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第八話 そうだ、東の方に行こう

まだまだ予選にすら進む気配がないよ……。

第二章、かなり長くなりそうかもです。

 水島たちとの待ち合わせまでMLO内時間であと30分にまで迫った俺は、事務棟へと続く通路を1人で歩いていた。ネリアはガルガロの部屋で耐久値を回復させてからインベントリの中に入れている。


 あの後、しばらくネリアの戦闘訓練を続けてシーファやメーゼと意見を交わしたりしていると夕食の時間になった。俺は水島たちとの約束があったし、彼女たちにも用事があるというし、切りも良いので此処で解散することにした。

 一旦ログアウトして両親と夕食を取り、風呂、復習を済ませて再度ログイン。商業区を一回りしてから事務棟へと足を向けた。イベントの参加申請をするためだ。


「――はい。これにてカラムス様の【天下一魔闘会】出場を登録致しました。予選トーナメント開始当日にログインなされた直後に、本大会の詳細なルールをメッセージにてお送りさせて頂きます」


 受付嬢のNPCから簡単な説明を受けて登録を完了。これで一週間後の予選トーナメントに参加することが出来る。

 知覚速度10倍のゲームでの現実の一週間は長いように感じるが、レベル上げにタグ集め、装備強化や呪文作成など、やるべきことはたくさんあるし、当然対戦者たちも同じく自己の強化を進めてくるだろう。他の学生(プレイヤー)よりもスタートが遅れた俺としては、気を抜くことが一切出来ない一週間になると思っている。


 ――まあ、とりあえずは……。


「よっ。時間通りだな」


 歪路洞窟の岩壁に寄り掛かっていた、青い髪の軽装戦士風の青年が手を上げて声を掛けてくる。学校のクラスメイト、水島洋太のアバター【ウィント】だ。


「今日は【東邦街(とうほうがい)】に行くで御座るよー!」

「きゃるーん☆ 小袖とか買って和風フェルちゃんになっちゃおうかなー?」


 興奮する着流し姿のチョンマゲのおっさんは太田吉秋のアバター【切満邪露(キリマンジャロ)】。一見してブリっ子と分かる明るめの桃髪のガールスカウト姿の少女は飯倉正也(ネカマ)のアバター【フェリシアーナ】。

