第十三話 背中押されて
「ああもうっ、回復が追いつかないわよ!」
「まぁまぁ。冷却時間が無いだけぇ、他のゲームよりはましじゃないかなぁ?」
「そのぶん、魔力の残量に気を配らないといけないけどな……」
様々な武器を振り回す武人然と化した巨人【四凶・渾沌大王】の猛攻撃を受け止める前衛部隊のメンバーに向けて、回復魔術を掛け続ける俺たち。
たまに鞭や多節棍などの遠距離攻撃が届こうとするが、それらはこちらに届く前に前衛部隊の誰かが放った強力な防御魔術によって弾かれる。
護られた場所。安全に支援できる位置。
補給が無ければ戦が出来ないように、支援部隊の安全を確保するのは当然のこと。
だけどそれは、自分の代わりに仲間が危険に晒されていると同義でもある。
知覚加速されたたったの数時間程度の付き合いだが、【魔法少女連盟】の子たちには多くの恩がある。それ故に、彼女たちにだけ厳しい場所を任せるというのには勝手な罪悪感を感じていた。
こんなに他人任せにしてもいいものか。自分が楽をしていてもいいものか。
自分が弱いことも解っているし、俺たちが彼女たちの戦いに成り行きで参加させてもらっただけというのも分かってはいるが、それでもそう思わずには居られなかった。
◆○★△
『――耳目にして無、鼻口にして無――』
『――腕脚にして陸、鵬翼にして…………陸――』
『――ギギギィィギギィギ…………ゴガァアッッッ――』
巨人の大王は、巨獣の化物に変貌した。
全身を滴るような漆黒の毛に覆われ、逆に真っ白な三対の翼を背負い、そして死人のような細長い裸腕を両肩に生やした、悪寒が走るほど不気味な化物。
見た目だけでも不快なのに、それが見上げるほどの巨体で迫ってくるのだ。
「飛んだ!?」
「キモいー!」
ヘリコプターが浮上していくようにゆっくりと、黒獣の巨体が持ち上がっていく。
羽搏きは遅々として、しかし少女たちの攻撃を幾度受けてもびくともせずに上空へ浮いていく。
「何かしようとしているの!?」
「まあ当然してくるよねぇ、敵だしぃ」
「上空に上がったってことは、俺たちの手の届かない場所から攻撃してくるか、それとも落下攻撃か」
どちらにしても、やはり約40メートルも上空に居られたら、此方の攻撃は届かないし、届いたとしても相手にとっては蚊に刺されたようなものだろう。
「きゃあああ!?」
そして大王の広範囲攻撃。黒髪の針が豪雨の如く俺たちの頭上に降り注いだ。
相変わらず痛みは無い。が、絶えず何かで全身を打たれているような衝撃はまともに言葉を出すことも出来ない。だから防御のために呪文の詠唱をすることも出来ない。
暫らくして針雨が止む。長く感じられたが時間的には短かったようだ。それでも俺の体力ゲージは半分近く減っていた。
「くっ……あ、あんた、一番HP低いんだから早く回復させておきなさいよっ」
自分もかなりダメージを負っているというのに、そう言ってメーゼがポーションを投げてくる。俺は礼を言いつつ素直に受け取ってそれを飲み下した。
上空を見上げ、悪魔のような獣を見る。その間にも後衛火力部隊は攻撃の手を休めていない。飛距離を伸ばした魔術を絶え間なくボスに撃ち込んでいた。
次の攻撃が来るか、と思ったその時。ガクッと巨獣の躰が、ズレる。そのままゆっくりと、次第に加速しつつ――――落下。
「よし! 落ちてくるよー!」
「やった!」
そんな声が聞こえてくる。
だが、俺はとても喜んでいられなかった。
「まずい、味方の所に落ちてくるぞ!」
「ふええ?」
「ど、どうするっていうのよっ!」
あれほどの巨体が高所から降ってくる。それがどれほどの破壊力を生むかは想像も出来ないが、仮に現実として考えたのであれば――――約8階建ての建物が降ってくるようなものだ。それは人間にとって即死と同義。例え此処がMLOの仮想世界の中であろうが、結末は変わらないように思えた。
――じゃあどうするっ?
