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第十五話 進級試験(筆記)

 MLO――Magic Laws Online.

 魔術師を育成する学園を舞台としているこのMMOは、プレイヤーが学生となり、未だ誰にも解明されていない世界に満ちている魔素(マナ)を究明することが大筋の目的だ。なので、『学園を卒業する』というのは出来ないのだが、『学年』のようなシステムは存在する。


 ――それが『クラス』だ。


 入学したての初心者は『ノービスクラス』。筆記と実技からなる進級試験を見事合格して昇格すると、中堅の魔術師の『インターミドルクラス』に。更に難しい進級試験をクリアすると、第一級の魔術師『シニアクラス』となる。


 これが普通の学校なら単位なども絡んでくるのだが、この魔術学園に至っては単位というものは無い。試験の結果が全てなのだ。

 例えば、全ての試験に合格できるだけの知恵と知識を持っていれば、講義を一回も受けなくても、最低三日(進級試験は1日1回まで)あればシニアクラスにまで上がることが出来るのだ。クラスが上がれば出来ることは莫大に増える。魔術の種類しかり、高位タグしかり、レア装備しかり。

 ちなみに、下のクラスの講義は上のクラスの学生なら普通に受講できる。ただし、その講義が受けられる条件はクリアされていなければならないが。


 MLOはインターミドルからが面白くなると言われている。

 これから進級試験を受ける俺たちも、否が応にも期待が膨らまざるをえなかった。




   ◆○★△




 事務棟にて。


「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「えーと、進級試験を受けたいんだが」

「かしこまりました。少々お待ちを、クラスを確認しています――――はい、確認が完了しました。【ノービスクラス進級試験】ですね。試験開始時間の指定をお願い致します」

「時間は……15時開始で」

「直近の試験開始時刻ですね。かしこまりました、少々お待ちくださいませ――――はい、申込みを完了致しました。試験開始時間に間に合うように指定された教室へと向かって下さい。開始時間に教室に居られなかった場合は自動的に欠席とみなされ、3週間は同種試験を受けることが出来なくなりますのでご注意下さいね」


