第十四話 試験勉強……?
ピピロンッ♪
勉強を始めて直ぐ、短い電子音が響いた。メッセージの着信音だ。
ステ窓の【学友】画面から、学友登録したプレイヤーとはメッセージのやり取りが出来るようになる。
なかなか勉強が出来ないなぁ、と思いながら俺は受信したメッセージを確認した。
■From:フィリップ
【ヘイ、カラムっちょ! 今ヒマ? ガルさんや緋奈っち、ロロ美んたちとまた5人でダンジョン行かね? 今度のオレは一味違っちゃうぜ!? 他の3人にはもうメッセしてあるよん! んではでは、返答を求む!(@ω<)b】
フィリップからダンジョン探索のお誘いだった。
――そういえば、皆お互いにタイミングが合わなくてあれから会えてなかったな。
だけど、今回もタイミングは悪い。俺は既に勉強モードだ。今から他のことをする気には到底なれない。
俺は断りのメッセージを返した。
ピピロンッ♪
返信早いなぁ……まだ1分経ってないぞ。
■From:フィリップ
【試験とな!? kwsk!!】
脊髄反射みたいなメッセージだった。どおりで早いわけだ。
そろそろ勉強を再開したいが無視するわけにもいかず、仕方ないので進級試験を受けることと、それに向けての勉強を図書塔でしている旨をメッセージで送った。
そして五分後。
ピピロンッ♪
諦めたかな、と思って勉強を始めていたら再び着信音。手を止めてメッセージを見た。
■From:フィリップ
【おk! 今日はみんなで勉強会だ!!】
そう。勉強をしなければいけないんだ。
だからダンジョンは諦めて――って。
「…………え? みんな?」
俺は思わず、メッセージの文面を見直してしまった。
◆○★△
「ぱんぱかぱ~ん! それではこれより、第一回試験勉強会をはじめま~す!」
「ヨロ」
「あはは。わーわー!」
「…………!(わふー)」
――どうしてこうなった……。
いや、理由は分かっている。『試験』という言葉に興味津々に反応したフィリップに自分の居場所を教えれば、既に連絡をしていた皆も芋づる式にやってくるだろうことは予想できていたはずだ。それなのにこの状況を防ぐことが出来なかったのは先の悪魔召喚の件で色々と疲れることがあり思考力が鈍っていたからだと思う。
突然みんなが押し寄せてきて個人用の自習室では狭くなりすぎたので、場所を5人用の自習室に移した。
「あはは、それにしても現実世界じゃたった3日だけどかなーり久しぶりに感じるね」
「だなだなー。ちょくちょくメッセ入れたりしたけどタイミング悪くて全然揃えなかったからなぁ」
「…………(こくこく)」
「タグ集めとレベル上げで忙しかった。ただそれだけだ」
どうやらこの3日間、皆も自己鍛錬に励んでいたようだ。レベルもだいたい10を過ぎたくらい。
「フフーン! オレなんかルーンストーンを9個もゲットしちゃったぜ!?」
フィリップはやはり接近戦が出来る魔法戦士系を専攻にしたようだ。先日俺も行ったルーン洞窟に彼も挑戦してきたらしい。でも9個ということは第3エリアまでしかクリアできなかったのか。やはり戦神のルーンガーディアンで足止めを喰らったのか?
「ほう。ルーン洞窟か」
「お、ガルさん知ってるのか!? つーか行った?」
「僕はまだ行ってないな。他の皆は?」
ガルガロの問いに緋奈は笑顔で、ロロ美はハの字眉でふるふると首を振って答えた。
「カラムスは?」
「……1回だけ」
「おお、ムッチョも行った!? いやー、10番目のガーディアンが倒せなくてさ~!」
とうとう俺のあだ名が『ムッチョ』となってしまった。名前で残っているのは『ム』だけか……。
それにしても、やはり戦神がネックとなっていたか。
「ムッチョはいくつルーンストーン持ってるんだ?」
「えと…………12個」
「え? あれぇぇぇぇ!? 12個!? オレより多いよん!?」
「あはは。フィリップ負けちゃったねー」
「…………(こくこく)」
「噂では『戦神のルーン』を守るガーディアンがかなり強いと聞いたが」
「ああ、それは――」
雑談を交えながら近況報告をしていく俺たち。
購買で買ったというジュースやお菓子を食べながら、和やかに時間が過ぎていく。
――って、過ぎて行ったらだめだろう!!
