高原の田畑
「一面の麦畑ですね!」
明くる日。飛空艇アイオロスは、ポイントCに着陸していた。
ここは高原ながら田畑が存在する。なぜこんな標高の高い地帯にあるのかは不明だ。
それどころか、この周辺はいわゆる【未踏領域】として知られる地域で、人っ子一人いないはずなのだ。なのになぜか、丁寧に手入れされた田畑がある。
「いったい誰が世話しているの?」
エレノアも不思議そうに景色を見渡す。本当に謎の多いポイントだ。
「さぁ? 神か妖精か、はたまた幽霊か……」
「怖いこと言わないでよ」
エレノアって、目に見えないものが怖いタイプなのか。
「きっとルーライ様の起こされた奇蹟の痕跡なのでしょう!」
「そんな伝説があるの?」
「はい! 使徒ルーライ様は、地上に下りられて最初、飢えた民のために穀物を生やして配ったと言われています」
セレスティアが得意げに語る。そういえばそんな伝説を聞いたことがある。
「へぇ。ここの麦やコメ、常時収穫期だし、確かにそんな聖なる力が関係してそうだね」
「えぇ……クロード、信じるの?」
「別に信じたっていいだろ。他に説明つかないんだし」
「いや、クロードって、そういう世迷言苦手なタイプかと思ってた」
「ロマンのある話が好きなだけだよ」
「もう! エレノアさん! 人の宗教を世迷言呼ばわりしないで下さい!」
「あ、ごめん。セレスティアが元聖女だってこと、すっかり忘れてた」
確かに。俺も忘れかけていた。それだけ馴染んでいるということなのだろう。
「コンバインあるから、出してくるね」
「コンバイン?」
「なんのことでしょう?」
俺は飛空艇の倉庫に入り、収穫作業用のコンバインに乗り込んだ。そのまま飛空艇のハッチから走り出て、麦を刈り取っていく。
「な……見たことのない機械ですね」
「こんな手早く収穫作業ができたら、農業に革命が起こるんじゃない?」
セレスティアとエレノアは驚いている。
俺も初めて設計図を見たときは驚いた。こんなアイデアを思い描ける奴がいるなんて思わなかった。かつての俺の友……ヒナビは、それくらいやってのける天才発明家だった。
つまり、俺は【蔵造り】の異能で、設計図に書かれた発明品を形にしているだけ。この飛空艇アイオロスもそうだ。ヒナビの書いた図面を基に組み上げた。
「革命ねぇ」
俺はコンバインから下りて答える。
「奴は本当に技術革命をいくつか起こしただろうな。生きてさえいれば」
「ん? 何の話?」
「いや、なんでもない」
次いで俺たちは水田にも降り立ち、コメの収穫を終えた。どうせ三日後にはまた通るのだから、そんなに慌てて大量に刈り取る必要はない。三日分の主食が手に入ればいい。
「すごい。これだけの量を刈り取ったのに、全然時間がかかってない!」
「……これを地上の国々にも導入すれば、多くの貧民が助かるのでは?」
セレスティアは相変わらずの博愛主義ぶりだ。
「前も言ったけど、そういう慈善活動は無しね?」
「うぅ、すみません」
セレスティアはすぐに引き下がったが、根っからの聖女なのだろう。納得はしていないようだ。
「さて、昼飯にしよう」
船内には脱穀と洗米、炊飯を一挙にしてくれる発明品もある。それに稲穂をぶち込み、俺たちはリビングで待機していた。
「東方のコメって、どうやって食べるの? 麦ならパンだけど」
「水に浸して蒸すんだよ。炊くとも言うね。塩気のあるものと食べると美味いぞ? そろそろ出来たかな?」
「えっ、そんな早くできるの?」
驚くエレノアを尻目に、俺はお釜を開けた。稲穂の投入口からお釜まで、一気通貫で調理してくれる。実に優れた発明品だ。俺は炊きたてのご飯を三人分、茶碗に盛り付け並べる。
「はい、味噌汁もある」
俺は備蓄品にあった味噌汁の素をお湯で戻し、テーブルに並べた。傭兵一族の天離家では、こんな携帯食料もいくつか開発されていた。出奔のとき、大量に拝借しておいて良かったな。
「味噌汁……聞いたことがないわね」
「茶色い汁のようですね……」
二人とも初見か。よし。東方の和食文化を広める時だな。
「いただきます!」
「オルド様の慧眼に……」
「聖使徒ルーライ様の……」
皆いつもの挨拶をして、食事にありついた。二人とも挨拶が長いので、最後まで聞くのはやめにした。
「ほぉ、これはまた……」
「食べたことのない味です!」
微妙な反応だな。
「え、それって美味しいってこと?」
俺はおそるおそる訊く。
「そうに決まってるでしょ!」
「もちろんです!」
良かった。これでとりあえず、和食の布教には成功だな。
「ところで、麦の調理は出来ないのですか?」
「パン作りもできるぞ? せっかく収穫したんだし、明日にでもやってみるか!」
「おぉ、楽しみ! 戦場では焼き立てのパンなんてまず食べられなかったから」
「私も……総本山が陥落してからというものの、まともなパンを食べられていません……」
皆苦労してきたようだな。かくいう俺も、三日間飯抜き・徹夜ということも戦場で経験したことがある。
だったら空の上でくらい、贅沢しても罰は当たらないだろう。




