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第十四話 激戦!

『――死ね、シネ、しね、じィィねぇぇええェェエエ!!!――』


 六枚の長い白翼を威嚇するようにピンと広げ、間接が三つもある死人色の痩腕を両肩から生やす、全身を濡れた黒髪のような長い毛皮で顔も指も爪すらも覆い尽された巨大な獣。


 ――【四凶(スーオン)渾沌大王(フンドゥン・ダーワン)


 彼の獣との戦闘は熾烈を極めた。

 大王は両肩の痩腕を左右から連続して強引に横に薙ぐ。細腕に見えるとはいえ、大王の身長は30メートル。細長いと評したそれはまるで青白い大蛇が襲い掛かってくるかのように錯覚する。

 ボスの新たな攻撃パターンの一つ、二連続の扇状広範囲攻撃。

 片膝を着いてしっかりと腰を落とし、盾に隠れるようにして身を固めれば何とか耐えられるが、もし少しでも腰が浮けばたちまち吹き飛ばされてしまう。実際、既に3人が10メートルほど宙を飛んだ。比較的威力はそれほどでもないが、吹き飛ばしが恐い攻撃だ。


『――どうシたクソ虫どモが! 頭ァ引っ込めテ亀にでもナッタつもりカ、アァア!?――』


 横薙ぎの双撃が終われば、息つく間も無く次が来る。

 バッ、と両肩の三節痩腕を左右に開くと、本来の腕――黒毛に覆われた爪指無き剛腕が猛威を振るう。先ほどは『線』だったが今度は『点』。筋肉がミシミシと軋む音が聞こえそうなほど引き絞られた右の巨腕が弾かれるように解き放たれ、拳が風を唸らせて突き進む。巨獣に宿る暴威が一点に集約したかのような即死必至の一撃が前衛の少女たちに向けて振り下ろされた。

 そこで――――


「でぇやぁああああ!!!」


 白基調の半袖ジャケットと短パンを纏う、赤髪ショートに白ハチマキを巻いた少女が文字通り跳び出でた。七火である。同じく拳を勢いよく突き上げ大王の殴撃を迎え撃つ。大王の変身前と同じく威力は互角。衝撃は相殺され、互いの拳は真逆に弾かれる。


『――ゥガぁァあッ!――』


 しかし、凌いだと思った直後には次弾が放たれる。

 右の反動を利用し、無貌の巨獣は左の剛腕を解き放った。此方の毛深き巨腕は右よりも若干遅く感じる。だが今度の攻撃は海栗の棘のように腕中の毛が逆立っていた。

 一つ一つが木杭ほども太い漆黒の棘に幾千と埋め尽くされた巨木の幹の如き剛腕。

 もはや人の手で退けること叶わぬと思われた無慈悲なる一撃は、しかし。


「――――疾く飛び出して岩球を喰らえ】ッ!!」




 ドッゴオォォォ――――ンッッッッッ!!!!




 ロケットエンジンの噴出に似た指向性の爆発。

 赤、黒、白と三色入り混じった熱エネルギーの奔流は千棘の巨腕を弾き返した。

 目に見えて、大王の巨体が僅かに仰け反る。


「今だっ、撃てぇぇぇ!!!」


 ようやく出来たボスの隙、攻撃の空白に少女たちによって構成された軍団が一斉に魔術を放つ。地水火風の入り乱れた様々な事象が飛び交い、黒き巨獣へと殺到した。

 大王は鬱陶しい羽虫を払うように唸ると、六枚の白翼を開いて両脚を曲げた。再び上空へと飛び立とうとしているのだ。


「させるかっ――なのらぁぁぁ!!!」


 叫び、杖を腰だめに構えるは幼子にも見える少女。

 肩を出したミニスカフリルドレスに翼を模した腰の大きなリボン、明るいオレンジ色の長い髪を頭の横で三房に結いだ、力強い大きな瞳が印象的な彼女は、この軍団のリーダー・なのらである。

 彼女の居る場所から放たれた土砂の激流が大柱を作り、黒獣の翼の一枚に突き刺さった。羽搏きを邪魔された獣は体勢を崩し、前方へと傾いて両手を地に着ける。


『――くヒっ、げヒャひッ――』


 獣は嗤う。怒りに嗤う。己に地に手を着けさせた者たちを呪い殺すかのように怒りが引き攣り邪悪な(ゆが)みに変わる。


『――ぎグ、カアぁッ……ッ、ッ、ッッッッッ!!!――』


 そこからは正に乱舞。黒毛に覆われた爪指無き巨腕と、青白き三節痩腕の四本が、縦横無尽に眼前を蹂躙する。解体作業でクレーンが振り回す鉄球よりも更に重量、速度ともに上だろう数多の殴撃。巨体による膂力を集約された拳――“点”での波状攻撃。

 それに加え、時折明後日の方向に黒毛の腕を振るった際に放たれる毛針――“面”での広範囲攻撃。

 ()くること無き暴威の嵐は、無情に非情に少女たちを呑み込まんとする。

 明らかな必殺(オーバーキル)。普通ならば、避けることでしか生き残れないような天災並みの攻撃の津波は、必然として数十と効かないほどに命を刈り取るだろう。

 されど――――。


「せあっ! たやぁああ!! えやあッッ!!」

「――喰らえ】……!!」


 渾沌大王が、六脚六翼の黒毛獣へと変貌を遂げてからは、未だ一人たりとて欠けてはいない。


 ――その最大の理由は……。


「やはりあの二人……いえ、あの男かしらね」


 後衛部隊の少女たちに囲まれながら、自らも敵に向けて攻撃魔術を放つ桃衣を纏う長身の少女・無未(なのみ)は、その思考に瞳を冷たく据わらせる。

 視線の先で、今、ボスの攻撃を弾いた七火の右拳については誰よりも知っている。

 それもそのはず、無知なる脳筋である彼女(なのか)に“それ”を授けたのは自分だ。故にその右拳の有り得ないほどの異常性は持ち主である七火よりも理解していると言っていい。

