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第九話 ネリアの真価

遅くなりました。

 中華風城堡型ダンジョン【大王古城跡ダーワングーチォンジー】。

 その内城部――広大な古城の内部は1階、2階、そして地下1階から成っている。外から見た城の巨大さからしてみると階層が無さ過ぎるように思えるが、その分各階の天井がかなり高い。今俺たちが居る一階で床から天井までおそらく40メートルほどもあるのではないだろうか。まるで自分が小さくなったかと錯覚するほどの広く高い通路は、城内にあみだくじ状の迷路を構築している。

 縦には地下合わせて三階分だけだが、その敷地の広大さは東京ドーム10個分に匹敵するとかしないとか。


 それほどの大規模のダンジョンだからか、はたまた秘匿されているのかは不明だが、やはり攻略サイトなどには地図情報などは掲載されていなかった。あったのは信頼度の低い匿名のコメントばかり。

 だがそれによると、ボスが居るという『大王の間』にはまず2階に上がり、それから1階、地下1階へと下り、再び1階へと上がった場所にあるらしかった。逆に言えば、その道筋を辿らない限りボスに遭うことはないということだ。


 ウィントたち3人は地下1階の何処かにランダムで落とされたはずだ。単純に地下1階と言っても降りるための階段は至る所にある。しかし手掛かりが無い以上、虱潰しに探していくしかない。


 MLOのマップ機能では、『白紙の地図』を商業区で購入すると、歩くだけで、自分の半径5メートル範囲を簡易マップとして登録されるようになる。このマップ情報は他の学生に譲渡することも出来、主に商品として売買されることが多い。また、NPCにも売ることが出来るので、その場合には各NPC店にて地図として売りに出されて誰でも買うことが出来るようになるという。マージンなどは無いが。

【大王古城跡】のマップ情報は何処にも売っていなかった。だから俺たちは一歩一歩自分たちの足でマップ情報を埋めていくしか方法が無い。ただ、一度マップに記録された場所ならば、PTを組んでいる学生同士はマップ上にマーカーが付く。マップをよく見ていれば一度通った場所を仲間が通過したことが分かるはずなのだ。


「……何してるの?」


 T字路の壁際で立ち止まり、ステ窓を開いていた俺にメーゼが怪訝そうにその大きな吊り気味の碧瞳を向けてくる。徘徊する敵PTをやり過ごすために待機していた俺たちだったが、少し考え事をしていて俺だけ時間を取り過ぎたようだ。

 俺たちに気付かずに通り過ぎていったキョンシーたちを慌てて確認しつつ、彼女に返答する。


「えっと……ネリアを出そうか考えてたんだ」

「えっ? ネリアちゃんを出すのお?」


 ぴょこんとピンク色の頭が目の前に飛び出す。

 瞳をランランに輝かせたシーファだ。普段はローテンションだが、ネリアの話になると性格がガラリと変わってハイテンションになってしまう、俺としては少し苦手な少女だ。


「今は出来るだけ敵に見つからないように進んでるけど、それでも戦闘を避けられない場面が出てくるかもしれないし……俺たちは防御面で劣るから壁役が居るならそれに越したことはない。ネリアのスペックならこのダンジョンのレベルでもしばらくは耐えられると思うし」

「わっふ~!」

「でも……秘密にしてるんでしょ?」


 両手を突き上げて喜びを露わにする桃髪の少女とは正反対に、金髪の少女は腕を組みながら少し気まずげに言ってくる。なんだかんだと言ってネリアを秘密にしていることを気にかけてくれているらしい。


「ありがとう。でも、大丈夫」


 メーゼの疑問は尤もだ。しかし、俺もちゃんと思考した上での結論だ。

 確かにネリアのことは出来るだけ秘密にしておきたいというのはある。シーファに簡単に聞いただけだが、ネット上に名前を晒せばすぐさま当人を特定されてしまい、最悪ストーカー行為すら受ける可能性もあるという。……正直、シーファたちの件はかなり危なかったのだ。


 だけど、今回は俺の不手際もある。ただ死に戻りすれば良い――という考えも出来るが、公式イベントの大会を控え、進級試験を明日に備えるウィントたちにとっては、たった5%の経験値でもデスペナで消えればかなり痛いだろう。レベルアップの為の必要経験値が非常に高く設定されているMLOならば尚更だ。


