第十二話 籠められた意味
ルーン文字について予備知識があると、「ほうほう」と思うかもです。
むしろ、「えー?」とか思われるかもですが。
……ずっと、考えていたんだ。
『ゲームを楽しむ』とはどういうことか。
ハマる? ――ハマるとは、のめり込むこと。
のめり込むとはどういうことか? ――没頭、それだけを考えていること。
――そう。考える、つまり『思考』だ。
簡単なことだったのだ。俺がゲームを楽しむためには、普段勉強でしていたことをMLOでもすればいいのだ。
いつ何時でも常に思考し続ける。現状の改修、改変、改善を繰り返す。
思考こそが、俺の武器だ。
――――思考中――――。
まずは状況分析。
大剣持つ全身鎧骸骨・戦神のルーン守護者は、回避というよりは攻撃のいなしが巧く、また受け流しから自分の攻撃に繋げることも得意としているようだ。切満邪露とフェリシアーナは攻撃を受けることで精一杯で後手に回っている。唯一ウィントだけは持前の運動神経を活かしてギリギリ渡り合っていた。しかし、そんなウィントでも相手に与えるダメージ量は微々たるもの。むしろ受けているダメージの方が多い。
俺の魔術に関しては正直効果は薄いと言わざるを得ない。魔術行使は基本的に『呪文詠唱』、『事象発現』、『事象強化』、『発射』、『事象移動』、『着弾』という6ステップにより成っている。いくら【事象強化】と【事象速度】の要素を呪文に組み込んで火球などを加速したとしても、『発射』前のステップに時間が掛かり過ぎればあの守護者レベルの敵には察知されて簡単に避けられてしまう。かといって最初の3ステップを簡易化すれば魔術の射出速度は通常のまま、不意を突くタイミングならば命中するが威力は言うまでも無い。それにそのタイミングも見極めるのが難しくチャンスも少ない。
要するに、決定力不足。圧倒的に火力が足りない。
……そしてその火力役は、本来後衛の俺が担うべきもの。
つまり、俺が弱いせいでの苦境だ。
ならば――――俺自身が覆すのが道理というものだろう。力不足で嘆いていた昨日の俺とは違う。
次は、敵についての分析だ。
膂力強し、脚速し、技量高し。まさに『戦の神』のルーンを守るに相応しい敵と言える。されど、攻略サイトでは19個のルーンストーンを取得した者が居ると載っていた。この敵を倒している者は確かに存在しているのだ。ならば倒せないはずはない。
しかし、俺たちと奴とでは現状総合力で負けているのは確実だ。勝つためには更なる要因が必要となる。
――気になっているのは守護者の体に刻まれたルーン文字だ。
鳥の両翼を装飾した兜の額にルーン文字で【TYR】、全身鎧の胸元にルーン文字で【TIWAZ】と、それぞれ古ノルド語とゲルマン祖語で戦神のルーンの呼び名を刻んでいる。各々は【T:戦神】【Y:イチイの木】【R:車輪】【I:氷】【W:喜び】【A:神】【Z:防御】のルーン文字だ。
講義では、ルーン文字を連ねた単語には、刻んだ物に対して単語の意味の能力にプラスして、ルーン文字それぞれの意味の能力が付与される可能性を話していた。
全ての意味を正確に把握はしていないが、例えそれらを理解していても回生の一手になる可能性は少ない。
――何か、他に何かないのか……?
両刃の大剣の柄の上、刃の根元には【戦神のルーン】が刻まれている。これは【オーディンのルーン】の使用方法にもある【勝利のルーン】を使うために刻む場所だ。戦いが長引けば守護者がそれを使ってくる可能性が高い。いや、もしかしたら他にも特殊なルーンがあるかもしれない。
……なるほど。そういった視点から診ると、守護者の身体の至る場所にルーン文字が刻まれているのが確認できた。
脚の脛には【R:車輪】、移動やトラブル回避の意味を持つことから転倒などを防ぐ効果がある。
背中には【Y:イチイの木】、防御や危険が迫るという意味を持つことから、背後からの接近を気付かせてくれる効果がある。
他にも、左腕には【Z:防御】、右手の甲には【I:氷】、右腕には……【W:喜び】か?