【魔法少女連盟】の子たちが必死に攻撃魔術を喰らわせているが、大王の落下軌道を変えることは出来ていない。
それもそのはずだ。衝撃力が足りない上に、力を伝える方向がなっていないため、幾ら下から攻撃してもそれを成すことは出来ないに決まっている。
どうする。どうする。どうしたらいい?
俺よりも高レベルで経験豊富な彼女たちなら大丈夫だろう、と考えていたが無理そうだ。威力は高いのだろうが、渾沌大王の巨体を動かすほどの衝撃力は生み出せていない。
「……っ」
一応、この状況を打開できる可能性を持つ魔術に心当たりがある。
――だがしかし、と。
俺の思考は寸ででストップをかけていた。
これは彼女たちの戦いだ。それを偶然居合わただけの赤の他人である俺が割り込んでいいものなのか……?
後で批難されないか? 空気を読んでいないと言われないか?
恩人でもある彼女たちにそう思われたとしたら、辛い。かなり傷付く。
だけどこのままでは――――
「――なにを迷ってんのよ!」
金髪の少女が、不意に俺の肩を掴んだ。
そして髪と同色の大きい瞳に見つめられる。
「何かやりたいこと、あるんでしょ?」
「……」
「やりなさいよ、あんたに出来ることがあるというのなら」
「でも――」
「もし! それで後からなにか言われたら…………わたしたちも一緒に謝ってあげるわよ」
きつい口調から、ふと表情を和らげてメーゼが言う。
不器用な優しさ。これが切満邪露たちの言っていた素直じゃないってやつか。
「えぇぇ。あたしは謝りたくないよう」
「……あんたは黙ってなさいっ」
真面目な場面が台無しだ。思わず、ぷっと笑いが漏れる。
同時に、頭の中で渦巻いていた迷いが、晴れた。
「ごめん。――行ってくる」
「ええ。頑張りなさいよ」
「じゃあねぇ」
二人の笑顔に見送られ、俺は大王の落下予測地点に向けて人垣を掻き分けながら駆けだした。
◆○★△
渾沌大王の落下軌道をズラす。
しかし相手は全長30メートルはある巨体からくる超々重量級。更に上空40メートルから落下加速をも加わっている。
真下からの攻撃ではいくらなのらの強烈な砲撃でも無理だろう。何度か見たが、砲撃は自身から直線にしか発射していなかった。大王の落下予測地点付近に居るなのらでは、その巨体を横に動かすことは不可能だ。それに、いくら新幹線並みの太さ――範囲を持つなのらの砲撃でも、大王ほどの巨体では『点』も同じ。事を成すならば、もっと広範囲に渡って衝撃を与えなければならない。
『威力』ではなく、『衝撃』だ。
それらは同じようで違う。痛みを与える、ではなく、『押す力』を増加させるための魔術を使う必要があるのだ。
そして、それに最適である事象を、俺は知っている。
――『爆発』。
広面積、高重量、密質量の物体が高速で衝突する、というもの以外で考えるのならば、衝撃において爆発ほど『最適なもの』も無い。
そもそも爆発とは何か? それは空間が急激な膨張をする『化学変化』を指す。
何故か誰もが『火属性』の上級に位置する事象と思っているが、火薬や爆薬――熱や衝撃などにより急激な燃焼反応をおこす物質――と炎を掛け合わせて起こる急速空間膨張現象が爆発の実態。それは全方位に放たれる衝撃そのものと言っていい。
火属性だと思われているのは、火が爆発という化学反応の起こすための重要な要素のひとつであり、更には爆弾によって起こる轟炎の印象が強いからだろう。実際には『火』と、化学反応を起こすための『物質』、そして膨張する『大気』が必要である。即ち、複数の属性の融合事象なのだ。
火は当然有る。【火属性中級】タグで賄える。
大気も有る。この場にもあるし、【風属性中級】で操れる。
しかし、爆薬だけは無い。土を生み出すことは出来ても、土から爆薬に使える物質を生成することはまだ出来ない。もしかしたら錬金術で可能かもしれないが、道具が無いのでやはり今は出来ない。
【土属性中級】と俺の今の所持タグでは、爆薬に類する物質を生成できない。
爆発にも色々と種類が存在する。爆薬が出来ないのであれば、それを使わない方法を模索してみる。
上記と同じ理由で『ガス爆発』も不可能だ。可燃性ガスの生成が出来ない。
元素レベルでの特殊な物質を使わないというのなら、有名なものでは『粉塵爆発』。小麦粉などの可燃性のある粉塵が広範囲に舞う中で火を付けると、粒一つひとつが連鎖的に燃焼して周囲大気の熱膨張を瞬間的に繰り返し、爆発になるというものだ。
