第十一話 ルーン・ガーディアン
「――【我、魔の法を紡ぐ】【掌前の虚空に生じし水の玉よ、眼に映る敵の足元へ飛び、其の踏所を滑らかに濡らせ】」
ルーン洞窟は幾つかのフロアに分かれていて、それぞれが木の枝のような行き止まりの多い迷路となっている。その数多い行き止まりの内、各フロアに3ヶ所、ルーンストーンがある広い空間が在る。その空間には、決まってその場所で取得出来るルーン文字が大きく刻まれた巨石と、そしてそれを護る『ルーンの守護者』が存在している。
「【我、魔の法を紡ぐ】【掌前の虚空に生じし火の玉よ、眼へ映る仲間の剣に走れ、三十秒間、其の剣に纏いて宿り、刃で斬られた敵を焼け】」
現在、俺たちが対峙しているのは、入口から一番近い部屋の【野牛のルーン】の守護者だ。ルーン洞窟はスケルトンやゾンビなどのモンスターが出現するが、守護者は更に自身の守るルーンの力を持っている。
ルーン文字で野牛を表す【UR】を刻んだ全身鎧を纏い、大きな闘牛の角を付けた兜を被った大型のスケルトンがこの場所の守護者だった。動きは遅いが、両腕に持つロングソードでの薙ぎ払いや、兜の角を突き出してその2mを超える巨体での突進などの威力は、それぞれが強力無比の一言に尽きる。
「【我、魔の法を紡ぐ】【風よ、眼に映る敵の顔面へ、砂埃と共に舞い上がれ】」
遅い動きを更に鈍くさせるために色々と魔術を講じていく。
【野牛のルーン】を司る守護者は、やはりそのルーンの意味を色濃く能力に反映されているようだ。荒々しい力、逆境(体力ゲージが減る毎)に増加する膂力。だが、一番最初なボスだけあって強いといってもそれだけだ。対処できないほどではない。
「【我、魔の法を紡ぐ】【掌前の虚空に生じし火の玉よ、風を含みて熱く燃え滾れ、其の身を槍と化して疾く疾く回旋し、眼に映る敵へ、上方にて弓形の軌跡を描き、颯然と飛び出せ】!!」
戦うのは二度目だというウィントたちの助けもあり、俺は難なく第一の守護者を下した。
◆○★△
そして俺たちは洞窟を進み、次々に守護者を倒していった。
【ルーンストーン】を手に入れろというから、ルーン文字を刻んだ石を拾うのかとも思ったのだが、実際は石というより石の形をした『ルーン文字を扱える証』といった物のようだ。
守護者を倒して、大きくルーン文字が刻まれた巨石に触れることでルーンストーンを手に入れたその直後、魔術構築画面に【ルーン魔術】の項目タブが増えた。自分の躰や装備に刻むルーン文字の設定が出来るようになったのだ。
「――それにしても、カラムス殿はおかしいで御座る」
現在は第3フロアを攻略完了し、取得ルーン文字は9つ。4番目のフロアへと向かっている。
「は?」
「だよねーだよねー! おかし過ぎるよね~!!」
「な、何がおかしいんだ?」
洞窟を進む最中、霧満邪露とフェリアシアーナが俺のことを話題にあげてきた。
「カラムス殿の使っている魔術で御座るよ。次から次へと状況に適した異なる呪文の詠唱……一体いくつの呪文を登録しているで御座るか?」
「え? えーと……234個」
「234っ!?」
「234個もで御座るか!?」
「あーいや、飛ばす角度とか威力とか、ちょっとずつ変えてあるのを登録してるだけだから種類自体はそう多くは……」
「いやいやいやいや! その数を把握して、その場の状況に適した呪文を即座に使い分けてるだけで十分に凄いで御座るよ!」
「そ、そうなのか?」
正直、何をそんなに驚かれているのかが分からない。
呪文とは要素の組み合わせだ。事前に様々な組み合わせを登録しておいて、各要素の特定の文言を記憶しておけば、その時その時で必要な文言同士を組み合わせれば使いたい呪文になるようにしている。
むしろ、そうするのが普通だと思っていたのだが……。
「はっはっはっ、だから言っただろ! こいつを誘えば絶対面白くなるって!」
「ふむむぅ。それではちょっと考え方のおかしいカラムスのために、普通の初心者が陥る展開を説明するで御座るよ」
――俺の考え方が、可笑しい……だと……?