 そして、理解しているからこそ、ボスである渾沌大王の攻撃をあの右拳が防げるというのは納得が出来る。

 むしろ、七火の右拳(それ)のような特例以外で暴威(あれ)を防げる(すべ)は、なのらの砲撃くらいだと考えていた。決めつけていた。

 それほどに二人のそれは強力。それほどに大王(ボス)の攻撃は強力。

 大ギルドの幹部と称される無未でさえ、あの見上げるほどの巨体の動きを阻むほどの攻撃魔術は持っていない。幹部でさえそれなのだ。他のギルドメンバーたちも――本人が隠している場合を除いて――同じのはず。

 それなのに。


「【我、魔の法を紡ぐ】……!」


 この男――なのらが『カラムス』と言っていたか――は前衛の少女たちに自身の防衛一切を任せ、ひたすらに大王の攻撃を防いでいた。

 呪文は呟き程度の音量でもキチンと声として出ていれば発動する。しかし必死さゆえか、本来ならば秘匿するべき魔術師の呪文をあの少年は大声で叫んでいたため、喧騒の中でも耳を澄ませていた無未にはそれが聞き取ることが出来た。


 呪文を聞いた感想としては、『凡庸』の一言に尽きる。

 基本四属性と、最初に手に入る初歩の付加情報(タグ)しか使われていない。この場に居る誰もが作ろうと思えば作れる呪文だ。自分の気を引くような要素(タグ)は一切使われて無い。

 何より、詩的な才能が全く無いというのが無未的にはアウトだ。

 まあ、だがそれも仕方無いといえば仕方無い。呪文詠唱などは“あのタグ”を手に入れてからが本番だ。少なくとも無未はそう思っている。


 ――けど、こと現状に至っては注目点はそこではない。


 ボスの攻撃を弾くほどの衝撃力。そしてそれを初歩のタグ“のみ”で生み出した。

 先ほどは凡庸と評したが、言い換えればそれは『汎用』だ。強力な希少タグの代わりに凡百タグの組み合わせで応用する。それは『汎用性を有した呪文』を生み出したということ。

 登録さえすれば他人が考えた呪文ですら使用できるこのMLOでは、誰でも詠唱できる呪文を創るのは愚の骨頂とも言えるのだが、実際に汎用性、つまり上位事象を下位事象の代替で生じさせたその思考は明らかに――――『非凡』。

 そのうえ更に。


「――(いぬい)に弓形の孤を描き――」


「――岩球に一直線に飛び出し――」


「――右方より深く孤を描き回り込み――」


「――疾く飛び出し、直前にて下方より岩球を飲み込め――」


 少年の爆発呪文は、驚くべきことに毎回内容が微妙に違った。

 見て聞けば呪文の構成は一目瞭然。最初の呪文で爆弾を作ってボスに向けて放ち、二番目の呪文で砲身を作って爆弾へと飛ばす。ボスの直前で爆弾を包じた砲身の向きによって、爆発の衝撃のベクトルを制御する。指向性を持たせる。


 無未は思う。言うは易し、行うは難し、と。


 既に巨獣の攻撃は法則性の無い滅多打ちと化している。流石にプロボクサーのコンビネーションとは比べるべくもなく劣る速度ではあるが、それでも30メートルの巨体が四本の腕で絶え間なく連続で攻撃してくるのだ。客観的に見れば緩慢に見える一つ一つの間隔は、しかし標的である当事者にとっては絶望的に短く感じる。

 その僅かな合間で、七火と交互にとはいえ、一発一発軌道が違う相手の攻撃に対応しながら爆発の指向性を制御する。いったいどれほどの呪文のパターンを登録しているのか。そしてそれを把握して意識して必要な場面に使用する、それがどれほど難しいのか、考えるだけで――――笑みが零れた。


「フフフフフ、面白いわね」


 実の所、無未は今日カラムスを見た時、この少年には何かがありそうだと予感していた。それは勘も多分に含まれるが根拠が無い訳でもない。無未は以前に一度あの少年と会っていたのだ。


 七火は忘れているだろうが、彼女と【ルーン洞窟】で最後のルーンストーンを手に入れた帰路にて、高レベルエリアのMOBに苦戦する場違いにレベルの低い学生(プレイヤー)たちの中に、確かに彼が居た。

 先走って無謀の挑戦をしていたというのなら、彼らは無未にとって路傍の石も同じだっただろう。普段ならば気にはしないのだが、あの時に七火が言った通り、もし仮に低レベルにも関わらず演者(プレイヤー)の技能の力量のみであの地点まで行き着いたのだとしたら……?

 そんなことを考え、若干の興味を引かれたが故に、無未はカラムスたちのボス戦参加に賛同したのだった。


 そして今、その勘、いや推測が間違っていなかったことが証明された。

 これを喜ばんとしてなんとする。我が【先視瞳オイユ・ヴワレヴニール】は曇っていなかったということではないか。


「フフフフフ、ククククク……」


「あ、あの、無未さん? こ、こわいッスよー……?」

「シッ、いま話しかけちゃダメよっ」


「フフフフフ、さぁ! 終焉は直ぐそこまで迫っている! ――なのらぁッッッ!!」


「あ、無視された」

「だから、シーてっ!」


 長身のゴスロリ少女は、まるでオペラの歌手のように大袈裟に両手を広げ、愉悦の表情で自分たちの盟主の名を叫ぶ。

 周りの仲間たちにひそひそと言われても流石に幹部、泰然自若は標準装備(デフォルト)か。


 そして呼ばれた我らが盟主(リーダー)様は。


「わあ~かってるのら!」


 いつの間にか、戦場から僅かに離れた場所へと移動していた。

 だがそれは逃亡でも撤退ではなく、言うなれば――――『準備』。


「聞・く・の・らー!! わが【魔法少女連盟(ぎるど)】のつわものどもよ、いましばらく時間をかせぐのら!! わが最大いりょくのまじゅつを……これからアイツにくらわせてやるのらっっっ!!」