バンッ! と思わず机を両手で叩きながら立ち上がった。
みんなが唖然とした顔で見てくる。
「どしたんムッチョ?」
「匂ったか? ――フィリップから」
「え、うそ。音は完全に消せてたはずだったのにどうしてバレ……ってMLOじゃオナラはできませんからー!!」
「あはは。ロロ美ん、100点満点中で採点は?」
「…………ノリツッコミ、3点、です」
「ロロ美んキビシ――――ッ!?」
「で、アホは放っておいて……」
「あはは、カラムスくんどうしたの?」
「…………?」
「いや、その、そもそも自習室に来たのは試験勉強が目的だったなと」
俺の言葉に各自がハッとした表情をした。
「おお! すっかりさっぱり忘却の彼方だった!」
「そうか済まない。失念していた」
「あはは。そういえば勉強するって言ってたねー」
「…………(コクコク)」
「そろそろ、勉強を始めてもいいか?」
どうぞどうぞ、という軽い声と共にようやく勉強会が始まった。
◆○★△
高位の付加情報という報酬は凄く魅力的だが、それよりも受けられる講義が増えることの方が取得タグ数にしても大局的に見れば得だ。ということで、今回俺たちが受ける試験は、自分のクラスを上げる『進級試験』とした。
俺は現実時間での22時に試験を受けると予定を立てた。夕飯や風呂などでログアウトする時間を加味しても、MLO内時間で丸一日は勉強時間がある。【喚起の書】やフィリップたちとのあれこれで多少気疲れしたが、気持ちを入れ替えて試験勉強をした。学校の試験勉強とは異なり、今回は空想創作物の色が強い魔術や魔法に関しての資料を参考書としている。ファンタジーな内容の書籍はどれも面白かったが、その分試験勉強をしているという感じは薄く、どこか違和感が俺の中で強い。
それでも読んだ内容はポイントポイントを押さえてノートに纏めている。一冊読み終われば纏めたポイントを読み返し、頭に再度叩き込む。
講義で取ったノートを併用して復習すれば、効果は倍だ。
「ムッチョ~【水属性初級】って、【水流】の文言使えたっけ?」
「それは【水】と【流れ】に分ければ使える。【水流】だと威力増加の意味も増えてるから初級じゃ使えない」
「ほほーう」
「カラムスくん、タグの【比喩】と【投影】ってどう違うの?」
「【比喩】は『~の如く』など比喩対象の能力に近しい効果を発揮する。対して【投影】は投影対象そのものになりきるように効果を発揮する。効果としてみれば【投影】の方が高いけどそのぶん消費魔力も多い、汎用性として見れば【比喩】の方が使い勝手が良い」
「なるほどなるほど。あはは、ありがとー」
「…………これ、なんて読む、です?」
「【雛罌粟】だな。ケシ科の1~2年草。別名グビジンソウとも言う」
「…………(こくこくっ)」
「カラムス。各属性の組み合わせから起こる事象についてなんだが」
「ああ、それならノートに纏めてある。えーと、此処だ」
「流石。……ふむ、やはり初級だとこのぐらいが限界か」
「いや、要素を増やして呪文を長くするか、もしくは複数回の呪文に分けることでもこれ以上の事象を起こせる可能性はある」
「! なるほどそうか。場に足りない属性値をそれ専用の呪文で補填してから本命を詠唱するということか」
「そういうことだ」
「――なんかガルさんだけ質問のレベルが違うよん!?」
「あはは。それに即答できるカラムスくんもそーとーだけどね」
「…………(こくこく)」
意外にも勉強は順調に進んだ。時折、というか結構頻繁に4人が質問してくるが、それ自体も復習となり、『誰々からの質問であった』という条件付け記憶も出来る。これは複数人での勉強会での利点だ。そういう意味では彼らを呼んだのは良かったのかもしれない。
「そういえばさー」
「?」
「よくマンガとかゲームで『真空の刃』みたいな魔法とか技があるけどさ。【風属性初級】じゃやっぱ出来ねーのな、呪文失敗したし」
風属性についての文言を考察した部分のノート(俺の)を見ながらフィリップが呟く。
「あはは。うんうん、よく聞くねー」
「…………(こくこく)」
「初級じゃ強化要素を加えないと微風程度の威力しかない。出来るとすれば中級以上か?」
緋奈、ロロ美、ガルガロは「ああそれか」みたいな顔しているが、俺はその言葉に強烈な違和感を感じた。
――真空の……刃?
