎぬ)か?


 平安時代くらいの公家が着たとされる衣装だ。

 白の狩衣に、紺の袴。金髪の頭には黒く高い烏帽子を被っている。

 鼻が高く、顎は尖り、細められた瞳は翡翠色。精悍な顔立ちには友好さを滲ませている。


 隣の女の方も纏うは狩衣。ただし此方は色違いで上は若草色、下は紫となっていた。

 長い癖っ毛の明るい茶髪の上には同じく烏帽子。

 青色の大きな瞳と薄紅色の小さい唇に人懐っこい笑みを浮かべている。

 癖なのか、その手に持った大きめの扇子の先端で、自身の顎をトントンとしていた。


 一言で表現するのならば、『陰陽師のコスプレをした外国人カップル』。

 カラムスもメーゼもシーファも、突然登場した彼らのテンションに唖然としていた。


 しかし、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の面々の反応はまた違った。


「……アベルとトゥッティ?」

「【森羅陰陽寮】の陰陽頭(トップ)副頭(ナンバーツー)がなんで此処に……」


 驚愕に漏れる声が周囲から聞こえた。

 そして同時に、少女たちの間に緊張が走る。


 ――【森羅陰陽寮】?


 カラムスは首を傾げる。それは確か、彼女たちと双璧をなす、MLO二大ギルドのもう片方だったはず。

 ギルドメンバー全員が東洋系魔術を扱う者で統一されていて、入団すれば【陰陽術】の取得方法を教えて貰えるとか……。

 知っている情報はそれだけだ。大ギルドと評されておきながら、その情報は圧倒的に少ない。

 そんな謎に包まれたギルド【森羅陰陽寮】の2トップがこの場に現れるというのはどういうことなのか。どういう意味を持つのか。

魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】と【森羅陰陽寮】の関係は解らないが、彼女たちの態度を見るに、どうにも友好的とはいかなそうだった。


 近付いて来る2人に、薄い胸をこれでもかと張ってなのらが前に出る。その後ろには3人の幹部たち。七火と無未は無表情で、菜璃はにこにこといつも通りで盟主に追従する。


 西方、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】――盟主(リーダー)【なのら】を筆頭とする幹部3人。


 東方、【森羅陰陽寮】――陰陽頭【アベル】と副頭【トゥッティ・ミケイド】。


 二大ギルドのトップたちが、互いに10メートルほどの距離で相対した。


「こんなところで、いったいなんの用なのら? このエセ外国人」


 強気な笑顔で威嚇と挑発を入り交えた言葉を発するなのら。


HA()HA()HA()! ご挨拶だねリトルガール! ボクたちはちょっと散歩(ウォーキング)をしにきただけサ! そうだろう、トゥッティ?」

()HU()HU()! そうネ、アベル! ちょっと散歩に来ただけよネ! …………ミ・ン・ナ・とっ♪」


 無邪気そうに笑うトゥッテイの瞳が怪しく光る。


「皆? ……っ!?」


 女陰陽師の言葉に【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の面々が首を傾げつつアベルたちの背後を見ると、いつの間にか【王座の間】の入口付近に、多くの人影が。

 男女合わせて50人以上は確実に居る。全員が全員、細かな部分に差異はあれど、主な服装は狩衣に統一されていた。


「……【森羅陰陽寮】」


 誰かが呟いた。

 金髪碧眼の陰陽頭は、ニヒルな笑みを浮かべて手を上げる。

 途端、ザッザッザッと規則正しい足音を響かせ、軍隊のような綺麗な隊列で陰陽師たちが半数を残して前進。アベルとトゥッティの10メートルほど後方で停止した。高レベルダンジョンである【大王古城跡】の最奥に到達した、ということは、この者たちも相応の実力者たちに違いない。


魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】と【森羅陰陽寮】。

 予期せずして、MLO二大ギルド双方のメンバーたちが対峙する絵となった。

 戦勝の場に相応しくない、奇妙に張り詰めた緊張感が静寂を生む。

 それを壊したのは長身の桃ゴス少女だった。


「……フフフフフ、なのら。先ほどの質問はまさに愚問よ」

「な、なんらって!?」

「う~ん、どういうこと?」

「あらあら」


 いきなりの仲間からの指摘に、なのらと七火は疑問符を浮かべ、菜璃はにこにこ何を考えているか分からない。

 対して無未はアベルたちを見据えながら嘲笑し、答えた。


「陰陽師たちが此処に居る理由など、分かり切ったことだと言ったのよ。――ねぇ、陰陽頭さん?」

HA()HA()HA()! なんのことかナ?」

「フフフフフ、とぼけなくともいいわ。ウチの脳筋2人は気付いてないようだけど、私はそうはいかない……」

「ちょ、ちょっと。その脳筋ってあたしも入ってるの?」

「貴方たちの狙いは――――ずばり、『公式イベントの大会』のこと、でしょう?」

「無視された!?」

『???』


 無未の突然の告白に、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】のほとんどの者が首を傾げた。


 ――どうしてこんなダンジョンの最奥に居たことが公式イベントの大会に繋がるのか?


 その関係性が分からず、答えを欲して無未の次の言葉を待つ。


HA()HA()HA()! 意味が分からないネ! 中二シンドロームガールは電波メッセージの夢でも見たのかナ!? どう思う、トゥッティ!?」

()HU()HU()! そうネ、アベル! でもとっても興味深いワ! いったいどういうことなのかしラ!?」


 深夜の通販番組に出てくるカップルのようなノリの男女の陰陽師は、笑いながら――されど鋭く光らせた瞳を無未に送る。


「フ、フフ……フフフフフ、笑止。全ては必然。物事の流れを大局的視点から鑑みれば自ずと答えは見えてくるもの……」


 無未は語る。これまでのことを。

 まず、始まりは公式イベントの告知であった。


「公式サイトに掲載されたのは今日。でも、私たちは1週間前くらいから知っていた。何故なら――――MLOの運営に関わる者に知り合いが居るから」


 実は【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】のギルドメンバーの中には、親がMLOの運営に携わっている者が居た。流石に肉親でもゲームの内容に関わることは秘密とされているが、近々対人戦(PvP)のイベントがあるということは聞かされていた。それを仲の良いギルメンの娘たちに話したら、瞬く間にギルド内の全員に広まってしまったのだ。


「時を同じくして、ある噂がMLOに広まってきたわ」


 それは中華系ダンジョン【大王古城跡ダーワンクーチョンジー】のボスが、レイドボスだという噂だった。

多くのダンジョンやフィールドが存在する中、レイドPTを組むほどの大規模戦闘は未だ発見されていなかったのだが、此処に来てようやくレイドらしきクエストが発見された。


「当然の如く、ウチの脳筋(リーダー)たちは1も2も無く飛び付いたわ。……そう、彼女たちを知っているのなら誰でも予想できる結果よね」


 そうして少女たちは本格的に【大王古城跡】の攻略に打ち込み始めた。

 本当にレイドなのか。それに準ずるクエストは何処で受けられるのか。

 それらを調べつつ、少しずつダンジョンのマッピングを続け、先日ようやく【王座の間】を発見するに至った。


 本当ならば、最初の話ではギルドメンバー全員でレイド戦に臨む予定だった。ギルドメンバー全員がダンジョンの適正レベルを超えるまで、全体的にレベルの底上げをするつもりだったのだ。それを踏まえて、予定では公式イベントが終わるとの同時期くらいになってようやくレイドに挑む、というのが皆の認識だった。

 しかし、それはつい先日に急遽変更される。


「フフフフフ、貴方たち【森羅陰陽寮】も狙っているという話が出てきたからね」


【王座の間】発見の報とほぼ同時に、【森羅陰陽寮】もレイドクエスト達成を目的として動いているという噂が流れた。

 互いに二大ギルドと呼ばれ始めたとしても、別にギルドメンバー同士が敵対しているわけではなかったが、それでも『MLO初』という称号(タイトル)を他者に取られるのはやはり気に入らない。


 MMOのリソースは早い者勝ち。先に奪った者が勝者だ。

 ギルドメンバーで多数決を取った結果、相手に先んじて行動することに決定された。

 レベルの低い者や、現実(リアル)で用事が有ってログイン出来なかった者など、参加できなかった者は多く居たが、それで文句を言う者は居なかった。レイド戦には何度も挑戦できるが、『MLO初』の称号をギルドが得るには誰よりも先に挑戦するしか無い。