 拙さを含む勇ましい声が、大音量で戦場に轟いた。

 最終攻撃とも取れるその宣言に応える声は無い。だが、戦闘を続ける少女たちの鬨の声は明らかに増している。


「時間を、時間を!」

「あと少し! あと少し頑張れー!」

「撃て撃てぇー!!」

「まあまあ!」

「ですわ! ですわ!」


 そしてそれに同調するように、ボスへと放たれる攻撃の圧が目に見えて増加した。

 残りの魔力、残りの気力、後先考えずに、自分たちの全ての放出して大王を釘付けにする。時間を稼ぐ、ただその目的のために。

 彼女たちは一人残らず信じているのだ。


 ――自分たちの盟主(リーダー)ならば、必ずやってくれる。


 その一撃のために、その一撃を放てる状態にするために、彼女たちは死力を尽して魔術を行使する。

 ボスの体力ゲージがようやく1割を切った。

 もうすぐ、もうすぐなんだと、希望の灯が皆の胸に燈る。

 だが同時に…………。


『――ぎヒっ、クはッ――』


 黒き獣は嗤う。狂気を撒き散らすように嗤う。

 その(まなこ)無き視線に、一人離れた場所へと移動して己に止めを刺すと高らかに宣言した――なのらを捉えて。




   ◆○★△




 戦場は、戦い始めの頃とは変化を見せていた。

 最初は防具で固めた前衛が集まり前線を維持、後衛を集めた部隊の前へと陣取り、大王の攻撃一切を受け止め、その合間に後衛によって一斉攻撃を与える、という王道の作戦だった。

 しかし、巨体のボスからは攻撃が正面ではなく斜め上空から放たれる。腕による近接攻撃ならまだしも毛針散布のような広範囲攻撃ともなれば、盾役である前衛部隊のみならず、直ぐ後ろの後衛部隊にも被害が及ぶ。

 更に言えば、大王の攻撃、特に巨大な黒腕での殴撃が強力過ぎて、幾ら盾を構えて防御魔術を行使しても、まともに受ければ例え大ギルドの精鋭と呼ばれた前衛の少女たちでも即死必至。それには抗えない。例外は、現状七火の右拳とカラムスの爆発魔術だけである。


 殴撃に対しては前衛部隊は機能せず、範囲攻撃に対しては機能する。

 そのうえ、床は広範囲に渡って斑に大穴が開いており、密集した移動がし難くなっていた。


 この現状を反映した結果として、彼女たちは陣形を変更した。

 最先頭は七火の1トップ。肉弾戦で対抗できるのは彼女しか居ないからだ。逆に周りに人が居ると彼女の動きの邪魔になりかねない。

 そしてそのやや後ろに、数人の前衛に囲まれてこのレイドPTの黒一点、カラムスが配置されている。

 彼の更に後方には、大穴のせいでまばらに散開した少女たち。盾役と火力役、回復役をバランスよく組んだ3~4人ほどの一塊になって散らばっていた。


 思い切って、近接戦の対応全てを七火とカラムスに任せ、前衛部隊の少女たちは敵の広範囲攻撃から後衛の少女たちを直接前で護ることにしたのだ。これならば、後衛の少女たちは防御を気にしなくて済み、攻撃に専念できる。回復役の少女たちも対象が被ることなく、眼の前の味方だけを癒せばいい。


 成り行きで参戦することになった2人の少女も、今はそれぞれ分かれて回復役を頑張っていた。


「はぁ、はぁ」


 もう何度目になるか分からないほど、金髪の少女――メーゼは味方を回復させていた。

 彼女が主に使用する魔術は契約魔術、それも天使の力を行使するものだ。最下位階級の天使は教会にて祈れば簡単に契約が出来る。メーゼもそうだった。

 メーゼが契約を交わした天使の名は【ムミアー】、司るものは『健康』。

 契約天使の名と、「癒し」や「加護」などの特定の文言を呪文に組み込むことにより、いくつかの支援系魔術を行使することが出来るようになる。

 最下位階級、それも第一契約という初歩の初歩の契約、天使の力は半分も引き出せない。けれども健康を司る天使ゆえ、回復系には若干プラス補正が付く。

 まだまだ駆け出しであることは否めないが、回復こそがMLOにおいての自分の役割だと自負していた。


 今回のいきなりのレイド戦参加に戸惑いは当然あったが、支援のみということならばメーゼにとっては得意分野だ。最後方に配置ということで不安もなくはないが少なくはなった。

 だとすれば、支援に慣れていない仲間の2人を自分が引っ張っていかなくてはと、逆に使命感に駆られてすらいた。


 …………正直に言えば、カラムスのことは気に入らない。自分たち5人は小学校の頃からの付き合いで今までずっと5人で遊んできた。それが、いきなりだ。いきなり水島洋太の一言から、あまり話したことも無い真鍋尚武――カラムスが自分たちの輪の中に入って来た。


 異物だ。メーゼ――観月理織には、異物にしか見えなかった。

 洋太は最近カラムスの話ばかりする。カラムスはやっぱり頭が良い。火力のある後衛が居るだけで戦闘がグッと楽になる。カラムスの考えた作戦が上手くハマった。等々などなどナドナド……!