フィリップの言った単語の意味を考えるが一向に分からない。それは一体、何のことなんだ?
俺はみんなに質問してみることにした。
「――済まないが、『真空の刃』って何なんだ?」
「へ? なんなんだって……真空の刃は真空の刃なんじゃねーの?」
「?」
「うん?」
「…………?」
なんだか俺の質問の意図が伝わっていないようだ。皆一様に疑問符を浮かべている。質問に言葉を付け足してみた。
「俺には『真空』と『刃』という言葉がどうも結びつかないんだ。一体どういう現象のことを指すのかがよく分からない」
「うーん、鎌鼬とかつむじ風でよく手を切るってあるよね? そういうのが真空の刃みたいに思ってたけど?」
「オレもオレも! そんな感じ!」
「…………ポ家門でも、『かまいたち』って技、あった、です」
「あれはマジ意味分からん技だった。あの威力で溜めありとか」
ロロ美やガルガロの言っている意味は分からないが、『つむじ風』というとよく乾燥した日にいつの間にか身体の一部が切れているとかいうあの現象か?
物理の授業で教師が雑談で言っていたが、確かあれって……。
「――定義によって変わるけど、『真空』っていうのはたいてい『気体の無い空間』を指す。フィリップたちの言うように風によって地表付近でそれが生じたとしても、真空の特性からして周りの酸素などを取り込む際に強い『吸引力』が発生するだろうが、人の肌を切り裂くような現象は起こらない……と聞いたことがあるけど」
「え? つまり、どゆこと?」
「そう言えば、そんな話をネットで見た気がするな。つまり、現代科学からすれば理論上『真空の刃』なんてあり得ないということか」
「ああ」
「へぇ、そうなんだー。あはは、知らなかったよ」
「…………(こくこく)」
「マジかー。じゃあ『ウインドカッター!』みたいな呪文て出来ないかもしれないのかよ……ん? てことは結局『かまいたち』って何? 全フィク!?」
「いや、あれは風で巻き上げられた砂粒や葉っぱで、と言われているな」
「かまいたち、正体見たり、すな・はっぱ」
「そんなオチ!?」
「あはは。まーそんなもんだよねー」
「…………(うんうん)」
「よく新旧どのゲームでも出てくる風系の技の定番だ。ゲームをやったことのある人間で物理化学に疎ければ、勘違いしてる者が多くなっても仕方ない」
「……そういうものか?」
ゲームでは、既に『真空の刃』というのものは定番化されているらしい。フィクション物ならば別にそういうものがあっても問題は無いが、このMLOでは起こす事象を詳細に指定しなければいけないこともあり、物理化学に沿っていない事象を起こすことは無理と思われる。
――まあ、【成形】系タグで事象に斬撃特性を付加すればそれらしき現象は起こせるが……。
それは他の属性でも可能だし、みんなの言っているものとは違うだろう。
「ガーン。ちょっとショック。指パッチンからの真空斬破! みたいなのに憧れてたのに」
「あははっ」
「…………(こくっこくっ)」
ゲームやマンガ、小説などの創作物では、あまり科学的根拠のないものも多く登場しているようだ。それらがこのMLOで実際に出来るかどうか、それも確認する必要があるな。
「――そういえばさ、昨日、属性論の講義で【土属性初級】をゲットしたんだけどね」
「おう、オレも取ったぜい」
緋奈の出してきた話題に、フィリップに続いてみんなが頷いた。
「玉シリーズを撃った時の消費魔力が、なんか設定した魔力よりも多く消費してるような気がするんだけど?」