「最初はやっぱみんなタグを取りまくろうとするんだよな」
「それがしらもそうで御座った」
「もしくは~、初っ端からダンジョンに突撃するとかねー♪ きゃるーん☆」
俺は後者だったな。それで得た物は多かったが。
「初っ端ダンジョンはほぼ保健室送りのプレイヤーが多いで御座るな」
…………それも、俺だな……。
「んで、講義を受けるだけで貰えるタグが一通り揃ったら、さっそく呪文を作るぜー! ってなるだろ? だけどな~……」
「だけど?」
「魔術の失敗に次ぐ失敗の嵐で御座る」
「きゃるる~ん☆」
「あ、あー、なるほど」
確かに最初の内は、自分の持っているタグで使える文言と使えない文言との境界線というものが分かり辛い。【火属性初級】タグにしても、どこまでが初級で、どこからが中級なのかも分かっていない状態だったのだ。ひとつひとつトライ&エラーを繰り返して使える文言とそうでないものを理解していかなければならない。
「ぷふふっ。ジャロとかは最初、ものすっっっごい中二臭漂う呪文をキメポーズまでして詠唱したのに、結果は『……シ――ン……』だったもんねー♪ ぷークスクスきゃるるーんっ☆」
「それはそれがしの黒歴史に御座るッッッ!!」
「え~と、なんだっけ? 確か……【誰ぞ彼よりも暗き者、鼻血流れる赤き者、時の流れに――――」
「おいやめろ。しかも違うで御座るし……」
一度は詠唱してみたい呪文代表をやろうとしただけに御座る……とボソボソ言う切満邪露を笑うウィントとフェリシアーナ。
――ふむ、なるほど。
ウィントたちの話を総合すると、つまりタグ不足による『不発失敗』をしてしまうプレイヤーが多いらしい。ある程度タグを取得してしまうとそれ以降の新しいタグを取得することは難しいという話だし、タグを持ってない⇒考えた呪文が使えないということで、呪文を考えるのを止めて別の道(ルーン文字等の別の魔術)を探すプレイヤーが多いのだという。
「まあ、それに加えてもうひとつの理由もあるので御座るが」
「もうひとつの理由?」
「ははっ。それは俺がお前を誘った理由のひとつだよ」
「きゃるる~ん☆ つ・ま・りっ、『記憶力』の問題だよね~」
「記憶力……」
「普通はカラムズ殿のように100以上の数の呪文を覚えることなど出来ないで御座るよ。他のゲームみたいに魔術の名前を言うだけ、ではないで御座るからして、せいぜい覚えられるのは3つか4つ、多くても10個以下で御座る」
「え? でも、これを使えば呪文を見ながら詠唱できるんじゃ?」
呪文が覚えられないならカンペを使えば良いじゃない? という考えの下に作られたのがこの――『白紙の魔導書』ではないのだろうか。これを使えば問題は解決だと思うのだが。
「あ~……やっぱ知らないでソレ使ってたんか」
「のようで御座るなぁ」
「きゃるーん☆ 情弱乙ってゆわれちゃうよ~ん♪」
「?」
「勿論、ソレを使っていたプレイヤーは多かったらしいで御座る。されど、ベータテスト時代に『白紙の魔導書を使うのは恥ずかしいこと』という認識が広まってしまったようで御座るな」
「は? それはどうしてなんだ?」
「それがしも詳しいことは分からないので御座るが、白紙の魔導書を装備しているプレイヤーと杖装備のプレイヤーで何やらごたごたがあったという話で御座る」
「まあ要は……『自分で考えた呪文も覚えられないようなカスが、カンペなんて見苦しい真似してんじゃねえよクソっ!』ってことよねー♪ キャハハきゃる~ん☆」
「…………」
「色々と尾ひれ背びれ装飾過多で掲示板で晒されたりなんかしたみたいでさー。白紙の魔導書使ってるの見たら『カンニング常習犯発見なう』ってつぶやかれるのが当たり前だったぽいぜ? まあ、正式サービス開始して3週間も経った今じゃけっこう下火になってきたっぽいけどな」
「しかし、それが理由で白紙の魔導書は使われなくなり、結果、複数の呪文を覚えきれずに発動の簡単なルーン魔術に走るそれがしらのようなプレイヤーが多くなっていったので御座る」
「後は、ダンジョンに行かなくても何かしらの条件をクリアすることで手に入れられるタグを探すプレイヤーとかな」
「そう、なのか……」
