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第十一話 なりゆきレイド戦

 中華系ダンジョン【大王古城跡ダーワンクーチョンジー】の最奥に居るボスとの戦いに、成り行きで参加することになった俺、メーゼ、シーファの三人。

 しかし、本来ならば【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】のギルドメンバーだけで臨むはずだったこのボス戦。当然、部外者である俺たちの参戦には条件を付けられた。


「ひとつ、レイドPTに入ること」

「まあ、当然だね」

「じゃないとすぐに保健室送りだろうし」

「まあまあ」

「ですわですわ」


大規模戦闘(レイド)』を行う場合、そのほとんどは『レイドPT(パーティー)』に入ることを推奨されている。

『レイドPT』とは、普通の6人PTを10組合わせて最大60人で戦う軍団PTのことだ。経験値やドロップアイテムの分配効率などのこともあり、普通のダンジョン攻略では滅多に使われることの無いシステムだが、ことレイド戦においては重大な意味を持つ。


 状況に依って変わることもあるが、基本的にレイドボスの憎悪値(ヘイト)はより小さい単位に傾く傾向にある。即ち、レイドPTよりも6人PT、6人PTよりもプレイヤー個人を狙ってくる確率が高い。レイドPTに所属する者からの攻撃よりも、レイドPTに所属していない者からの攻撃の方が憎悪値(ヘイト)の上昇値が抜群に高いからだ。つまり、レイドPTに入らなければ、すぐにボスに狙い撃ちにされてしまうということ。それは俺たちのような低レベルの者にとっては確実な死を意味する。

 レイドPTに入れというのは、弱者である俺たちに対しての温情措置といったところか。随分と肩入れしてくれるな。二大ギルドと呼ばれていることから、もう少し選民意識が高いかとも思ったが全然気安い印象だ。


 それとも、リグルカや七火(なのか)が口添えをしてくれたとか?

 詳しくは分からないが今は素直に厚意に甘えよう。


「ふたつ、前線に出ないこと」

「後方支援部隊に入って貰うよー」

「あ、私たちのところね」

「レベルや装備的に前衛は無理だと思うけど、一応言っておかないとね」

「当然、攻撃のタイミングは前衛部隊や後方火力部隊に比べて少ないし、申し訳ないけど分配経験値はほとんど無いと考えて貰っていいです」

「その代りとして、やられる危険は一番低くなるッス」

「私も他の人よりもレベルが低いので支援部隊ですのよ」

「まあまあ」

「ですのですの」


 これも納得の出来る条件だ。

 俺たちのレベルと装備、使用魔術では前衛は無理。そもそも三人ともが後衛仕様だし。

 しかもこんな急にということで、適正な部隊に別々に組み込むため編成し直す……なんて出来るはずもなし。戦闘に一番遠い部隊に纏めて組み込むというのが一番手間がかからないのはし、その措置が当たり前だ。


 攻撃する機会は少ないが危険度も少ない。ローリスク・ローリターンな配置は碌に知りもしない他人を入れる場所としては適切だと思う。少なくとも俺が相手でもそうする。

 だが、あまり戦線から離れすぎると戦うことすら邪魔になる可能性がある。それでは彼女たちを手伝うという目的は果たせない。彼女たちの邪魔にならずに、且つちゃんとに手伝うというのは難しくなってきたな。

 まあ、低レベルの俺が高レベルの彼女たちを手伝う、という時点でおこがましいのかもしれないけど。


「最後の条件は、報酬は少ないけど我慢してもらうこと――です」

「ドロップアイテムはやっぱりダメだったよ~」

「まあ、私たちも貰えるか分からないですけどね」

「この人数ですから……間違いなく足りないと思われます」

「そんなわけで、報奨金の交渉をしてきたッス。少ないけど、頑張ってくれればその分上乗せできるんで勘弁してほしいッス」


 これも当然だろう。むしろ帰りも同行させて貰えるんだったら俺としては無報酬でもいいのだけど、それではリグルカたちも決まりが悪いのだろう。こちらとしては貰えることが望外なので文句は無かった。

 ちなみに、PTを組んでいる場合はドロップアイテムの設定が出来るようになっている。ランダムでPTメンバーの誰かが手に入れるか、もしくは共有インベントリに入れておいて後で相談して分配することも出来る。俺たち三人は個人設定でドロップアイテムの取得をOFFにしたのだ。これは本人かPTリーダー、副リーダーだけが設定と確認が出来るようだ。