 誰だって、自分の所属する場所には特別を求める。

 出来れば参加したいというのは全員共通の望みだったが、それよりも『特別』を得ることを優先した。


「――そして、今日に至る、と。私たちは古城の主を倒し、そこで貴方たちの登場。それが意味するところは即ち…………フフフフフ、『見たかった』のでしょう?」

「…………フッ」


 ニヤァァァと意地の悪そうな笑みを浮かべながら独白する無未に、アベルは無言で口端を上げる。


「ねえねぇ、みー。もうちょっと分かり易く言ってくれないかなー?」

「そうなのら! おまえのはなしは前置きがながいのら!」


 なのらと入れ替わりで前に出た無未の後ろで、頭の芳しくない2人がブーブーと外野に成り下がっていた。

 そんな彼女たちを振り返らずに溜息を一つ吐くと、桃衣の少女は言葉を続けた。


「仕方ないわね、莫迦2人の為に懇切丁寧に説明してあげるから感謝しなさい。つまり――――」


 PvPの大会の情報。

 レイドクエストの発見。

魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】のレイド戦への挑戦。

【森羅陰陽寮】のレイド戦への参戦の噂。

 レイドクエスト挑戦予定の前倒し。

 そして、レイド戦の終了後に姿を現した【森羅陰陽寮】。


 それが意味する所とはつまり。


「我らがギルドの精鋭たちの扱う魔術を自身の眼で見るため。大会に向けて、強敵となるだろう者たちの詳細な情報を得たかった――――そのために、数々の噂をわざと流し、大会前に私たちにレイド戦を行わせるように仕向けた……違うかしら?」

「な、なんらってー!?」

「へー、そんなことをしてたんだー」

「うふふ。2人とも磊落ね」


 推理の末に犯人はお前だと宣言する探偵的なドヤァ顔で言った無未に、大袈裟に驚くなのらに他人事のような反応の七火。そんな2人を慈愛の眼差しで優しく微笑む菜璃。言葉を発してはいないが、周囲の少女たちも驚いている。


 しかし、無未の独白はまだ終わってはいなかった。

 彼女はドヤァ顔から一転、真面目な表情を作る。


「ただ、解らないことが一つ。それは…………何故()、貴方たちが姿を見せたのかということ」


 戦う前に、敵となりうる者の情報を得たかった。これはもう無未の中では推測ではなくもはや確信に近かった。

 しかしだとしたら、どうして今、【森羅陰陽寮】がこの場に姿を現したのかが解らない。

 アベルらが現れるまでは、無未とて違和感は感じてはいたものの【森羅陰陽寮】の存在には気にも留めていなかった。つまり、誰も自分たちの戦いが覗かれていたことに気付いていなかったということ。だとしたら、覗いていた側は非常に有利な立場に居た。


 なのに、姿を現した。覗いていたことをバラした。

 それは自分たちのアドバンテージを逃す行為に他ならない。

 事実、彼らが出てきたからこそ、無未も気付くことが出来たのだから。


「フフフフフ、そこのところどうなのかしら? ねえ、陰陽師さん?」


 桃衣の少女の問いに、狩衣の優男は。


「…………フッ、フッフッフ、HA()……HA()HA()HA()~~HA()HA()HA()HA()HA()HA()!!」


 爆笑した。

 それも、美男子が台無しになるくらいの破顔で。


「フフフフフ、何が可笑しいのかしら?」


 内心「キモッ」と引きつつも、余裕の態度(スタンス)は崩さない無未。

 それでも爆笑を止めないアベルに、仕方ないなぁという感じで茶髪の女陰陽師が苦笑する。


()HU()HU()! ごめんなさいネ! アベルに悪気は無いのヨ? ただ、楽しくて嬉しくて仕方ないのYO!!」

「楽しい? 嬉しい?」

「ええ、そうネ!」

「それは……何に対して?」

()HU()HU()! それはネ――」

HA()HA()HA()! ズルいじゃないか、トゥッティ! その先はボクに言わせておくれヨ!」


 アベルは一歩踏み出し、懐から取り出した扇をバッと広げて横一文字を少女たちに突き出す。

 それは彼の目線からは、横にした扇の上にちょうど【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の一同が見える形。ともすれば、彼には少女たちが、まるで皿の上に乗った料理に見えているのかもしれない。


