夏休み
限界だった。とにかく限界だった。
30歳。
大抵の人たちは何らかの区切りを感じる時。
私もそうだった。
折からの不況のあおりを受けて就職氷河期と言われたあの頃に大学を卒業した私は、フリーターになるしかなかった。
正社員並とはいかないまでも週5日のパート勤務。年中無休という営業形態から盆も正月もなくとにかく働いた。
時給が特にいいわけでもないから貯金もそんなに出来ない。だからパラサイトシングルと言われながらも実家に居続けるしかなくて。
このままでは私将来どうなるのだろうと、ずっと、不安だった。
30歳を目前にして、勤務先の店長が換わった。私よりも年下で、本当に頼りなくって、イライラさせられることばかりで・・・。
時期が来たな、と思った。
転職雑誌をバッグに入れて私の再チャレンジが始まった。
30歳になると年齢制限に引っかかる会社が案外あるんだ、と自分の年齢を改めて認識させられたりした。
数社受けて何とか採用が決まり、長く勤めたパート先をやめ、新しい仕事が始まった。
未来が少し明るくなったかのような気がした。
_そんな気がしただけだった。
なんだか合わないなと初めから感じてた。
でも、この歳になるとそんなに仕事が選べるわけもないから、そのうち慣れるだろうと思おうとしていた。
がんばった、と思う。
いままでとは全くの異業種。知らないこと、わからないことばかりで戸惑うことも沢山あったけれど、なんとかやっていこうと必死になった。
その日の朝のことはよく覚えていない。気が付いたらベッドの上だった。
職場で私は倒れてしまったらしい。そういえばこの所食欲がなかったような気がしていた。
会社からの連絡を聞いて慌てて病院に駆けつけた母は、ただの疲労だと聞いて安心した、とこぼした。
点滴を打って2、3日もゆっくりしていれば大丈夫ですよ、と医者は言った。
確かに体はしばらく休むと楽になった。
でも、大丈夫じゃないのは、私の心だった。
仕事、やめたい。
私がポツリとつぶやくと、母は驚いた顔を一瞬見せて、
いいよ。
微妙な笑顔だった。
ちょっともったいないけど、あんたの方が大事だから。言いながら子供の時のように抱きしめてくれた。
力強い、でも優しい、母の久しぶりの腕の中だった。
仕事をやめてからしばらくして、元のパート先の後輩から手紙が来た。
この間送ったメールの返事だと書いてあった。
電子の時代に手紙なんて年賀状以外では本当に久しぶりで、なんだかこそばゆいものを感じながらも続きを読み進めた。
倒れたと聞いたこと。もう平気かなどの体調への気遣いから始まったその手紙は、こう続いた。
_ゆっくり休養してくださいね。
がんばり屋さんの先輩のことだから、今頃またあせっているのかもしれないけど。
無理しないで、ゆっくりしてください。大人になってから始めての夏休みなんですから。
また遊びに来てください。みんな待ってますよ。
夏休み・・・。
体の力がふっと抜けた気がした。
そういえば大学を卒業してからずっと長期休暇なんてなかった。
少し懐かしい響き。急に蝉の鳴き声が耳の奥によみがえる。
ねえ、お母さん。夏休みの自由研究何にしようか?
突然言った私に、母はおかしな顔と共に首をかしげた。
「自由研究」
これからの自分の人生について考える(仮題)