表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/41

第二話 入学&初授業

「学園の上部、東が講義棟で、西が実技棟。下部には商業区とか特殊な施設がある。自由時間に回ってみるといいだろう」


 石造りの西洋の巨城のような学園の廊下を俺は歩いていた。

 俺の少し前を、とんがり帽子を頭に乗せた黒猫がトテトテと歩きながら学園について説明をしてくれている。学園長の使い魔……らしい。


 突然、学園の門の前に立っていたかと思ったら、すぐにこの黒猫――【ユーレ】が迎えに来た。

 言葉を話すどころか人間のように受け答えも出来る猫に驚きはしたものの、講義室へと案内するというので大人しく付いてきたのだ。


「今宵の入学生はキミを入れて5人だな。残りの4人は既に教室で待っている。共に切磋琢磨し、己を磨きたまえよ」


 俺の他にも入学者が居るのか。

 入学といっても、MLOを今日から始めた人。しかも知覚速度10倍設定のこのゲームなら、現実での1時間が10時間にもなる。

 現実基準で考えるのならばゲームを始める時間なんて人それぞれ。

 入学者説明会がそれぞれの個人の都合でするものだとしても、5人同時なんてかなり低い確率なのではないだろうか。

 現実世界では恐らく数十秒と差のない単位でMLOを始めたということなのだから。


 ……あと、どうでもいいが、なんでこの猫はこんなにも態度が尊大なのだろうか?


「――さて、着いたぞ。君が最後だ、早く入りなさい。あとのことは担任に任せる」


 そう言って、任務完了とばかりに黒猫はスタスタと去っていった。

 俺は転校生になった気分で、深呼吸してから教室のドアを開いた。


「おう、来たな」


 教室は大学の講義室のように黒板と教卓を最下段の中心とした半円を描く階段状の部屋だった。

 教卓にはデニムのパンツと【俺、最強】と白字でプリントされた半そで黒Tシャツを纏った長い黒髪の女性が立っていた。


「ま、好きなとこに座んな」


 男っぽい口調の黒髪の女性が俺を促す。

 見ると席にはまばらに4人の男女の姿があった。

 とりあえずドアに一番近い席に座る。


「じゃ、最後の一人も揃ったようだし…………さっそく入学説明を始めるぞ」


 教卓の女性がチョークを持って黒板に何かを書き始めた。


「アタシの名前は【ロア・ジュストー】。魔術理論基礎を担当している教師だ」


 ロア女史の自己紹介。しかし、これはMLO。ゲームの世界だ。

 教師と言っているが、もしかして彼女はNPCなのか? それにしては先ほどの黒猫同様、現実の人間となんら遜色のない話し方だが……。


「とりあえずステータスウインドウを見ないことには始まらねぇ。つーわけで、ブレザーの内ポケット見てみ? 中に学生証が入っているはずだ。それを開けば自分のステ窓が見れる」


 ステータスウインドウ。通称【ステ窓】。

 文字通り、自身の能力値を表示する窓のような宙に浮く画面だ。

 ロア女史に言われた通り、制服のブレザーの左胸辺りの内ポケットには、黒革製カバーの手帳――学生証が入っていた。


 二つ折りの学生証を開くと同時、半透明な水色のウインドウが目の前ににゅんと現れた。


/--------------------------------------/


学生名:カラムス

レベル:1

クラス:ノービス

体 力:100 / 100

魔 力:523 / 523


所持金:1000 (デーラ)