「――という感じで、OKスか?」

「俺は全く問題ないよ」

「わたしも」

「あたしもだよお」


 俺たちの答えに、満足そうにうんうんと頷くリグルカたち。


「そろそろ休憩も終わりッスね……御三方は後方支援部隊隊長のエーリカさんに従ってくださいッス」

「宜しくお願い致しますわ」


 ブロンドの縦ロールに青色のドレス。

 貴族の令嬢、という雰囲気の少女が会釈をしてきた。


「ちなみに本名はたなk――」「話は伺いましたわ!! 軽く編成も行うのでわたくしについてきて下さいませっ」


 ということでリグルカたちとは一旦別れ、ふんすかしているエーリカさんについて後方支援部隊のメンバーが集まッている場所に俺たちは向かった。




   ◆○★△




「それにしても意外だったよ」

「……何のことかしら」

「キミが部外者に肩入れするなんてね」

「たしかに。ちょっと不気味なのら」

「うふふ。男の子に慣れてないあなたのことだから真っ先に拒絶すると思っていたのだけれど、逆にあなたの方から許可するなんて。私も驚いちゃったわ」

「…………フフフフフ、別に。ただ少し私の【先視瞳オイユ・ヴワレヴニール】に“あの者”の姿が見えたから気になっただけよ。――あと男に慣れてないのはあなたたちも同じでしょう」

「あー、なるほど『勘』かー」

「無視か。あと【先視瞳オイユ・ヴワレヴニール】よ」

「そんなんどっちでもいいのら! ――それより、“あの者”というのはだれのことを言ってるのら?」

「確か、女の子2人に男の子1人のPTだったわよね」

「そうだよ」

「おまえの勘はあまり外れないのら。なにか根拠があるのらろ?」

「…………フッ、フフフフフ。内緒」

「なっ!? 盟主(リーダー)に話さないとはなにごとらーっ!!」

「まあまあリーダー落ち着いて、ね?」

「この子がもったいぶるのはいつものことでしょ。それに、こういう時ってだいたいあまり深く考えてないよ」

「失礼ねあなた。私の思考はいつだって深淵なる奈落の如き――」

「はいはいそうだねー」

「この子は……っ」

「うふふっ。ほら、そろそろ休憩も終わりよ」

「む、そうなのら。てきはレイドボス……おまえら、気をひきしめていくのら!!」

「はーい。へへっ、わくわくしてきたね」

「うふふ。あまり無理しちゃダメよ?」

「この打ち震えるほどの昂ぶり、古城の主へと存分にぶつけてやりましょう……」




   ◆○★△




「進軍、なのら――――っ!!!」


 舌足らずな声が響くと同時。

【王座の間】へと続く巨大な扉がギゴゴゴ……と開いていく。

 通路と同じく中は薄暗かったが、壁や天井に吊るされた幾つもの灯籠によって照らされ、視界は十分に確保できていた。


 ――壮大。


 一目でまずはその言葉が頭に浮かんだ。

 方形のシンメトリーに揃えられた巨大な部屋……否、部屋と呼ぶにはあまりにも巨大過ぎる空間。

 ドーム状の天井には臨場感のある龍と鳳凰の彫り物。

 床は雷文模様の入った10メートル四方の石畳が一面に敷き詰められている。

 扉から真っ直ぐ伸びる細やかな刺繍の施された真紅の絨毯。それは正面のピラミッドのような、一段が5メートルほどもある五段式の雛壇に続いていた。

 そして段の最上には、背もたれが異様に高い王座。


 ――廃れた古城の主【四凶(スーオン)渾沌大王(フンドゥン・ダーワン)】。


 奴はそこに、鎮座していた。


「デカい……」


 身長は優に30メートルを超えているように見える。この全てが巨大な城はこの王を基準としていたのだとしたら納得できる。

 体型はやや太めで腹が出ている。黒と紫を基調とした装飾過多な長衣に腰帯を巻いており、頭には冕冠(ベンカン)と呼ばれる冠を被っている。冠に乗った長方形の板から垂れる無数の珠玉を連ねた糸状の飾りが陰を作り、この薄暗い中では顔は見えない。