 美人受付嬢のNPCに迎えられた俺は進級試験の申し込みをした。

 試験時間まではゲーム内時間で後30分ほど。余裕を持って試験室へと向かえる程度の時間だが、今更最後の悪あがきをするほどでもない。


「お、ムッチョも申請おわた?」


 受付から離れると、既に受験申請を終えたフィリップと緋奈が声を掛けてきた。


「あはは……。いよいよだねー」

「うはー、試験て聞くと身体が拒否反応起こすよなー」


 2人は目に見えてテンションが下がっていた。中間テスト直前のクラスメイトたちを思い出した。


「試験の内容は言わば幻想物語(ファンタジー)だ。普通のテストよりも勉強は(はかど)った」

「…………(こくこく)」


 ガルガロとロロ美も申請を終えたようだ。


「――さて、試験室は講義棟だな。そろそろ行くとしようか」

「ほーい」


 まだ余裕があるとはいえ、それでも無駄にする時間は無い。

 俺は試験室へ向かうようにみんなを促し、自分も歩き出す。

 同種試験で同じ開始時間を設定した場合、その者たちは一緒の教室で試験を受けられる。指定された教室もやはり全員同じだった。


「…………?」


 ふと、事務棟を出る瞬間、誰かの視線を感じた気がした。

 周りを見てみるが俺と同じノービスクラスの学生(プレイヤー)で混雑しているだけだ。知り合いは見る限り居ない。どうやら気のせいだったようだ。


「ムッチョ? どったん?」

「…………?」

「いや……なんでもない。行こう」


 俺は言い得ない違和感に首を傾げながら試験室へと向かった。




   ◆○★△




 扇型階段状の講義室。

 いつも講義を受けている教室と全く同じ構造の部屋が試験室として当てられた。


「今回の試験監督を担当するロア・ジュストーだ。よろしくな」


 魔術概論基礎の講師であり、一番最初の講義を受け持った俺たちにとっても印象深い彼女が今回の試験官のようだ。


「試験開始5分前となった。出欠を取るぞー」


 座席は自由なので、俺たちは教室の前の方に固まって座っていた。俺を中心に左右に緋奈とフィリップ、後ろにロロ美とガルガロだ。


「受験者番号01番、フィリップ。居るか?」

「ほいほーい!」

「02番、緋奈」

「はーい」

「03番、カラムス」

「はい」

「04番、ガルガロ」

「ヤー」

「05番、ロロ美」

「…………!(はいっ)」


 出欠はどうやら五十音順ではなく、試験申請をした順らしい。


「06番――」

「え?」

「――【桔梗】」


 俺たち5人を呼び終えたはずの出欠がまさか更に続くとは思わなかった。思わず驚きの声を漏らしてロア女史の視線の先、教室の後方を振り返る。俺たちが教室に入った時には、確かに俺たちだけしか居なかったはずだ。同じことを思ったのか、みんなも後ろを振り返っていた。


「はい。此処に」


 楚々とした、心地良い声音が教室に静かに響く。

 いつの間にか教室の最後列の窓際に一人の女子が座っていた。


 ――というか、確実に見たことのある子だ。


「メイドさんだ」

「メイドさん、だね」

「メイド……?」

「…………(ほわー)」


 6番目の声の主は、図書塔で【喚起の書】について教えてくれたあのメイドさんだった。

 ホワイトブリムを付けた艶やかな長い黒髪、少し吊り目ぎみの美人系の顔立ち、陶器の如く白い肌にモノクロのエプロンドレスがよく映えている。背筋をスッと伸ばした姿勢の良い座り方をしている様子はまるで精巧なビスクドールを思わせた。


「クスッ」

「……っ!」


 メイドさんと目が合う。清楚な微笑みを返されたが、何故か背筋にゾクッと悪寒が走った気がした。慌てて前を向き直す。


「――というわけで、カンニングやそれに類する行為を行った場合は即刻退室。3週間の全試験の受験禁止とする。無駄な方向に努力するのは止めておけ。アタシの目を誤魔化せると思うなよ?」


 俺がメイドさんに気を取られているうちに、ロア女史による試験の注意事項が今まさに終わろうとしていた。


「試験は1時間。中途退場する場合には挙手をするように。一度教室を出れば1時間後の試験終了後まで再入室は認められない。試験結果は試験時間終了後すぐに発表する。中途退室した場合はそれまでに戻るようにしろ」


 試験結果を直ぐに発表すること以外は別段普通のテストと変わりはないな。後ろから「うわー、この空気が既にイヤだわー」というフィリップの呟きが聞こえた。

 そしてロア女史がジーンズのポケットから取り出した懐中時計を見て数秒、ゆっくりと右手を上げて宣言した。


「――では、今より進級試験…………始め!」




   ◆○★△




 試験開始と同時に、机に座る俺の目の前に試験用紙(ウィンドウ)とキーボードが現れた。そして自席以外の周囲が、ピントが合っていないようにボヤけた。恐らくカンニング対策なのだろう。

 試験用紙だけ見ている分には全く問題は無い。むしろ廻りを気にせずに問題に集中出来る。


『※特に指定された条件が無い場合、魔術を行使する場所は全て、必要最低限の属性値があるものとする。』


 最初は注意書きだな。この文は暗に特殊な条件で魔術を行う問題も出るということを指している。

 全体をザッと流し読みしたが、問題は全部で30問のようだった。

 俺はさっそく1問目を見た。


 ■問1■

 西洋の魔女が空を飛ぶ時に必ず使用するものを次のうちから選べ。


 1)箒 2)ヤギ 3)軟膏 4)杖


 ――まあ、最初は小手調べのサービス問題という感じか。


 答えは3番の『軟膏』だ。1番の『箒』と思うかもしれないが、実際には内股に塗った魔女の軟膏の力で空を飛ぶと言われている。地方によっては山羊に跨って飛んだり何も乗らずに飛んだりするという伝承もあるそうだ。軟膏は契約した悪魔に貰うとか嬰児の死体を煮詰めた肉汁で作るなんていうグロい説がある。


 ■問2■

 ルーン文字は、北欧神話の主神オーディンがとある神に自らを生贄に儀式を行うことで冥界に意識を飛ばして取得したと言われているが、とある神とは誰か。次のうちから選べ。


 1)ヘル 2)ハデス 3)ペルセポネー 4)オーディン


 これも簡単だな。答えは4番だ。オーディンは自らを『自分自身に』生贄に捧げて冥界へ行ったと言われている。「全知全能なる俺よ! 俺を捧げるから俺の意識を冥界へと誘え!」とかそんな感じらしい。ちなみに他の選択肢の神は、別の地域の神話のもあるけど基本的に死の国の支配者だ。