 いつもと同じ面子だが、しばらくソロでいたせいか少し懐かしく感じる。

 さっそく行くか――と考えて、ふと今日はメンバーが増えるのだと思い直した。


「残るは2人だな」


 ウィントが時刻を見ながら呟く。

 今日は、学校で紹介された観月理織と菜野原芽衣の2人が加わるのだ。

 MLOでは最大6人までPT(パーティー)を組める。ウィントは「これでフルメンバーだな!」と嬉しそうにしていた。


「お、来た来た」

「おっそ~い! ふたりとも~」

「ごめんねぇ、ちょっと新しい装備見てたら時間かかっちゃって」

「そうそう。少しくらい大目に見なさいよ」

「【東邦街】がそれがしを呼んでいるので御座る! はよ、はよー!」

「ジャロ、興奮しすぎ……」


 洞窟の入り口から、二人の少女が歩いてきた。

 ウィントたちの反応や事前の話から、この2人が観月と菜野原の仮想体(アバター)だということは分かった。

 分かったのだが、しかし。




「…………ぇ……?」




 彼女らの姿を見た瞬間、一瞬俺の思考が停止した。


「んじゃま、あらためて紹介するか。カラムス、この2人が――――」

「え?」

「カラ、ムス……?」

「――あん? どうしたんだ2人とも」


 ウィントの促しで自己紹介の流れになった2人は、俺の姿を見て、同じように言葉を失った。

 片方は、フィリシアーナよる濃いめの桃色をしているウェーブのかかったセミロングで、ふにゃっとした柔らかい印象の少女。

 もう片方は、スレンダーな体型に三つ編みのシニオンにした金髪の、ピシッとした姿勢と吊り目が相まって凛とした印象の少女。


「…………シーファ? メーゼ……?」

「うそお……カラムスさんて、もしかして真鍋くんだったのお?」

「……」


 気まずい雰囲気の中で見つめ合う俺たち。

 シーファは菜野原で、メーゼは観月だった。

 俺たちは互いに気付かないまま、既に知り合っていたのだ。


 ――いや、問題はそこじゃない。


 俺は、彼女たちに『弱み(ネリア)』を知られてしまっている。

 黙っているとは約束したが、それはなんの拘束力も持たないただの口約束だ。

 彼女たちは水島(ウィント)たちとは仲の良い幼馴染だ。(カラムス)が赤の他人ではなく、リアルでも知り合いだと分かったのなら、何かのはずみにウィントたちにも話してしまうかもしれない。彼らなら良いんじゃないかとシーファたちは思うかもしれない。

 水島たちを信じていないわけじゃないが、そうなればなし崩しに情報が広がってしまうような気がする。ガルガロたちに言い訳出来る範疇を超えている。


 ――それだけは、何としても防がなくては……!


「なんだ? お前らもう知り合いだったのか――――」

「ちょっとゴメン!」

「え? えええっ」

「な、何するのよ!?」




「…………はへ?」


 俺は2人の手を掴んで、ウィントたちから少し離れた場所へと連れ出した。




   ◆○★△




 洞窟の壁に遮られてウィントたちからは見えない位置で。

 俺は――――土下座をしていた。


「お願いします! ネリア(あのこと)は秘密にしておいてくださいっ」


 声を潜めて2人に頼み込む。

 一方的に秘密を知られている以上、明らかに2人(むこう)が優位で(こちら)が劣位。もはや形振り構っていられない。


『……』


 シーファとメーゼは一瞬互いに目を合わせると、同時に溜息を吐いた。


「まさかカラムスさんが真鍋くんだったとはねぇ」

「わたしたちよりMLOを始めたのが遅かった人がゴーレム(あんなの)を持っているなんて普通思わないし……まったく何て偶然なのよ」

「とりあえずぅ、立ったらあ?」

「そうね、土下座って実際にされてみるとあまり気分よくないし」


 その言葉で、俺は渋々と立ち上がった。


「それで? あのことを秘密にって、ウィントたちにもってこと?」

「あ、ああ。その、お願いします」

「どうしてぇ? ウィントたちは信頼できるよお?」

「MLOが秘密主義ってのは分かってるけど、仲間内にも黙ってるってどうなの? 正直に言って、せこいと思うわ」

「うっ……」


 観月(メーゼ)が俺のことを(八つ当たり的な意味で)嫌いだということは知っていたが、カラムスが真鍋(おれ)だと知ってから彼女の言葉遣いが厳しくなっていくのを感じて、少し胸が痛い。


「ウィントはもちろん、ジャロもフェルもお調子者だけどお、ペラペラと知らない人にしゃべったりなんかしないよお? それでもダメぇ?」

「自分一人だけ進級試験受かったし、調子に乗ってるんじゃないの?」


 2人は当然の如く、ウィントたちに黙っていようとする俺のことを糾弾する姿勢だ。彼女たちの言い分は分かる。俺だってウィントたちならば話してもと思う。

 だけど……。


「俺だけの問題じゃないんだ」

「?」

「カラムスくんだけの問題じゃないってぇ、どういうこと?」

「……ゴーレム(あのこと)には、MLOで出来た友達が協力してくれてるんだ。水島――ウィントたちが信頼できるっていうのは分かってるけど、その友達を裏切ることも出来ない」


 言い訳だということは分かっている。

 嘘と思われるかもしれないことも分かっている。

 だから、せめて真っ直ぐに。

 2人の目を正面から見据えて、はっきりと言った。


「身勝手なのは承知してる。だけど、そこをあえてお願いする。――あのことは、秘密にしてくれないか?」

「……っ」


 観月も菜野原も、2人の人柄のことはよく知らない。

 この頼み方で大丈夫なのか、不安はあるが他に方法も無い。

 だから俺は真摯に頼み込むしかない。


『…………』


 2人は黙ったまま、また顔を見合わせて。

 またまた同時に溜息を吐いた。


「ったく。わかったわよ……」

「まあ、しょうがないよねぇ」

「あ……ありがとう2人とも!」


 知り合ったばかりでも、俺の事を嫌っていたのだとしても。

 2人とも、やはり水島たちと長く付き合いのある幼馴染だけあって、悪い子じゃなかった。

 俺はほっと胸を撫で下ろす。




「それにしてもぉ……ちぇ~っ、まったく知らない赤の他人だったらあ、色んな掲示板で晒しまくろうと思ってたのになぁ~」

「シィ、あんたね……」



「…………」


 わ、悪い子じゃ、ナ……イ?