 せっかく2人きりになったと思っても、全然色気の無い話ばかりする。洋太の奴に期待する自分も馬鹿だとは分かってはいるが。

 カラムスにきつく当たるのが八つ当たりだってことは分かっている。分かっているけど、やめられない。カラムスを見ると、洋太の顔を思い出すからだ。嬉しそうにカラムスを褒める――理織のことを見ていない――洋太を思い出してしまうから、ついむしゃくしゃして、カラムスに当たってしまう。


 これが太田や飯倉、芽衣たちなら付き合いが長いから理織が本気で怒っていないことに気付いて笑って受け流してくれるのだが、良くも悪くもカラムスは素直だ。此方の内心を察してくれることは無いし、額面通りに受け取って恐縮してしまっている。


 ネリアのことを秘密にしてくれと言ってきた時の事だって、本当は怒ってなどいない。MLOが秘密主義な風潮にあることは知っているし、何より素直にあんなに可愛いゴーレムを創り出したことに感心さえしていた。

 それに……。


ゴーレム(あのこと)には、MLOで出来た友達が協力してくれてるんだ。水島――ウィントたちが信頼できるっていうのは分かってるけど、その友達を裏切ることも出来ない』


 あそこまで真摯にお願いをされて、断ることなんて出来ない。

 その瞳を見れば、真剣さは嫌でも伝わって来たから。

 だけど、それがあっても……今更態度を変える、ということも素直になれない少女は出来なかった。

 メーゼの性格柄、表立ってカラムスに親切に出来ない。だから多少命令口調になったとしても支援に慣れない彼の力になれれば少しは贖罪になるのでは……等と考えていた。


 ――でも……。


 それは完全に間違いだった。


「なによ、何処が『高レベルの戦闘で役に立てるとは思えない』……よ。あんたは十分にスゴイじゃない……役に、立ってるじゃないのよ」


 今、メーゼの前方40メートル先では、数人の護衛に囲まれたカラムスが、懸命にボスへ向けて魔術を放っていた。

 MLOでは自分自身で呪文を作成し、その文章通りの魔術を行使することが出来る。しかし、ほとんど最初の方で頓挫する者も少なくは無い。強力なタグと多量の魔力、そして魔術として成り立つ呪文を作り出す、この3つが重要だが、最初の内は全く強力な魔術は使えない。誰もがなのらの放つ強烈な砲撃のような魔術を使うことを期待して、そして挫折する。


 故に、大魔術と言っていいほどの強力な魔術を行使した者は、まるで英雄のような扱いを受ける。【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の幹部たちなどがその実例である。


 そして今――また1人の英雄が生まれたのを、メーゼはその眼で確認した。




   ◆○★△




 とにかく俺は必死だった。


「――【我、魔の法を紡ぐ】ッ」


 目的は一つだけ。七火と協力してボスの攻撃――強力無比な殴撃を防ぐこと。

 そのために視界には必ず七火とボスの両方が入るようにしているのだが。

 情報が次々に絶え間なくどんどん入って来て、処理するので精一杯になっていた。

 ボスが右腕を振り被る――殴撃だ。だが七火はそれの撃退のために既に行動し始めていた。

 だとしたらそれは放置、七火に任せる――彼女が防いでくれることを確信している。

 しかし一度防げば、七火は連続では対応出来ない。彼女は肉弾戦特化で超至近距離まで近づかなくてはならないため、巨体ゆえに逆手まで距離のあるボスを相手にしては迎撃が届くのは期待できない。


 だから、そのために俺が居るのだ。

 呪文の詠唱を開始する。直後ボスの振り下ろした右腕が七火によって弾かれた。

 右腕を振り下ろすのと同時に振り被った左腕に力が入ったのを見た。爆弾を右腕攻撃の軌道と線対称の位置へと飛ばす。次いで砲身を作り打ち出す。ボスの左腕が放たれた。回り込むような毛むくじゃらの左腕の軌道に真逆の軌道で砲身は飛び、爆弾を内包――起爆。爆発の噴流は左腕の内側より押し出すようにしてそれを退けた。

 己の放った魔術の結果を見届けることなく、俺は既に次の呪文を詠唱していた。


 七火の動きを見て、行動が被らないように。

 ボスの動きを見て、次の攻撃を予測して対応。

 ボスの予想攻撃軌道と俺の現在位置との立体的な距離を確認し、俺の登録している爆発呪文のレパートリーの中にその予想迎撃地点に巧く合う軌道設定のものがあるかを確認、有れば即詠唱し、無ければ――詠唱しつつ、それが通る位置にまで俺自身が移動する。


 俺の周りには、前衛を務める鎧を着込んだ少女たち。なのらの指示を誠実に守り、俺の護衛をしてくれている。それは実際助かっていた。俺の思考はその9割5分をボス迎撃と七火との連携に使い、残り5分は足元の段差や呪文を間違えないようになどの基本的な注意に割いていたからだ。自身の防御は一切考えていないため、髪針攻撃など広範囲攻撃をされると無抵抗に喰らわざるを得ないのだが、周りの少女たちが打ち払い、防御してくれる。

 更に、許可なく勝手に場所を変える俺に、彼女らは嫌味を言うでもなく付いてきてくれる。

 護られることへの罪悪の念、護ってくれることへの感謝の念が尽きないが、それは自分の仕事をキッチリとこなすことで応えよう。


 真上から振り下ろされる白い大蛇のような裸腕を、真横へと放つ爆憤で弾く。

 正面から突き出される黒毛に覆われた腕を、下から掬い上げるように弾く。

 七火が真横から来た黒腕を弾く、と同時に彼女を掴みとろうと両の白腕が左右上方より襲い掛かるのを――――爆弾二つで対処、左右に同時に生み出した奔流で弾く。

 弾く、弾く、弾く、弾く、弾く。


 ボスの動きに統一性は無い。ゆえに軌道もバラバラ。此方の対処も臨機応変に即断即決即行動していかなければならない。


「ハア、ハア……くぅっ」


 このゲームでは痛覚は無いはずなのに、頭が奥が痛い。鼻血が出そうだ。

 いつ終わるのか。本当に終わるのか。俺はいつまでこれを続ければいいのか。

 そんな弱気な考えが浮かんできた――――その時だった。


「聞・く・の・らー!! わが【魔法少女連盟(ぎるど)】のつわものどもよ、いましばらく時間をかせぐのら!! わが最大いりょくのまじゅつを……これからアイツにくらわせてやるのらっっっ!!」