 と、以上が俺の感情面からの理由だ。


「ふーん、そ。まあわたしは関係ないから良いけど……」


 心配してくれたことへの感謝を告げた俺にそっぽを向きながら興味無さそうにそう返すメーゼだったが、若干頬が赤くなっているのが見えた。太田たちが言っていた素直じゃないというのはこういうことかと内心で苦笑してしまった。


 感情的な理由と、ネリアのことが他人に知られてしまうかもしれないというデメリット。それにプラスして損得勘定的な理由もあり、ネリアを出すことを決心した。

 俺はステ窓のインベントリ一覧から、ネリアをタップして物質化させる。


「――まっすたぁ!」


 ポン、という弾ける音と共に、瑞々しい土色の肌に真っ白なビキニを纏った少女が目の前に現れた。

 俺とガルガロで造り出したゴーレム――ネリアだ。


「きゃああん! ネリアちゃんだあ!!」

「う~~! やっ」


 普段のおっとりさはどこへやら。両手をわきわきさせながら戦闘時にも見せたことのない俊敏さでネリアへと接近するシーファ。しかし学習したネリアは威嚇の唸りを上げながら俺の背中へとすぐさま隠れた。


「ふひひ……ゴレ(むす)、萌えりゅ」

「う~っ」


 俺を間に挟む状態で睨み合い(?)を続ける2人。

 しかし、メーゼの介入でそれは早くも崩れ去った。


「このおバカっ」

「あうっ」

「怖がらせてどうするの。この子にはこれから前衛を頑張ってもらわなきゃいけないんだからねっ」

「ご~め~ん~な~さ~いぃぃ」


 メーゼに頭を鷲掴みにされてぐらぐらと揺さぶられるシーファ。

 なんとなく、二人の関係がよく分かる光景だ。


「お~?」


 左右に振れる彼女の頭の動きが面白いのか、ネリアが不思議そうに真似を始めた。




   ◆○★△




 ネリアはゴーレムである。

 正確に言えば、土と泥で作り上げた人形に知能を付加された『意識あるアイテム』だ。

 動く土人形ということでゴーレムと認識しているが、MLOのシステム上ではアイテムという分類ゆえにレベルは存在していない。

 だからこそ、最初は可視能力値である【耐久値】を上げるために四苦八苦したのだが、いざ実戦投入してみると最弱レベルのMOBにすら苦戦する始末。


 ――どうしてだろうか?


 ネリアの耐久値は、ウィントたちのレベルクラスの鎧系防具のそれの2倍はある。体力値や防御力に相当するそれは恐らくかなりのレベルまで高まっているはず。だとしたらそこは問題ない。問題点は他にあるはずなのだ。

 ネリアの戦いを見て思ったのだが、終始動きがぎこちない感じがした。まだ戦いに慣れていないから……と思い戦闘を繰り返したのだが、何故か一向に改善の兆しが見えない。雑魚MOBとの戦闘は20回を超えている。既に慣れの問題とも言えなくなってきてしまった。


 ――では、何が原因であるのか?


「あうっ……うなっ……はみゅっ」


 2体のカンフーキョンシーに滅多打ちにされるネリア。

 やはり彼女の防御力はこのダンジョンのレベルでも十分に通用するらしく、一撃に対して10~20程しか耐久値は減っていない。ネリアの反応を見ても、少し小突かれている程度のリアクションしかしていない。


 ただ……一方的に叩かれている女の子を見ているのは、かなり気分が悪かった。


「やぁー!」


 ネリアは隙あらば反撃を試みている。

 けれどそのパンチやキックは、俺が手本を見せた時と同様、腰の引けてる情けないものだった。当然、カンフーを習得しているキョンシーらは軽々と回避してしまう。


「ゴメンね……! ようやく他のを倒し終わったわ! ――【ビジット・セント・ニコラウス】【杖前の虚空に生じし火の玉よ、眼に映る敵へ飛べ】!!」


 ウィントたち前衛が抜けて戦力の大幅ダウンした俺たちにとって幸いだったのは、ダンジョン内を巡回する敵にはキョンシータイプが多かったという点だ。前述した通り、キョンシーは額に貼られた札を燃やすか破るかすれば消滅――経験値やアイテムは手に入らないが――する。【錘打猫熊(ハンマーパンダ)】や【燃えよ龍(ファイタードラゴン)】などの他の高レベルモンスターはなるべく避けるように移動していたが、どうしても戦わなければならない状況になった場合はキョンシータイプを優先して相手にしていた。


