第六話
宿の部屋は、思ったよりも静かだった。
外の喧騒が嘘みたいに、木の扉一枚で遮られている。
簡素なベッドが二つと、小さな机。それだけの部屋。
日課の瞑想を2人とも終え、
「……はぁ」
思わずため息が盛れる僕。
「なに?つかれた?」
向かいのベッドに腰を下ろしながら、姉さんが笑う。
「そりゃあね。結局、冒険者ギルド行けなかったし」
「だって初めての王都よ?」
悪びれた様子もなく、昼間の楽しかった記憶をなぞるように指を折る。
「服屋に、武具屋に、レストランに……」
「……雑貨屋」
「そうそう!」
そう言って、嬉しそうに腕を見せた。
そこには、少し古びたブレスレット。
「やっぱり買ったんだ」
「格安だったし!掘り出し物かもしれないじゃない?」
「姉さんらしいな……」
もう一度、小さく息を吐く。
「まあいいや。明日は朝イチで行こう。今度こそ」
「了解」
姉さんはくすっと笑って、ベッドにごろんと寝転がった。
少し間が空いてから、昼間のことが頭をよぎる。
「……そういえばさ」
「ん?」
「街では魔力を結構抑えないとダメみたいだね、」
姉さんは天井を見たまま、少し考えるように間を置いた。
「ああ……昼間のこと?」
「うん」
街ではしゃぐ姉さんを追いかけていた時、
すれ違った冒険者に言われた一言。
――魔力抑えてくれ!魔獣かと思ったじゃねぇか!
「あの人……魔力が、すごく薄かった」
「そうね。ほとんど感じないくらいだったわ」
「でもさ僕たちも、かなり抑えてたよね?」
「ええ。普段からね。」
「なんで、あそこまで抑えられるんだろう」
「慣れ、なのかしらね」
姉さんはそう言って、肩をすくめる。
「王都の冒険者だし魔力の扱いにもなれてるんじゃない?」
「うん……」
しばしの沈黙の後、
「ま、考えても仕方ないか」
「そうね。明日は明日」
そう言って、目を閉じた。
「明日は冒険者ギルド。寝坊しないでよ?」
「姉さんこそね」
灯りを落とす。
ーーーーーーーーー
朝の光が、カーテンの隙間から部屋に差し込んでいた。
「……ん」
目を開けると、もう外は明るい。
「姉さん、起きてる?」
「……起きてるわよ……たぶん……」
隣のベッドから、もぞもぞと動く気配と一緒に、眠そうな声が返ってきた。
「たぶんって……」
「だって王都の朝って、空気が違うのよ……なんかこう……」
「理由になってないよ」
そんなやり取りをしながら、身支度を整える。
昨日の反省もあって、今日は寄り道しない――はずだ。
宿を出ると、朝の王都はもう動き始めていた。
商人の呼び声、パンの焼ける匂い、石畳を行き交う足音。
「……まずはギルドだからね。」
「わかってるわよっ」
姉さんはそう言いながらも、視線があちこちに泳いでいる。
(……大丈夫かな)
少し不安になりつつ、僕は地図を確認した。
「中央区だよ。ここから真っ直ぐ」
「了解!」
……返事はいい。
通りを抜けるとひときわ人の出入りが多い建物が見えてきた。
掲示板に貼られた無数の依頼書。
武器を背負った人たちの姿。
「……あれ、だよね」
「間違いないわね」
冒険者ギルド。
思っていたよりも大きくて、――賑やかだった。
扉を押し開けると、空気が一気に変わる。
笑い声、酒の匂い、金属が触れ合う音。
強そうな人もいれば、眠そうな人もいる。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
「すごい……!」
姉さんは、もう目を輝かせている。
「ねえ見て!あの人の剣、すごく大きい!」
「……姉さん、まずは受付」
「分かってるってば!」
……本当に?
人の流れをかき分けながら、カウンターへ向かう。
そこにいたのは――
柔らかな雰囲気の女性だった。
落ち着いた色の制服に身を包み、
書類を整えながら、こちらに気づいて顔を上げる。
「次の方どうぞ……」
穏やかな声。
一瞬、視線が僕と姉さんを行き来して、
にこりと微笑んだ。
「お二人ですね。冒険者登録でしょうか?」
「はい」
そう答えると、彼女は少しだけ安心したように頷いた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。
私は受付担当のメレナです。」
(……優しそうな人だ)
そう思ったのが、第一印象だった。
姉さんも、すぐに反応する。
「よろしくお願いします!」
元気よく頭を下げる姉さんに、メレナさんはくすっと笑った。
「では、まずは登録の流れをご説明しますね」
そう言って、カウンターの下に手を伸ばす。
……が。
「あれ?」
何も出てこない。
「あ、少々お待ちください……!」
ぱたぱたと奥に引っ込んでいく背中を見送りながら、
僕は小さく思った。
(……仕事はできそうだけど、ちょっとだけ抜けてる人かも)
姉さんが、こっそり耳打ちしてくる。
「優しそうな人ね」
「うん。……姉さん、暴れないでね」
「失礼ね!ちゃんと大人しくするわよ!」
……信用していいんだろうか。
そんなことを考えていると、
メレナさんが透明な結晶を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました。
こちらが、冒険者登録に必要な測定用の結晶です」
そうして――
僕たちの冒険者としての第一歩が、ようやく始まろうとしていた。