 王座に深く腰を下ろし、両手を膝に乗せた状態で静止していた。


「はーい、みんな整列ー!」


 先頭に居る誰かが叫ぶ。

 その声で【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の面々は部隊ごとに順に並び、縦長の隊列を作った。当然、俺たちは最後方に位置している。


「…………っ」


 もう誰も私語を話さなかった。その静けさは、この後に起こる戦闘の凄惨さを言外に物語っているようで、小心な俺の心臓は早鐘を鳴らす。

 前方、此処から見える彼女たちの背中は……凄く、真剣な雰囲気が伺えた。それは先ほどの休憩時のほんわかとした雰囲気とはまた別物。彼女たちがどれだけこの戦いに真摯に取り組んでいるのかが分かる。

 分かるからこそ、その戦いに気軽に参加しよう思ってしまった自分たちの浅はかさを思い知らされた気分だ。

 熱が違う、とでも言おうか。俺たちと彼女たちの温度差に気後れしてしまう。


「落ち着きなさいよ」


 ポン、と。

 メーゼが軽く肩を叩いてきた。

 そして小声で諌めてくる。


「なんであんたが緊張してるのよ」

「う……そ、それは」

「わたしたちは活躍なんてする必要はないのよ? 主役はあくまでもあの子たち。わたしたちはただの脇役。邪魔にならないくらいに手伝えばそれで良いじゃない」

「あ……そ、そうだよな」


 俺は勘違いしていたのかもしれない。『活躍する必要はない』というのは胸に刺さった。

 そうだ。メインは彼女たち【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】なのだ。むしろ彼女たちの見せ場を奪わないよう、目立たず、サポートに徹するべきだった。


「まあ、レベルの低いわたしたちは逆に邪魔にならないことだけ考えるべきね」

「わかった。……高レベルの戦闘で役に立てるとも思えないしな」

「クスッ、そうね」


 言葉は厳しいが口調には語り掛けるような優しさを感じた。

 緊張も幾分か和らぎ、心も軽くなった気がした。


「ふっふー。メーゼやっさしーねぇ」

「もう、茶化さないでっ」


 思わず口端が緩んだ。

 支援に専念する、ということならば少しは気が楽になる。

 彼女たちの力になるために、俺も出来る範囲で頑張ろう。


「みんな行くよー! まずは取り巻きから倒していくよ!!」

『はーい!!』


 七火の号令に部隊が動きを見せた。

 広大な空間だ。ボスまで直線距離だけでも200メートルくらいある。

 最先頭の重装備の部隊がボス目指して直進。その左右を七火率いる攻撃職部隊が二つに分かれて回り込んだ。

 七火たちの最初の目標はボスではなく、雛壇の最下段で【渾沌大王】に向けて跪いている取り巻きたちだった。


『…………!』


 彼女たちの接近に、膝を着いていた者たちが立ち上がる。

 大王のような小山のような巨体ではないが、普通の人間として見れば十分に大柄で筋骨隆々の体格に鎧を纏った武将、といった風貌の敵たちが各々無言で武器を構えた。

 直剣、双剣、槍、矛、戟、槌、斧、トンファーなど。中にはいつの間にか馬に乗っている敵も居る。

 目測で、約100体。此方のほぼ倍の数だ。

 対して此方は壁部隊は18名、攻撃職部隊は12名、火力部隊12名、そして俺たちを含めた後方支援部隊16名。合わせて58名のレイドPTである。


「――【月光よ此処に集え】【ルーン:(イーサ)】!」

「――【我が祈りを顕現せよ】【オガム:(ゲータル)】!」


 壁部隊の少女たちが敵の憎悪値(ヘイト)を増幅させる魔術を発動させる。

 ボスの取り巻きたちとの交戦が始まった。

 まずは壁役――近接戦闘部隊が敵団の憎悪値を上げなければならない。最初の段階で火力の高い後衛も攻撃を始めたら、敵の憎悪値がどんどん後衛に高まってしまう。後衛が敵のターゲットになってからだと乱戦になり、戦場をコントロールすることが難しくなる。それを防ぐために、ある程度は最初のうちに前衛へ敵の憎悪値を溜めなくてはならないのだ。


