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お酒が飲めないので婚約破棄だそうです。では、一口だけ……

作者: 胡渡
掲載日:2026/10/20

酒は飲んでも呑まれるな

アルコホール王国。

この国では、建国の頃より創世の女神を崇めている。

女神は大層なお酒好きとされており、年に一度の豊穣祭では、女神への捧げものとして酒を献上するのだ。


アルコホール王国では、二十歳になると初めて公の場で酒を飲むことが許される。

そのため、豊穣祭は成人の儀も兼ねた一大行事となっていた。


今年の王宮晩餐会は、例年以上の盛り上がりを見せている。

来年の結婚を控えた王太子シャンペインと、その婚約者であるオランジェ・ザフト侯爵令嬢が、揃って成人を迎えたからだ。

貴賓席に座る二人は、時折顔を寄せて笑い合っており、大変仲睦まじい様子だった。


様子がおかしくなったのは、晩餐会も中盤に差し掛かった頃だった。

酒で顔を赤くしたシャンペインは、オランジェが一口も飲んでいないことに気付いたのだ。


「なんだ、オランジェ。一口も飲んでいないではないか!」

「ええ、わたくしはお酒が少し苦手なもので……」

「なにぃ!? 酒をこよなく愛する女神の国に生まれた民のくせに、酒が苦手だと!?」


王太子の声はよく通り、広い会場の端まで響き渡ってしまった。

参加者たちは何事かと振り返る。

視線が集まる中で、オランジェは少し恥ずかしそうにうつむいていた。


多くの若者たちは、成人を迎える前に自分がどれくらい酒を飲めるか調べる。

専門の医師が立ち会う中、少量の酒を飲むのだ。

規定量を問題なく飲むことができれば、金の盃をかたどったバッジが与えられる。

一方、規定量に達する前に気分が悪くなったり、一口も受け付けられなかったりした場合は、銀の盃のバッジが与えられる。

銀のバッジをつけている者には、酒を勧めてはいけない決まりである。


オランジェのドレスの胸元には、銀のバッジが輝いていた。

王太子であるシャンペインは当然その決まりを知っているはずなのに、構わずオランジェに絡み始めた。


「せっかくの祝いの席を、君は台無しにするのか!?」

「いいえ。嬉しく思っております。ですが、わたくし、お酒は……」

「この私の勧める酒が飲めないというのか!」

「いえ、そういうわけでは……」


このシャンペイン、普段は品行方正な青年なのに、酒を口にすると途端に豹変する。

いわゆる、絡み酒だった。


「殿下、ほら、今は晩餐会を楽しみましょう」

「酒が飲めない奴が楽しめるか!」

「わたくしは十分楽しんでおりますよ」

「嘘をつくな!」


酒好きの女神を崇める国の王族として、酒の席で醜態を晒すのは恥である。

オランジェはそれをよく心得ていたため、なんとかシャンペインを宥めようとした。

普段は理性的な青年だけに、話せば分かってくれると思っていたのだ。


しかし。

二十歳になったばかりで、飲酒経験のないオランジェは知らなかった。

酔っ払いを理屈で宥めようとするのは、実質不可能だということを。

むしろ、抑えようとすればするほど、興奮してしまうということを。


「ええい、うるさいうるさい!! 私の酒が飲めないなら、婚約破棄だ!!」

「なっ……!」


思わず肩を跳ねさせるオランジェ。

何故、晩餐会で酒が飲めないだけで婚約破棄となるのか。

銀のバッジをつけている者が酒を断るのは、非礼に当たらない。

つまり、彼女には一切の非がないはずなのだ。


話が飛躍するのも、突拍子もないことを口走るのも、酔っ払いの定番だ。

けれど、オランジェにはそれが分からない。

故に、大真面目に受け取ってしまったのである。


オランジェは迷った。

晩餐会に参加する前、父であるザフト侯爵からも強く言われていた。

誰に、どれほど勧められても、絶対に酒を飲んではならない、と。

検査の時のことはよく覚えていないが、父からは『淑女らしくなくなる』と聞いている。

しかし、ここで断り続けて王太子の不興を買い、本当に婚約破棄されてしまっては一大事だ。


それに何より、オランジェはシャンペインを心から慕っていた。

来年の結婚式を指折り数えて楽しみにしていたのだ。

愛する彼と別れるなんて、絶対に嫌だった。

父の言いつけを破ることになるが、ここで自分が頑張りさえすれば、彼との結婚を守れる。


オランジェは覚悟を決め、配られていた果実酒を口にした。

……彼女の記憶はそこで途切れている。




ここから先は、会場にいた複数の貴族や使用人たちから集めた証言をもとに、書き起こしたものである。

多少の誇張表現も混じっている可能性があるが、会場のほとんどの者が酒を口にしていた点を考慮していただきたい。




果実酒を一口飲んだオランジェは、がくりと項垂れて脱力した。

突然動きを止めた彼女に、シャンペインは驚いて少し冷静になった。


「……オ、オランジェ?」


一体どうしたことかと、シャンペインは両手を伸ばし、彼女の肩に触れようとした。

その瞬間、伸ばした両手首をがっしりと掴まれた。

息を飲んだシャンペインの目の前で、ゆぅっくりと顔を上げるオランジェ。


その顔は、笑っていた。まるで口が耳まで裂けているかのように、大きく。


普通、淑女が人前で大口を開けることはない。

歯を見せるのははしたないとされており、扇で口元を隠して控えめに微笑むのが常識である。

だというのに、王太子の婚約者として、誰もが憧れる淑女であったはずのオランジェが。

がっぱりと大きく口を開いて笑っているのである。

目はまん丸に見開かれ、その瞳には淀んだ光が宿っていた。


「……オランジェ……?」

「ひひっ」


恐る恐る問いかけたシャンペインへの返事は、開かれた口から洩れる引きつった音。

それが笑い声だとシャンペインが気付いたのは、彼女が全身を震わせながら、彼をがくがくと揺さぶり始めた時だった。


「ひひっ! ひひひひひひ!! ひゃははははは! あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「オ、オランジェー!? オランジェ、しっかりしろ! どうしたんだ一体!!」