   ◆○★△




 歪路洞窟の奥の方に在る空間歪曲路から行ける町――【東邦街】。

 アジア圏の文化が集ったような広大な町だ。

 歪路の出口は、江戸時代の町並みを彷彿とさせる和風な建物が建ち並ぶ区画にあった。


「カラムスは初めてだっけか?」

「ああ、話には聞いてたけど」

「まあそれも仕方ないで御座るな。此処は一応、高レベル学生(プレイヤー)向けの町で御座るからして」


 切満邪露の言う通り、【東邦街】に来るのはレベルの高いプレイヤーが多い。

 その理由は、【東邦街】の中にも『歪路堂』という高難度のダンジョンやフィールドへと繋がる歪路が複数存在する場所があるからだ。スティカレーア学園城の地下にある歪路洞窟と同じ役割をしているが、此方は中華風の広い建物の中に在る。 その中で一番難度の低いダンジョンでも推奨レベルは30。ようやく24レベルになったというウィントたちでもまだまだ全然届かない。ちなみに俺はさっきレベルアップして現在18レベルだ。


「それがしの着流しも【東邦街(ここ)】で買ったので御座るよ! ……めっちゃ高かったけど」


 町並みの雰囲気に漏れず、この町では和風、中華風、インドやモンゴル風などのアジアンテイストな品が各区画で売っているらしい。鎧やローブ等を売っていた学園城の商業区の西洋風な町並みとは色々な意味で対極的だ。


「それにしても、なんだかジャロのテンションが高いな」

「フフフ。分かるで御座るかカラムス殿っ!?」

「まあ、分かり易すぎるよねぇ」

「うざいくらいにね」

「くははっ。ジャロは【役を演じる人(ロールプレイヤー)】だからな」

「きゃるーん☆ たしかサムライだったっけ~?」

「“真の”、サムライで御座る」

「いや意味わからん」


 木造の平屋や長屋が建ち並ぶ通りを連れ立って歩く。

 三車線はある土肌の大通りには両脇にずらりと露店が連なっている。

 学生(プレイヤー)もちらほらといるが、店主も客も大半は着物姿のNPCだ。その騒々しくも賑やかな光景は時代劇を思い起こさせる。


「――刀を巧みに操る剣術は勿論のこと、戦況に応じて流れるように陰陽術を発動させたりする『和風魔法戦士』…………それがそれがしの言う“真のサムライ”に御座るッ!!!」

「つまり『ぼくのかんがえた最強の○○』ということだな」

「ぅおい!」

「身も蓋もないわねー」


 ――陰陽術……か。


 MLOの東洋魔術の中に【陰陽術】という魔術がある。現実(リアル)では、中国から伝わった様々な思想や宗教、日本の神道など多数を組み合わせ混ぜに混ぜた学問としての『陰陽道』と、陰陽師・安倍清明を題材としたフィクション作品において日本における魔法的な存在となった『陰陽術』が有名だ。

 当然の如く、MLOにおいても日本、というよりは『和風な魔術』という認識は間違っていないはず。

 だとすれば、やはりこの【東邦街】または此処から行けるダンジョンやフィールドに、【陰陽術】を会得するヒントが隠されている可能性は高い。


「今日は明日受ける進級試験に備えて最後のレベル上げだ。せっかくのフルメンバーだし、ちょいと難度高めのダンジョンに行くつもりだぜ」


 ようやく進級試験の適正レベルにあと1まで迫ったウィントたちは、明日再び試験を受けることにしていた。実技はともかく、筆記試験についての対策はこれまでにみっちりと叩き込んである。ウィントたちを通じてメーゼやシーファにもその情報は渡っているようで、皆今回は自信があるようだ。


