プロローグ
第二章 インターミドル編 スタートです
俺こと、真鍋尚武は両親の影響からゲームを忌避し、その反動を勉強一筋に向けていた。ゲームなんてする暇があれば勉強をしていた方がよっぽど建設的で将来にも役に立つ――と自分に言い訳をしながら高校1年までを過ごしていた。
だが、高校2年の春。新学期。
気付けば俺に友達と呼べる存在は誰も居なかった。
――別にいいさ。大学ででも友達は出来る。
むしろ進学したら高校の同級生とはバラバラになる可能性が高いのだから、希望の進路……就職と直結している大学で将来的にも付き合いの長くなりそうな友達を見つけて交友を深めた方が良い。一般的にも大学は4年間、大学院も含めれば6年間にも及ぶ。交友を深める機会も多いだろう。
だから、別に無理して高校で友達を作る必要なんて無い。
――と思っていた。クラスメイトの水島洋太に話しかけられるまでは。
『ゲーム……一緒にやらねぇか?』
勉強一筋ゲーム忌避の生活をしていた俺の心は、自分で思っていたよりも簡単にグラついた。もしもやれるんだったらちょっとぐらいやってみてもいいかな、と思ってしまったのだ。そしてそれをゲーム大好きを公言してやまない両親に話してしまったことで、事態は予想以上のスピードで進む。水島に誘われたその日のうちに話題の新作MMO『Magic laws Online』をプレイ――MLOの仮想世界へ没入することと相成った。
始めて体験した仮想世界は、電子情報で構成されたものとは到底思えぬほどに自然で精巧。この場所がゲームということを忘れて現実の自分が立っているかのようにリアル過ぎた。その不可思議で必要以上に現実的な世界で俺が出逢ったのは『世界に普遍的に存在する魔素の謎』、そして『魔素を用いて起こす魔術の未知の法則』。自分の知らないことを、仮説、実験、観察、推測、検証、実証と段階を経て理解していくのには心が躍った――楽しかったのだ。
プレイ後、ログアウトして現実世界に意識を戻した俺はベッドの上で思わず唸り呟いた。
「う~…………ゃっばい。ハマった……」
今までのことはすっかり昔のこととして、俺は今後どれだけの時間をMLOに使えるのかを真剣に考えたのだった。
それから5日が過ぎた。
初日に比べればだいぶ魔術に慣れたとは思うが、それでもまだまだMLOについてはほとんど何も知らないのと同じ。何が出来るのか、何処まで出来るのか、まるで底の見えない魔術というものに憑り付かれた俺は、もっともっとと上を求め、ちょうど話題に挙がったこともあり進級試験を受けた。前評判通りの困難な内容に、仲間内でフィリップと緋奈が筆記の部で脱落。残った俺とガルガロ、ロロ美、そして同じ時間に試験を受けた桔梗さんは共にパーティーを組み、実技試験としてロア女史の作り出した巨大ゴーレムと戦った。そして綱渡りのようなギリギリの賭けに勝ち、俺たちは進級試験を合格した。
だが翌日の日曜日。
やるべきことを終わらせてからMLOにログインした俺は、1人魔術構築画面を見ていてとあることに気付いた。
――付加情報が増えている?
タグ一覧に【雷属性◆】という見慣れないタグが追加されていた。
雷というと思い出すのは実技試験でのことだ。しかし、進級試験合格の報酬はあくまでもテストの点数に応じてパラメータが上がることと、自身のクラスが上がることだけだったはず。それにタグ名の後ろに付いている『◆』表記も謎だ。ヘルプ項目にも書いてないし、どういうことなのか。
自分で考えても答えが出ない場合、どうすればいいか?
簡単だ。答えを知っていそうな人に訊けばいいのだ。
「――『付加情報』とは、言い換えれば『知識』だ。そして『タグを取得する』とは『知識を理解する』ということだ。本来なら講義を受けたことで『知識を理解した』と認識されるのだが、学生が自らで魔術的な新しい何かを作り出すことでもそう認識されること『も』ある」
廊下を歩いていたロア女史は俺の質問にニヒルな笑みを浮かべながら丁寧に答えてくれた。
「今回の場合は、初級属性しか使えないはずのお前たちが手持ち以外の属性を自分たちの魔術で生み出したことが取得条件となったのだろう」
つまり、自分が所有しているタグだけで、上位タグに相当する事象を起こせば、そのタグが取得できる『こともある』ということか。取得できない可能性の方が高そうだな。
「後は……タグ名の後ろのマークのことだったな。これは取得方法の難易度を表している」
無印:講義やダンジョンにて取得
◆:ちょっと取得方法が特殊
◇:かな~り取得方法が特殊で難しい
★:ものすんごく取得方法がやばげ
☆:世界に一つだけのユニークタグ
雷属性は◆マーク。ということはちょっと取得方法が特殊なだけでそれほど珍しくはないタグということか。だけどマーク付きとして一番下のランクだ。そして、まだまだ上のタグがあるということでもある。
――知りたい。見極めたい。
魔術とは何処まで出来るのかを見てみたい。
「フッ……ワタシはお前に期待しているんだ。精進しろよ」
「――――は?」
訊きたいことは訊けた。一応の礼を言って立ち去ろうとしたその時、ぽそりと、ロア女史は静かに呟いて俺に背を向けた。
――え、何? 期待、してるって言ったのか?
揺れながら遠のく黒髪を唖然としながら見送る俺だけがその場に取り残される。
NPC……だよな? ロア女史はNPCのはずだ。彼女の頭上にはNPCであることを示す緑色のマーカーがある。入学説明会の時からいやに人間味があるとは思っていたが、物凄く高性能な人工知能を使っているのか、はたまた中に人が居るのか。
いやでも考えてみれば他の講師も店主とかのNPCも普通に人間と話してるみたいだったし、やっぱり高度なAIを使っているということなんだろう。
さすが新作と名高いゲームだ。俺がゲームというものから遠のいている間に技術は此処まで進歩したのか。
「よし、まずは新しく受講出来るようになった講義を一通り受けてみるか」
軽い興奮状態に居ることを自覚する。
更なる未知が俺を待っているような、そんな予感すらしている。
そして高鳴る鼓動を感じながら。
――『インターミドルクラス』での一歩を、俺は踏み出した。