転校生は頼めばやらせてくれる
この町では、朝の見回りは日課だった。
通学路のあぜ道。
田んぼの縁に、小さな札がいくつも立っている。
――接触注意。
誰もが知っている。
見つけたら、迷わず処理する。
それが、この町の普通だ。
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ユウは自転車を降りた。
水路の影、草の根元。
小さな緑色のものが、かすかに動いている。
指先ほどの大きさ。
まだ形の定まらない、不完全な存在。
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(……ごめん)
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木の棒を握り直した、そのとき。
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「やめて」
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声がした。
振り向く。
見たことのない少女が立っていた。
金色のツインテール。
白いブラウスに赤いリボン。
この町には似合わないくらい、整っている。
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少女は、ユウではなく足元を見ていた。
ゆっくりとしゃがみ込む。
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「かわいそう」
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その言葉に、ユウは思わず声を上げる。
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「触るなって。危ないんだよ」
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少女は、少しだけユウを見る。
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「……うん」
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それだけ言って、また目を落とす。
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ユウは一歩踏み出した。
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「見たくないなら、目閉じてろ」
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振り下ろす。
ぐしゃり、と小さな音がした。
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風が、稲を揺らす。
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「……終わった」
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振り返る。
少女は、じっとこちらを見ていた。
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「優しいんだね」
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そう言って、少しだけ笑った。
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「ちゃんと、守ろうとしてる」
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ユウは言葉に詰まる。
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少女は立ち上がる。
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「私、今日からここに通うの」
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「ミオ」
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その名前が、やけに残る。
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「一緒に行ってもいい?」
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「……ああ」
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二人で、あぜ道を歩き出す。
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ミオは、すぐにクラスに馴染んだ。
話す相手は絶えない。
笑い声の中心にいる。
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でも。
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どこが、とは言えない。
ただ、少しだけ違和感が残る。
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ある日、噂が流れた。
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――あの子、頼めばやらせてくれるらしい。
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ユウには、信じられなかった。
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———
放課後。
人のいないあぜ道。
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「……そのさ」
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「変な噂、あるだろ」
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「うん」
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「ほんとなのか?」
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ミオは、少しだけ考える。
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「そんなことしないよ」
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それだけだった。
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少し間を置いて、
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「でも」
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「お願いされたら、困るよね」
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風が止む。
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ユウは立ち止まる。
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ミオが振り返る。
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何も言わない。
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ただ、見ている。
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少しだけ首を傾ける。
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ユウの視線が落ちる。
唇。
それから、首元。
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「……お願い」
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声が出る。
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「……キス、していい?」
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「うん」
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触れる。
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柔らかい。
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でも、それだけだった。
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ユウは離れる。
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「……もう一個、いい?」
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ミオは一瞬だけユウを見る。
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「うん」
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「……噛んでいい?」
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静かになる。
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「いいよ」
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「君の好きなところ、どこでも」
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ユウの視線が落ちる。
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そこが、正しい気がした。
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歯が触れる。
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その瞬間。
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ミオの身体が、ほんのわずかに止まる。
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でも、何も言わない。
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ユウは、そのまま深く噛みついた。
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血の味。
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ミオの手が、そっとユウの肩に触れる。
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「……うん」
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帰り道。
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ユウは、一人で歩いていた。
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喉が、熱い。
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音が、やけにはっきり聞こえる。
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(……なんだよ、これ)
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あぜ道の端で、
小さな緑色のものが、かすかに動いていた。
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ミオは、しゃがみ込む。
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「……かわいそう」
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指先が、近づく。
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そのとき。
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「触るなって!」
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声がした。
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ミオは、振り向く。
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少しだけ、目を細める。
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風が、草を揺らす。
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(終)