「きゃるーん☆ 【霊峰富士山】にイくー? それとも【黄泉平坂(よもつひらさか)】? まさか【中華五岳】のどれかじゃないよねー?」

「五岳じゃねーけど中華系のダンジョンだぜ。――【大王古城跡ダーワングーチォンジー】だ」

「うぬぬぬぅ、あそこで御座るか……」

「わたしそこ知らない。どんなとこ?」

「たしか適正レベル帯が30~40くらいで、中華系の不死属性モンスターが多いダンジョンだったか?」

「リアルなキョンシーが出てくるとこだよねぇ」

「そうそうそれそれ。そこでアイテム捜索系のクエ受けてんだ。今日は端から端まで探索するぞ!」


 意気込むウィントに、各々賛否両論な顔を浮かべる。


「【玉座の間】までは行かないので御座るな?」

「行かねー行かねー。行かねー……はず」

「『はず』て……」

「何かあるの? その【玉座の間】って」

「レイドボスらしきボス……が居るんだったか?」

「らしいで御座るな。高レベルプレイヤーのPTを瞬殺したとかいう話で御座る」

「こわいねえ」

「今回のクエの難易度じゃ、ラスボスまでは行かないはずだぜ」

「きゃるるーんっ☆ とりま、その言葉を信じましょうか♪」


 そんなことを話していたら、前方に両国国技館に似た巨大な建物――【歪路堂】が見えてきた。




   ◆○★△




 暗雲立ち込める灰色の空。

 辺りには枯れ木しか見当たらない土色の荒野。

 命の息吹が全く感じられないその場所に。


 ででんッ!! と。


 見上げるような高く厚い城壁に四方を囲われた中華風の古城があった。


 ――中華風城堡型ダンジョン【大王古城跡ダーワングーチォンジー】。


 西洋風な縦に長い学園城とは違い、この城はあまり高くはないがとにかく横に広大だった。古城跡という名前通り廃墟的で何処か寂しい雰囲気を感じる。

 正門に位置する巨大な城門は半円型の観音開きで、右扉は閉まっているが、左扉は傾いていて人が一人入れる程度の空間が開いていた。此処が入口らしい。


「城壁が厚すぎて、門というよりトンネルだぁねぇ」

「確かに」

「トンネルを抜けたらまずは外城部を探索だな」


 この【大王古城跡】は、城に値する『内城部』、城壁と内城部に挟まれた中庭的な部分の『外城部』から成っている。内城部はまさに城とか宮殿という感じだが、外城部は文字通り城の外の部分だ。

 城門を(くぐ)ると遠く前方正面に大きな階段、その上に横長の古城が聳え立つ。その周りは一面石畳の地面で、だだっ広い空間に様々なオブジェが置かれていた。


「そういえば、アイテム捜索系クエを受けてるって言ってたわよね?」

「ああ。【祓鬼の桃剣】っていう木剣だ。何処に落ちてるかは不明。クエを受けてるプレイヤーとそのPTにしか見えないらしいから他人に取られる心配はなし」

「……情報少な過ぎ。片っ端から探さなきゃってこと?」

「いえ~す!」

「マジで御座るか……」

「それもそうだけど、周りのMOBも俺たちよりレベル高いってこと忘れないでくれよ」

「――と、注意を促すカラムスが一番レベル低いんだけどねー♪ きゃるるんっ☆」

「ぐっ……」

「くははっ。んだけど、カラムスが俺たちの中で唯一のインターミドルでもある。頼りにしてるぜ?」

「う。あ、ああ」


 その無邪気な笑顔は反則だと思う。


「それじゃあ……行ぃぃってみようかあ」


 シーファの気の抜けるような掛け声と共に、俺たちは正門を(くぐ)り抜け、外城部へと足を踏み入れた。




『ギ……ギィィィ!!』




「いきなりエンカウント――ッ!?」


 トンネルのような城門から出た直後、城壁の上から4つの人影が飛び降りてきた。

 長身痩躯に色褪せた長袍(チャンパオ)を纏い、長い三つ編みに中華帽、額に張られた呪符で表情の見えない青白い顔。ピンと伸ばした背筋に両手を前に突き出した格好をしたモンスター【カンフーキョンシー】だ。

 門を背にした俺たちを4体のカンフーキョンシーが半包囲する。


 ――いきなり奇襲!?