基礎能力

+++++++++++++++++++++++++++

精 神 力:10

魔素変換力:0.1魔力/毎秒

魔術抵抗力:56

魔 視 力:24

魔術 知識:0

魔具 知識:0

歴史 知識:0

神魔 知識:0

+++++++++++++++++++++++++++



装 備

+++++++++++++++++++++++++++

主武装:無し

副武装:無し

服 装:ノービス制服

上半身:無し

背 中:学生マント

右 腕:無し

左 腕:無し

下半身:無し

 足 :革靴

装飾1:無し

  2:無し

  3:無し

+++++++++++++++++++++++++++


【魔 術】【タ グ】【持 物】【魔術構築】

【クエスト】【学 友】

【各種設定】【ヘルプ】【ログアウト】


/--------------------------------------/


 これが俺の今の能力(パラメータ)らしい。

 入学したてだから仕方ないのだが、知識系の数値が残念過ぎる。

 一番下のタブで他の画面に推移出来るようだ。


「自分たちの今の力がどれくらいか、ある程度は理解できたか? 今の状態じゃ、まともに戦うことなんてとうてい無理だということは分かっただろ」


 ニヤニヤと教室を見渡しながらロア女史は言う。


「――とはいえ、魔術なんつーもんは実践が一番だ。チャチャッと講義なんて終わらせてさっさと冒険でも研究でもなんなり精進あるのみだ」


 そして始まった初授業。

 マギカズマゴリアの世界と魔素(マナ)との関係。

 界立スティカレーア魔術学園創立の経緯。

 それらの説明を本当に簡潔に、つらつらと面倒臭そうにロア女史は捲し立てた。


「まあ、簡単に言えばお前たちの目的はこれだ」


 黒板に書かれた魔術学園生の目的。


 ①講義を受けて魔術に対する理解を深める


 ②自分自身で魔術を構築――呪文を作る


 ③冒険に出て自らを鍛える


 ④功績を認められて行動範囲を広げる


 ⑤未知のダンジョンを調査して魔素の理を解明する


「なんといっても冒険をしなきゃ先へは進めない。そして、冒険をするのなら魔術は必要不可欠だ。このまま魔術理論基礎の講義へと移るぞー」


 そんなに早く終わらせたいのか、ロア女史はぺしぺしと教卓を叩きながら早口で纏める。


 ――早い。


 つか、完璧に教え子のことを考えていない授業ペースだ。

 我慢ならず俺は挙手して発言した。


「すみません。ちょっと待って下さい」

「お、おお?」

『……?』


 視線が俺に集中して少したじろぐ。

 が、それよりもだ。


「どうした、質問か?」

「はい。教科書もノートすらないので講義の内容を記録することも、気付いたことをメモすることも出来ません」


 勉強に力を入れている身としてはそこは譲れない。

 全てを暗記できるような記憶力などしてはいないので、何かしらの記録媒体は勉強には必須なんだ。

 俺の主張を聞いたロア女史はキョトンとしてから、次いで噴き出した。


「ぶふっ、くっくっく。あはははは! まさかチュートリアルでそんなことを言う奴が居るとは思わなかったぞ!」


 ロア女史の爆笑に釣られてか、周りからもくすくすという声が漏れた。

 何故だ。そこまで可笑しいことを言っただろうか?


「悪い悪い。ホントはこの講義が終わった後で渡すつもりだったが、そういうことなら先に渡しておくか」


 そう言ってロア女史が右手を振ると、自席の机の上に革製のショルダーバッグが現れた。

 俺だけじゃなくて、教室内の新入生全員に。


「入学祝いだ。中にノートが入ってる」


 バッグからノートを取り出してページをめくると、目の前に半透明のキーボードが現れた。どうやらこれで入力するみたいだ。


 ――よし、メモの準備はOK。


「じゃあ講義を再開するぞ?」


 俺を向いて言ってきたので、無言の頷きで返した。


「魔術、と一口に言っても、その種類は多岐に渡る」


 西洋魔術、東洋魔術、錬金術、死霊魔術、etcetc……。

 魔術体系はその土地その土地によって異なり、発動方法や機能、効力も様々だ。

 故にその組み合わせや発展は無限大だが、ごちゃごちゃし過ぎているとも言える。


「だから最初は魔術の基礎とも言える『西洋魔術』から始めるぞ」


 魔術とは、マギカズマゴリアの世界に普遍的に存在する魔素(マナ)を用い、様々な事象を引き起こすことである。

 人は肺呼吸、皮膚呼吸などによって魔素を身体に取り入れ、体内魔力に変換する。これらはステータス画面の『魔素変換力』が関わってくる。

 大気中や様々な物質に含まれる魔素や、体内魔力を練り、術者が望む事象へと変換させるのだが、その変換方法も多岐に及ぶ。


 様々に意味を籠めた特定の文言(キーワード )を発声することで、その意味通りに魔素を事象へと変換する『言語』を用いた方法。


 同じく意味を籠めた特定の文字や記号を何かに刻むことで、その意味の力を発揮する『文字記号』を用いた方法。


 他には音楽や衝撃音、声音そのものに意味を籠めて発することで事象を起こす『音』を用いる方法なんてものもある。


「西洋魔術は基本的に『言語』を用いる。まあ、簡単に言えば『呪文詠唱』のことだな。とりあえず、お前たちには【火属性初級】の付加情報(タグ)と、火の初級呪文をひとつ教えてやろう」