『…………』


 戦闘が始まっても依然ボスは沈黙したままだ。その様は不気味ですらある。


「はあああああああああああああああああ!!」


 後方から見て、まず目立っていたのは七火だった。

 敵陣へと駆ける短い赤髪、風に靡く長い白ハチマキが彼女の居る場所を教えてくれる。

 烈火の如く単身で突撃して初撃粉砕。敵集団に穴を穿つ。

 武器を持たない彼女の攻撃手段は、以前見た時と同じく己の肉体のみ。

 拳打一発。蹴撃一掃。

 敵の武器に当たれば武器が砕け、四肢に当たれば四肢が吹き飛び、敵の胴体に当たればほぼ一撃で倒す。

 周りの子たちと比べても桁違いの威力だ。ただ、気になるのが、止めを刺すのはいつも右拳だということだろうか。しかし左拳も十分に威力の高い一撃に見える。

 いやそれよりも、あれだけの高威力を出しているにも関わらず、魔術の詠唱をしている様子が無いということが謎だ。まあ、遠目だから呟くように言っていたら分からないけど。

 七火の無双は続く。【王座の間】を分断するように敷かれた真紅の絨毯から右半分の敵は、既に見て分かるくらいにその数を減らしていく。


 一方、反対の左側の戦況は膠着していた。

 敵の攻撃は壁部隊のメンバーで抑えられている。しかし、此方の攻撃職部隊の攻撃も敵にあまり効いていない。

 どうやら、右側の敵は攻撃力特化で、左側の敵は防御力特化のようだ。 

 今もまた槍での攻撃が強固な盾に防がれた。完全に攻めあぐねている。


 そして右側でも、体力ゲージが減ってきた者が続出し始めた。いくら七火の撃破率が高くとも、時間が経てば味方がダメージを受けることが多くなる。敵の殲滅速度は速いが、相手の攻撃力が高いため、味方の体力ゲージの減りは右側の方が早い。


「――止まるのら! 呪文詠唱……はじめぇッ!!」

「――全隊止まれ! 各自、回復呪文詠唱開始ッ!!」


 同時、火力部隊を率いるなのらと、支援部隊を率いるエーリカの号令が被った。

 前衛部隊と一定の距離を保って前進していた後衛部隊は一斉に足を止める。

 即座、火力部隊は左側の敵に向けて攻撃魔術を、支援部隊は右側の味方に向けて回復魔術を放った。俺とシーファはポーションを使った魔術で、メーゼは天使との契約魔術で味方の子を回復させる。流石に誰が誰の回復を担当――とまでは打ち合わせしている暇はなかったので回復対象が被ることもあるが仕方ない。(かず)撃って対処する他ない。


盟主(リーダー)が撃つよ――ッ!!」

「射線に居る子は早くどいてぇぇぇぇ!!」

「キャ~~!!」「わ~~~!!」

「――――敵を撃て】ッ、なのらぁぁぁぁぁぁ!!!」


 轟炎を纏った新幹線が戦場を駆け抜けた――――ように錯覚した。

 それほどまでに巨大。それほどまでに迅速。それほどまでに、理不尽な威力。

 轟音を撒き散らし、未だ姿を見ることが叶っていないなのらの居るらしき場所から大火の円柱が真横に伸びた。発射速度もさることながら、言うなれば炎の極太レーザービームだ。


 左側の敵団に直撃……どころではない。敵を巻き込みながら縦断し、雛壇の壁のような段にぶつかりようやく消えた。

 わーわーと蜘蛛の子を散らすように射線から退避したギルドの子たちが体勢を整える。


 ――なるほど。まさしく砲撃だ。


 炎の円柱が通った跡には、黒く焦げ付いた床が太く線を引いていた。

 射線に居た敵の何匹かは跡形もなく消し飛んでいる。

 物凄い威力だ。この高難度ダンジョンの、しかもレイドボスの取り巻きということならば相応に強いモンスターのはずだ。それなのに、ほぼ一撃で倒している。

 七火の拳も相当なものだが、流石ギルドマスター。どちらも桁違いな力だ。

 くそ、失敗したな。呪文を聞きそびれた。一体どういう要素を使えばあれほどの威力が出せるのか。

 見た目だけなら同じような魔術は出来るとは思う。しかし、威力までとなると「――なのらぁぁぁぁぁ!!!」話は別だ。炎をただ円柱状にして飛ばしている……だけじゃ説明がつかない。熱量、密度、速度。あの高威力を出すにはかなりの要素を呪文に付け足してやる必要がある。

