第三話 精霊の性質を考える
MLOでは手に持てる物はほぼ全てをアイテムとすることが出来る。
アイテムというのは非物質化して鞄の中に入れられる物を指す。
例えば、フィールドに生えているただの草を抜いて軽くタップすると、その草の情報――鑑定の魔術を事前に掛けていれば――がウィンドウ表示され、同時に草を鞄の中に入れるかどうかの選択肢が表示される。
地面の土や石も、川を流れる水も、森の木の枝葉も、やろうと思えばアイテムに出来るのだが、特定の不定形の物には採取するための道具が必要になる。
今回の俺の目的は『精霊の宿る土』。
『精霊の宿る』の部分はまだ考える必要があるが、『土』を得るためにはスコップや袋等の採取用アイテムが必要だ。
なので俺は、商業区の中に在る採取用道具専門店に来ていた。
「うーん」
土石系コーナーでは、スコップやシャベル、ツルハシ、土嚢袋などがサイズやデザイン別で並んでいる。
土の採取ということで買うのはスコップかシャベルかな。でもゴーレムの材料だし、しかもガルガロと2人分だ。かなりの量が要りそうだし、やっぱりシャベルにしようか。だけど種類も色々あるし、どれが今回の目的に適しているのだろう。
「…………ん?」
ふと、カウンターに奥に座って船を漕いでいる老婆のNPCが目に入った。
――そういえば、このゲームのNPCはかなり高性能な人工知能を使っていたな……。
まるで本当の人間と見紛うかのような受け答えを平気でしてくる彼らNPCは、時に様々な情報や隠しクエストなんかをもたらしてくれる。
どうせ当てなんてないのだし、ダメ元で訊いてみよう。
「あの……」
「うん?」
老婆は重たそうに片目だけ開いて俺を見た。
「質問があるんですが」
「ん~、何かいのお若いの」
眠たそうに首を傾げる老婆。こんなので店の経営大丈夫なのかと心配になる。
「えーと、『精霊の宿る土』を採取したいんだけど、適した道具は分かりますか?」
「ん~?」
ぐるぐると頭を回しながら唸る老婆。少し怖い。
やがてピタリと止まり、両目を開いて此方に答えてきた。
「ごめんねぇ、わからないねぇ」
「……そうですか」
「精霊様は人の手の入った物を避けるからねぇ」
――ん?
突然、老婆が訊いてもいないことを話し出した。
やはりAIが高性能なのか、それとも何かしらのトリガーに触れたのか。
何にせよ情報が手に入るのは有り難い。俺は老婆に質問する。
「つまり、人工物はダメということですか?」
「そうだねぇ。近くに居るのも触れられるのも嫌がるって聞くねぇ」
老婆の話を整理する。
人工物が近くに在るのがダメということは、採取場所は消去法で自然しかないダンジョンかフィールドということになる。学園迷宮地下11階以降とか、ルーン洞窟、ユミル鉱脈洞などが当てはまるか。
そして触れられるのがダメということは、採取用のスコップやシャベルなどの人工の道具も使用不可ということになるのか?
――どうしろと。
採取には道具が必要だが、精霊的には道具の使用は却下。
相反する二つをどうやって成立させられるかが問題だ。
「そんなに悩むのなら訊いてみたら良いんじゃないかねぇ」
「は?」
誰に訊けというのか。
「学園の先生の、ん~なんていったかねぇ…………あ、そうそう。【インディ・ジョーズ】先生だよ」
インディ・ジョーズって、たしか『冒険技術』の講師だ。
【鑑定】や【識別】などのタグを取得した講義の担当で、ナイスミドルな欧米系のおじさん。ウエスタンハットと腰にぶら下げた鞭が彼のトレードマークだ。
「この店の常連でねぇ。いつもロープとかシャベルを買っていくんだよ。あの人なら何か知ってるんじゃないかねぇ」
「…………」
何らかのキーワードをトリガーとして、次なるヒントへの情報をくれるNPCが居るという。
これは、もしや期待できるか?