 自身が喰らうべき料理――――『敵』に値する者たちとして。


「ボクはね、楽しみで仕方ないんダヨ! 血湧き肉躍るファイティング! 神策鬼謀術数を駆使するタクティクス! 知識知恵を振り絞り試行錯誤を積み重ねたマジックス! 嗚呼(ああ)未知(アンノウン)に触れる喜びはなんともイトオカシ!! そうは思わないカナ、マジカルガールズ!?」


 牙を剥く、そうとしか表現できない雰囲気で昂揚を抑え切れずに笑うアベル。

 そんな彼を満足そうに眺めているトゥッティ。

 対して、激戦を終えたばかりの少女たちは再びその雰囲気を真剣なものへと変えていた。


 ――宣戦布告。


 アベルが言いたかったことは、その一言に尽きる。

 此処に来た目的は無未の言う通りだった。共にMLO二大ギルドなどと呼ばれていても、互いに接点は無く、メンバー構成すら噂でしか知らない。されど噂に上がるほどの猛者ならば、必ず今度の大会にも参加してくるに違いない。

【森羅陰陽寮】にも独自の情報網はある。イベントの情報は【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】とほぼ同時期には手に入れていた。

 そこで一計を投じた。戦うだろう者の実力を見るために、実際に踊って貰うことにしたのだ。自分たちは一番良い席で観戦できるように。

 3:7くらいの成功確率だろうと思われた策は想像以上に思惑通りに進んだ。律儀にもブログに実行日時を掲載してくれたことで幾分か手間も省けた。

 そしてダンジョンの最奥にて、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の戦いをこの目に見るまで順調に進んでいた。

 しかし――――


HA()HA()HA()! あまりにもエキサイティングしすぎちゃってネ! 思わず勝手に足が動いてしまったYO!」

()HU()HU()! アベルったら、お茶目さんネ!」


『…………』


 ポンッと扇で己の頭を叩くアベルに、口元を抑えてクスクスと笑うトゥッティ。

 そのあまりのコメディ的テンションの高さに、どう反応していいか解らなくなる一同。

 ドヤァ顔で推理を披露した無未も表情に出さずに混乱した。

 相手にレイド戦をするように仕向けてそれを観戦することで相手の情報を得る――これほどまでに大規模な策略を展開しておきながらも、最後の最後で「興奮したから出てきた」と言い張り自らバラすような真似をした金髪陰陽師。


 理解出来ない。納得出来ない。

 明らかに自分にとってマイナスになるであろうことをした相手の感覚が、無未には解らない。もし仮に自分だったらそんなことはせず、例えば大会で相手に勝利した時などの絶好の機会にてやはりドヤァ顔で解説してやることだろう。

 逆にそうでなければ、相手の戦闘を覗いた意味が無い。

 相手が覗いていたことを知っていれば対処はいくらでも出来る。

 アベルの言葉が正しいのならば、彼らは自分たちの優位性をわざと捨てたということ。

 何よりそれが無未には気持ちが悪い。何か裏があるのではと、疑いの眼差しを陰陽師たちに向ける。

 だが――――


「なるほど、ようやくわかったのら」


 少女たちの盟主が、同じく牙を剥くような笑みを浮かべて無未の前へ躍り出た。


「…………なのら?」

「なんてことはないのら。要はおまえらも――――戦闘狂(なのらたち)の同類、ということらろ?」

『!?』

「ああ、そういうことか」


 なのらの言葉に再び驚かされる周囲と、ポンと手を打ってようやく理解したという顔をする七火。


HA()HA()HA()HA()HA()HA()!!」

()HU()HU()HU()HU()HU()!!」


 顔を押さえてアベルたち爆笑。

 そんな彼らに向けて長杖の先端を突き出し、魔女たちの盟主は吠えた。


「レイド戦をするように計られた? まじゅつを見られた? ――――ハッ、それがどうしたのらっ!! 小細工するならするといいのら! いっさいがっさいまるっとぜんぶ飲み干したうえで、【魔法少女連盟(なのらたち)】が勝ってみせるのらッッッ!!」