 リグルカたちはたしか幹部連中はレベル40を超えたと言っていたか。このダンジョンの適正レベル帯は30~40ほど。つまり、敵の一体一体は幹部連中とほぼ同レベルということになる。

 だがいくら高レベルとて「――なのらぁぁぁぁぁ!!!」流石に同レベル帯の相手を一撃で倒せるほどの高威力な魔術なんて消費魔力(コスト)が大きすぎる。俺が手持ちの付加情報(タグ)で全く同じ魔術をやろうと思ったら必要消費魔力だけで2000は軽く超えるだろう。奥の手として使えるかもしれないが、それでは効率的とは全く言えない。


 ――逆に考えれば、それが出来る何らかのタグを所有している、と考えることが出来る。


 そのタグがどういうものかも、もしくは幾つかの組み合わせなのかも分からないが「――なのらぁぁぁぁぁ!!!」数十秒ごとに発射させられるぐらいの魔力消費効率を成り立たせているほどの『何か』があるというのは確実だろう。まあ、大量のマナポーションを使っている、ということも考えられるけど。


 二大ギルドと呼ばれる【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の盟主というのは流石に伊達ではなかった。

 だが。


「てぇぇりゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 それよりも納得できないのは、やはり七火のあの拳だ。あれは……本当に魔術なのか?

 彼女の格闘の技量が高いのは見て取れる。まるであの【戦神のルーンガーディアン】を見ているかのように淀みなく、且つキレのある動きを敵に対して見せている。敵陣の渦中でありながら一歩として引かず、一撃一撃に必倒必殺の威力を籠めた拳打や蹴撃で敵を蹴散らす。


 ――その姿、まさに無双。


 以前、ウィントが七火の手にルーン文字らしきものを見たと言っていたが、それにしては威力が高過ぎる。確かにルーン文字で単語を刻むことで、体内魔力を削ってその単語の意味の恩恵を得ることは出来る。だが、あれほどの力を得るとなるとすれば、どれほどの量の体内魔力を削っているのか……。呪文の詠唱も必要とせず、特殊な道具も必要としないとなれば、恐らくなのらの強力無比な砲撃魔術の消費魔力よりも更に多い量の体内魔力を削っていると考えられる。


 否。もしかすれば、それこそ40レベルを超える七火の総体内魔力量のほとんどをそれにつぎ込んでいるのかもしれない。だからこそ彼女は他に魔術を使おうとしない……もしくは『使えない』のか。それならば、頑なに彼女が肉弾戦のみを行うというのも納得が出来る。


 ――いやいや、決めつけるのは危ない。


 七火も大会には参加すると言っていた。だとしたら、何かしら隠し玉を持っているということも考えられるか。そこは気を付けた方が良い。

 しかし、体内魔力残量が少ないというのも確かだと思う。もし大会で彼女と戦うとしたら、付け入る隙はそこか。


 まあ、それよりも彼女の身軽さを併せ持った格闘技量、そして強烈な近接攻撃を何とかしなきゃだけど……。


「ボスが動くよ――!!」

「……!?」


 その時。

 前衛部隊から聞こえてきた声に、俺は仲間を回復させていた手を止めて雛壇の上を見上げた。




   ◆○★△




 ズゥゥン……。


 足元が揺れた。

 ただ、ボスが王座から立ち上がっただけ。

 それだけなのに、およそまだ120メートルは離れているだろう俺の足元が、確かに揺れた。

 まるで小山のように大きい四角錘型の雛壇は5段。その頂上の王座から立ち上がったボスの頭は雲にまでかかるのではないかと思えるほどに高い。

 威風堂々。その姿はまるで万世不易であるとでも言いたげに見える。


 ――【四凶(スーオン)渾沌大王(フンドゥン・ダーワン)】。


 名前は事前の下調べで判明していたという。

 日本では、中国の妖怪として有名な『四凶(しきょう)』の一匹、『渾沌(こんとん)』。

 名前通り混沌(カオス)を司る化け物と言われているらしいが、渾沌という名は古代中国の有名な書物『荘子』にも帝の名としても載っている。二つの繋がりは定かではないが。

 そして、その名を持つこのダンジョンの大王(ボス)