揺さぶられながら、シャンペインは必死にオランジェに呼びかける。

酔いは既に吹っ飛び、あまりの怖さに半泣きだった。


騒ぎを聞きつけたのは、オランジェの父、ザフト侯爵である。

親族席に座っていた彼は、娘の奇妙な笑い声を耳にするや、椅子を蹴る勢いですっ飛んできた。


「殿下!! どうされました!!」

「こ、こ、こ、侯爵! 助けてくれ! オランジェがおかしくなった!!」

「……これは……」


シャンペインの両肩を掴んで揺さぶりながら、あひゃあひゃと奇声を発する娘を見て、侯爵は真っ青になった。

そして、オランジェの席に置かれた果実酒のグラスに目を留め、事態を悟った。


「殿下、まさか酒を飲ませたのですか! 娘は銀のバッジをつけていたでしょう!!」

「ひ、一口! だけだ!! 折角の! 祝いの! 席で! 酒を、飲めないのは、おか、しいと!!」


揺さぶられているせいで、途切れ途切れになるシャンペインの言葉。

しかし、正確に聞き取った侯爵は額に手を当てた。


「……娘は、度数の低い酒でも一口飲めば、正気を失うほど酔ってしまう体質なのです。つまり、『こう』なるんです。立会人の検査の時は、私が振り回されました」

「それを! さきに! 言って! ほしかった! ぉぉぉぅぇ、気持ちわるぅぅ! やめてぇぇぇ!」


酒を飲んだ状態で揺さぶられ続け、悪酔いし始めるシャンペイン。

しかし、こうなった娘を正気に戻す術はない。


「幸いにも、オランジェは元々穏やかな性格なので、暴力行為や暴言を吐くようなことはありません。ただひたすらに、ちょっと気持ち悪い声で笑い続けるだけですので」

「これは、ぼうりょくじゃ、ないのか、うっぷ」


これ以上揺さぶられ続けたら、口から虹色の滝を出現させてしまう。

王族としての沽券に関わるので、シャンペインは必死にオランジェの腕をほどいた。

解放されたオランジェは、置き去りにされた子どものような寂しげな顔をした。

間近で見てしまったシャンペインの良心が痛んだ。


……のは、一瞬のことだった。


「オラン、ジェええええええええ!?」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!! ひーぃひひひひひひひひひ!!」


シャンペインが手を伸ばしかけた、その瞬間。オランジェは彼の胴にがっしりと抱きついた。

そこからまた盛大に笑い声をあげながら、ガタガタと体を揺さぶり始めた。


ところで、王太子の婚約者ともなると、ある程度は自分で身を守れるように護身術を身につけさせられる。

オランジェは指導係の騎士団長からも、筋が良いとお墨付きをもらうほどだった。

そんな彼女が、酒で理性を失ったまま、無防備な腹に全力で抱きついたらどうなるか。


「ば、バケツ! バケツ、持ってきて! 誰か!! ぐ、ぐえぇ!」

「で、殿下ー!!」

「オランジェ! 殿下から離れなさい! 早く!」


助けを求めるシャンペインに駆け寄る侍従や使用人たち。

婚約者の胴に全力で抱きつき、意図せず締め技を決めている娘を、ザフト侯爵は必死に引き剥がそうとする。

晩餐会は貴賓席を中心として一時騒然としたが、鍛えられた貴族たちは敢えてそちらを見ないように振る舞っていた。


こうやって酒を飲んで乱れた者は、アルコホール王国では『女神が降りた』と言われる。

豊穣祭で献上された種々様々な酒を飲み干し、酩酊状態になった女神がうっかり人間の体に乗り移った……ということにして、無礼講にするのだ。


ほとんどの参加者は、悲鳴と笑い声を華麗に聞き流し、何事もなかったかのように晩餐会を楽しんでいた。




翌日、オランジェは軽い二日酔いに苦しんでいた。

昨夜の記憶は一切なく、父から己の醜態を聞かされて真っ青になった。

もはや婚約破棄は避けられないと覚悟し、シャンペインに謝罪したが、彼の反応は意外なものだった。


「いや、私が悪かった。銀のバッジをつけていた君に、無理やり酒を勧めたのだからな……」


シャンペインはさり気なく胴をさすりつつ気まずそうに目を伏せ、それから深々と頭を下げた。


「婚約破棄の件も撤回させてほしい。君が許してくれるなら、だが」


オランジェはしばらく彼を見つめた後、困ったように微笑んだ。


「……では、今後はお酒を勧めないと約束してくださいませ」

「もちろんだ! 女神に誓って!」


その返答があまりにも早かったので、オランジェは少し不思議に思ったという。


翌年、無事に結婚した二人の祝宴が開かれたが、彼女の席にだけは、決して酒が置かれなかった。


ちなみに、己の酒癖の悪さを思い知ったシャンペインも、あの一件以来、酒はほどほどにしている。

何しろ、愛する妻に再び『女神が降りる』など、たまったものではないのだから。



了

アルコホール = アルコール

シャンペイン = シャンパン

オランジェ = オレンジ

ザフト = ジュース


お酒は楽しく飲みましょう


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言っても聞かないんなら身体でわからせる。当然の帰結よね
王子はアルハラを深く反省なさい。
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