 なのらの大声が聞こえてきた。

 ポッ、と小さな火が灯るように僅かに、しかし確かに、俺の中に『力』が生まれた。あとほんの少しだけ戦い続けることが出来る『力』が。


 そしてそれは俺だけじゃなかった。

 戦場の活気が上がった。周りの少女たちの瞳に光が増すのを見た。

 喧騒が増す。ボスを倒せ、大王を倒せ、黒いのを倒せと声を張る。


 ――やれる。これなら絶対やれる。


 皆に同調するかのように気力が湧いてきた。

 そして再び呪文の詠唱に入ろうとした、直後。




『――奈落に落ちるか、光と散るか――』




 黒き巨獣から、恨みに震えるが如き声音がおどろおどろしく響いてきた。


「これは…………確かっ!?」


 最初は渾沌大王が口にする言葉に意味などないと考えていたが、今となってはそれは過ちだったと気付く。今の文面は“あれ”の直前に言っていた言葉だ。これが詠唱のようなものだとしたら、直ぐに前兆が現れるはずだ。

 推測に従って大王を注視。そして確信する。

 薄暗い空間の中、更に漆黒の長毛に全身を覆われた大王だ、よくよく見なければ気付かないが、右手に相当する部分が闇色に光っていた。

 床の石畳が落ちた、あの前兆だ。さっきと同じならば光っている床が崩落してしまう。


「また床が落ちるぞー! みんな、足元に気を付けろ!!」


 注意喚起を叫びながら、自分も足元の石畳を確認する。

 光ってはいないようだ。恐らく此処は安全地帯。

 しかし、他の皆はかなり光る石畳の上に居たらしく、慌てて移動する少女たちで戦場が一瞬混乱してしまう。

 そしてそこに、




『――(おん)返し、無貌(むぼう)はあはれと…………《七竅鑿(しちきょううが)ち》――』




 呪歌の音が響く。


「きゃああ!!」

「はやくはやくぅ!!」

「急いでっ!」

「まあまあっ」

「ですわです――わあああぁぁぁ…………」

「ペ、ペリ子ぉぉぉおおおおおおおお!!」


 石畳が落ちる。落ちる落ちる。崩落していく。

 広大な空間である【大王の間】の床が再び巨大な大穴で虫食い状態になってしまう。

 味方も何人か落ちたようだ。他にも各所で落ちそうになっている子を必死に支えたりしている。


 崩壊したのは床だけじゃない。“陣形”も崩壊してしまった。

 それでも、幸運にも安全地帯に居た俺のような者たちや、七火のような身体能力の高い者たち、幹部連中……なのらもしっかりと無事のようだ。


 ――だが、混乱はそれだけでは終わらなかった。




『――我は光、我は闇、我は陸、我は海、我は空――』




「!?」


 両手を地に着けたままの巨獣が早口気味に言葉を紡ぐ。

 床のことといい、変身のことといい、渾沌大王の言葉には碌なものがない。

つまり、それは困難の前兆だということ。


『――我は有にして無、我は全にして個――』


 俺は詠唱を始める。七火は拳を振り被って接近する。

 他の体勢を整えた子たちも、各々状況に気付き、攻撃を再開し始める。

 けれど、遅い。間に合わない。それを防ぐことは出来なかった。


「っ!? あ、足元が……!!」


 巨体の大王を中心として、半径30メートル全ての石畳が黒く光りだした。

 俺や七火も含む、ボスの周りに陣取っていた前衛部隊は全員がその範囲に入っている。


 ――光ったということは落ちるのか? だけど、こんなに続けて?


 周りには仲間の壁、光っていない石畳へと逃げることは不可能だ。

 これほどまでに理不尽な攻撃があっていいのか……、と泣きそうになる。

 直後、顔無しの獣が叫んだ。




『――所以(ゆえに)我是(われこそが)(タオ)”……《界変・渾沌天地》――』




 ドンッ! と足元が跳ねる。

 床に叩きつけられ、重力が増したかのように押さえつけられる。

 落ちた? いや違う。この腹の中身が下がっていくような感覚には覚えがある。

 そうだ、エレベーターで昇っている時の体感重力を数倍にしたかのような感じだ。

 ということは……。

 圧迫感が無くなった。俺は伏せていた顔を上げる。


「う、わー……」


 隣にいた前衛の少女が声を漏らした。俺も目の前の光景に言葉を失くす。

 先ほどまで見上げていた巨大な渾沌大王は、今は若干眼下に居た。

 ボスの方が下がった訳ではないだろう。つまり、俺が上がった。

 俺の立っていた正方形の石畳が伸び、もはや石柱となっていた。そしてそれは俺の居た石畳だけではなく、先ほどの黒光の範囲内の至る所でそのような事態が起こっていた。


 高いもの低いものと、隣同士の石畳でさえ高低差がまちまちの状況は、上から見るとまるでZ軸を足した3D棒グラフのようになっている。

 そして気付いた。俺たちは、“立体的に分断”されたのだ。


『――けひッ、ぐヒゃひャバばば――』


 黒獣が動いた。踏み出すたびに地面が揺れ、それに従い数多の石柱が波を打つ。


「ちょ……!?」


 固定はされていないのか、まるで水面に立っているかのように上がったり下がったりを繰り返す。その揺れは立っていられないほどだ。

 ましてやまともに攻撃なんて出来るはずもなく、敵の歩みを止めることが出来ない。


 ――いや待て。奴は何処に行こうとしている?