なるほど、【戦神のルーン】のスペルとなっているルーン文字が体に刻まれているのか。でも、だとしたら【A:神】は何処に……?
――む、あった! 兜の後側だ!
いや、あれは【家畜のルーン】か?
しかし、何かがおかしい。この違和感の正体は…………そうか、文字の向きか!
一見して【神】と【家畜】のルーン文字は逆さまにすると似ている。故に兜の後側に刻まれた逆さまの【神】が【家畜】に見えてしまったのだ。
――だが、逆さまのルーン文字だと?
ルーン文字は一文字一文字に固有の意味がある。だからこそ、一字だけを刻んでも効果を発揮する。されど、それが逆さま――つまり正位置ではなく『逆位置』だとしたら、それぞれが固有する意味自体が逆転してしまう。
【神のルーン】の逆位置、つまり『守護者は神ではない』ということか……?
それの意味は解る。神などという存在が無暗に存在するわけではないということも。
――と、いや待て。そうか『逆位置』か!
守護者の全身鎧、その右腕部分に刻まれた【喜びのルーン】を見て違和感を感じたが、それは文字が逆さまだったからだ。初見で気付けなかったのは腕を持ち上げていたから。腕を下げた状態として見れば一目瞭然だった。
【W:喜びのルーン】は、牧草地や栄光という意味を持ち、正位置では念願が叶う、喜びを得る時期を表す、充実感、などを示す。それを考えれば逆位置では、不運、新しいことが上手くいかない、欠如、などを示す。
正位置が自身にプラスの働きをすると同時に、逆位置では自身にマイナスを課す。ならば逆位置の【喜びのルーン】が意味する事とは…………
――思考完了。
反撃、開始だ。
◆○★△
『――――ゥォォ!!』
「ぬぐぐぐぅ! おらっ!」
「破ッ、憤ッ、歩ッ! 危ッ!?」
「ブヘッ!? あ、ぅ~……ムムムー! い・い・か・げ・ん・倒れなさいって~の!」
守護者を囲むようにして戦っているウィントたち3人。その包囲網を流れるような足さばきで対抗している守護者。
敵の体力ゲージはようやく6割ぐらいまで削ることが出来た。だが、その代わり此方が消費したポーションは15個にも届く。一回の戦闘として考えれば使い過ぎだ。此処に至るまでにもかなりの量を使っているので、これ以上は先のことを考えれば厳しい。
やはり、今の状況を打開するための決定打が必要だ。
「――ウィント! 『右腕』だ! 守護者の右腕を狙え!」
「……!? ジャロ! フェル!」
「承知!」
「ういういっ☆」
守護者の正面にて対峙しているウィントに指示を送る。
彼は何も訊き返さずにすぐさま2人に合図し、行動に移った。
「【天知る地知る俺知らん】! 【ルーン:氷】ァァ!! うおおおおおお!!」
再度【氷のルーン】を発動させて守護者の憎悪値を引き付けると共に小盾を掲げての突進。ウィントの盾と守護者の大剣での鍔迫り合いとなる。
「きゃる~ん☆ 挑発だけが氷の能力ってわけじゃないんだからねっ! 【プリティ・ソルティ・レモネード♪】【アルマツィア・アルー】っ!!」
言うと同時、彼女の持つ短剣の刀身に刻まれた【氷のルーン】が光り出し、刃の周りに白い靄を纏うようになった。【オーディンのルーン】のひとつ、刀身に冷気を付与する【氷刃のルーン】だ。その冷気纏う短剣で守護者を斬り付ける。ダメージは微々たるものだが、刃の触れた場所が凍り付きその部分の動きが鈍くなったのを感じる。
『――――ゥゥッ!!』
「くっ……!」
がしかし、腐っても【戦神のルーン】の守護者。これくらいでは隙を見せてくれない。もっと、強く怯ませる攻撃をしなくては。
「ウィント! 50cm横にズレてくれ! ――【我、魔の法を紡ぐ】【掌前の虚空に生じし水の玉よ、疾く疾く渦巻く大気の器に強く圧し潰され、眼に映る敵へ、小さき孔より細く鋭く噴き出でよ】!!」
人の頭より大き目の水の塊が眼前に生じた。四方より集う風がそれを包み込み強く圧縮していく。
そして――――
「っ!? あいよっ!」
鍔迫り合いを続けるウィントが右肩を引いて半身になることで、俺と守護者の間の障害が無くなったその時。
ブシィィィィィィィイッッッッッッ!!!!
