3 巫女の資格
「うへぁぁぁ……」
アーノルドの案内で辿り着いたのは、シンプルではあるが質の良さそうな品をあつらえた寝室だった。
部屋の中央には天蓋付きのベッドが鎮座しており、その中央に恵がうつ伏せになって寝転がる。
「お疲れなのは解るけど、制服しわくちゃになるよ?恵。」
「んむ……良いよぉ、アイロンかけるもん。今は寝たい……」
「この世界にアイロンあるのかなぁ……こら、せめて靴は脱いで…あ、いや脱がなくて良いのかな?……フットスロー付いてないからやっぱダメ。」
膝を曲げて足裏を天井に向けた恵に苦笑して、踵の磨り減ったローファーを引っこ抜く。
「せめてスカートとブレザーは脱ぎなよ、もう。」
「やだぁ、棗ちゃんのえっちー……ぐぅ。」
「はいはい、えっちえっち。」
棗は手馴れた様子で恵を仰向けに転がし、脇腹辺りを探る。
じ、と音を立ててジッパーを下ろすと、恵が腰を上げるので、するりとスカートを抜き取った。
「きゃーん恥ずかしー!」
「学校指定の短パンが恥ずかしいなら、体育の度に恥ずかしい思いするってことだよねぇ。」
何度か巻き上げてある紺色のジャージの裾をクルクルと下ろすのも忘れない。
ブレザーは自分で脱いだようで、ブラウスとジャージというアンバランスな格好の恵が出来上がる。
「棗は脱がないの?」
「アンタの制服片付けたらね。」
部屋の隅に、コート掛けを見つける。
ブレザーはそこに掛ければ良いとして、スカートは同じく部屋の隅に置かれた籠へと畳んで放り込む。
「……それにしても、どうしたもんかなぁ。」
「何が?」
「何がって、現状のことに決まってるでしょうが。」
げんじょう、とオウム返しの恵に呆れ顔を贈り、棗はベッド脇のソファに腰掛けた。
「まず、帰れないんだから元の世界の事を考えるのはやめにする。」
「あう……パパママとか、学校とか、心配してるかなぁ…」
「無事を伝える手段が無いか聞いてみるのもアリだとは思うけど、望みは薄そうだよねぇ。」
暗い声で呟きながら、棗は頬杖を付く。
ベッドの上で起き上がった恵と顔を合わせて、同時に溜息を吐いた。
「……でも、良いや。」
「何が?」
「棗、居るし。異世界とか、花嫁とかよく解んないけど、棗が居るから、良いや。何とかなるよね!」
「……アンタねぇ…」
締りの無い笑顔を向けてくる恵に、思わず苦笑が漏れる。
「言っておくけど、私が居たところで現状打破なんて出来ないからね?このままじゃ恵はあのいけ好かない金髪のお嫁さん、私は……異物だって言ってたし、悪くて殺される、良くて追放か監禁じゃないかなぁ。」
「それなんだけどさ!」
はい、と元気良く恵が手を上げる。
「何?」
「棗が異物って言うのが良く解んないんだよね。」
「いや、だから要するに、黒髪黒目の【鏡の巫女】を召喚したのに、黒髪じゃない私が召喚されたから異物なんでしょ?」
いやいやいや、と恵が納得行かない様子で首を横に振る。
「何言ってんのさ、棗だって【元は黒髪】でしょ!」
二人で過ごすには少々広すぎる部屋に、沈黙が走る。
「……いや、そりゃそうなんだけど。」
「高校入る直前に「今しかないよね」とか訳わかんないこと言って髪の毛染めたじゃん?その前は完全真っ黒の髪だったくせに!」
「あーうん、若気の至りって言うか、入学時に「地毛です」って言っちゃったから今更戻せないって言うか……」
勢いを付けて恵が立ち上がり、棗の前に立つ。
「だから、棗も資格はあると思うんだよね!」
「いや、無いと……」
恵の両手が、棗の顔を挟む。
背まで伸ばした薄茶の髪をやや乱暴な手付きで纏め上げ、首筋を露にした。
「……ほら、やっぱり。棗、こんな所に痣なんて無かったよね!」
「……う、っそ…」
やだぁ、と顔を顰める棗とは対照的に、恵は満面の笑みで「一蓮托生」とばかりに親指を立てて見せた。