 高低差によって分断され、孤立状態となっているのは俺たちだけではなく、分散していた部隊の約半数以上がその状態にある。それは敵にしてみれば恰好の獲物なはず。それを見向きもせずに突き進む黒き巨獣。


 奴の向かう先には、離れた場所で杖を構えた三尾頭(サイドスリーテール)の少女――――なのら。


「ッッッ!!?」


 背筋が凍り付いた。

 やはりこいつは俺たちの言葉を理解していた。

 言葉の意味だけではなく、その重さも。

 なのらが俺たちの精神的支柱だと、俺たちの態度から把握していたのだ。


 己の身に降りかかる攻撃、叫び、挑発、憎悪値(ヘイト)、その他の全てを無視して、無貌の黒獣は脚を前に出す。

 止めなくては。絶対に止めなくてはならない。

 なのらの場所へと奴が辿り着く前に……!


 ――なら如何する!?


 まずは現状確認。俺の現在位置は地上40メートルほどの石柱の上。前衛部隊の少女4人と共に取り残されている。転倒することにさえダメージが入るゲーム仕様だ、落ちたら良くて瀕死の重傷、最悪は死だ。

魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の他のメンバーも皆似たり寄ったりの状態だ。まともに戦闘が出来る者は少ない。

 あとは、なのら以外の幹部の三人……他の2人は分からないが、七火は直ぐに発見した。戦場を駆けるあの燃える様に赤い髪とその頭に巻かれた白く長いハチマキは自然と目につく。彼女はその脅威の身体能力で凸凹に突出した石柱と石柱とをぴょんぴょんと跳び越えて黒き巨獣の背を追っていた。

 しかし、あれでは間に合わない。彼女が追う速度と巨獣の歩みはほぼ同じだ。


 ――ならば俺のやるべきことは、見えた。


 伏したまま、俺は急ぎ【白紙の魔導書】を操作する。そしてすかさず詠唱を開始。


「【我、魔の法を紡ぐ】ッ!」


 なのらの宣言から既に40秒以上は確実に過ぎている。

 俺の登録呪文の中で一番長いものでも早口で言えば1分を切れる。たとえ彼女の40レベルを超える体内魔力量を以て高めた呪文でも、長くて2分は掛からないだろう。

 もう少し、ほんの少しの時間だけ稼げれば良いはずなのだ。


「――【頭上の虚空に生じるは礫岩が二つ、共に風を含みし火炎を纏え

    掌前の虚空に生じるは大岩の球器が二つ、共に溜水注ぎ、礫岩封じ、蓋を密して岩球と成せ

    大炎よ、燃え上がりて二つの岩球に纏え

    豪風よ集え、双方の岩球を圧せ

    眼に映る敵の両膝の裏へ、それぞれ右方より“深く”弓形の孤を描いて飛びて

    左右の膝裏にて風の戒めを解きて砕け散れ】ッ!!」


 かーらーのっ!!


「――【我、魔の法を紡ぐ】っ、

   【掌前に生じるは大口開く巨岩の球器が二つ

    共に右方より“浅く”弓形の孤を描き

    疾く飛び出でてそれぞれ岩球を――――喰らえ】ぇぇぇいッ!!!」


 爆弾と砲身の連続詠唱。

 二つの呪文を使用するため、相応の魔力を消費する。しかもつい今しがたまで混乱の最中にだったこともあり、マナポーションを飲んでいる暇も無かった。

 つまり、もう爆弾の魔術を使用するための魔力が無い。マナポーションを今飲んだとしても、なのらが最大魔術を放つまで……恐らくこの戦いの決着が着くまで、爆弾の魔術を使えるほど体内魔力は回復しないだろう。これが、最後のチャンスなのだ。


 人一人が余裕で入るほどの大きさを持つ、俺渾身の二つの岩球――爆弾が、真横から曲線軌道で巨獣の膝の裏へと滑り込む。

 それを最短距離で追跡する岩で出来た大口の球器――砲身が今、爆弾を咥えその身に納めた。




 ドゥゴドゥグォォォ――――ンッッッッ!!!




『――ぐナォ!?――』


 同時、2つの砲身が火を噴いた。

 大王自身の強烈無比な殴撃すら弾く噴流が、巨大な毛むくじゃらの左右の膝裏を押し焼く。

 ちょうど爆噴にて膝カックンをされる形となった黒き獣は、呻き声を漏らして仰向けに傾いていく。


 ――よし、倒れる!


 目論見の成功に大きくガッツポーズ。

 渾沌大王の巨体が、軋むようにゆっくりと後ろ向きに倒れて行った。

 眼下で、奴の真後ろに居た少女たちが叫び声を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。あー、その、ほ、本当にすみませんでしたっ。


 でもこれで時間は稼げた。渾沌大王のあの巨体からなる体重では、早々に立ち上がることは出来ないはず。確実になのらの詠唱が完了する方が早いはずだ。

 俺は勝利を確信した。

 だが――――


『――くっ、ソッ、ガぁァァあアア!!――』


 倒れながら、王の名を冠す黒獣は、足掻くが如く4本の腕でガムシャラに宙を掻き毟った。




   ◆○★△




 七火は必死に駆けていた。

 先ほどの、大王の周囲の石畳が隆起して石柱となる現象に戸惑い、数秒とはいえ立て直すのに時間を掛け過ぎてしまった。

 黒獣の六枚の翼を生やした巨大な背中は遠い。実際の直線距離はそうでもないが、間には高低差がバラバラな石柱が乱立し障害となっていて、大王までの距離が遠く感じてしまう。


 だけど、此処で諦めるわけにはいかない。

 自慢の脚力を駆使し、大きく跳躍した。波打つように上下する石柱群から勘と反射だけで着地点を見出して踏み台にしていく。

 もはや周りの仲間たちのことは気にしていられなかった。

 最優先目標は無論、渾沌大王の歩みを止めること。

 それ以外は考えない。だけど……。


 ――間に合うか!?