 ふむ。最初の5問は簡単な選択問題のようだな。世界各地の魔術に関わる伝承について出題されている。簡単な引っかけになっているが、これくらいなら確実に点は取れそうだ。


 ――よし、次だ。


 ■問6■

【掌前に生じし水よ火よ、ぶつかり合いて水蒸気となれ】

 上記には【火属性初級】と【水属性初級】のタグのみが使われているが、呪文として成り立っていない。その理由を述べて正しい呪文を作れ。


 ここからは呪文関係の記述か。これは実際に呪文を作った経験が生きてくる問題だな。何が失敗するのか、何が原因で失敗するのか、それは今までの呪文作成でかなり実験、検証してきたことだ。

 この問いで言えば失敗原因は明らかだ。それは【水蒸気】という文言にある。

 MLOの呪文作成システムでは、異なる属性の事象を合わせる文言を入れた場合、その結果を表す文言は要らない。問いの呪文で例えるのならば、発現させた水と火をぶつけるまでは良いが、その後の【水蒸気】という結果を付け加えると、また別の要素が絡んでくるので【火属性初級】と【水属性初級】のタグだけに留まらないのだ。二つだけに限定するならば【ぶつかり合え】で終わりにすればいい。そうすれば【水と火がぶつかり合う】という魔術の結果で【水蒸気】が発生することになる。

 というわけでこの問いの答え。呪文が成り立っていない理由は『【水蒸気】の文言が不要だから』。正しい呪文は【掌前に生じし水よ火よ、ぶつかり合え】だ。まあ、同量の初級レベルの火と水をぶつけ合わせても攻撃に使えるほど威力のある水蒸気を生み出すことは出来ないのだが、この呪文の目的は水蒸気を発生させるだけなので問題はない。


 ――さて、時間は有限だ、どんどん進もう。


 ■問17■

 以下の付加情報(タグ)のみを用いて、必須消費魔力【60】未満で出来るだけ威力の高い攻撃用呪文を作成せよ。

【水属性初級】【土属性初級】【付与】【粗製成形】【事象操作】


 魔術構築画面のように呪文を打ち込む欄と、呪文作成時の必須魔力が現れる欄がある。

 一から呪文を作成する問題が出てきたな。それも、しっかりと考えさせに来ている。

 初級だとどの属性でも、何も強化していない状態ではバスケットボール大くらいの質量しか扱うのは精一杯だ。初歩の【~の玉】系呪文の中だと一番威力が高いのは火と土。火球は燃やせるし、土球だと単純な物理打撃としても効果がある。水球ではバケツで思い切りぶっかけられたくらいのダメージで、風球なんて超局地的な強風程度……つまり衝撃だけでほぼダメージは無い。初級の水と風はそれ単体では攻撃魔術として微妙すぎるのだ。

 今回指定されたのは水属性と土属性の双方を魔術に組み込むということ。単純に考えれば【水】+【土】=【泥】なのだが、それでは『出来るだけ威力の高い』に反する気がするが……。

 そして他の3つのタグ、【付与】は基本的に武器や防具などに属性を付ける際に使用して、【粗製成形】は事象に形という特性を加える。【事象操作】は事象に動きを加えるが、複雑な操作になればなるほど消費魔力が高くなる。

 これらを合わせた呪文でパッと思いつくものと言えば――【掌前に生じし水の玉と土の玉よ、互いに交わり、眼に映る敵に飛び、その顔面に貼り付け】とかか?

 打ち込んだ瞬間に必須消費魔力が【20】と表示される。今までの考察からして内訳としては以下のようになると推測する。


【水の玉】:【5】

【土の玉】:【5】

【互いに交わり】:【3】

【眼に映る敵に飛び】:【5】

【顔面に貼り付け】:【2】


 消費魔力60未満という指定だが、どちらにしてもこれでは威力的にも低すぎるだろう。しかも【粗製成形】の文言入ってなかったし……。

 難しいのは【付与】タグだ。今まで攻撃に対してこれを使うことなんてしなかったのだが、思いつきにしても【顔面に貼り付け】は自分でも無いなと思う。そもそも攻撃魔術に【付与】を使うということは、敵に対して【付与】を使ってダメージを与えろということなのだろうか?