しかしこれも不可能。宙に舞うほどの粉塵というのがネックだ。砂よりも細かく、かつ可燃性となると、現状の魔術では生成できないし、だとしたら錬金術で生成したアイテムを魔術の補佐として使うほうが良いが、今はそれも無い。
ではどうするか? 『土』で出来ないのならば…………『水』を使うまで。
『BLEVE』、そして『水蒸気爆発』という爆発現象がある。
共に、水の沸騰と蒸発を利用した爆発現象だ。これならば四属性で賄える。
だとしたらあとは呪文の構成次第というわけだ。
「【我、魔の法を紡ぐ】――」
『爆発』の事象が作れる可能性は結構前から気付いていた。
しかし、初級の四属性では厳しかったので中級を得てからようやく呪文作成に取り組むことになった。呪文システム的には内容は正確に、且つ具体的にしなければならない。凝ったことをしようとすればするほど、呪文は長くなり、同時に複雑さを増す。
――要は、機械的な文章になるということだ。
自分的には別段それに否は無かった。魔術の呪文らしくないと言えばその通りだが、効率を考えれば、短く、かつ具体的な文章にしようとすれば、どうしても硬い文章になることは避けられない。それが当然だと、思っていた。
『まあ、それもひとつの考え方っつーのはわかるけどさー』
試験勉強の合間に、呪文の構成を考えていた俺に水島は言った。
『せっかくのゲームだぜ? 現実の勉強じゃねぇ、オレたちはゲームをしてるんだ。だったらよ、効率よりも何よりも求めることが他にあるんじゃねーか?』
『それは?』
『それは……』
全開の笑顔で、彼らは叫んだ。
『自分自身が考え出したカッコ良さだっ!!』
『…………』
この時は分からなかったが、水島たちは恐らく「効率だけを考えるよりももっと“遊び”を入れた方が楽しい」という意味で言ったのだと思いついた。
そう考えると、俺は少し効率という点で意固地になっていたかもしれない。
今は無理かもしれないが、研究を続けていけば、タグを集めて行けば、きっと“俺らしい遊び”というものが見つかるだろう。そうしたら、精一杯遊んでやろう。
眼の前で塞がっていた扉が、開いたような気がした。
「――【頭上の虚空に生じるは礫岩、風を含みし火炎を纏え――」
まずは岩を生み出して熱する。必要なのは『熱』。炎だけでは弱い。物質的な高温が重要なのだ。
「――掌前の虚空に生じるは大岩の球器、溜水注ぎ、礫岩封じ、蓋を密して岩球と成せ――」
熱した岩と水を、これまた岩を球状にした器に密封する。
この状態では、器の内部で水、大気、炎を纏った岩が混ざり合う。
瞬間、密封した空間では水が沸騰し蒸発する。気化した水と、熱され膨張した大気が岩の球器を内側から圧迫する。
同時に。
「――炎よ、燃え上がりて球器に纏え――」
外側からも岩の器を熱する。
「――豪風よ集え、球器を圧せ――」
内側からの圧力を、それ以上の圧力で以て抑え込む。
ひと一人が余裕で入れるほどの大きな岩球が炎にまみれて燃えている状態。
これで一先ず、『爆弾』の完成だ。
「――眼に映る敵の側頭部へ、高く山形に孤を描いて飛びて、風の戒めを解いて砕け散れ】!!」
俺の眼の前で事象が発現し、変転して、落下中の巨獣へと飛んでいく。
「【我、魔の法を紡ぐ】っ――」
そして矢継ぎ早に次の呪文を詠唱開始。
此処からは速度が重要だ。爆弾がボスへと届く前に、最後の仕上げをしてしまわなければならない。時間との勝負。
「――【掌前に生じるは大口開く“巨”岩の球器、艮に“深く”弓形の孤を描き、“疾く”飛び出して岩球を喰らえ】ッ!!」
左右上下、四方八方から小石が集まり、それらが積み重なって形を作っていく。
直後、正面に粗い岩製の大きな丸瓶が生み出された。同時にひゅんと音を立てて先に飛んでいった燃える岩球を右側から回り込むようにして、それ以上の速さで追いかける。
「くそっ……勝ちたかったなぁ」
喧騒の中、そんな声が耳に届いた。
落下する巨獣の拳はもう数秒と待たずに後衛部隊の中心を押し潰すだろう。レイド部隊の半壊を意味するそれはつまり――「敗北する」ということ。
それに気付いた子たちが、諦めを口にしたのだ。
――いいや、まだだっ!!