「ジャロ! フェル! 【天知る地知る俺知らん】っ!!」

「フハッ、承知。【アブラカタブラ・マジブラジャー】ぁぁ!!」

「きゃる~ん☆ 【プリティ・ソルティ・レモネード】っ♪」



『――【ルーン:(イーサ)】!!!』



 即座、敵を引き付けるルーンを合唱。

 前衛三人が各自得物を抜きながら、別々のキョンシーに斬りかかった。

 魔術の研究をせずにダンジョンに潜りまくっていると豪語しているだけあり、ウィントたちは突然の奇襲にも動じず行動を開始している。


「まったく……バフだってまだかけてないのに! ――【ビジット・セント・ニコラウス】! 【天使ムミアーよ、契約に従い、晨明祈念(しんめいきねん)が終わるまで、我が仲間の身を護れ】っ!」


 悪態を吐いたメーゼは、ローブから金属のステッキを取り出して呪文を唱えた。

【天使ムミアー】は『健康』を象徴する最下位階級の天使だ。メーゼは天使と契約した回復職らしい。20分間、PTメンバーの防御力を増す支援魔術(バフ)を発動させた。一瞬、メーゼの背後に天使の姿が見えたかと思ったら、視界端のPTメンバー全員のカーソルにバフアイコンが付く。


 天使と契約している学生は結構多い。最下位階級の天使は学園城下部にある教会にて洗礼を受ければ簡単に契約出来る上に、一番下の契約でもいくつかの支援効果付与術と回復術を会得することが出来るので、回復職を目指す学生に人気なのだった。

 しかし、デメリットとして、天使以外――悪魔、精霊、幻術、他――と契約すると【不運】のデバフが付くらしい。


「のんびりいきたいのにねぇ……【スリジャヤワルダナ・プラコッテ】【契約に応じて出でよ――『岩甲獣(アルマジロック)』、『炎飯綱(ホノイヅナ)』、『湖雀(レイクスパロウ)』】っ!」


 シーファはモンスターと召喚契約をしたモンスターテイマーのようだ。彼女の足元に現れた三つの光の渦から、岩石質の皮膚を持つ中型犬ほどのアルマジロ、渦巻く炎を纏ったイイヅナ、雀の形をした水がそれぞれ飛び出てきた。


 学生が契約できる対象は数多いが、普通にダンジョンに居るMOB――モンスターとも契約は可能だ。レベルに応じて契約出来る難易度が変わり、低レベルモンスターは最下位階級の天使の次に契約がし易い。ただし、今現在は最低レベルのモンスターしか契約した例がなく、ぶっちゃけ弱い。一応、戦闘で召喚すれば経験値が入り契約モンスターのレベルも上がるのだが、それでも能力値の上昇は微々たるもの。今のところ、モンスターテイマーは趣味職という認識がMLOでは強かった。


「マーくんは敵を掻き回してぇ、ホノちゃんはフェルちゃんの援護ねえ。ロウくんは一番近い敵を攻撃だよぉ」


 シーファの指示を受け、召喚獣たちがそれぞれ行動を始める。


 ――知識として知ってはいたが、実際に様々な魔術での戦いを見るのは初めてだな。


 知的好奇心は溢れてくるが、俺だけ呆けて見ているわけにもいかない。

 白紙の魔導書を片手に、俺は右腕を突き出した。


「【我、魔の法を紡ぐ】――」

「カラムス! ()()火は使うなよ!」


 呪文の詠唱を始めようとした俺に、ウィントが叫ぶ。

 敵のカンフーキョンシーは、拳法を巧みに扱うレベル30の強力なMOBだ。しかし奴には完璧な『弱点』がある。それは額に貼られた呪符だ。呪符を剥がすか燃やすかするだけで、残りの体力ゲージに関わらず瞬殺出来る……のだが、その場合、経験値もドロップアイテムも貰うことは出来なくなってしまう。普通に体力ゲージをゼロにすれば結構な経験値が貰えるので、逆に呪符に攻撃が当たらないように気を付けなければないのだ。