 付与とは、本来は『授け与える』という意味だ。このMLOではどちらかというと、対象に様々なものを文字通り『付け与える』、もっと簡単に言えば『くっつける』というような意味合いが強く、それ自体に攻撃的な意味合いは無い。つまり直に攻撃としては使えない。

 しかし、試験問題として出てきているということは実際に攻撃魔術にも使うことが出来るということ。ならば、『使えない』と俺が考えた【付与】の使用方法自体が間違っているということだ。敵に使うのが間違いだとすると、他のものに【付与】を使うことになるのだが、候補は何があるだろうか?

 まず、『自分』は除外。攻撃魔術と明言されているからには、魔術の効果で敵に直接ダメージを与えることが前提条件だ。自分に何かしら付与するのは、どうしても間接的な攻撃にしか繋がらないだろう。それは自分や仲間の『武器』などに付与するのも同じだ。

『敵』でも『自分』でも『武器』でもなく、他に付与の対象は――――


「……あ」


 使用タグと試作呪文とを見比べていてハッとした。先の3つ以外にも、付与の対象は確かにあった。


 ――それは、『事象』だ。


 二つの属性があるのだから、一方にもう片方を付与すれば良い。

 そうか、そうなんだ。なるほど。だからか。

『事象に事象を付与する』ということに気付けば、他の疑問への答えもどんどんと浮かんでくる。【水属性】+【土属性】だから【泥】を攻撃に使うと安直に考えてしまったが、『属性を合わせる』のと『事象に事象を付与する』のとは全くの別モノになる。


 ――ふむ。そうだな……。


 思いついたことと、高威力ということを意識して再度呪文を作り直した。


【掌前に生じし土の玉よ、其の身を槍と化せ。水よ集いて槍を覆い、穂先に流れる刃と化せ。疾く疾く回旋し、眼に映る敵へ、颯然と飛び出せ】


 本来、槍の形状にして【突貫】という特性を加えた土塊といえども重量はあるが鋭さが無いため衝撃は高いがあまり貫通力には乏しい。逆に水の刃は尖鋭さはあれど重さが無いため硬い防御も切れるがダメージは少量だ。

 故に今回は、土の槍の表面を水で覆って刃を形作ることで、土塊の重量に水刃の尖鋭さを付与させた強力な攻撃魔術となるのではないかと考えたのだ。

 表示された必須消費魔力は【57】。指定限界まで残り2まで迫った。凝り性の身としては60未満ということで、上限ギリギリの59ぴったりにしたいところだが……ふむ、結構時間を使ってしまったか。無念だが今回はこれで良しとしよう。


「……むむむぅ」

「ふむ」

「んん~?」

「…………(コクコク)」


 周りはボヤけてよく見えないが、微かに声は聞こえてくる。

 フィリップと緋奈は苦戦しているようだ。ガルガロは黙々とこなしている感じがする。ロロ美は正直分からない。


「……」


 デジタル時計ウインドウを見ると残り時間は36分程。

 見直しの時間も取りたいし、ラストスパートをかけるとしよう。


 ――よし!


 俺は再度、試験に集中していった。




   ◆○★△




 そして、最後の問題にまで迫った。

 だが、それを見た瞬間、思わず「えっ?」と声を出しそうになってしまった。

 何故なら――


 【問30】

 あなたにとって、魔術とは何であるかを述べよ。


 これは確か、一番最初のログインの時にナビゲートインターフェースの猫耳魔法少女【チーシャ】が訊いてきた質問とほとんど同じ内容だ。


 ――同じ質問をする意図は何なんだ?


 チーシャにされた質問に意味があると仮定した場合、今回の試験問題のこれにも何かしらの意味があると推測できる。わざわざ進級の懸った試験、それも最後の問題で出してきたのだ。前回と全く同じ回答で良い、という訳にはいかないだろう。

 同じ質問を時間を置いて二回出してきたとなると、その意図は『回答の変化を見たい』ということだろうか。前回の俺の答えは『魔法、魔術は俺にとって未知である』だった。


 では、今の俺から見た場合『俺にとって魔術とは何』なのだろうか?