諦観の言葉を聞き、しかし俺は逆に奮い立った。
俺より強い学生がこんなにも揃っているんだ。準備だってたくさんしてきたって、リグルカたちがあんなにも嬉しそうに話していた。
今日知り合ったばかりの、ろくに話もしていない彼女たちだけれど。
それでも見ず知らずの俺たちことを、無償で助けてくれたことは事実であり真実。
恩には礼儀でもって返すは、人として当然のこと。
何より、俺“が”諦めたくはない。こんなところで、絶対に!
――思 考は完了だ。
反撃を、開始する。
最初に飛んでいった燃える岩球が高い曲線を描いて下りてきた。
落下する黒獣を追い、追い付き、並走――――
直後、真横から飛び込んでくる影。大口を開けて迫る巨岩の球器だ。
それは側面から勢いよく燃える岩球を咥えこんだ。
ドゥガアアァア――――ンッッッッッ!!!!
次の瞬間、それは爆発した。
◆○★△
爆発現象にはいくつかの種類があり、今回俺が応用したのは先述した『水蒸気爆発』と『BLEVE』だ。
水蒸気爆発は、常温の水に高温の物質を接触させることで起こる水蒸気化、つまり体積が急激に膨張する化学変化のこと。これを球状にした岩器の中で、要素を付加した中級の火力で熱した超高温の岩塊と風呂一杯ほどの水とで起こさせる。
沸騰、蒸発――体積急激膨張は、周囲に向けて莫大な圧力を生む……がしかし、密閉空間ではそれは適用されない。沸騰は、その空間における飽和水蒸気圧以上の圧力で水面を押すことでなる現象。つまり簡単に言えば、沸騰することによって起こる水蒸気の発生、これに伴う大気の体積膨張にて「増大するべき体積分の大気が密閉された空間では無い」ので沸騰は起こらない。
しかし沸騰が起こらないからといって圧力が無くなったわけではない。質量保存の法則に則り、現れずともしっかりと内部では熱エネルギーが残っている。水蒸気爆発が起こるほどのエネルギーは確かに此処に存在しているのだ。
ただ、このままでは器外部の常温大気に触れて熱が逃げてしまう。それでは折角のエネルギーが消えてしまう。それにプラスして、内部の圧力は岩の器に影響して最悪ひび割れてしまうだろう。
よって、風を集めて外側からも圧力を掛けて僅かな時間だけでも均衡を取る。加えて内部の温度が下がらぬように、更により熱を与えてエネルギーを増加させるように、器自体も外側から炎で熱した。中級の炎を纏う器には絶えず圧を作るための風が集い、それを取り込み火力を増して岩器をより高温へと加熱する。これにより取り込んだ岩塊と器の壁の両方の高温に触れ、器内部の液体に掛かる熱エネルギーは更に高いものとなる。
そこまでしてから、燃える岩球――『爆弾』を敵の側頭部へと飛ばす。目的地に着いた後、外側から圧迫する風を止ませ、球器が砕け散るようにして。
これだけでもある程度の衝撃力は生むのだが、今回は相手が相手だ。念には念を入れる。
爆弾が高い曲線を描いて敵に向かっている内に、もう一つ呪文を詠唱する。
口を大きく開いた球器――底が深い丼型の器――を生み出し、爆弾を追うように大王の側頭部に横殴りを入れる軌道で飛ばした。