◆○★△
「ふむ。済まないが分からないね」
――あれぇぇぇ?
学園城中部に位置する講師室区画。
冒険技術担当のインディ・ジョーズ講師の控室にて。
俺の質問に対し、ナイスミドルはニヒルに首を振った。
もしかして偽情報……いや、信頼性の無い情報を掴まされてしまったのか。
「……ただ」
「?」
「推測でも良ければ、少し私なりの考えはある」
――NPCが推測?
いや、此処からがヒントになるのか?
ジョーズ講師は無精髭が生えた顎に手をやり、思案顔で言う。
「『精霊の宿る土』か……、面白いことを考える。そもそも精霊は万物に宿るとされているね。だけど人工物から精霊を確認したという話はほとんど聞いたことが無い。それは何故か?」
「精霊が人工物を嫌がる性質を持っているから?」
「うーん、ちょっと理由としては弱いかな。『万物に宿る』のに『人工物に宿らない』ってのが矛盾点にして重要なポイントでもあるんだ」
精霊は自然物に宿る。つまりは『万物』というのがそもそも誤情報という可能性も在りうるのか?
「だけど面白い情報もあってね、長い年月を経た人工物から精霊を確認した人が居るらしい」
「え? でもそれって……」
「そう。『人工物に宿らない』に矛盾するだろう?」
そういえば、さっきも人工物から精霊を確認したという話は『ほとんど』聞いたことが無いって言っていたな。ほとんど無いということは多少はあるということ。
――どういうことだ?
人工物には宿らないと思っていたのに古い人工物には宿る?
整理してみよう。つまり、
・『自然物』と『新しい人工物』との相違点。
・『新しい人工物』と『古い人工物』との相違点。
・『自然物』と『古い人工物』との相合点。
この中に精霊の宿る条件のヒントがあるはずだ。
人の手で作り出された物が駄目と思っていたけど古い人工物には宿ることがあるという。古い物ということは長い年月がキーワードになるのか? でも自然物にだって新しい物はあるよな。木や草花の芽とか。
書きこんだノートを見ながら考えるが、まだまだ情報が少なすぎる。導き出される答えも何だか曖昧な物ばかりだ。もう少し結論を絞れる情報が欲しいが……。
「少し遡ろうか。『人の手で作り出された物が駄目』というのは結構重要なキーワードだと思うよ」
思いつきを殴り書きのようにノートに打ち込むのを横から覗きながらジョーズ講師は苦笑した。
しかし、さっきは推測なんて言っていたが、その物言いはまるで答えを知っているかの様子だ。
――『人の手で作り出された物が駄目』というのがキーワード?
それは『新しい人工物には宿れない』と『古い人工物には宿る』という情報とは別として考えろということか? しかし新情報としての価値は無いと思うが……いや待て。どうしてジョーズ講師は『人工物』ではなく『人の手で作り出された物』という呼称を用いたんだ? わざわざ言い方を変えたってことはそこが注目すべき点なのではないか?
『人の手で作り出された物』というキーワードにある意味は――つまり物品の製作方法か?
その点で考えてみると、
・自然物は自然の環境変化の中で生まれる ← 精霊は宿る
・新しい人工物は人の手で作り出される ← 精霊は宿らない
・古い人工物は、新しい人工物が時間を経て成る ← 精霊は宿る
精霊の宿る物と宿らない物、それらの相違、相合点を探していく。
そして――
「もしかして……変化にかかる時間か?」
自然物は環境の変化でゆっくりと成長と衰退、再生を繰り返す。対して人工物は化学反応を利用し、急激に変化させる。
この『ゆっくり』と『急激』というのがポイントなのではないか?
そうだとすると、時間を経た古い人工物に精霊が宿るのにも説明がつく。
「精霊は、物質の『急激な変化』についていけない?」
ボソリと呟くと、急に背中を叩かれた。
「素晴らしい! その答えこそ最も矛盾の無い考察だ。恐らくその考えは合っているだろう。そこまで辿り着けたのだったら、精霊の宿る土を手に入れるのも容易なはずだ」
絶賛するジョーズ講師。
だけどやはりおかしい。彼はまるでこの答えを知っていたのかのような――
「実は、君と同じ回答に辿り着いた生徒が居たんだ」
なんだって?