『…………!!』


 相手の宣戦布告に対して、絶対勝利宣言の咆哮。

 それを聞き、何処か得体の知れないアベルたちに対して感じていた焦燥感が少女たちから消える。

 同時に、笑みが抑え切れなくなるほどの何かが少女たちの中で渦巻いた。

 自分たちの知らない所で暗躍して策謀を巡らせている不気味な相手に対し、自分たちのリーダーは、関係ないそれでも勝つと言い放った。

 大言壮語だとは思わない。強大なレイドボスに、圧倒的な威力の魔術で止めを刺すという偉業を成した彼女だからこそ、その言葉の重みは絶大。疑う余地も無く、絶対的な信頼に値する。


 なのらという精神的支柱の存在に、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】メンバーたちの瞳に火が灯った。


「…………HA()HA()


 その様子を確認したアベルとトゥッティは爆笑から一転、不敵な表情を見せる。


「オーキィドーキィィ! ならばミナサン! 大会(トーナメンツ)で、再びお会いしまSHOW!!」

()HU()HU()! その時には、互いに死力を尽しましょうネ!!」


 狩衣の長裾を翻し、2人の陰陽師は少女たちに背を向けた。

 ゆったりとした足取りで、背後に控えていた【森羅陰陽寮】のメンバーたちの中へ進んで行く。2人を囲うように展開した陰陽師たちは、そのままの速度で出口へと向かっていった。


「っ、…………ハァ」


 誰かが小さく息を吐いた。

 もしかしたら最悪の場合、このままギルド同士の戦闘になるのでは……などと考えていたのは1人や2人ではない。

 ひとまずその最悪は回避されたのだと、この場に居た誰もが安堵したのだ。


Oh(オゥ)……そう言えバ」


 しかしそんな時、歩いていたアベルがふと思い出したように再び振り返った。彼の周りの陰陽師たちも足を止める。

 アベルは何かを探すように微かに視線を泳がして――1人を見て止める。


「そうそう、キミだ。さっきのバトルではかなーり目立っていたネー……『ボーイ』?」

「え?」


 ボーイ……BOY……少年。

 この場にて、アベルの視線の先で少年(ボーイ)に値する学生(プレイヤー)はただ1人のみ。

 彼の視線は、少女たちに埋もれるように立っていた【カラムス】に向けて、真っ直ぐに突き刺さっていた。


「ぶしつけだけど聞いてもいいカナ? もしかしてキミも、今度の大会(トーナメンツ)に参加するのかイ?」

「……う、あ」


 周囲の視線が、カラムスに集中する。


 ――なんで俺だけ名指しなんだ!?


 と頭の中で絶叫しながらも、黒髪の少年は思考する。

 アベルがカラムスの情報をどこまで知っているのかは解らないが、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】は女性限定ギルドだ。少女たちの中に混ざっている唯一の男子であるカラムスが何か特別な理由でレイド戦へ参加した部外者だということは想像に難くないだろう。故に、彼女たちとカラムスを、アベルは分けて考えた。

魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】からは公式イベントの大会に20人ほど参加することは聞いている。

【森羅陰陽寮】は大会のために【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の情報を得ようとした。それに加えて先ほどの宣戦布告。彼らが大会に参加するのは確実だろう。


 それはつまり、此処で大会参加の意思を示すということは結果として――――『MLO二大ギルドを敵に回すことを覚悟している』ことを示すということだ。

 金髪碧眼の陰陽師の青年は、笑顔の中で「君にその覚悟があるのか?」と冷たく問い質しているかのように感じた。


「……」


 じゃあ、と。

 カラムスは自らに問いかける。

 自分自身にその覚悟はあるのか?

 格上の猛者たちが集う戦いに身を投じる覚悟はあるのか?