何度も何度も繰り返し行った練習の成果で、距離に対する相対速度の比率と到着時間の間隔もバッチリだ。爆弾と器、ふたつの軌道は大王の頭の直ぐ真横でピッタリと重なった。
口を大王に向けて、すっぽりと器が爆弾を咥える形となった瞬間、呪文通りに爆弾の風の圧迫が解かれ、岩球が砕け散る。
同時、溜まりに溜まった熱エネルギーに内部の水と大気が急激に膨張する。
――『沸騰液体蒸気拡散爆発』。
密閉された空間にて、外部から内部の液体を熱することで内部の圧力を増幅させる。その状態で空間が破裂すると、一気に圧力は解放され内部の液体は沸騰、蒸発を時間を加速させたかのように行う。その体積の急激な膨張、増大は爆発へと至る。
岩の器が砕け散れば、内部の水は外部の大気と接触し、圧力の低下に伴う沸点の低下――同時に溜めに溜めこんだ熱エネルギーによる沸騰と蒸発を行う。体積の急激膨張の化学反応だ。
それは砕け散った岩の欠片と、纏っていた炎を巻き込んで周囲に強烈な衝撃波を発する――――が、それでは影響範囲が大き過ぎる。
もう既に巨獣は地面に近い。奴の近くで爆発を起こせば、近くに居るプレイヤーも巻き込んでしまう。それに拡散が広すぎれば、折角の衝撃力も分散してしまう。
なので此処で、先ほど爆弾を咥えこんだ“あの器”が活きる。
あの器では爆発の衝撃には耐えられない。しかし一時でも抑えることが出来れば、凹状の器内部で衝撃が跳ね返り、出口一ヶ所に向かって集束し、超高速の噴流を作る。
岩製の器では一瞬爆発に耐えるので精一杯。次の瞬間には砕け散るが、衝撃波の集束を引き起こすには十分だった。
一方向より飛び出でる集約された爆発の衝撃波は、更に威力を増した噴流となる。炎の赤、岩片の黄土、蒸気の白。三色が入り混じった奔流はラッパのような細い円錐状に猛烈に放射され、巨獣の顔を真横から殴り飛ばした。
高速で飛来する物体は正面からの圧力には強いが、真横からの圧力には弱い。巨体を誇る渾沌大王も真横からの強烈な一撃にその落下ベクトルを折り曲げる。軌道が変更された落下地点は、奇しくも大王が特殊能力で開けたあの大穴だった。そのままの勢いで大穴へと落ちて行く黒き巨獣。
「や、やった……」
爆発の威力と衝撃力、そして魔力効率を三者両立させるには今の大きさが一番適している。しかし、爆弾と砲身の大きさと発生する衝撃ゆえに普通のダンジョンでは味方が巻き込まれる可能性が高く、あまり利便性は無い。使用するにはかなりの大空間が必要だ。今までは実技棟の広大な練習室を借りて試し撃ちをしていた。
練習では何度も成功したが、このような切羽詰った場面で使うのは勿論初めてだ。難局を乗り越えた意味も含めて、俺は確かな達成感を胸にその様子を眺めていた。
「……って、え?」
気が付くと周囲の視線が俺に集まっていた。
驚いたような、呆けたような、そして好奇に溢れる視線が八方から俺を射る。
「すごいよ!」
「うわっ」
突然、後ろから両肩を思い切り掴まれた。
前につんのめりそうになるが、肩を掴む手に支えられて何とか堪える。
「はははっ。すごい、すっごいよキミっ!」
「え? あ、ちょ、ちょっと!」
喜びの色濃い様子でガクガクと揺さぶられる。
同時に、背後で聞いたことのある声が耳に届いた。
――この声って……?