 恐らく前述のどちらか、もしくは双方の性質を持っているだろうと【魔法少女連盟(まじょっこユニオン)】の彼女たちは予想していたが、未だその力の全容は不明。

 その全てが謎の大王が、今動き出そうとしていた。


「来るなら――来い!!」

「やっつけてやるのらっ!!」


 ハチマキ少女の強烈な右拳が。

 舌足らずな声の方から放たれる土砂の噴射が。

 左右の陣で残っていた最後の敵兵を消し飛ばした。

 直後。


 キィィィィィ――――ンッッッ!!!


 顔を歪めるほどの耳鳴りが鳴り響く。

 そしてズンッ、と一瞬床が凹んだような錯覚をした瞬間、辺りが影に覆われた。


「落ちて来る!!」

「下に居る子は避けてぇぇぇ!!」


 巨体の大王が雛壇の頂きより跳躍したのだ。

 七火たちの居る戦場のド真ん中に、大瀑布が如く着地する。


「キャ~!!」

「来た~!!」

「まあまあ」

「ですわですわっ」

「撃てぇぇ!!」

「はああああ!!」


 混乱は一瞬。騒いではいるが、流石に精鋭揃いと豪語していただけはある。

 即座に態勢を整え、迎撃に打って出た。火炎や水流、岩弾と豪風が乱れ交い飛ぶ。


「ごくっごくっ……ぷは。ようやくおでましだね」


 あの一瞬のうちに距離を取ってポーションを飲んでいた七火が再び距離を詰めようと拳を握り絞めた。

 立ち上がった大王が動く。レイド戦、第2ラウンドが始まった。


『……え?』


 ボスのその外見から誰もが予想していたのは、身長30メートルはあるかという巨体から繰り出される肉弾攻撃だ。

 しかし、()の大王は幾重にも魔術の波状攻撃を受けても微動だにせず、直立したままただ右手を水平に伸ばした。


 攻撃を続行したまま疑問符を浮かべる一同。

 一応、攻撃は通っている。精鋭数十人からの攻撃魔術を受けても未だ数ドットしか削れてはいないが、それでもダメージを与えられている。


 ――だけど反撃してこない?


 そう思った直後。

 筒袖に包まれた大王の右手が闇色に光ったと同時、床の石畳も同じ色に光り出した。


「何!?」

「特殊能力!?」

「床が……!」

「みんな気を付けてっ!」


 全員の意識が床に向けられる。

 その隙を、ボスに突かれた。


「キャ――!?」


 いつの間にかその腕を大きく振りかぶっていた大王が、風を唸らせて左拳を突き下ろす。




『――奈落に落ちるか、光と散るか――』




 まるで高速で迫ってくる10tトラックが如き巨大な拳が、上空から降り注いできた。


「あっ……」


 大王の拳の射線には複数の仲間が。

 しかし、床に気を取られて避けるタイミングを逃した。

 あれは避けられない。


「チッ」

「――まかせてッ!」


 ひょい、と。

 大王の拳前に飛び出してくる人影。

 長い白ハチマキを棚引かせて登場した少女、七火だ。

 拳に向かって跳ぶ彼女も大きく右腕を振りかぶり、相手に合わせるようにして――――


『フンッ……!!』

「はあああああああああ!!!」


 バッ、ギィ――――ンッッッッッ!!!!!


 拳と拳との激突。

 それは文字通り鼠と象ほども大きさに差があるのにも関わらず、互いに一歩も引かない盛大な衝突音を撒き散らした。

 その余韻すらビリビリと亀裂を思わせるほどに大気を震わせる。


 ――互角、だと……?


 大王の一撃を跳ね返した七火が着地した。


「す、すごい……」


 メーゼが呟く。

 凄いなんてものじゃない。本当にどういう力なんだいったい。

 感心していたのは俺たちだけじゃなかった。ギルドメンバーの全員が、七火の存在に強く安堵感を覚えたのだ。




『――(おん)返し、無貌(むぼう)はあはれと…………《七竅鑿(しちきょううが)ち》――』




 しかし次の瞬間。


「!?」


 先ほどまで闇色に光っていた床の石畳が、前触れもなく崩れ落ちた。

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