 ネリアが数体を引き付けている間、俺とメーゼ、シーファで1体ずつ確実に倒していく。相手が1体であるならば俺の風縄と土手で確実に抑えられる。そうなれば回避力の高いキョンシーたちでも3人掛かりなら容易に札を何とかすることが出来た。この高難度ダンジョンで、たった4人でも何とか先に進むことが出来たのだ。


 ――しかし。


 それは唯一の前衛に多大な負荷がかかっていることと同義だった。

 キョンシーたちに嬲られ、痛めつけられているようにしか見えないネリアに我慢の限界だったろうメーゼが口早に呪文を唱える。飛び出した火球がキョンシーへと向かう……が、発動速度を優先して一番単純な魔術を放ってしまったがゆえに軽々と避けられてしまう。


「あっ!?」

「【我、魔の法を紡ぐ】……【正面の虚空に生じし六つの火球よ、眼前の敵団へ、上方に弓形の軌跡を描き、疾く飛び出せ】!」


 だが限界だったのは俺も同じだ。

 避けられたことに驚くメーゼの声に被せる様にして詠唱する。【発現事象数増加】タグにより一回の魔術で出せる事象数が増えた。下手な鉄砲も数打てば当たる。回避力の高い敵であろうが数で押せば命中率は上がる。その分、消費魔力も高くなるが。


 孤を描いて飛び出した6つの火球は、半分ずつ2体のカンフーキョンシーに向かって襲い掛かる。2つまで避けた奴らだったが、3つめでようやく直撃した。

 通常ならば威力強化の要素が含まれていない初級属性の魔術なんて格上レベルの相手にはあまり効果はないのだが、ことキョンシー系MOBに限り最弱威力の『火』でも当たりさえすれば効果は絶大だ。


『ギァァァ……!』『ボグェェ……!』


 キョンシーに衝突した火球の余波は額に貼られた札にまで燃え移り、すぐさま灰と化す。札が消えたキョンシーたちは苦しみの呻きを上げながら紫煙となった。


「大丈夫か、ネリア?」

「ぅ~……うんっ、だいじょうぶだよ!」


 ぐったりとした状態から、ふんっと気合を入れて返事をしてくれるネリア。その姿に健気さを見てしまい、正直少しうるっと来た。


「本当に大丈夫? 無理しないでね?」

「うん! ネリアはへーきだよ」


 メーゼはネリアを前衛に出してからというもの、何かとネリアを心配する様子を見せた。片や外国風のローブ付き制服を纏い金髪を編みこんだ少し吊り目の女子生徒、片や小麦色に見えなくもない土色の肌に真っ白なビキニを着た幼さの残るあどけない笑顔を見せる小柄な少女。似ても似つかない2人だが、何処となく妹の世話を焼く姉のようにも見えるから不思議だ。


「ハァ……ハァ……! ふひひ、健気に頑張るネリアちゃん……じゅるり、萌ゆるぅ」


 そしてシーファは少し遠巻きから小声で不気味な呟きを吐きながらニヤニヤと笑みを浮かべていた。さっきまでネリアに半径2メートル以内に入れて貰えなくなったとベソをかいていたというのに切り替わりが早いというかなんというか。


「でも、いくら丈夫だからってネリアちゃんは回復が出来ないし……」

「……ああ。それも分かってる」


 メーゼの言う通り、ネリアの耐久値は現状ガルガロの研究室でしか回復させることが出来ない。

 計7回目の戦闘を終えた現在、ネリアの耐久値は978/3370。

 残り1000を、既に切ってしまっている。もう無茶はさせられない。

 させられない……のだが。


 ――ネリアの戦い方が向上しない理由。


 ヒントは必ず今までの戦闘の中にあるはずだ。

【ミダース草原】での初戦闘から、この【大王古城跡】での数々の戦闘。

 どうしてあんなにも拙い攻撃ばかりなのか。

 どうして何の進歩も見られないのか。

 これらには必ず理由が存在するはずだ。

 ネリアに学習能力が無い、というわけではないと思う。最初にシーファとメーゼに遭った時は人見知りしていたネリアだったが、今ではメーゼに懐いているし、シーファを拒絶することに遠慮がなくなった。つまり、ネリアが彼女たちに慣れた――『学習』した、ということなのだろう。思考において最も複雑な人間関係すら学習能力を発揮するほどの高度のAIが、戦闘においては機能しないということはあり得るのか? 俺は否と考える。


