かつての友
飛空艇の甲板から下り、いつものリビングに戻ると、俺は倉庫へと皆を案内した。それも倉庫のさらに奥。普段は堅く閉ざされていた「開かずの間」。
だが今夜くらいは、開け放つときだろう。
「――入りなよ。ここが俺の……いや、『俺たち』の原点だ」
エレノア、セレスティア、フレアの三人が、おそるおそる足を踏み入れる。
そこは、宝物庫でも武器庫でもなかった。いわば研究室か?
壁一面に貼られた、無数の設計図。机の上に散乱する、古びた製図道具と、書きかけのメモ。
「クロードさん、これは……?」
「俺の古いダチの持ち物だよ。名を、鄙火という」
俺はこみあげる懐かしさを隠しつつ、机の上の設計図を指先でなぞった。
「俺は昔、天離家で『死刻の蔵人』なんて呼ばれる、薄汚い殺し屋だった。……だが、鄙火は違った。一族で唯一、人を殺す術じゃなく、人を幸せにする機械を作ることに命を燃やしていた天才発明家だ」
クロードの指が、設計図に描かれた『浮遊機関』の文字の上で止まる。俺には構造を把握するだけで精一杯。正直、これでなぜ飛空艇が飛ぶのかは理解不能だ。思えば、これが飛空艇アイオロスの原点だったよな。
大陸で祀られている風の神、アイオロス。外国文化かぶれのアイツらしいネーミングだ。
「あいつはいつも言ってたよ。『地面の上はしがらみが多くて息苦しい。だから蔵人、いつか俺の設計した城で、空へ逃げようぜ』ってな」
エレノアが、ぽつりと呟く。
「じゃあ、この飛空艇は……その鄙火って人が?」
「ああ。設計したのはあいつだ。……だが、あいつはここにはいない」
俺が言うと、その場の空気が冷たく張り詰めた。
「早い話、一族の内紛だよ。俺はこれでも天才【蔵使い】でね。一族でも強い方だった。でも、途中で戦場が嫌になったんだよ。エレノアたちと同じようにね」
思い返せば、地獄のような日々だった。
大陸での争乱に駆り出されては人を殺しまくり、好きでもない異名や欲しくもない武勲だけが積み重なっていった。
「では、まさか……」
セレスティアがおそるおそる言葉を紡ぐ。だが続く言葉は言い出せないようだ。
「そのまさかだよ。天離家当主、天離虚空蔵は、何としても俺を兵士として利用しようとした。そして鄙火は、俺を従わせるための人質に取られ……あいつは、俺の足枷になることを拒んで、自らその喉を突いた」
皆が息を呑む音が重なる。俺は淡々と語っているつもりだったが、握った拳は微かに震えていた。
「最期にな、あいつは笑って言ったんだ。『生きろ。俺たちの夢を、お前が形にしてくれ』ってね」
それが、最強の術士だった俺が戦場を捨て、出奔した理由。ただの怠惰や逃避ではない。皆はそう思っていたのかもしれないが。
この空飛ぶ要塞は、亡き友の墓標であり、彼との約束を守り続けるための、巨大な記念碑だ。
「あ、なんか重い話になっちゃったね。とにかく、スカイ・ピアッサーで狙われてる以上、この飛空艇は放棄するから。引っ越し準備、よろしくねー」
そうとだけ言い残し、俺は甲板へと戻った。
俺は、アイオロスの設計図の前に立つと、ポケットから酒瓶を取り出し、二つのグラスに注いだ。一つを設計図の隣に。もう一つを手に持ち、誰もいない空間へ乾杯するように掲げる。
「鄙火。お前が見たがってた空の上は、自由で快適そのものだ」
窓の外には、満天の星空と、静寂なる雲海が広がっている。かつて二人が泥まみれの屋敷で見上げた、憧れの世界がそこにある。
「血も流れないし、誰に縛られることもない。……ただ」
クロードは苦笑し、グラスの酒を一気に煽った。喉を焼く酒精と共に、押し殺していた本音を吐き出す。
「隣にお前が居てくれれば、文句無しだったんだけどな」
静寂が落ちる。だが、それは重苦しいものではなかった。不思議と安心感が勝る。
見ると、セレスティアが俺の隣に並び、同じ星空を見上げていた。
「……クロードさん。鄙火様は、いません。ですが」
続いて、フレアが、エレノアが、俺の周りに集まる。
「私たちがいます。この城は、もう貴方一人だけの場所ではありません」
セレスティア……優しいな。俺が作りたかったのは、ただこうして互いに思いやりを持てる、平和な空間だったのかもしれない。平和な世界など俺には作れない。だが、俺たち四人だけの平和なら、守れる気がした。
「……そうだね。こういう賑やかでゆるい空間、なかなか悪くない」
空に浮かぶ孤独な城は、いつしか「家」になっていた。鄙火と過ごした地獄では、まずありえなかった安穏空間。それがここだ。
俺たちは自由が欲しかったのと同じだけ、安心できる空間が欲しかったのではないだろうか? 今はそう思う。だよな? 鄙火?
俺は空になったグラスを置き、振り返る。
「よし、湿っぽい話は終わり。今日も全力でぬくぬくしよう。皆、夜食の準備手伝って」
「はい、喜んで!」
セレスティアが駆けていき、皆も後に続く。
さて、これから忙しくなりそうだ。