風の器から僅かに開いた孔から、水鉄砲の如く勢いよく細長い水流が噴出した。
『――――ッッ!!!?』
必須消費魔力【90】の高圧高速水鉄砲は守護者の胸に直撃!
思ったほどダメージは出ていないが、その勢いは熟練の戦士をも仰け反らせることに成功した。
「【アブラカタブラ・マジブラジャー】ぁぁぁ! 【風よ集え、我が剣を押せ】!! ――アッ、隙有りに御座るぅぅぅぅ!!!」
その一瞬に、両手剣を上段に構えて控えていた切満邪露が踏む込む。追風により攻撃速度の増した斬撃が、守護者の右腕を正確に捉えた。
――――断ッッッ!!!
『ァァァッ!?』
鎧に包まれた守護者の右腕が、派手に吹き飛んだ。
――いくら敵が強くても、相手は神ではない。ならば、必ず弱点があるはず。
【喜びのルーン】の逆位置の意味は『満たされていない』ことを示す。言い換えれば欠乏、欠如、欠損。俺はそれを、守護者の弱点だと推測した。
「わーお! 部位欠損ったよー☆」
「それがしの手柄に御座るぞおおおお!!」
「うるせぇよジャロ! そういうのは倒してからにしろ!!」
「まだだっ! 油断するな皆!」
右腕の無くなった守護者が、左腕だけで大剣を掴みそれを持ち上げる。その様子に諦めは見られない。
しかし、本来は両手で扱うことを想定されている両刃の大剣だ。それを片腕だけで振り回すには限度がある。目に見えてその動きに精細を欠くようになった守護者は、正直、俺の魔術の良い的と成り果てた。
そして……。
「――う、おーっしゃ~~~!!!」
「ふははははー!! 倒したで御座るぅぅぅ!!!」
「きゃる~ん☆ きゃるきゃるきゃるる~ん!!」
「ふぅぅ……」
激戦の末、俺たちは戦神のルーン守護者を下した。
やはりというべきか、逆位置のルーン文字は弱点で間違いなかったのだろう。右腕や後頭部に入れた攻撃と、そうでない場所に入れた攻撃とではそのダメージ量は明らかに違った。
ただ、今回右腕を切り落とすことが出来たのは運の要素が強かったことは否めない。総合力では守護者が勝っていたのだ。何かが少しでもズレていれば、結果は逆となっていただろう。
「ふぃー……にしても、今回のMVPは――」
「ふふん。それがしに御座るな」
「きゃる~ん☆ 照れるにゃん♪」
「いやお前らじゃねーよ。そこ照れんなっ。――ったく、敵の弱点を言い当てた、カラムスだろ」
「……え?」
「むぅ。そういえば、どうやって彼奴めの弱点を言い当てることが出来たので御座るか?」
「きゃるるん? 攻略サイトにそんな情報載ってたっけ~?」
「載ってねーよ。だよな、カラムス?」
「あ、ああ」
俺は自分の考察を3人に説明した。
守護者は、自身の司るルーン文字の呼び名のスペル、それに用いているルーン文字のそれぞれを体の何処かに刻んでいて、その能力を扱っている。そしてその中には、逆位置のルーン文字を用いた弱点が設定されている可能性がある。
今回の守護者で言えば、右腕の【喜び】と、後頭部の【神】のルーンが逆位置になていたからこそ気付けたことだ。思えば、今までの守護者たちも同様に弱点が設定されていたのかもしれない。特に苦戦することがなかったから気にしてはいなかったのだが。
攻略サイトにはダンジョンの大まかな概要が載っていただけで、未だモンスターの詳細情報などは全く無かった。
「……ふっ、ふふふのふっ」
「どうしたウィント殿。拾い食いはよくないで御座るよ」
「きゃるるーん☆ そういえばさっきの【ファンガルゾンビー】って【茸付き腐肉】を落とすんだったよね~」
「ま、まさかウィント殿……」