 そうだ。そんなことはあり得ない。ということは、『何か』が原因で本来機能するべきはずのものが機能しなくなっていると考えた方が自然だ。

 しかし、だとしたら原因は何であるのか……。


「でも本当に不思議よね、ここまで成長が見られないなんて」

「う~ん、そうだねぇ。ずっと、ずぅ~~~っと見てたけどぉ、パンチやキックも毎回まったく同じなんだよねぇ……腰の引け具合が。ふふひッ、ネリアちゃん情けなかわいいよネリアちゃん」

「こわいから。今のあんたこわいからね?」


 シーファがメーゼに近付いたので、必然的にネリアは彼女たちから離れて俺の傍に来た。視線が合うと、にぱぁと幼げな顔が無邪気な笑みを見せてくる。


「ますたぁ」


 その懐いてきた猫のような頭を寄せてくるネリアを撫でながら、俺はシーファの言ったことに思考を巡らせていた。


 ――毎回……まったく同じ?


 どうしてか、その言葉が頭に強烈に印象付いて離れない。

 同じような感想は俺も思っていたというのに、何故ここまで気になるんだ?


「ぴこーんぴこーん! ホノちゃんセンサーに反応ありだよお!」


 きぃきぃ、とシーファの召喚した【炎飯綱(ホノイヅナ)】が警戒の鳴声を上げた。小さい体躯でぴょこぴょこと動き回り、前後から敵が接近していることを伝えてくれている。


「よーし! ネリア頑張るよっ、見ててねますたぁ!」


【炎飯綱】の警戒通知も既に八度目。それが敵が来る合図であると、ネリアはしっかりと分かっていた。ちゃんと学習しているのだ。

 だからこそ、戦闘を学習しないことはあり得ないのだと改めて思った。


「ダメね、挟まれてる……どちらかは戦わないといけないわ」

「前の方はぁ、キョンシーみたいだよお。戦うならこっちだねぇ」


 今は高い壁に囲まれた一本道を進んでる。前後から巡回する敵PTが迫ってきているという状況だ。他に逃げ道は無い。時間が経てば両方を同時に相手にしなければならなくなる。早いうちにどちらかを片付けて切り抜けることが最善だろう。


「……ネリアちゃんは大丈夫?」


 メーゼが気遣うような視線を向けてくる。たぶん、ネリアの耐久値のことを言っているのだろう。


「……あと二戦か、持って三戦……かな」

「そう……」

「そろそろ来るよぉ?」


 敵PTの巡回速度は人が歩く速度を同じくらいだ。時間的余裕は数分といった所だろう。

 ネリアを先頭に、俺たちは前方からやってくるキョンシーたちへと接触した。展開は先ほどまでとほとんど同じだ。ネリアが敵数体を引き付けてくれる間に俺たちで一体ずつ倒していく。

 だが今回、俺はネリアの動きによりよく注目していた。

 何度か彼女の戦いぶりを見て、確信する。


 ――やっぱりそうだ。


 シーファの言う通り、()()だった。

 その時その時で見る角度が違ったり、相手に掴まれたりした時の反応などは様々だったりと、そうと意識しなければ気付かなかったが、ネリアが『能動的に行う攻撃方法は姿勢から速度に至るまで、パンチもキックも何から何まで全く同じ』なのだ。同じにしようと意識しているというレベルではなく、もはや『トレース』だった。まるで他の選択肢は無いとでもいうようにパンチかキックしかしない。