 徐々には近付いているけど、巨大な敵はあと数歩でなのらのもとへ着いてしまう。

 こんな時、近接戦特化の自分にもどかしさを感じてしまう。

 大王の背まで、あと20メートル。


 その時。

 目の前を飛んでいく物体があった。それらは大王の両足を追っていき、更にそれを倍の速度で追っていく物体が追い付いた瞬間。




 ドゥゴドゥグォォォ――――ンッッッッ!!!




 獣の両膝の裏が爆発した。

 その巨体からくる重量ゆえか、大王の動きは基本的に緩慢だ。例に漏れず、黒き巨獣はゆっくりと後に体を傾けて行く。


 ――あの爆発は……カラムス!


 思わず口元が緩む。

 戦っているのは自分だけじゃない。足掻いているのは自分だけじゃない。

 それを、今の爆発は思い出させてくれた。


「っ!!」


 だったら、その好機。


 ――逃してたまるものか……!!


 石柱群に跳び乗り、昇っていく。

 もっと高い場所へ、奴の背より高い場所へ。


『――くっ、ソッ、ガぁァァあアア!!――』


 獣が吼えた。白腕と黒腕の4本を、何かに掴まろうとしてか無軌道に振り回す。

 悪足掻きにしか見えない何て事のなさそうな行動だが、奴の巨体、奴の剛腕、更にその長い裸腕でそれをやられればどうなるか。


「きゃあああああ!!」

「あ、あ、あぁぁあ!?」

「助け、助けっ……うわー!?」

「わー!」「いや~!」


 乱暴に振り回した三節裸腕と黒毛腕、巨大を誇るそれぞれが乱立した石柱群に激突し、それらを積木(ジェンガ)の如く倒壊させた。

 瓦礫と化した石柱と少女たちが、共に吹き飛び、崩れ落ちていく。


「うわあああああ!!」

「うそぉー!!?」

「そーんなー!!」


 叫び声が辺りから聞こえてくる。

 七火が着地した石柱も、中程を折られて足元が安定を失い急激に傾く。


「くっ……ま、け、る、かああああああああ!!」


 崩れた体勢を重心移動で強引に立て直し、支えを失った石柱の瓦礫を蹴って跳躍。

 空中にて、眼前に崩れゆく石柱群の巨大な瓦礫が落ちる様が滝を思わせた。

 落ちて行く巨大な瓦礫を足場とし、更に高く、高くへと七火は跳ぶ。

 瓦礫の足場は悪い。一歩踏み外せば立て直しは不可能だろう。


 しかし七火は、それがどうしたとばかりに力強く跳んだ。

 そして、仰向けに傾いていく巨獣に真上から迫る軌道の高度まで達した。

 宙に浮いている状態に、七火の知覚には全てがゆっくりに見えた。

 スローモーションで宙を掻き毟りながら背中から地に迫る黒き獣。

 その周りで崩れゆく石柱群と落ち行く仲間たち。

 拳を強く握り絞める。

 空中で体勢を整えて腰を捻り、右腕を引き絞る。


「ハァァァ……!」


 目を閉じて深呼吸――開く。

 大王は、目と鼻の先に迫っていた。

 ふと、七火の脳裏に親友の言葉が思い起こされる。


『――ねえ、そんなに死にそうな顔をしないでくれないかしら? 正直、鬱陶しいわ』


 全てがどうでもいいと考えてしまっていた時に、彼女は言った。


『まったく仕方ないわね、だったら…………あなたが再び自由に暴れられる世界がある、といったら如何?』


 親友には感謝している。

 もう二度と手に入らないと思っていた感情(モノ)が、今充足しているのが分かる。

 アクション映画ですら無いような強烈な今の状況に。

 あたしは――――笑った。


「はああああああああああああああああッッッ、〈雷神の鎚撃(トール・ハンマー)〉ぁぁぁぁああ!!!!!」




 ドゴオオオオオオオオオオオ――――ッッッッッ!!!!




 真上から振り下ろされる凄烈なる拳が、獣の額に直撃した。

 雷の如き轟音を盛大に撒き散らし、大王の倒れる速度をグンと加速させる。


 ズグゥゥゥン……ッッ!!

 巨獣が仰向けに地に倒れた。

 粉塵が舞い、瓦礫まみれととなった【大王の間】に白く散っていく。

 完全に、渾沌大王の歩みは止められた。



「よっし!」

「うわああああああ!!」

「!?」


 空中でガッツポーズをした七火の耳に、つい最近聞いた覚えのある声が届いた。

 視線を動かすと、割と近くの石柱が今まさに崩壊しているところだった。当然、その上に居たプレイヤーたちも一緒に落下してしまう。そしてそれはリアルでも知り合いの少女数人と、見覚えのある少年――カラムスだった。


「うぎ、ぎ……わ、【我、魔の法を紡ぐ】!」


 体勢もまともに整えられず頭から落ちる形となっている彼ら。

 そんな中、カラムスが叫んだ。


「【風よ集いて渦を巻け、豪風と成りて仲間たちの真下より噴き上げ続けろ】!!」


 直後、吹き荒れる風が真下から少女たちの体を押し上げ、その落下速度を緩めた。彼女たちはなんとか死なずに済むだろう。

 しかしカラムス本人は、少女たちを優先したためにその範囲から外れ、逆に上昇気流の側面に弾かれて軌道がズレてしまう。

 彼の向かう先には、先ほどの大穴。落ちてしまえば保健室送りは免れない。

 だが今の七火にはどうすることも出来ない。自分は空中に居て、跳躍するための踏み場となる瓦礫も周囲には無い。


「くっ――――って、うわっ!?」


 歯噛みした瞬間、背中を激烈な強風が押した。

 風に巻き込まれるように、七火は一直線にカラムスの方へと飛んでいく。

 強い空気抵抗の中、背後をチラリと見ると、遠くに瓦礫の上に立つピンクのゴスロリドレスを纏った親友の姿が。

 その一瞬にて風の意味を察した七火は直ぐに前を向き――――着地の体勢に移る。


「ぬぁぁっ……!!」


 転がるように勢いを殺しつつ大穴の手前にて着地、そのまま立ち上がって駆け出した。


「うあああああああ!!」

「間っ、にっ、合っ、えぇぇぇ!!」


 大穴へ落ちていこうとするカラムスと、それを追い縋る七火の視線が交わる。


 ――手を!!