「――【巨岩の槍よ、眼に映る敵の足元より、疾く飛び出でよ】!」


 敵は4体、対して此方の前衛は3人。余りの1体はシーファンのアルマジロをタゲっている。いくら戦闘慣れしているウィントたちとはいえ、敵の方がレベルも高く、どちらかというと戦神のルーンガーディアンのような技巧派だ。旗色は悪い。

 回復職専門のメーゼも居るが最下位階級天使ではその回復量はそれほどでもない。つまり、俺の仕事はまず一体一体確実にかつ迅速に各個撃破していくことだ。余剰戦力は先に削るべき――ということで、アルマジロをタゲって追っているカンフーキョンシーに向けて速度優先で魔術を放つ。

 バゴンッ!! と地面が破裂したかと思うと、電柱ほどの岩の槍が敵を真下から突き貫いた。クリティカルヒットに体力ゲージが4割近く消え去る。


 ――だが、まだだ。


 キョンシーは貫かれて動けずにいる。

『土』より硬度の高い『岩』で形成した槍とはいえ強度はそれほどでもない。数秒後には砕けて崩れ落ち、貫いているキョンシーも自由を取り戻すだろう。

 その前に、もう一撃入れる。


「――【眼に映る岩よ、無数の棘を生み、疾く旋転せよ】」


 キョンシーを貫いていた岩の槍から多くの杭の如き太い棘が飛び出た。それに穴だらけにされたキョンシーを巻き込みながらぐるぐると回転し始める。

 5、6回転ほどして、棘だらけの岩の槍はボロボロと崩れ落ちた。

 残りの体力ゲージは約1割。


「――【眼に映る敵を中心に、強風よ、疾く逆巻け】……!」


 二の句を継がずに次の呪文を詠唱。

 槍から解放されたキョンシーを取り囲むように風が勢いよく巻き上がる。それに乗って、崩れ落ちていた岩槍の破片が舞い上がり無数の(つぶて)となって敵を滅多打ちにした。


 ――魔術によって起きた事象……結果を、別の魔術に利用する。


 進級試験の時に使った方法の簡易版だ。場の属性を利用しているので必要消費魔力も割合で軽減し、かつ属性事象をいちいち生じさせなくて済むので速度的にも効率が良い。属性が中級になって、一つの文言での要素の威力が上がっているおかげで、短い呪文でも十分に効果を期待できるようになった。