「はう~」


 戦闘が終わる。と同時に、俺はある予想を以てネリアに質問してみた。


「ネリア」

「うん? なぁに、ますたぁ?」

「……どうして、いつも同じ攻撃しかしないんだ?」

「?」


 質問の言葉が悪かったか。

 ネリアはよく分からないといったふうに首を傾げる。


「えっとな、いつもネリアは同じパンチやキックしかしないだろう? だから他の攻撃はしないのかな、って」


 例えば膝蹴りとか肘打ちとか。カンフーキョンシーは多彩な肉弾攻撃をしてきていた。奴らの戦いを参考にすればバリエーションはもっと増えるはずなのだ。

 俺の問いに、ネリアはキョトンという顔した。

 そして、何を言っているの? とでもいうような様子で言った。


「ますたぁが、()()()()()()()()()()()()()()からだよ?」

「……!?」


 ともすれば、幼子の如き純粋な瞳で。

 もしくは、融通の効かない機械のようなガラス玉の如き人工物めいた瞳で。

 ネリアは『俺の指示である』と答えた。

 瞬間、走馬燈のようにこれまでの記憶が思い起こされて、繋がっていく。



『えーっとな……こうやって腕を引いてから思いきり拳を突き出して……こう! これがパンチだ』

『パンチ? こう? えいやー!』

 俺の不恰好なパンチの手本を()()()()()()()()したような攻撃を、ネリアは気の抜けた掛け声と共にレイジーアントへと放った。



 ネリアの戦いを見て思ったのだが、()()()()()()()()ない()感じがした。まだ戦いに慣れていないから……と思い戦闘を繰り返したのだが、何故か一向に改善の兆しが見えない。雑魚MOBとの戦闘は20回を超えている。既に慣れの問題とも言えなくなってきてしまった。



 それが敵が来る合図であると、ネリアはしっかりと分かっていた。ちゃんと学習しているのだ。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()ない()のだと改めて思った。



『……どうして、いつも同じ攻撃しかしないんだ?』

『ますたぁが、()()()()()()()()()()()()()()からだよ?』




  ――見えた、気がする。


 やはりネリアの戦闘技術が上達しなかったのには原因があったのだ。

 そしてそれは、一番最初の戦闘の時に出した俺の指示のせいだった。

 どれだけ表情豊かでも、ネリアは命ある人間じゃない。自分で考えることも行動することも出来るが、究極的には主の指示に忠実な人工知能(AI)なのだと改めて思い知らされた。

 彼女は学習していなかった訳じゃない。徹頭徹尾、俺の指示通りにしていただけだ。武術素人の俺が「こうしろ」と手本を見せた拙いパンチとキックを『完全に模倣して、その通りに戦闘で使っていた』だけだったのだ。


 アイテムであり、ゴーレムであり、人工知能(AI)であり、そして戦闘を知らないネリアには、俺が指示した攻撃方法以外での攻撃手段というものは、(はな)から選択肢としても彼女の中に存在していなかった。

 だからこそ、何度も学習の機会は在れど、ネリアの戦闘能力は向上しなかった。


 ――俺が、ネリアの成長を妨げていたから。


「…………っ」

「ますたぁ?」


 険しい表情をしたネリアが何度も何度も苦戦しているのを、俺は歯痒い気持ちでこれも戦闘経験を積むためと眺めていた。例え仮初めの命、仮初めの知能であろうと、可愛い女の子が傷付いていくのを見ているのは辛かった。しかし、それらは必要なことだからと自分に言い聞かせていたのだ。


 だが、俺がもっと細かく指示していれば、もしくはもっとネリアの成長と思考を促すような指示が出来ていれば、ネリアをあんなにまで痛めつけさせる必要はなかった。


 ――嗚呼(ああ)、くそ。


 どうしてこんなにむしゃくしゃするんだ。

 ゲームじゃないか。遊びじゃないか。作り物の世界、作り物の命じゃないか。

 それなのに、どうして俺はこんなにも悔しいと感じているんだ。


「ごめんな……」

「?」


 自然と謝罪が出た。

 直後、湧き上がる沸々とした感情。

 もうネリアに不自由な思いをさせたりはしない。

 俺は改めてネリアに指示を出した。


「――また来たよぉ~!!」


 再び接敵を報せるシーファ。

 今度は前方T字路の左右からだ。左はキョンシーのみ、右は混成PT。

 ウィントたちを探すために出来るだけマップの可視範囲を広げたいという目的から、なるべく一度通った道は進みたくない。後ろからも先ほどの奴が迫ってきている以上、どうせ戦うしかないのならば、前進あるのみだ。


「ネリア、いけるか?」

「うん!」


 気のせいか、さっきよりも元気良く聞こえるネリアの返事。

 もう既にさっきのネリアとは全く違っているはずだ。


 戦闘が、始まった。


「……はっ!」


 細マッチョなキョンシーの打突攻撃を、華奢な女の子の体のネリアが前腕を反すようにして受け流した。前回キョンシーがしたやつの模倣だ。


 見違える、とはこのことか。

 動きはおろか表情すら先ほどまでと別人に見える。


『――敵の動きを真似るんだ。攻撃、防御、回避も。ただ真似るだけじゃなくて、相手の動きに対して自分がやり易いように変えてみてくれ。ネリアの攻撃が当たるように、相手の攻撃が当たらないように。相手の動きを見て、それを考えながら、自分の動きを直しながら戦うんだ』