「食べ……」
「――てねーよ! そうじゃなくて! 『カラムスを誘ったオレGJじゃね?』って思ってたんだよ!!」
『…………ハッ、なんだ自画自賛か』
「そこだけ2人とも素!?」
「はーい☆ じゃあ次行きますよーん♪」
「で御座るな。次からはその弱点とやらをよく観察することにしようで御座る」
「ちょ、ま、おーい! オレを置いてくなって! カラムス? カラムスはオレを置いてかないよな? な!?」
「…………」
ルーン洞窟攻略の糸口が見えたのでは、と思った矢先。
仲間内の連携に若干の不安を覚えた俺であった。
◆○★△
逆位置のルーン文字からなる弱点は、その後の守護者たちを倒す上で非常に役に立った。どの守護者も俺たちよりは幾分か格上でかなりの強敵だったのだが、弱点を突くことで弱体化して少なくとも同格にまでは落とすことが出来た。同格の敵であるならば、これまでの一週間の経験で近接戦闘に慣れたウィントたち3人と、様々な状況を想定して登録してある俺の呪文があれば苦戦などはしない。
俺たちは着実と第4エリアの守護者を倒していった。
「――――ガハッ!?」
そして、第5エリア。
順調に進んでいた俺たちは……
『ボオオオオオオオオオオ!!』
「カラムス避けろ!」
「うわ!」
「ひゃん! ちょ、危ないんですケドー!!」
「一ヶ所に固まるなで御座る!」
苦戦、していた。
『ボッ、ボッ、ボオオオオオオ!!』
「クソッ、硬ぇ……!」
「刃が通らんで御座る」
「きゃるーん……テンションだだ下がり~↓↓↓」
体長5mはある上半身が腐ったゾンビトロールで下半身がトド、背中にタコのような触手を付けた【シーキマイラ・ロットロール】。取り巻きの危険色の渦巻貝蝸牛【ボルテックス・ポイズカルゴ】4匹を伴い現れたこいつは、第5エリアの――――ただのMOBである。
「POT、残り10個切った!」
「やっべ!」
「これは……撤退を考えたほうが良いで御座るな」
「きゃるるーん☆ どうするのどうするのっ? はやくしてー!!」
取り巻きはなんとか倒した。本当になんとか、だが。
問題はこのデカブツだ。強いか弱いか問われれば正直、答えに窮する。
攻撃は単調だ。フジツボの付着した巨大な棍棒を振り回す。巨体でのボディプレス。タコの触手での締め付け。トドの尻尾での薙ぎ払い。
戦神のルーン守護者のような技巧は全く無い。強烈ではあるが、鈍く遅く単調な攻撃手段。――なのに、倒せない。
「【我、魔の法を紡ぐ】【眼に映る敵の情報を示せ】」
【識別初級】タグにより敵の情報を見ることが可能となった。初級なので大した情報を見れないが……。
目の前にモンスターの情報を記載したウィンドウが現れた。
■―【シーキマイラ・ロットロール】―■
レベル:28
属 性:【水】【毒】【不死】【腐蝕】
体 力:8280/8943
魔 力:1340/1392
魔術抵抗力:430
■―――――――――――――――――■
愕然とした。レベル差は勿論、恐らく基礎能力の段階で話にならない。
――エリアが1つ変わるだけで此処まで違うなんて……。
あの滑った身体のせいか、俺の持つ一番威力のある火属性の魔術は効果が薄い。風属性もそもそも初級ではダメージは期待できないし、水属性持ちである相手には同属性は当然効き難い。
否、既に技術や相性云々ではない。俺やウィントたちの全ての魔術において効果が低いのだ。恐らく、魔術の威力が敵の魔術抵抗力に対して低いのだろう。10レベル以上も格下の俺たちでは満足にダメージも入れられないくらいに。