確かに、白紙の魔導書には魔術的効果はなく、呪文を記憶できるのならば杖や儀式用短剣のような魔術効果を高める武器を持ったほうが良いといえば良い。しかし、『呪文を覚えられない』というマイナスに対して『カンペを見る』ことでプラマイゼロにできるのならば別段悪くはないと思う。それが例え多少のデメリットを伴っているのだとしても、それ以上のデメリットを消せるのならばもはやそれはメリットだ。それを批難する意味が分からない。
「ま、ネットじゃそういう理不尽はよくあるってことだ。気にしても仕方ねーよ」
「だよねだよねー☆」
「で、御座るな」
「そうか……まあ、俺は俺なりの考えがあってこれにしてる。今の話を聞いたからといっても、それを改める気は今のところないな」
「ははっ。ああ、それでいいと思うぜ」
「実際、カラムス殿の呪文は見事で御座るからな」
「むー、これがビギナーってのはちょっと納得いかないけどー……ま、確かにウィントの言う通り、カラムスを誘ったのは正解だったかもねー♪ きゃる~ん☆」
「ふっふ~ん」
「ドヤ顔乙で御座る」
荒唐無稽な噂や風評というものが意外と世に深く影響するということは、歴史を鑑みれば分かることとはいえ、やはり人間は情報に踊らされる生き物だということを強く感じてしまった。
――だけど俺は、我が道を往こう。
より良い方法があるのに、よく分からないけど皆がしないからしない、というのは何か違うだろう。特に、俺のやり方では白紙の魔導書は必要だ。知り合いも少ないし、他人に何を言われようとも別段気にはしないしな。
◆○★△
ルーン洞窟第4エリア。
第3エリアまでは接近戦主体のモンスターのみだったが、第4エリアからは弓や簡易投石器などを使う遠距離攻撃を持つモンスターや非人間型のアンデット系モンスターも出現する。更にそれらのレベルも、一回りも二回りも上がっていた。
「さーてお前ら、気を引き締めろよ? 前回オレらがやられたのはこの先なんだからな」
ウィントたちは今回の探索でルーン洞窟は4回目らしい。前回はこの第4フロアの10番目のルーンストーンを守る守護者に逆にやられてしまったというのだ。
「第4エリアの適正は20レベル以上で御座る。適正に届いていないそれがしらでは前回の二の舞になるのはある意味必然。……なれど」
「きゃるる~ん☆ 今回はカラムスのおかげで後衛がしっかりしてるからー、もしかしたらもしかしてもしかするかも~!!」
「――で御座る。頼み申した、カラムス殿」
「あ、ああ。了解だ」
10番目の守護者が司るのは【T:勝利のルーン】だ。『勝利』、『強い意志』などの意味を持ち、戦神テュールを表す文字とも言われている。その意味通りの能力を持つのだとしたら、倒すのが非常に困難だということは想像に難くない。
だが、それでも24個あるルーン文字の中の10番目でしかないのだ。倒せぬ道理はない。それに、俺としてはこの『適正レベル』というものも少々疑問に感じている。確かにレベルが上がれば体力や魔力などの基本ステータスが上昇するのだが、あくまで戦闘では自分で設定した魔術がモノを言う。
――つまり、魔術の扱い次第ではレベル差というものは覆るのだ。
「次の曲がり角の先の広間に、例の守護者が居るはずだぜ。………………。あれ? 居るよな!?」
「居るよ~ん☆」
「ふぃー……よかったぜ。誰かに先に倒されてたら1時間は出てこねえからな」
「即席迷宮ではないから他のプレイヤーも普通に入ってくるで御座るからなぁ」
「鯖が一個しかないってのも珍しいよねー☆」
ルーン洞窟は公共迷宮なので、見ず知らずの複数人のプレイヤーが同時に同じ場所を探索することが出来る。しかし、その弊害として守護者を他人に倒されてしまうというものもある。守護者を倒すことでルーンストーンを取得できる『資格』を手に入れられるので、獲物を先に取られるということもあり得るのだ。更に今はルーン魔術を使う者が増えているということもあり、ルーン洞窟に訪れるプレイヤーも多い。実際、第1エリアで1番目の守護者から倒してきた俺たちだったが、それらを飛ばして数エリア先へと向かうプレイヤーたちとは何度も擦れ違っていた。
「――さてと。カラムス、そろそろいいか?」
「ああ、魔力も完全に回復した。いつでも行ける」
守護者の広間前の通路にて、俺たちは体内魔力の回復のため小休止をしていた。 ウィントたちは体力の回復や装備品の消耗度の確認、俺は俺でもう一度呪文を見直していた。
「んじゃ、支援効果かけ直してから突撃な」