 ネリアは何度もカンフーキョンシーと戦っている。彼女の中にデータは十分に揃っているはずだ。

 しかして俺の予想は当たった。ネリアはキョンシーの扱う中国拳法を完璧に再現してみせた。


「え、どうして!? さっきまでと全然違う……」

「ふおおおお! ネリアちゃん勇ましかわいいよネリアちゃん!」


 突き、蹴り、掌底、肘、膝、肩当てなどの攻撃方法。

 受け流し、受け止め、払い、返しなどの防御方法。

 反らし身(スウェー)後退跳躍(バックステップ)左右跳躍(サイドステップ)などの回避方法。


 それらはキョンシーたちのそれと全く同じだ。

 しかし、複数の敵を相手に、押しているのは明らかにネリアだった。

 異様に腰を落とし、緩やかな動きと急激な動きが入り乱れ、無意味にも思える大仰な動きで敵を誘導し翻弄する。


 同じ動きであるのにネリアが優勢なのは、恐らくAIの差だ。相手の動きを見て考えて動けとは指示したが、相手の動きに対して自身の行動選択が凄く速い。

 キョンシーを動きを見て、これまでのキョンシーたちの動きから都度瞬時に対処法――最適解を出し、自分の動きに反映させる。ネリアの戦いぶりを見ると、達人に見えたキョンシーたちが如何に機械的に動いていたかが分かる。

 三対一の戦いにおいても、互角以上に戦えているのはそのためだ。ネリアの思考処理速度とスペックが、キョンシー3体に勝っているのだ。


「やああああ!!」


 俺たちが2体を倒す頃には、ネリアも自力で2体のキョンシーの体力をゼロにしていた。

 これが、ネリア本来の力なのだ。


「すっご~い! かっこよかったよぉ!」

「え? え? ちょっと、あんたネリアちゃんに何したの……?」


 困惑顔で俺に詰め寄って来るメーゼに、俺は一言。


「全部、俺が悪かった……ってことだな」

「は?」


 この場に留まっていれば他の巡回が来てしまう。皆を促して先へと進む。

 歩きながら、隣の少女の頭にポンと手を置いて言った。


「ネリア、ありがとな。これからも頼む」

「? ――うんっ! まかせて、ますたぁ!!」


 まるで無垢な向日葵のように大輪を咲かせた笑顔を、ネリアは見せてくれた。




   ◆○★△




 ネリアが十分に戦力として数えられるようになってからしばらく。

 ようやく地下一階へと続く道を発見した。全ての地下一階が繋がっているわけではないが、それでもウィントたちへと近付く大きな進歩だ。

 回復アイテムもそれほど減っていないので、まだまだ俺たちに余裕はあった。


 ――ネリアを除いて。


 ネリアの耐久値は200を切った。そろそろ危険域だ。

 耐久値がゼロになったらどうなるのか分からない。もしかしたら、ネリアの精神が消えてただの人形になってしまうかもしれない。

 もしもの話だが試すわけにもいかない。

 話し合った結果、俺たちはネリアを仕舞うことにした。


 これで前衛を任せられるのは、俺たちの中ではシーファの召喚獣のみ……なのだが、弱すぎて一戦持つかも危うい。召喚契約をしたモンスターは倒されると再召喚までに時間を要するらしい。

 かなり厳しい状況だが、だからと言って先に進まないという選択肢も無い。


「――行こう」


 俺たちは頷き合い、階段を降りた。幸い階段付近には敵は居ないようだ。

 下に続く薄暗い巨大な階段は、俺たちを飲み込む口喉のようにも感じられる。

 きっと奥に進めば進むほどに敵は強くなっていくだろう。

 しっかりとした前衛が居ないのに、大丈夫なのだろうか?

 階段を一段一段下がる度に、俺の不安も大きくなっていく。


 カツンと、地下一階に降り立った。

 そして直後。



「!?」



 俺の不安を吹き飛ばすが如く――――





致命的(フェイタル)な一撃…………喰らわしてやるのらああああああああ!!!』





 絶叫。


 そして眩い強烈な閃光が、視界を埋め尽くした。

あれ? シーファとメーゼ何処行った?

完全にネリア回となってしまっていますね……。


――どうなる次回!?

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