 左手を必死に伸ばしてヘッドスライディング。声なき指示に、意図的か偶然かカラムスも自身の手を無我夢中に伸ばす。がしりッ、と二つの手が強く握り合った。

 直後、重力加速を乗じたカラムスの体重分の反動が、二人の腕に強烈な負荷を掛ける。


「ぐぅぅぅぅっ……うあああああああ!!!」


 大穴のふちにて真下に掛かる圧力に耐えた七火は、反動とその剛力を以て思い切りカラムスを釣り上げた。


「ぁぁぁ……ぶべっ」

「あ痛ぁっ」


 一瞬の浮遊感、そして着地。

 カラムスと七火は、同時に仰向けの状態で地面へと叩き付けられた。

 手を握り合ったまま、二人は大の字になって荒い息を整える。

 そこでカラムスは気付いた。自分は死にそうな所を助けて貰ったのだと。


「はぁ、はぁ……あ、あの。えと、ありが――」

「ね、カラムス」

「と……う?」


 カラムスの言葉に被さるようにして。

 寝転がったまま顔を横に向けて、赤髪のハチマキ少女は無邪気に笑った。


「すっっっごく、楽しいねっ」

「……!」


 その全開の笑顔を見て、カラムスは自問する。

 身長30メートルの巨体を持つレイドボスに挑み、その強烈な攻撃を必死に防ぎ、何度も何度も死にそうな目に遭って、つい今さっきは高所から落下してそのまま大穴に吸い込まれそうになった。

 大変だった。辛かった。ずっと叫んでた気がする。


 ――じゃあ、嫌だったか? 楽しくはなかったか?


 という問いに、だがそれは断じて否! と即答できる。

 自分の考えた力を、思う存分振るえるという環境に。

 強大な敵に、ギリギリの所で渡り合っているという状況に。

 力を認めた相手に、自分の力を認めて貰って共に協力していく。


 それは、それは、どれほどに――――楽しいことか。


 一人で勉強していただけでは得られない、特別な経験だった。

 だからカラムスは――“俺”は、七火に力強く頷いた。


「ああ……楽しいっ」


 答えを聞いた少女は、天井を見上げながらにししっと笑った。


 その直後、なのらの呪文が完成する。

 頭の三尾を激しく靡かせて叫ぶなのらの足元を中心に、地面に正三角形の巨大な魔法陣が広がった。

 少女を長杖を、槍を持つが如く腰だめに構えて突き出す。

 杖の先端に透明な何かが覆い被さった。直後それは色を濃くして浮かび上がる。機械的なフォルムを持つ方形の――“砲口”だ。

 砲口が唸りを上げて光を集める。徐々に徐々に、その力を溜めて行く。

 同時、少女の頭上と左右それぞれに、直径3メートルほどの薄紅色に輝く円状の魔法陣が浮かび上がった。更にその中心から、巨大な砲身がぬうと姿を覗かせる。

 なのらの持つ杖の砲口、そしてその周囲に浮かぶ魔法陣から出でた砲身は、標準を真っ直ぐ仰向けに倒れた渾沌大王に向けていた。


 極大の白光に溢れる4つの砲口。

 時は、満ちた。




『――ガぁァこのクソ共が、調子に…………っ!!?――』


「――――こ・れ・で・お・わ・り・らぁぁぁっ…………致命的(フェイタル)な一撃ィィ、喰らわせてやるのらぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」




 咆哮。

 そして同時に放たれる四条の極太の大光閃。

 立ち上がろうとしていた黒き巨獣を、大熱量を有する瞬光の奔流が飲み込んだ。


 薄暗い巨大な空間が――世界が、真っ白に染まった。

 短いような、長いような、不思議な時間。

 そして、眩い白光が去った後には、奇妙な静寂が訪れる。

 大王は沈黙…………否。


『――ガ、は……ッ――』


 体力ゲージが全て無くなっていた。まだ一割を切って間もなかったはずなのに。

 次の瞬間、文字通りに獣の体が崩れ落ちた。

 灰となり塵となり、獣と化した古城の王は、その身を空に散らしていく。


「…………」


 誰もが口を開けなかった。

 目の前の光景が信じられない。

 本当に? 夢じゃないのか? まだボスは次の変身を残してるんじゃ……?

 そんな疑問が浮かび――次の叫びにて消え去った。


「敵将ぉ、討ち取ったのら!! なのらたち、【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の――――勝利なのらああああああああああああ!!!」


 なのらだった。

 そしてそれに伝播していくように。


「あ、ぁぁ」

「う、ぅあ」

「ぉぉ、おお……」

「う、うあああああああああああああああああああ!!!」

「勝った、勝ったあああああああああああああああ!!!」

「やりました! やりましたわ、わたしたち!!」

「うわああああああああああああああんっ!!!」


 生き残ったギルドメンバーの少女たちも勝鬨を上げる。


 古城の主【四凶(スーオン)渾沌大王(フンドゥンダーワン)】 VS 大ギルド【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】精鋭55+3名の戦いは。


 ――少女たちの勝利を以て、此処に終わった。

激戦、決着。

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