「承知に御座る」
「りょ~か~い☆」
「わかった」
三人がそれぞれ効果持続系ルーン魔術を発動させる。
かく言う俺も、自身の魔術構築画面で設定することで胸に刻んだ【防御のルーン】を発動させた。効果は20分。制服の内側の胸元から微かに光が漏れてくる。
「では、今回はそれがしから逝くで御座る」
「ジャロ、大丈夫か? 主に漢字的な意味で」
「フッ、無問題に御座る。主に服装的な意味で」
「きゃるーん☆ ダメっぽいね~、主に脳みそ的な意味でっ♪」
「…………」
もう少し真面目にやってくれないかな。主に戦闘的な意味で。
◆○★△
戦神のルーン守護者は、一本の大剣を携えた全身鎧を纏うスケルトンだった。しかし、他の守護者よりも小さく、身長171cmの俺とほぼ変わらないくらいの、普通のスケルトンと同様な背丈だった。
『――――ォォ!!』
「くっ! やっぱ、強いで御座るなぁ……!」
されど、ルーン洞窟での最初の壁として立ちはだかるこの10番目の守護者はやはり、普通のスケルトンはおろか今までのそれとは一線を画いた強さを持っていた。
「【我、魔の法を紡ぐ】【掌前の虚空に生じし火の玉よ、風を含みて熱く燃え滾り、眼に映る敵の頭上へ飛べ、上空より風に巻かれて落下せよ】」
強烈な膂力を持っているというのもある。俊敏な速度を持っているというのもある。だがしかし、それらは一見目立たない。対峙しているウィントたちを後方から見渡すことで分かったことだが、奴のその動きひとつひとつの丁寧さが際立っているのを感じた。
無駄の無い動作というものは、ああいうものを言うのだろう。例えるならば、武道経験者と初心者が戦っているようなものだ。ウィントや切満邪露の動きが凄く粗く不恰好に感じる。
「ややややや~!」
前衛2人を相手している守護者の死角から短剣を逆手にフェリシアーナが迫る。タイミングを合わせたウィントと切満邪露が同時に左右から剣での攻撃、そして俺が上からの火球。奴に逃げ場は無い!
……はずだったのだが。
「マジかっ!?」
「なんと!」
「ぅええええ――――はびゅッ!?」
「……!? フェル!」
サイドステップで右に避けると同時に、大剣でウィントの剣を滑らせるように持ち上げ、身を翻し、迫っていた小柄な影へとその刃を振り下ろした!
吹き飛ばされ、体力ゲージを6割近くまで減らしたフェリシアーナ。
「カラムス!!」
「分かってる! ――――【掌中の薬液よ、眼に映る味方へ飛び、其の身に浸み込め】!!」
攻撃力、速度共に高い敵だ。削られた体力は即座に回復させなければ、次の瞬間には倒されかねない。
小瓶から飛び出したポーションがフェリシアーナにかかる。
「あぅぅ……むっ、しゅぴぴーん! 回復ありりん☆」
『…………ァァ!!』
わざわざカメラ目線で感謝を告げるフェリシアーナの横を、守護者が颯爽とすり抜ける。空洞からなる奴の双眸は間違いなく俺を標的としていた。
「そいつは回復役を優先的にタゲって来るで御座る!」
――その情報は攻略サイトの情報にて既に知っている。
間近に迫る全身鎧骸骨に対し、俺は後退しながら呪文を詠唱する。
「――【敵前の虚空に生じし火の玉よ、風を含みて熱く燃え滾り、その身を盾と化せ】!!」
敵との距離と詠唱完了時を調節して魔術を発動させる。アンデット系モンスターの弱点である【火属性】で、『防ぐ』という特性を持つ【盾の造形】をとった【炎の盾】だ。
直径1mほどの円盤の形となった炎は守護者の接近を阻み、次いで――。
「【掌前の虚空に風よ集いて渦を巻け、疾く疾く逆巻き、その身を巨大な盾と化せ】!!」
第二の防壁を展開。直ぐに炎の盾を突破した守護者が透明な盾の前に足を止めた。しかし【風属性初級】タグで使える風の威力など高が知れている。これは二つの意味を持つただの時間稼ぎに過ぎない。
「うらああああ!!」
「御座るぁぁぁ!!」
「きゃるるるる~ん☆」
その一つ目の意味、仲間が到着するまでの時間稼ぎ。
出遅れたウィントたちが駆け付けてきた。『拘束』の意味を持つ【氷のルーン】の力を乗せた声音を張り上げて、守護者の憎悪値を引き付ける。
『……ァォォ!!』
全身鎧骸骨は自身に迫る攻撃を認識し、行動の優先順位をその撃退に移した。
「…………」
そして俺はその間。
――――ジッと、『観察』をしていた。