 考えて考えて考えて――――出てきたのは七火のあの言葉だった。




『ね、カラムス――すっっっごく、楽しいねっ』




 気付けば、しっかりと相手を見据えて返事をしていた。

 その答えを聞いたアベルは、満足気に笑うと再び背中を向け、陰陽師たちを引き連れて去って行った。


【王座の間】の扉の向こうへとその姿が消えると同時にワッと湧き上がる黄色い声。

 七火やなのらを筆頭に、笑顔の【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の皆にぺしぺしポンポンとカラムスは体中を叩かれた。


 「言うねぇ」「大会で当たったらお手柔らかに」「負けないからね!」「頑張って!」「助けてくれて有難う御座いました」「予選でリーダーたちに当たらないように祈ってるよ」「いやぁ凄かったよ!」「ありがとうね」「なのらたちと当たるまで負けるのはゆるさんのら!」「あらあら」「まあまあ」


「あはは、は……」


 自身にかけられる暖かい言葉に、カラムスは苦笑を浮かべつつされるがまま。


「…………ふんっ」

「いやぁ、カラムスくんモテモテだぁねぇ」


 少し離れた場所では、それを何故か不機嫌な顔をしているメーゼとにやにやとしたシーファが眺めていた。

 その時。


「おーい!」


 陰陽師たちが消えた方から、声が駆けられた。

 メーゼ、シーファ、そしてカラムスの順でそれに気付く。

 聞き覚えのある声。探していた者の声。

 声の主は――――


「ったく、こんなとこに居やがったのかよ~」

「ウィント!」

「きゃる~ん☆」

「な、な、な、な、な……!?」

「フェル! ジャロ!」


 はぐれ離れになっていた三人が駆け寄ってきていた。

 突然の再開に、カラムスたちは驚き、そして喜び合う。

 どうやって3人だけでこのダンジョンで生き延びたのか。

 どうやって最奥に位置する【王座の間】に来ることが出来たのか。

 互いに疑問に思っていたことを聞き合うと、驚きの事実が待っていた。


「オレたちは【森羅陰陽寮】の人たちに混ざって此処まで来たんだよ」


 奇しくも、ウィントたちが此処に来れたのはカラムスたちと同様、【王座の間】を目指す大ギルドのレイドPTに便乗してきたというわけだ。

 彼らが陰陽師たちと合流したのも、カラムスたちがなのらたちと合流したのとほぼ同時。これで彼らの体力ゲージが全く減らなかった理由が分かった。互いに別々のレイドPTに守って貰っていたということだった。


「なんだか知らないけどいきなりボス部屋の前で待機とか言われてさ。陰陽寮の人たちとだべってたんだけどよ」

「ついさっき、いきなり撤収って言われたのよねー。きゃるるるーんっ☆」

「あんれ~ボス戦はやんねーの? って思いつつもオレたちも便乗して一緒に帰ろうとしたんだけどな」

「ふと気になってチラリとボス部屋を覗いてみたら、更新されたマップにいきなりメーゼたちのアイコンが表示されたんだもん。慌てて【森羅陰陽寮(あの人たち)】にお礼を言って別れてきたのよ? きゃるるーん☆」


 どうやらウィントたちは、【森羅陰陽寮】が何故この場所に来たのかは詳しく教えて貰っていないようだ。まあ、それもそのはず。むしろ部外者である彼らを此処まで一緒に連れてきたほうが謎だ。


「それはまた後で色々訊くとして……ジャロはいったいどうしたの?」


 メーゼの問いに5人の視線が、シェ~で固まっている浪人風の男、切満邪露(キリマンジャロ)に集まる。が、当の本人はなななと呻くのみだ。


「おーい、カラムスー! もしかしてその子たちが?」

「ふむ。さいしょに言っていたはぐれた仲間ってやつなのら?」


 七火となのら、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の少女たちが突然の闖入者たちにおずおずと近付いて来る。


「あ、ああ、紹介す――――」

「カラムス殿ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「うわっ」


 彼女たちにウィントらのことを紹介しようとした矢先。戦慄(わなな)いていた男が突然叫んだ。


「っ!? な、なんなのら! ビックリしたのら!」


 それにビクッとしたなのらが、咄嗟にカラムスの背中に隠れる。

 切満邪露は信じられないようなものを見る目つきでカラムスに詰め寄った。


「カ、カ、カ、カラムス殿ぉ……? き、貴殿はそ、そのぅ……な、なのらタンといいいいつ、知り合いになったので御座るかぁっ……?」


 ――こ、怖い……!