『グギッ……バ、ゥゥゥ……』


 瞬きの間の風が収まると同時、体力ゲージをゼロにしたカンフーキョンシーはその身を紫の霧と化した。


「さっすが! カラムス、こっちも頼む! ――いやさお願いします割とマジでっ!」

「り、了解っ」

「あ、それがしもちょっとヤバイで御座る…………カラムス殿ぉぉぉお助けをぉぉぉ!!」

「え? ええっ」


「はびゅっ!? …………な、殴ったね? 妹に「キモイ」と言われながらぐーで殴られたことしかないのにっ!! きゃるーん# ――ヘブホッ!?」

「あんたら真面目に戦いなさいよ! ――【ビジット・セント・ニコラウス】! 【天使ムミアーよ、契約に従い、眼に映る仲間の傷を癒せ】っ!」

「ハフホォォ……うむ、フェルちゃん快☆復よんっ! てりゃ~――――ブゴパッ!?」

「あんたわざとやってんじゃないでしょうねっ!?」

「きゃる~ん☆ 許しテヘペロ?」

「イラっ#」


「えとえとぅ……マーくんは『まるくなる』! ホノちゃん『ひのこ』ぉ! ロウくんは『つばさでうつ』だよう!」

「ポ家門かよ! あ、でもちゃんとやってる……すげえ!?」

「じゃあじゃあ次は……マーくん『ぶっとび頭突き』! ホノちゃん『ひゃくれつ肉球』! ロウくんは『メガ滝落とし』ぃぃ!」

「妖怪魚槌かよ! つか流石に出来ないだろ!?」


 ――とうぜん出来なかった。


 しかし、女子2人が増えていつも以上に騒がしく戦いながらも、自分たちよりもレベルが上の敵PTをギリギリ一歩手前ぐらいで倒すことが出来た俺たちだった。




   ◆○★△




「なんとか行けそうじゃね?」


 数度の戦闘を終わらせて、俺たちは安全地帯である外城部の端、一本の枯れた松の木陰にて、体力やら魔力やら気疲れした神経を休めていた。


「え、何処が? 全部ギリギリだったじゃない」

「きゃるーん☆ でも誰もまだ死んでないよね~」

「うんうん。いちおう格上のダンジョンなんだけどねぇ」

「まあ、そうだけど……」

「やはりインターミドルクラスの火力は馬鹿にならんで御座るなあ!」

「だな! いやぁカラムス様様だぜホント!」

「はは……そのかわり一撃でも喰らえば瀕死だけど」


 なんたって俺だけ適正より10以上レベルが低いし。


「大丈夫だいじょーぶ。壁が3枚もあるからあ」

「枚て」

「でもまあ、そうで御座るな。それがしらが護って、カラムス殿が削る」

「きゃる~ん☆ いがいとバランスとれてるよねー♪」


 気を、使われているのだろうか。

 それとも本当にそう思ってくれているんだろうか。


 ――分からない。


 だけど、そうであってくれると嬉しい。

 つい数週間前まで話したことすらないような関係だったのに、今では彼らとの関係を好ましく思っている自分が居る。

 まだ、彼らのグループにお邪魔している『お客さん』という感は否めないが、出来ることなら、もっと近付けたらなと思う。


「な? カラムス誘って良かっただろ?」


 ウィントが、少しむすっとした表情のメーゼに話しかけた。

 彼女は一瞬だけ俺の方をチラリと見ると直ぐに目をそらして、


「…………ま、まあまあ使えるんじゃない?」


 と顔をそむけながら言った。


「くははっ」


 俺にはメーゼの表情は見えなかったが、彼女の正面に居たウィントは楽しそうに笑っていた。




   ◆○★△




 そして1時間が経過した。

 外城部はほぼ一回りしたが、目当ての【祓鬼の桃剣】はおろか、宝箱すら見つかる様子はなかった。

 俺たちは巨大な中華風古城の城門の前で再び休憩を取っていた。


「これは……やっぱ城の中に入るしかねえかな」


 内城部。この中華風古城の内部。

 今居る外城部よりも強力なMOBが出現するダンジョン。

【祓鬼の桃剣】はやはり内城部に入らなければ見つからないか。


「今でさえギリギリなのに中に入るっていうの? 正気?」

「きゃるる~ん☆ モチのローン♪」

「フッ。冒険とは、危険に敢えて踏み込むから冒険というので御座るよ」


 あれ? なんか既視感(デジャブ)が……。


「あんたは良いの?」

「え?」


 メーゼは俺を見て訊いてくる。


「死んだら今日の今までの経験値パーよ? あんた、もうすぐレベルアップするでしょ」


 心配してくれてるのか?

 確かに、高レベルMOBに何度も止めを刺したこともあり、あと数回戦えばもうレベルが上がりそうだ。低レベルダンジョンではこうは行かないだろう。

 正直に言えば、外城部での戦いを見る限り、これ以上強い敵と戦えば死ぬ可能性はかなり高いと思う。壁役のウィントたちが崩れれば終わりだからだ。ウィントたちはカンフーキョンシーと1対1で2~3分間もつかもたないか。俺が一体倒すのに約30秒~2分くらい。メーゼの回復支援とシーファの援護があっても微妙にギリギリのラインだ。