 付加情報(タグ)とは、様々な情報や属性などを一言で表したものだ。

 例えば、今回貰った【火属性初級】タグは、呪文作成で火に関する文言を使うことが出来るものだ。ただし、あくまでも初級なので大火力な魔術は出来ない。


「呪文はこれだ。【アイ・チャンティング・フィジクス】【掌前(しょうぜん)の虚空に生じし火の玉よ、(まなこ)に映る敵へ飛べ】」


 ロア女史の突き出された掌の前に、ボオッとバスケットボール大の火の玉が生まれた。次いで開いていた窓の外へと飛んでいき、しばらくして空中で消えた。

 おおお、と感嘆する俺ら生徒たち。

 実際に魔術を使っているところを見るのは初めてだ。

 初級呪文ということで全然凄くはないのだろうが、それでも何も無い場所から炎が生まれて飛び出していくリアルさに軽く感動を覚えた。


「今のが初歩の初歩。基礎中の基礎である火の玉の呪文だ。呪文の前に言ったのはアタシの【始動用キーワード】だな。【始動キー】を発声することで、そのあとに発声する言葉が呪文として認識されるってわけだ」


 始動キーはステ窓の『魔術構築』画面で設定出来る。

 10音以上が必須で、短い方が戦闘では有利なのだが、日常生活でポロっと発声してしまうという事態を起こさないためにも、やはり普段は言わない言葉が望ましい。


 ――ふむ。


 始動キーは『普段は言わない』、『出来るだけ短い』がポイント、と。

 なるほど。


「始動キーは個々人で考えてもらうとして、この呪文について解説するぞ」


 ロア女史が黒板に呪文を書く。


【掌前の虚空に生じし火の玉よ、眼に映る敵へ飛べ】


 なんというか、文字として見ると…………痛いな。

 これを発音している自分の姿を想像すると顔から火が出そうだ。

 こういうのも、ノリで出来るようにならなければいけないのだろうか……。


「基本的に呪文ってのは幾つかの要素の組み合わせによって成り立っている。即ち――」


 引き起こす【事象】【属性】。

 放つ【方角】。

 効果を及ぼす【射程】【範囲】【時間】【付与】。

 効果に影響する【威力強化】【代償】。


 と基本的なものはこんなところだが、他にも様々な要素が存在するらしい。

 それらも講義を受け続けたり、ダンジョンを攻略すれば手に入れることが出来るという。


「【掌前の虚空に生じし】は【事象】、【火の玉】は文字通り【属性】の要素だ。実はこの【事象】と【属性】の組み合わせってのが厄介でな」


 西洋魔術では、火水土風の4属性が基本とされている。

 呪文にて属性を用いる際、その属性要素が強い場所では必要消費魔力は少なく済むが、属性要素が弱い場所では消費魔力が余計にかかる。


 例を挙げてみると、地面のある場所で【土属性】魔術を用いた場合は、その場に在る土を媒体にするので消費魔力はそれほどでもない。

 しかし、例えば建物の中とか、水の中などで【土属性】魔術を使うと、その場所には土が無いので、魔力を直接土へと変換しなければいけないということもあり消費魔力も高くつく。

 故に、【場所の属性】と【使用呪文の属性】はよく考えてから詠唱しなければならない。


「【眼に映る敵へ】は【方角】と【範囲】の要素の組み合わせだ。単体を対象とした文言の代表格だな」


 ちなみに、【敵】を【敵団】などの複数形にすると範囲攻撃になるらしい。

 しかし、【範囲拡大】タグを持っていないと、呪文として組み込んでも発動に失敗してしまうという。


 ――まだまだ呪文を作り出すために使える要素が全然ない。


 まずは様々なタグを集めなければ、か。


「最後の【飛べ】は【射程】の要素になるな。効果時間内で定められた方角へ飛び出す。【時間延長】や【発射速度】などの要素も追加されていない状態ではそれほど長距離は飛ばないから気を付けるように」


 追加要素を付けていない【飛べ】や【駆けろ】だけの【射程】要素ならば、特に専用タグを持っていなくても組み込むことは可能。ただし、やはり専用タグを持っていないと呪文に組み込んでも失敗してしまう。

 専用タグを持っていなくても追加できる要素の境界線はきっちり調べておいた方がよさそうだ。


「魔術の行使――ひいては呪文の詠唱には、当然ながら『魔力』を消費する。基本的に強力な要素を使っていたり、要素の数が多い呪文ほど消費魔力も多くなる。各呪文には魔術行使に最低限必要な『必須消費魔力』と、魔術の効果を高められる上限の『最大消費魔力』が定められていて、ステ窓の魔術構築画面から消費魔力を設定できるぞ。当然魔力をより多く消費するほど威力も高くなるからな。自分の体内魔力量を考えて設定するように」