 ぶるぶると痙攣しながらも必死に笑顔を作ろうとする浪人の男に、カラムスとその背に隠れるなのらは同じことを思った。


「い、いきなりなんなのらっ、このおとこは……!?」

「な、なのらタン! その、そ、それがしはっ、以前よりずっと、な、なのらタンのことを――」

「キモイのら!!」

「――がーん!?」


 崩れ落ちる切満邪露に、カラムスの背から顔だけ出してあかんべーをするなのら。


 そんな彼らを他所(よそ)に、周囲は穏やかな雰囲気を出していた。

 既に仲良くなっていたメーゼとシーファによって、ウィントとフェリシアーナが少女たちに紹介されていく。

 カラムスは1人倒れたまま残された仲間のことを心配したが、


「……ふ、ふふふヒっ。な、なのらタンにキモイって言われてしまったで御座るよ~ぅ」


 床に頬を付けたままで何故か喜んでいたので、無言で離れることにした。

 そうしてしばらく休憩した後、再び【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】に同行させてもらう形で、カラムスたちはようやくダンジョンを脱することが出来た。


 ……ちなみに。

 このダンジョンへ来た当初の目的。

【祓鬼の桃剣】を探すというクエストことは、当然のことながらカラムス含め全員が忘れていた。


 クエスト――――【失敗】。




   ◆○★△




「ア~ベ~ルっ! ()HU()HU()! 機嫌よさそうネ!」


 古城ダンジョンの帰路、仲間に囲まれて優雅な足取りで歩く2人の陰陽頭は楽しげに歓談する。


「ああ、トゥッティ! HA()HA()HA()! 当然だろウ?」

()HU()! それは【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の幹部サンたちの魔術(マジック)を見れたコト? ……それとも、あの『ボーイ』のことかしラ?」

「そうだネ、彼女たちのマジックを見れたのは収穫だッタ。――これで大会(トーナメンツ)で対応できそうダヨ」


 今回のレイド戦の件でアベルの目的は実は2つあった。

 ひとつは当然、敵となるだろう者たちが扱う魔術を覗く――情報を得ること。

 観戦した結果、取るに足らない魔術ばかりだったとしたら、そのまま静かに立ち去り、大会で圧勝してやるつもりだった。


 しかし、考えていた以上に面白い者たちが揃っていた。

 特に幹部たち3人。なのら、七火、そして菜璃の使う魔術が際立っていた。

 恐らくだが、アベルの考えを見抜いた無未は手を抜いていた。それほどユニークな魔術は使っていなかったし、これは勘だが大会に出るタイプではないだろう。そういう意味では完全支援タイプの菜璃も除外できる。

 なのらと七火。そして彼女たちの影に隠れて目立っては居なかったが、ギルドメンバーの少女たちの中にも、中々に個性的(ユニーク)な魔術を使っていた者が何人か確認できた。


 更に言えば、あの少年だ。何故か女性限定ギルドのレイドPTに居た唯一の男。

 そういう意味でも目立ってはいたが、戦いの中でも彼の行動は目立っていた。

 誰もが四肢を止めるような状況で、彼は一番最初に最も効果的に動き出していた。


「彼も……とってもインタラスティングだったネ」


 恍惚と表情をする金髪青年の陰陽師。

 アベルは、目立ちたがり屋だ。自分自身が格好良いと思った姿を、多くの者に見て貰いたいという願望を持っている。

 それにはシチュエーションも重視する。敵が強ければ強いほど、しぶとければしぶといほど、観客が多ければ多いほど、鬨が激しければ激しいほど、彼にとっては快楽が増す。それに足る相手――――正しく、獲物だ。


 そして獲物(それ)に値する者が居たら、もうひとつの目的を達成させることを決めていた。一見、優位性(アドバンテージ)を捨てる行為にも見える、相手の前に姿を見せる行為。