 今日此処で得た経験値は俺にとって確かに貴重だ。死ねば経験値が5%だけ減らされるけどこれが意外と大きい。


 ――嗚呼(ああ)……だけど。


「行こう」

「……!」


 行かないという選択肢は、俺の中に無かった。

 なんか、もうかなりMLOに毒されてきたのかもしれない。

 メーゼは驚いたように目を丸くし、他の皆はニヤァといやらしく口端を歪めた。


「にひひ。いいねいいね、そうこなくちゃ! んじゃあさっそく行っちゃうか!!」

「きゃるーん☆彡」

「オー! で御座る!」


 テンション上げ上げのウィントたちが巨大な観音開き城門に手をかけ思い切り押した。

 ゴゴゴゴ……!! と重く軋む音を立てながらも意外とスムーズに開いていく左右の扉。隙間から覗く内部は暗くてよく見えなかった。

 しかし、ウィントたちは物怖じせずに開いた門の隙間から中に入っていく。


 ――それがいけなかった。


「ちょ、待っ……!?」


 彼らの行動は早かった。それが俺の最大の誤算。

 まさか俺が「行こう」と言ってから1分も経たない内に門を開けて中に入るなんて思ってもみなかった。作戦会議の時間すらなかった。


『――へ?』


 門の向こうの暗がりに消えたウィント、フェリシアーナ、切満邪露の声がハモる。


『のあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ…………――――』


 次の瞬間、三人の絶叫が響いた。

 遠のくように段々と小さくなっていき、直ぐに消えた。


「ウィント!?」

「ええ? なになにぃ!?」


 俺とメーゼ、シーファが慌てて中に入る。

 真っ暗だった内部が急に明確になった。

 城の内部は、天井高く横幅も広い石造りの空間で、通路の中心に絨毯が敷いてある。正面は壁で、左右に道が分かれている。

 薄暗かったが、壁に規則的に置かれた松明が辺りを照らしていて割と遠くまで視認することが出来た。


「え? ウィントたちは? 何処行ったのよ!?」

「あれぇ?」


 その広い空間には、先に入ったはずの三人の姿は何処にも見えなかった。

 だがその結果を、俺は既に知っていた。


「落とし穴のトラップだ」

「落とし穴?」

「【大王古城跡】の内城部に入って直ぐに落とし穴のトラップがあると攻略サイトに書いてあったんだ……」

「な……なんでそれを先に言わないのよ!!」


 メーゼが詰め寄って来る。

 ……ウィントたちならトラップのことを知っていると思っていた。

 ……内城部には最初俺は入る気は無かった。

 ……入ることが決まってから行うだろう作戦会議で言うつもりだった。

 理由はいくつかあるが、今では全て言い訳だ。


「――ごめん」

「~~~~っ」


 俺は謝罪するしかない。

 何か言いかけたが、メーゼはぐっと口を閉ざした。


「ウィントたち、どこにいったのかなぁ? 死んではいないよねぇ」


 空気を読まずにシーファが暢気に訊いてくる。

 たしかに視界端のPTアイコンを見る限り、多少ダメージを受けているが3人は健在だった。ただ、ダンジョン内なのでメッセージの送信は出来ないから連絡は取れない。


「そうだ! わたしたちも落ちればいいのよ!」

「……それは駄目だ」

「? なんでよ」

「落ちる先は地下一階の何処かにランダム。しかも3回に1回は刃物付き落とし穴に直行、つまり即死だ。後追いはやめた方が良い」


 ちなみに落とし穴は一度閉まると10分後にまた開くようになるらしい。


「じゃあ、どうするっていうのよ! 見殺しにしろっていうの!?」

「いや、探しに行こう」

「……!」


 見殺しになんてするわけがない。

 どうせだったら、3人の死を確認するまで、出来る限り足掻(あが)こうと思った。


「まあ、3人ともジーッと助けを待ってるタイプじゃないもんねぇ」

「っ…………そう、ね。むしろこの状況すら喜んでそうよね……」


 お気楽そうに言うシーファに、メーゼは疲れたような溜息を吐いて同意する。

 直後、彼女はその瞳を燃やした。


「いいわ…………わたしたちだけであいつらを、助けに行くわよ!」

「えいえい、おー」

「ああっ」


 ――こうして。


 外城部よりも更に危険な場所へと、しかも人数が半分にまで減った状態で。

 それでも俺たちはウィントたちを探すため、ダンジョンの奥へと進んで行った。

高レベルダンジョンで新キャラ2人と急接近!?

というか、いったい公式イベントは何処行った!?


――――待て、次回!


※出来るだけ早くお届けできるよう頑張ります。

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