多分、【威力強化】要素をいくつも重ねれば高ダメージはあたえられるだろう。だが、それだけだ。体内魔力を全部使ったとしても一撃で4分の1も削れやしないと思う。そして魔力を回復する手段が時間経過しかない現状、魔力が枯渇したら実質俺などただのハリボテだ。
――これは切満邪露の言う通り、退いた方が良いかもしれないな。
今ならば傷はまだ深くは無い。一旦退いてレベルを上げてから再挑戦するべきだ。
俺はそう結論を出し、提案しようとした。
その時。
「――うん?」
「あら」
洞窟の通路の奥から、二人の少女が歩いてきた。
白のノースリーブのジャケットに同色の短パン。両手には指貫グローブ、ショートカットの赤い髪にはこれまた白のハチマキ。
一瞬、中性的な男かとも思ったが、しなやかな身体付きにふくらみかけの胸がそれを否定する。無邪気な瞳をしているボーイッシュな少女。
もうひとりは、いわゆるゴシックロリータと呼ばれる桃色のフリフリな服を着ている、しかし背の高い少女だった。水色のストレートヘアをフリル付き白色ヘアバンドで留めている。腕を組み、若干顎を上げて見下すように見える双眸は何処か尊大な態度を思わせる。
2人の少女は、遭遇した戦闘中の俺たちを遠巻きから眺めていた。
◆○★△
「おろろ。なーんか苦戦してる?」
「『診』なさい、格が違い過ぎるわ。恐らく、此処が終焉に続く奈落と知らずに迷い込んだ哀れな子羊たちなのでしょう」
「終焉に続くとかあたしも今初めて知ったんだけど……。ていうか、純粋に考えるのならあのレベルで第4突破してきたってことだよね。それって結構凄いんじゃない?」
「それで第5まで来るなんて無知無謀無策としか言いようが無いけれどね」
「そうかもだけど、キッツいなぁ。……ま、なにはともあれ」
「行く気? それはあの子たちから敗北という名の経験を奪う行為よ」
「分かってるけどね。――あたしは、『あたしのしたいことをする』。それも知ってるでしょ?」
「……そうだったわね。もう何も言わないわ。因みに私は手伝わないから」
「それも分かってる! おーい!」
◆○★△
「おーい!」
「?」
「だ、誰だ?」
「きゃるーん?」
戦闘の最中、遠巻きに見ていたボーイッシュな少女の方が此方に向かって呼び掛けながら駆け寄って来た。正直、シーキマイラ・ロットロールへの対処でそれどころではないのだが。
「助太刀必要ですかー?」
ショートカットのハチマキ少女は両手をメガホンのようにして俺たちに向けて叫ぶ。
――助太刀、だと?
俺たちに加勢してくれるという意味か?
確かにそれは有難いが、彼女のような細身の女子がいくら加勢してくれると言っても……。
「チッ、仕方ないか。――スンマセン! お願いしまーす!」
PTリーダーであるウイントは即座に答えを出した。無意味な虚勢は張らなかったようだ。
「はいはーい」
ハチマキ少女は気軽げに手を上げてそれに応え、軽快な足取りでシーキマイラ・ロットロールに近付く。
「ちょ」
「危ないで御座る!!」
「え、武器は!?」
彼女は武器らしい武器は何も持っていない全くの素手だった。杖や剣を取り出す様子もない。魔術を詠唱するにも、そんなに近付いてどうするつもりなのか。
『ボオオオオオオオオオ!!』
無防備に近付く標的に向け、シーキマイラ・ロットロールは巨大な棍棒を勢いよく振り下ろす。
「せ~のっ」
対してハチマキ少女はゆっくりと腰を捻り、大振りな拳をそれ目掛けて――――放った。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!