 それも、相手から情報を得るための手段に他ならない。


「リーダーなのらは……相手によってバトルスタイルを変えるタイプじゃないネ」

「そうね、アベル。そしてそれは七火ちゃんも同じだと思うワ」

「Oh,イエース」


 姿を見せた場合、相手が此方の思惑に気付いた場合、どのような反応をするのか。

 一種の性格判断である。そしてそれは相手の行動予測をするためにも、重要な要素の一つ。普段、あまり他人と接点を作るのを由としないMLOだ。このような機会でもなければ相手の性格を知ることすら難しい。

 けれど、あの数分程度のやり取りで、だいたいの性格は判明した。それは此方が用意した状況に面した際、相手が選ぶだろう選択肢を特定するのに役に立つ。

 ただ――――ひとつ、気になることが。


「…………アッシャー」

「イエス、ボス」


 静かに呟いたアベルに、背後で即座に反応が返って来た。

 いかつい顔と体格の黒人男性。基調は黒だが、やはり同じく狩衣と烏帽子を纏っている。


「あのボーイのことを調べてくれないカ? 出来る範囲でオーケイだかラ」

「イエス、ボス」


 アッシャーと呼ばれた黒人陰陽師は低い声で返事をした後、陰に紛れる様にして離れて行った。


()HU()HU()! 【アッシャー・ドーベルマン】まで使うのネ!? よっぽどあの男の子が気に入ったのネ、アベル?」


 隣で口元を押さえながらクスクスと笑うトゥッティに。

 陰陽師たちの長は、視線を前に向けたまま静かに返した。


「フッ、彼には何処か――――這い上がる者のスメールを感じたんダ」




   ◆○★△




「あ~、疲れた~」


 無事にダンジョンから学園城まで帰って来た俺たちは、疲労が溜まっていたこともあり早々にMLOをログアウトした。

 風呂に入り、自室の勉強机で本日のMLO内での出来事をノートに纏める。


 ――鮮烈な出来事だった。未だにあの渾沌大王の巨大な姿が瞼に焼き付いている。


 感じたのはやはり自らの力の至らなさ。

 レベルが高ければ、タグをもっと所有していたら、あの魔術をあそこで使っていれば。タラレバに際限など無い。


「こんなことで、大会で上位8名の中に入賞できるわけないよなぁ……」


 だけど、と思う。

 予選までは現実であと一週間。本選までは二週間ある。

 当然、他の参加者もその時間を使って強くなるだろう。


 ――だったら、俺も出来うる限界まで足掻いてみるべきか?


 そう考えて、ゾクッと体が震えた。

 折角楽しくなってきたんだ。だったらやはりやってみるべきだろう。

 実生活を害さない限界ギリギリの許容範囲まで。


「よし!」


 俺はスケジュール表を取り出した。

 文字通り分刻みでの、とりあえず一週間分のスケジュールを作り出す。

 本当に限界ギリギリ。効率を常に考えながら行動しなければすぐに破綻してしまう計画だ。

 それでも、やりきればもしかしたら……と思ってしまった。期待してしまった。望んでしまった。


 思考して、実践して、改良して。

 講義を受けて、試験を受けて、ダンジョンを踏破して、クエストを達成して。

 タグを増やして、レベルを上げて、新規魔術を創り出して。

 そうして俺は、この一週間を大会への備えに費やした。


 そして今日。


 ――MLO初公式イベントPvP大会【天下一魔闘会】。


 その予選期間が、始まろうとしていた。

インターミドル・前編――――終了。


ついに姿を現したMLO二大ギルドのトップたち。

その面々に目を付けられた主人公は、数々の猛者が集う大会予選を無事通過することは出来るのか!?


■お知らせ

次回から待ちに待った大会予選が始まります。

レイド戦で出てきた魔女ユニの幹部たちが使っていた魔術の詳細は、ほとんどは大会編で明らかになる予定です。

より多くの魔術が出てくるので、どうかお楽しみに!


■懺悔

もっと前の段階から【森羅陰陽寮】の思惑を匂わせるような伏線を入れていればもっと面白くなったかもなぁと思いつつ、大変そうなのでしばらくはやらないかなぁととも思っています。


■追記

しばらく更新が出来なくなります。

詳しくは作者の活動報告にて。

何卒、ご理解のほど宜しくお願い致します。

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