「そいつなのか? いまの爆発は」
また新たに声がかかる。舌足らず幼子のような声だ。
「ああ、なのら! そうだよ、この子だ。あたしは全部見てた」
肩から手が離れる。ようやく姿を見せたその人は――【七火】だった。
そして周りの人垣の中から現れたのは橙色の長髪を頭の横で三尾にした珍しい髪型の、ともすれば小学生に見紛う小さな女の子。手に持った機械的な長杖でカツンと地を突き、勝気な大きい瞳と尊大な態度で俺を見据える。
「ふんっ、おまえ……おとこのくせにちょっとはやるらないか」
「え、ええと?」
杖を巻き込むように腕を組み、何処か詰まらなそうに口を尖らせるなのら。
威圧的な雰囲気だ。もしかして、俺が余計なことをしたから怒っているのか。
俺には彼女が何を伝えようとしているのか、全く分からない。
「くっくっく。言い方は気にしなくていいよ。なのらは『ありがとう』って言ってるだけだから」
「こ、こら、七火っ! おまえはうるさいのらー!」
肩を震わせて笑う七火と、両手を振り上げて怒るなのら。
その様子に、ようやく俺はホッと息を吐く。
――良かった……怒ってはいないみたいだ……。
「本当に助かったよ、ありがと」
「あ、いや、どういたしまして……?」
「おまえ、名前は?」
「へ? えっと……俺は【カラムス】、っていいます……」
突然のなのらの問いに戸惑いながらも答える。
「カラムスか。あたしは【七火】、改めてよろしくね!」
「フンッ……なのらは【なのら】なのら。よろしくしてやってもいいぞ!」
「えーと、よ、よろしく……」
なんだかよく分からないが、いきなり自己紹介が始まった。
しかもMLO二大ギルドとまで言われるようになったギルドのギルドマスターと幹部の人だ。そんなものはゲームの中だけの地位で、現実世界では何の社会的地位を持っていないというのは分かっているけど、何故か緊張してしまう。
「正直、さっきのは危なかった」
「うむ。敗北をかくごしたのら」
「……余計なお世話かもとは思ったんだけど、どうしても手を出さずにはいられなかったんだ」
「ふむむ。たしかに、ギルドマスターからしたらうけいれがたい問題ら。だが、あのままらったらおおくの脱落者をだしていたというのは確実らった。よって――」
一旦、口を止めたなのらは、腰に付けた羽型の大きなリボンを翻しながら、バッと掌を突き出して周囲に振り返り言い放った。
「みんな聞くのらー!! いまっ、ここにいる『からむす』をっ、いちじてきに幹部としてあつかうのら!! いうことを聞けってことじゃない……ただ、こいつを守るのら!!」
『オオオオオォォォ――――!!』
「…………え? いや、はぁ!?」
なのらの宣言に、【魔法少女連盟】のギルドメンバーたちが高らかに応えた。
――なんで? 何故そうなるんだ?
一時的に幹部にする? 俺を守る? なんだってそういうことになるんだ!?
「いいね、燃えてきたよ」
「ど、どういうことなんだっ?」
俺が混乱している最中も、彼女たちのテンションは目に見えて上がっていってる気がする。
七火は口端をニヤリと上げながら、俺を力強く見つめてくる。
「キミがそれだけ重要だと、なのらは判断したんだ。現実問題、ボスの攻撃を防げるのはあたしだけだった。幾ら防具を揃えた前衛の娘たちも、範囲攻撃ならまだしも、一点攻撃の威力を受けることは出来ない。それはキミも分かってるだろう?」
「……ああ」
拡散性を持つ範囲攻撃はならば、一人が受けるダメージは少ない。しかし、殴撃などの一点攻撃となると、その集約された威力は流石レイドボスと言うべきか、トップレベルの前衛プレイヤーでも恐らく瀕死に至るだろう。どんな裏技を使っているのかは分からないが、それを防げるのは現状、七火の右拳のみ。
……だった。
「もしかしたらギルメンの誰かが、何か隠し種、奥の手、ジョーカー。そんなものを持っているかもしれない。でも、それを使うかどうかは本人次第ということをあたしたちは尊重してる。だから、現状はあたしの右手と――」
「俺の爆発の魔術だけ、か」
「その通り。敵の腕が物理的にも増えたし、空まで飛ぶしで、あの攻撃に対応できる人が増えるのはうちらとしては大歓迎なんだよ」
「…………」
