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誰かいる

 オレの名前は「曰野ひらびの 三和みさわ」。26歳で予備校の講師をやっている。現在過去未来がともに穏やかであるように、という意味が込められている。


 子どもの頃はよく、蜻蛉取りをしていた。ある年の夏休み、弟は高熱を出したが、人としてこれ以上出てはいけないレベルまで発熱し、痙攣を起こした。病院に行ったかどうかまでは覚えていないが、虫籠いっぱいに詰め込まれた蜻蛉のことだけはよく覚えている。その後「蜻蛉の背中には仏様が乗っている」と言われていることを知った。それからオレも弟も蜻蛉取りをしなくなった。

 

 それから何度か夏が過ぎ、母が亡くなった。新盆には、座敷の中央に線香をあげられるような簡易な盆棚が置かれた。押し入れにあった座布団を敷き、襖と縁側のガラス戸を開け放った。森から聞こえてくるミンミン蝉の声が夏の暑さを感じさせていた。


みんなが帰った後、カナカナ蝉の声を聞いていると、すっとオニヤンマが入って来た。家の中をぐるり旋回して去っていく。次の年も、そのまた次の年も、毎年毎年オニヤンマはやって来た。母さんは、あの背中に乗せてもらっているのだろうか・・・。


 え・・・だれかいる・・・!


 ふいに視線を感じ、思わず水滴のついた麦茶のコップをじっと見つめた。背後の様子が写って見えないかと思ったのだ。当然、見えなかった。


 ・・・だれ・・・か・・・いた!

 

 盆棚の前に敷かれた座布団にちょこんとお座りしていたのは、一匹の猫だった。ピンと背筋を伸ばし、丁寧に前足を揃えてお座りをし、じっと遺影を見つめていた。


「たまこばあちゃんのところの猫さん?」

母さんは若くして亡くなったから、80歳になる「たまこばあちゃん」は大層嘆いていたけど。


「この前、たまこばあちゃんも来てくれたんだよ」

「・・・」


まさかね。

「か・・・母さん・・・?」

「・・・にゃあ・・・」

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