オレの名前
学生時代、新学期が嫌いだった。決まって正しく記名されていなかったり名前を呼ばれなかったりするからだ。小中高大と一度も正しく呼ばれたことがない。このときほど「田中くん」や「佐藤さん」を羨ましく思ったことはない。どうしても正しく呼ばれないから、教室のあちらこちらからクスクスと笑う声が聞こえる。それもセットで嫌いだった。
社会人になってからは、読みにくいからこそ逆に覚えてもらえるようにはなった。とは言え、別にオレはこの名前が嫌いじゃあない。むしろ気に入っている。
オレの名前は「ひらびの みさわ」。26歳で予備校の講師をやっている。漢字で書くと「曰野 三和」。
お日様の日ではなく、「孔子がおっしゃることには」という意味の「子曰く」の「曰」。お日様の「日」の真ん中の棒は両端にくっついているけれど、オレの「曰」は真ん中の棒の左側がつながっていない。名前の「三和」もこれで「みさわ」と呼ばせる。
ちなみにオレは、母さんにとって2回目の出産で産まれてきた子どもだ。「美和」と書いて「みさわ」。調和のとれた美しい人生であれ、と名付けられる予定だった「美和」は母さんのお腹の中ですくすくと育つことはなかった。そしてオレは、現在過去未来がともに穏やかであるように、と「三和」と名付けられた。