「んなッ!?」
「!?」
彼女の拳と怪物の棍棒が衝突したと思った瞬間、轟音と共に怪物が姿を消した――否、遥か後方へと吹き飛ばされたのだ。
洞窟の壁に激突したシーキマイラ・ロットロールは、ぴくぴくと痙攣しながらその身を紫煙へと変えていった。
「ありゃ。LAだけ残すつもりだったけど、失敗失敗。コレって加減が難しいんだよね」
頭を掻きながらてへりと苦笑するハチマキ少女。
俺たちは、それを唖然として見ているしか出来なかった。
◆○★△
その後、ハチマキ少女にお礼を言って彼女たちと別れた俺たちは、もと来た道をなんとか戻り、無事にルーン洞窟を出ることが出来た。
成果としては、ルーンストーンは12個取得、そして俺は10レベルにまで上がった。今回の始めに設定した目標からしてみれば十分過ぎる成果だろう。
「――にしても、あの子はやばかったな~」
「うむ。まさかあのデカブツを一撃とは」
「それもパンチでだよ? きゃるーん☆ どうやったらあそこまで強くなれるのーん?」
「確かに……」
口に出るのは誰もがあのハチマキ少女のことだった。
しかしそれも仕方ない。それほどまでに衝撃的だったのだ。
同い年くらいの、健康的に引き締まっていたけど傍から見れば細い部類に入るあの少女が自分の何倍もの巨体を誇る化け物を一発殴っただけで吹き飛ばした光景は、否が応にも瞼に焼き付いてしまっている。
強力な武器を持っているわけでもなく、呪文を唱えたわけでもない。
一体どうやったらあのようなことが出来るのか……。
「――ルーン文字、だな」
「え?」
「チラッとだけど、攻撃の瞬間に手の甲に光ってる文字列みたいなのが見えた。たぶんアレって、ルーン文字で何かの単語を刻んでるんじゃねーのか? よく分からんけど」
「ふーむ?」
「例えば『パワー!』とか? きゃるーん☆」
「いや、だから分からんって。つか例えが『パワー』て……語彙無さ過ぎェ」
「う・る・さ・い・ゾ☆」
「仕方なし。馬鹿で御座るからして」
「コラー!」
「くははっ」
――あの強力な一撃はルーン文字が理由だった……?
詠唱もなく、武器も持たず、敵の攻撃すら意にも返さず、軽いパンチであれほどの巨体を吹き飛ばすほどの威力が、ルーン文字に依るものだったというのか。
もしルーン文字で単語を身体に刻んでいる場合、その単語から生まれる力が強ければ強いほど魔力を常に消費し続ける。
あの少女は、一体どれほどの魔力を使っているのか。そして、そのような強大な力を生む単語とはどのようなものなのか。
「ま、それはいいや。んじゃ鞄の中整理して次のダンジョンに行くか!」
「む、承知に御座る」
「りょ~か~い☆」
「…………え?」
なに、今日はこれで終わりじゃなかったのか?
手に入れたルーンストーンのこともあるし、それ以外にも他に少し調べたいことがあったのだが……。
「おいおい。俺たちの冒険はまだ始まったばかりだぜ?」
「何やら打ち切りなセリフを吐いているで御座るが、現実時間的にもまだまだ時間はたっぷりあるで御座る」
「きゃる~ん☆ そいえば知ってるぅ? 学園地下迷宮10階クリアでタグが貰えるんだって~」
「あ、オレそれ取ってないかも」
「ふむ。では決まり、で御座るな」
これは……断れる雰囲気ではないな。
というか、この状況で断るなんてことが俺の(コミュ)レベルでは出来ない。
まあ、それならそれでいい。ダンジョンで経験値を稼ぎつつ、新たなタグを得られるのならば効率としても悪くない。
「…………」
――しかし。
今日見たあのハチマキ少女。
彼女は、俺にとって一つの可能性を見せてくれた。
あれがルーン魔術によるものなのだとしたら、それを極めれば軽々とあのようなことが出来るということだ。
ならば、他にも数ある魔術でも同じことが出来るのでは?
むしろ、複数の魔術を極め、更に組み合わせ次第ではそれ以上のことも――。
心の隅に言い得ない高揚を覚えながら、この日はウィントたちと幾つかのダンジョンを廻った。
…………正直、ウィントたちのテンションに付いていくのが一番キツかった、というのはここだけの話だ。
■本日の取得■
・タグ
【比喩:小型獣】【投影:小型獣】
・ルーンストーン
【家畜】【野牛】【車輪】
【松明】【氷】【防御】
【馬】【人間】【賭博】
【戦神】【太陽】【水】
【呪文詠唱】に加え、【ルーン魔術】を覚えた主人公。
次なる魔術は果たして……?




