二人目の同乗者
ルーライ教はイザニコス派、ハプルーン派、オヴェスタ派の三つに分裂し、大陸の各国はそれぞれを奉じて戦争を始めた。
厄介なことに、海を挟んで東側の和国にも、戦火は伝播してきた。傭兵一家のうちも、どの分派に協力するかで揉めたのだ。結果、血縁同士で殺し合う羽目になった。
俺はそんな諍いも、大陸で起きているという戦争も嫌になった。
だから飛空艇を錬成し、浮かべて旅を始めた。
うちは異能一家だ。特殊な地形効果を付与した建物や道具を錬成できる、【蔵造り】の異能を皆持っている。俺は飛空艇の図面も見たことがあったので、この飛空艇アイオロスも簡単に錬成できた。
それからとある同乗者が一人増え、さらに今日、ルーライ教のトップ、巌の聖女を迎えて今に至るというわけだ。
「エレノア。帰ったぞ。聖女様だ」
さっそくエレノアに聖女様を会わせると、エレノアはコタツでくつろいでいた。
「あー、どうも。オレイン皇国元騎士団長、エレノア・アイレスフォードです。以後よろしく」
なんとも気の抜けた挨拶だ。冬に入ってからというものの、エレノアは完全にこたつむり化している。東方のコタツ文化など教えるんじゃなかったか?
「元聖女のセレスティア・ヴァルグレアです。以後、よろしくお願いいたします」
「よろしくー」
エレノアはそう言い残して眠り始めた。
「あの、皇国のエレノアさんって、あの【剣聖】と恐れられた方ですよね?」
セレスティアは困惑しながら問うてくる。
「あぁ、そうだな。ただ、ここんとこ戦乱続きで疲れたみたいだから、匿ってやったんだよ」
「へ、へぇ……」
セレスティアは明らかに俺を怪しんでいる。そりゃあそうだ。剣聖様を篭絡するなんて、どんな手を使ったんだと思われても仕方ない。
「まぁ、エレノアも最初は意固地になってたんだけど、コタツの魅力には抗えなかったみたいでさ。なんやかんやでここに住むことになったってわけ」
「は、話の繋がりが見えません!」
「……だよね。まぁ知らなくていいこともあるよ。今が楽しければ過去なんてなんでもいいしね」
「は、はぁ……」
セレスティアにとっては分からないことだらけだろうから、全部分かってもらうのはだいぶ先になるだろう。それでもいい。深い事情など知り合わなくても、戦乱の世から逃れられるのならいいじゃないか。
「はー、あったまるー」
エレノアは湯呑を手に取り、そんなことを呟く。
「いや、一日中入ってるんだから、あったまるも何もないでしょ。少しは……っ!」
刹那、エレノアは凄い勢いで湯呑を投げつけた。中からは俺が淹れてやったお茶がこぼれる……かと思いきや、得体の知れない青色の粘液が流れ落ちた。
「敵襲か」
「危うく飲み込むところだったじゃん。侵入を許しちゃったね、クロード。意外と抜けてるんだね」
エレノアは得意げにそんな嫌味を言ってくる。
「別に、この程度のスライム一匹、侵入されても問題ないだろ」
「どうかな?」
すると、みるみるうちに粘液の塊は巨大化していき、重装備の騎士と化した。
「ルーライ教会聖八武天の一角、スライム族のルリア・サブライムか」
俺は敵の名を確信し、当ててみせる。
「よく分かったな。東方にまで我が武勇は轟いているか」
ルリアは得意げに鼻を鳴らす。スライムに鼻などないはず。おそらく、今まで取り込んだ人間の身体を再構築しているのだろう。
「あぁ、轟いてるよ。便利な死体処理係がいるってね」
「口が減らないな。天離蔵人」
「その名は捨てたんだよねー」
次の瞬間には、エレノアの一閃がルリアの首を落としていた。だが、スライムはコアを破壊しなければ死なない。寧ろ、無駄に斬りつければ粘液で刀身が腐食してしまう。
「エレノア。何度も斬るとせっかくの名剣が台無しだよ?」
「分かってる。次は一撃で仕留めるから!」
「止めてください!」
すると、元聖女セレスティアが割り込んだ。
「ルリア殿は私の近衛兵です! きっと私の身を案じて追って来てくださったのです! どうか見逃してあげてください!」
涙ながらに訴えるセレスティアを見て心が痛むが、ここは真実を伝えてやらないといけない。
「あのねぇ、セレスティア。こいつは君を殺しに来てるよ。さっきも言った通り、君が死んで喜ぶ連中は多いからね」
「そんな……嘘ですよね、ルリア殿?」
「元聖女セレスティアどの。自ら地位を捨て、賊の仲間になったことで、あなたを殺す大義が手に入りました」
「へぇ、それって種族のため? 大した愛国心だこと」
「私はスライム族の利益のためなら、かつての主君を裏切ることも辞さない!」
「そ。何にせよ、俺の飛空艇の中での狼藉は許さないから。蔵造り――【一夜城】」
すかさず俺は床に穴を開け、ルリアを落とした。自分の作った建造物だ。穴を生成するくらいできる。ルリアは粘液の触手でどうにか絡みついているが、無駄なことだ。
「君を中心に城型の蔵を錬成した。周囲の木々はその材料となるだろうね」
周囲の森から巻き上げた木々や土砂、岩が引き寄せられていき、ルリアを中心に城を汲み上げていく。即席の要塞を作るための基本的な技だが、こうして敵を閉じ込め拘束することもできる。
「じゃあね。またのリベンジお待ちしてます。もっとも、その城から出られればだけど」
「くそ! 解放しろ! この!」
もがくルリアの声はくぐもっていき、やがて聞こえなくなった。真下の森に城が落ちる音がし、敵の排除は完了した。
「くっ、またしてもクロードに手柄を取られた!」
「しょうがないよ。だってエレノア、弱いもん」
「くっ、覚えてなよ!」
エレノアはそんな捨て台詞を吐いてコタツに潜り込んだ。
「す、すごい。ここまでのクラフトスキルをお持ちだなんて!」
「まぁ。俺一族の中でも結構強かったから……でも残念だったね。信頼していた部下に裏切られて」
セレスティアの表情は一瞬翳ったが、すぐに笑顔を取り戻した。
「逆に吹っ切れました。もう私、ここで第二の人生を送ります!」
覚悟を決めたようだな。無理なら暫くしてから降ろすつもりだったが、これなら大丈夫そうだ。
三人住まいとなっても、飛空艇にまだ余裕はある。
それにこの感じ……なんか家族みたいでいいな。
俺の実家は派閥争いで地獄と化してしまった。だからか、仮初とはいえ、こういう関係性は温かい。
これから楽しくなりそうだ。