「玉シリーズ?」
「あはは。【~の玉】って文言を入れた呪文のことだよー」
なるほど。【火の玉】や【水の玉】とかのことか。
属性はそれぞれ基本的に不定形だから、事象として発現させる際には形を指定させなければ事象維持がしにくい。球状を示す【~の玉】という文言は一番基本の事象固定も兼ねているのだ。
「消費魔力が多い、ねぇ……?」
「たいして気にはしていなかったが」
「…………?(むー)」
「緋奈が撃ったのはもしかして学園地下迷宮でか?」
「え? 確かにそうだけど、それがどうしたの?」
やはりそうか。つまり、まだちゃんと【魔術の属性】と【場所の属性】について理解できていないということだな。
「全ての場所には、火、水、風、土の各属性値が設定されている、ということは属性論の講義で言っていたよな?」
「えーと、そういえば…………言っていた……っけ?」
講義、聞いてなかったのかよ。
「言っていたんだ。――それで、【魔術構築画面】で表示される【必須消費魔力】ってのは、魔術を使うその場所に最低限の属性値があることが前提の値なんだ」
「そうなんだ」
「『最低限の属性値』ってのは本当に最低限だ。例えるならば、火属性なら燃焼させる『酸素』、水属性なら凝結させる『水蒸気』、風属性なら『大気』がその場所に在ればいい、というふうに。それらは普通に空気中に存在するものだろうからまず問題はない。だが、土属性には『土の地面』が必要だ」
正確には、【土】という文言には、なのだが。
「学園地下迷宮は……全体的に大き目なレンガっぽいので造られてるよな」
「初心者用ダンジョンになっている地下10階までだがな」
「わたしが試したのは地下1階だね。もちろんレンガ床だったよ」
「レンガ床。つまり土肌の地面ではなく、人工物の床だったから土の属性値が必要最低値を下回っていたんだろう。それによって土を生み出すのにより多くの魔力を消費したということだ。ちなみに土の地面のルーン洞窟では普通の消費魔力だった」
土が無い場所で【土の玉】の魔術を発動させると、掌の前の何も無い空間からもこもこと土の玉が生じる。逆に土の地面の場所では、地面から隆起して切り離された土が浮遊し、掌の前で球状の形を作る感じだ。
「そっかー。魔術を発動させる場所っていうのも大事なんだねー」
「テストにも出るかもだから要復習だ」
「あはは。はーい」
「なあなあムッチョ、これなんだけどさー」
「ん? ああ、此処は――」
内容が内容だからかフィリップたちも意外と真面目に勉強している。
皆の質問に答えつつ、俺も自分の勉強をこなしていった。
◆○★△
試験勉強を始めてかなりの時間が経った。
各々が夕食や風呂、ちょっとした所用などで席を外し、そしてしばらくして再度全員が集まった頃。
Prrrrrrrrrrr
――む、そろそろ時間か。
勉強に集中していれば時間を忘れる。ふと時計を見ると、アラーム設定で指定した時間まであと10分を切っていた。
試験を受けるには事務棟で申込みをする必要がある。俺たちは手分けして借りた書籍を本棚へと戻し、図書塔を後にした。
このMLOでは物理科学を是としているので、真空の刃は出来ません。
色んなゲームのエフェクトではズバババ!とやってるけど、実際には風じゃそんなことは出来ないんですよねー。
ちなみにMLOで風は無色透明です。最初はみんな使いたがるけど、威力低く、派手さがないため、段々と人気が減ってしまっている不遇属性。
だが巧く使いこなせば……?