理由はなるほど、理解できる。ボスの腕が2本増えた、ということは単純に考えて攻撃回数も倍になったということ。更に空を飛ぶことで肉弾戦特化の七火では文字通り手が出せない。遠距離で相手の攻撃を防ぐことが出来る俺の爆発魔術は相当に重要になってくるだろう。
――でも、だとしたら……。
「あ~……呪文を教える、とかは言わないでよね?」
「っ!」
「あたしたちにだって、伊達に『二大ギルド』なんて言われてるわけじゃない。ちっぽけだけど、誇りだってある。他人様に呪文を教えてくれ、なんて言わないよ」
「……」
「身内なら、呪文の相談とかシェアとかするけどさ、それでも『自分で考えた魔術』っていうのをあたしたちは大事にしてる」
「そうなのら! らからこそ、だれもがスゴイと思う呪文をつくった者を、なのらたちはそんちょーするのら!!」
七火の言葉に、なのらが勢いよく割り込んできた。
「はなしはおわりら。とりあえず協力しろ、なのら! 【魔法少女連盟】ギルドマスター・なのらの名において、恩にはかならずむくいると約束するのら!!」
「あ、【魔法少女連盟】幹部・七火の名においてもねー」
力強く、それでいて楽しげに、彼女たちは協力を依頼してきた。
本当なら、俺の方が協力させてくれとお願いする立場だ。最初に借りを作ったのは俺たちなのだから。
それほどまでに俺の呪文を、そして呪文を創った俺を買ってくれているということか。少しむずがゆくなるが、これこそが彼女たちの気質というものなのだろう。
俺は覚悟を決めて頷いた。
「ああ、わかっ――――」
『――イっッッッ、デぇぇぇぇええああああぐがあぁぁあああ、クソッタレがあああああああああアアアアアア!!!――』
「!?」
突如、電子音声のようなブレた叫びが【王座の間】に轟いた。
咄嗟のことに驚いたが、発生源なんて決まり切っている。誰もがアレが落ちた大穴の方へと視線を向けた。
「どうやら、休憩は終わりのようだね」
「むしろ、ここからが本番なのら! ――いくぞ、からむす!!」
ハチマキの少女が拳を握り、三尾頭の少女が杖を掲げる。
その熱の籠った雰囲気に呑まれ、俺も左手に持つ『白紙の魔導書』をぐっと握りしめた。
『――全ての始まりにして、我は混沌……我が面に七竅無し――』
ゴゴゴゴゴ、と【王座の間】の巨大空間全体を揺るがすほどの地鳴り。
また穴が開くのか、と思ったが、今度はその逆だった。
先ほど開いた大穴の部分の石畳がせり上がるようにして再び元に戻った。まるで穴など開いてなかったかのようにピタリと石畳同士がくっ付く。
そして、それに乗じて、エレベーターで昇ってくるが如く奴も這い上がってきた。
『――ガあああァァアアあああああぁぁァァああアアアア――』
頭上に吼える顔無しの獣。
その表情は伺えないが、肩をいからせて息を荒くしている様子から、酷く猛っているのは分かる。白い細長い6枚の翼を広げて、此方を威嚇していた。
『――ウゼエ、うぜえ、ウざッてェぞクソが!! 人間の分際で粋がりヤがって――』
「喋った!?」
『――喋れねェとでも思っテタのかヨ、虫けらガァ……!!――』
「しかも会話した!?」
驚いた。どうやらこのゲームの高性能AIはNPCのみならず、モンスターにも搭載されているようだ。
そしてそれは、今までのようなパターン化されたアルゴリズムで行動するのではなく、プレイヤーと同じように相手の出方に臨機応変に行動してくるかもしれないという可能性を指していた。
「とにかーくっ、きほんはいままでとかわらんのら!」
「前衛が止めて……」
「後衛が撃~つ!! ものども、行くのらぁぁぁ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
少女たちの雄叫びと共に、第4ラウンド――最後の戦いが始まった。
主人公だけ魔術で物理化学の実験してるみたいだなぁ。
普通のゲームでよくあるエクスプロージョンやイオなどの魔法は、魔力を爆薬に変換させて燃焼、爆発に至る……という起爆要素すら既存の物質ではなく純粋な魔力で代替させている物凄い高度な魔法であると考えています。自然現象には有り得ない化学反応なので、単純に単一属性でどうのこうの、ということは本来なら出来ないと考えます。※自然といっても海中火山の噴火などでの水蒸気爆発は除く。
それが出来てしまうともはや魔術ではなく、まさに魔法ですね。法則を作り出すのではなく、書き換え新たに創り出してしまうものなのでしょう。