 体内魔力が低いうちはあまり消費魔力を高くし過ぎると、連続で使用できる回数が少なくなる。

 魔術師は魔力が無くなれば何も出来ない。だからこそ魔素変換が追いつかなくなるような事態にはしないようにすることが肝心だ。


「――とまあ、最初の講義はこんなところか」


 む。どうやら既に30分近く経過していたようだ。

 魔術の呪文というのは、なかなかに国語的要素を多く含むもののようだ。

 思っていたよりファンタジーではない、というかそこまで出鱈目な内容ではなかった。理路整然とした説明はむしろ、確かに授業を受けているみたいに感じた。

 7年以上ゲームというものに触れてこなかったので、進め方をどうすればいいのか迷うかとも思ったが、そのへんの疑問も先の説明で解決した。

 考えていたよりもこのMLOというゲームは俺向きなのかもしれない……などと思考しながらノートにロア女史の説明を纏めていると――。


「まあ、今言ったことの大半は、ステ窓のヘルプ画面を見れば分かることなんだがな」


 ――な、なに?


 ヘルプ画面に書いてある、だと……。

 ロア女史を見ると、こちらを向いてニヤニヤとしていた。


『別にノートとる必要はなかったんだがなぁ』とでも言いたそうな顔だった。


 少しむっとしたが、俺は別に後悔などしていない。

 むしろ、ノートを録っておいて良かったと思っている。

 気付いたことを書き留めることが出来たというのはやはり大きいのだ。

 ……けして負けず嫌いの言い訳などではない。


「では最後に、今後のことについて話そう。――お前たちはこれからスティカレーア魔術学園の生徒として活動していく。早速ダンジョンで魔法を試したいと思うかもしれんが、まずは一階の事務棟に行くがいいだろう」


 学園城一階の事務棟。

 この場所では以下のように様々なことが出来る。


 ・各種講義の受講申し込み

 講義を受ければタグを入手したり、様々な魔術体系を知ることが出来る。魔術構築に力を入れたい場合は必須だろう。


 ・クエストの受注、報告、依頼

 学園からの依頼を受けたり、逆に誰かに依頼することも出来る。学生は何かと物入りなので、クエストを達成してお金を稼ぐことも大事だ。


 ・掲示板の利用

 MLOは、プレイ中にWebサイトを見れるようにはなっていない。なので、情報共有の目的で各所に掲示板が置かれている。どれか一つの掲示板に書き込めば、自動的に他の掲示板にも書き込まれるようになっているため、何かニュースなどがあった場合にも使用されている。こまめな確認はしたほうがいいだろう。


 ・各種試験の申し込み

 様々な分野における試験を受けられる。合格すれば、点数に応じて各種ステータスがUPしたり、高位のタグや呪文を入手出来る。

 水島たちが言っていたのはこのことだろう。


 確かに手っ取り早くステータスが上げられそうだが、それほど難しいのだろうか?

 一度お試しで受けてみるのも手だな。……む、『試験は内容合否如何に関わらず、一週間に一度しか受けられない。』だと?

 なるほど、ぽんぽんと受けることは出来ないということか。


「…………ふむ」


 しかし、やらなければいけないこと――否、試してみたいことが多すぎるな。

 確かにこれは時間が掛かりそうだ。


 ――上手く出来ている。


 強い魔術を構築するには多くのタグが必要。つまりたくさんの講義を受ける必要がある。

 しかし、タグがあっても魔力が無ければ呪文は失敗してしまう。魔力は基本的にダンジョンで戦ってレベルを上げて増やすしかない。

 そしてダンジョンで戦うには、強く、また燃費の良い魔術が必要になってくる……と。


 ――どれか一つに専念するというのは、逆に非効率になるな。


 バランスよく、そして効率的に進めなければいけない。

 つまり計画性が重要になってくるというわけだ。


 面白い。


 伊達に優等生と呼ばれてきたわけではない。計画を立てるのは得意だと自負している。


「んじゃあ、最初の講義はここまでだ。各自、魔術の上達に励むように」


 ロア女史のその言葉を最後に、講義終了の鐘の音が響いた。

 チュートリアルは終わりということだろう。


 ――さあ、学習を始めようか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