「だからボクはこの考えを既に知っていた。だけど生徒の研究内容を他の生徒に言うのはタブーでね、ヒントを出すことはしても自力で答えに辿り着くまでそれ以上のことは言ってはいけない決まりなんだ」
なるほど。俺と同じように訊きに来て、同じ結論に至った生徒が居たと。
だから変な言い回しになっていたんだな。
俺より以前に来た生徒というのが誰か気になるが、そういうことなら訊いても教えてくれないだろうな。
「――頑張りなさい。君の努力が実を結ぶのを祈ってるよ」
ジョーズ講師は最後に、拳をグッと握ってエールを送ってくれた。
「……さて」
今まで集めた情報を纏めよう。
まず、精霊は人工物の傍には居ないという証言からなるべく人工物の無い自然の中、もしくは長い年月を経た物には宿ることも在るという証言から人の手が長いこと入って居ない場所になら存在する可能性が高い。
次に、同じく人工物である普通のスコップや土嚢袋なども避けるらしい。
その理由は、物質の急激な変化を苦手とする精霊の性質が原因だと仮説を立てた。
それらから精霊の宿る土を手に入れる方法を逆算して考えてみる。
場所はユミル鉱脈洞が良いだろう。あそこは第一エリア【煤色の坑道】を超えると人の手が全く入っていない洞窟になるし、第二エリア【土岩の回廊】では『カースオーズ』という泥土で出来たモンスターが出るらしい。泥土で出来たモンスターの居る場所の土……土で作り出すゴーレムに何らかの共通点があるかもしれないと思っての選択だ。
次に採取用アイテム。比較的新しい人工物である店売りの道具は使えないと判断した。つまりなるべく自然物の素材を加工せずにそのまま使って作り出した道具か、長い年月を経た古い道具を使うしかない。
この件は道具屋のあのNPCの老婆に相談してみようか。何かいい知恵をくれるかもしれない。
そうして考えを纏めた俺は、まずはさっき行った道具屋へと歩き出した。
◆○★△
「少し時間が掛かったな……」
学園城の地下、歪路洞窟へと向かう通路を俺は歩いていた。
道具屋の老婆は俺の質問に快く応えてくれたのだ。採取した素材そのままの平蔦を編んで作った袋を売っている店を紹介してくれて、売れ残りのボロボロに古くなったスコップを譲ってくれた。流石に全て無料ではと良心が痛み、普通のスコップや土嚢袋も購入したが。
――NPCに対して良心が痛むとか、どれだけだよな……。
このゲームのAIの性能が凄まじいのか、それとも俺が小心者なだけなのか。
いや、気にしても仕方ないか。どちらにせよNPCは重要な情報源だ。親切にして損はないだろう。
そう結論して一息吐き、階段を降りていく。
確か『今週の歪路情報』ではユミル鉱脈洞は右側の入口から二番目の歪路だったか……そんなことを考えながら、歪路洞窟への門を潜り抜けた。
「?」
と、そこで俺の前に現れたのは、頭を下げた女性の姿。
目を引くのは地面に垂れ下がるせせらぐ川のように艶やかな黒髪。
その黒髪によく映える純白のフリル付きカチューシャ。
服装は膨らんだ黒のロングスカートに同じく純白のエプロン、つまり――メイド服。
そうだ。進級試験の時に何度も見たあの人の……。
「お待ちしておりました――――」
「え?」
見覚えのある服装の次に、聞き覚えのある澄んだ声が響いた。
そしてゆっくりと彼女が頭を上げる。
次第に予想は確信に変わった。やっぱりこのメイドさんは…………
「――御主人様」
「は? はあああああああああ!?」
にっこりと極上の笑顔を向けてきたメイド――桔梗さんは、登場と共に物凄い爆弾発言をかましてきた。