 未知である、という評価は変わっていない。未だ俺にとって魔術が何かとは正確に把握したわけじゃない。新しいことを覚えるのには楽しいし、好奇心や興味も尽きない。


 ――む……楽しい?


 確かにそう思うが、俺は何が楽しいと感じているんだ?


 色々な魔術を覚えること? ――いや、そうでもない。

 魔術を実際に使えること? ――それも確かにあるが、一番じゃない。

 魔術の呪文を作成すること? ――近いが、何処か違和感がある。


 俺が一番楽しんでいる時とはどういう時だろうか。ワクワクしたのはどういう時だったか。胸躍ったのはどんな時であったか。


 ――ああ……それなら決まっている。


 いつだって、俺が楽しんでいたのは、心が熱く燃えていたのは、難題にぶつかった時――『思考』している時なんだ!


【自分にとって、魔術とは未知であり、同時に思考そのものでもある。分からないことを考えるというのは当たり前のことだが、新なものの解析、解明、発見、発明は、どれも絶え間ない思考の末に出るもの。つまり、自分の望む結果を生み出そうとする魔術とは限りない思考なのだと言える。】


 回答欄に打ち込み終わると、何処かストンと嵌まったような感じがした。


 ――そうだ。そうなんだ。


 魔術について思考することが、俺がMLOにハマる理由だったんだ。

 長年の疑問が解けたような感覚を得た俺は、何故かにやけてくる口元をしきりにもみながら、答案用紙ウィンドウを見直して試験時間の終了を待った。


「――――それまで!」


 凛としたロア女史の声が響くと同時、試験用紙とキーボードが消えて、代わりに周囲のディティールが鮮明になる。


「先ほど言った通り、結果発表はすぐに行う。今回中途退室者は居ないな。採点するので暫しそのまま待て」


 そう言うと、彼女は教卓にて幾つかウインドウを立ち上げてふむふむと採点を初めた。

 一気に弛緩した雰囲気が周囲に伝播する。


「うえ~あ、おわったぜーい……」

「あはは……色々な意味でねー」

「数問時間が足りなかったか」

「…………!(ふんすっ)」


 フィリップと緋奈はぐったりと机に突っ伏して溜息を吐いている。ガルガロは目を瞑り改めて出来なかった所を反芻しているみたいだ。ロロ美は……相変わらずよく分からないが、両手を握りしめて強気な瞳をしている。とにかく自信はありそうだ。


「ムッチョ~……おまえはどうだった~?」


 ゾンビと化したフィリップが訊いて来る。背後に「お前も駄目だったんだろ? 駄目だったと言ってくれ~」という文字が見える気がした。


「どうかな、一応全部埋めたけど」

「マジ?」

「カラムス、後で覚えてる限りで良いから答え合わせさせてくれ」


 事前情報通り、問題は当然貰うことは出来ない。なので復習したかったら試験時間内に出来るだけ覚えるしかない。

 ガルガロの提案に俺は頷いた。


「ああ、わかった」

「え、終わったテストをもう一度確認するの?」

「オレたちにゃ異次元の会話過ぎるぜい」

「…………!(うにゅうにゅ)」


 ふと、後の席のメイドさんな彼女のことを思い出した。

 彼女は試験どうだったのだろうか。


「……(チラッ)」

「……(にこっ)」

「!」


 少しだけ後ろを見てみたら、即座にメイドさんスマイルで返された。

 どうしてだか、彼女が低い点数を取っているとは思えないな。


「――よーし、静かに。これから試験結果を発表するぞ」


 そんなことを考えていたらロア女史の採点が終わったようだ。

 誰に何を言われるでもなく、全員が黙って姿勢を正した。


「もう一度言うが、採点方式としては、基本的に各問題は点数が決まっているが、記述問題だけはより良い解答であればあるほど加点する。それを踏まえて90点以上の者のみが実技試験に移れる。90点未満の者は残念ながら失格だ」


 合格基準はかなり高いが……問題は基本的に記述が多い。多少間違えたとしても加点されればまだ望みはあるということだ。


「それじゃあ、番号順に結果を言うぞ。――受験者番号01番、フィリップ」

「ごくり」


 教室内がシンと静まる。

 十分なタメを作った後、ロア女史は彼の結果を告げた。




「――――――――67点。失格」

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