前編
部屋の中央に派手な装飾の施された玉座があり、一人の男が座っている。玉座に座るにふさわしい地位の男ーー国王である。
「国王様、このままでは魔王の手が我が国に伸びるのも問題でしょう」
「そうか……それは問題だな」
ある日、大臣が重々しく告げた言葉に国王は眉を潜めた。年は二十代後半。二年半前に病死した前国王の後任である。彼はまだ若いながら人々のためにできることを考え、そのために動いてきた。若さ故に不安を感じる国民もいないわけではないが、その人柄自体は評価されているらしい。
魔王、とは最近現れた悪の存在。それが現れてからというもの魔物が現れ、人々を苦しめている。
「はい。早急に手を打つのがよろしいかと思います」
「勇者、というものはいないのか? かつて世界が闇に包まれようとした時、一人の勇者が光の力で闇を封じたと聞くが……」
「それがいないんです。勇者を募る看板はあちこちにありますが、名乗りを挙げるものがいません」
「なぜだ? 勇者といえば人々の憧れ。ヒーローではないか。中には嫌がる息子を無理やり勇者にしようとした勇者マニアの父親もいるときくのに……」
国王が椅子から立ち上がると、真っ赤なマントーー国王の証で、王家の印の刺繍入りであるーーがひらりとした。彼は窓から外を眺める。雲に覆われ太陽の見えない空。地上を見下ろせば街が見える。人がまるで小石のように行ったり来たりしている。
「最近の人間は安全主義で、人に頼りきりなのです。助かりたい、しかし危険な目にあいたくはない。そう思い自ら動こうとはしません」
「そうか……」
黒いカラスが群れをなして飛ぶ空を見上げ、国王は考える。
「勇者にふさわしい存在はいないのか?」
「……わかりません。中にはいるのかもしれませんが、何しろ主張しないので」
カラスのあざ笑うような鳴き声が響く。聞いているだけで不快になる。国王は室内に目を戻す。大臣は困ったように俯いている。
国王はふと思い出したように言った。
「……そういえば街には勇者の子孫が住んでいたな。そいつはどうなんだ?」
「はい。勇者の第一候補ということですでに調べてあります。しかし、どこにいるのかは分かりません」
「何? どういうことだ?」
国王が聞くが大臣はすぐには答えなかった。再度国王が質問すれば、大臣は重々しく口を開く。
「……『無理やり勇者にされたら大変だ!』彼はそう叫び、姿をくらましたようです」
「…なんだと? しかし勇者の子孫が魔王を倒す、それはよくある話だろう?」
「だからこそ、逃げたんでしょう」
大臣はため息をつく。
「そうか……しかし彼に勇者となってもらうしかないな。よし、捜そう!」
「はい。では早速兵の準備をーー」
「いや、私が行く」
大臣の言葉を聞き終える前に国王は断言した。
「え!?」
大臣が目を丸くした状態で顔をあげる。
「こんな重要なこと、他の人に任せるわけにはいかないだろう」
国王は自室に入るとタンスに近寄り中を開けた。動きやすそうな服はなかっただろうか。さすがに国王といった格好はまずいだろう。そしてその場で、マントを外し、丁寧にたたんでタンスにしまった。そのあと大臣のいる場所に戻る。




