飛空艇を狙う者
「クロード、なんかいる。船の前方」
ポイントAを超えた直後、エレノアが警告してきた。船の前方って、空中に何かいるってことか? ここは鳥が飛ぶような標高でもないんだがな。聖八武天が一角、ガルーダ族のなんちゃら、とかだったら面倒だな。セレスティアを巡ってまた戦闘になりそうだし。
「って、あれは……人!?」
前方に浮かんでいたのは、緑の豪奢な装束に身を包んだ男だった。見た目からして、魔術師か。フードを深く被っているので顔はよく見えない。
それにしても、飛行魔術が使える人間なんて、かなり限られているんだがな。
俺は甲板に出て直接話すことにした。
「飛行魔法が使えるということは、カルネス王国のカサンドラ・ホーンブレア? それともイドラ帝国のアンドレア・ズルツァー? それか聖八武天に鳥人の奴なんていたかなぁ?」
「口が減らないな。【死刻の蔵人】」
相手はそうとだけ返してきた。失礼な奴だな。にしても、俺の通り名を当ててみせるとは、昔から戦場に出ていた人物なのか?
「私はオレイン皇国皇帝陛下に仕える魔術師シド。皇帝陛下は、軍事戦略上の拠点として、この飛空艇をご所望だ。すぐに明け渡せば臣下に加えてやる」
「皇帝陛下? あぁ、エルデレイトか。相変わらず強欲だね」
俺が煽ると、案の定シドとやらは怒りを露わにした。
「貴様、陛下の名を軽々しく呼び捨てにするな!」
「ごめんて。で、この飛空艇を明け渡せだって? 嫌だと言ったら?」
「撃ち落とす。飛空艇はこの戦乱の世において、軍事上重大な脅威になりえるからな」
「なるほど。じゃあどうぞ撃ち落とせば? できればの話だけど」
俺はこうなったときの策も用意しておいたので、強気の態度に出てみる。
「なんだと? 貴様、命が惜しくはないのか?」
「俺はかつて【死刻の蔵人】と呼ばれた男だよ? 今さら命なんて惜しくはないさ。いつ死んでもいい覚悟で戦場に出てたんだから」
ま、実際は命を捨てるつもりなんてないけどな。
「そうか。命が惜しくないか。では、お仲間の命はどうかな?」
振り返ると、エレノアとフレアが甲板に出てきていた。
「仲間の命? もっとどうでもいいね。彼女らはただの居候。都合が悪くなれば追い出すだけさ」
「この外道めが。それでハッタリを利かせたつもりか?」
「ハッタリかどうか、試してみるか?」
俺は少し魔力を解放してみた。すると以外にも、シドは怯んだようだ。
「くっ、相変わらずバケモノじみた魔力だ」
そうでもないと思うけどな。
「クロードに手を出せば、私たちが黙ってないよ!」
フレアも強気の口調で息巻く。
「シド……なんでこんなことを……?」
対してエレノアは弱腰だ。もしかして、シドとかいう奴と知り合いなのか? そういえばエレノアはオレイン皇国の最終兵器と呼ばれていたし、知り合いでもおかしくはないか。
「剣聖エレノアどの! どうか帰国してください! 皇帝陛下のお怒りも、今なら収まります。皇国には、まだあなたの力が必要なのです!」
熱烈な勧誘だな。忘れてたけど、エレノア、地上では結構強い方なのか。
「い、いやです。私は、ただ初代剣聖オルド様の至った武術の極致に至りたいだけ。もう戦場には戻りません」
すると、またしてもシドは態度を豹変させ、激昂した。
「貴様! 剣聖など戦うための地位であろうが! 戦って、皇帝陛下のお役に立つこと! それ以外のお前の存在価値などあるというのか!」
「うるさいな。エレノアの存在価値をお前が決めるなよ」
さすがにイラっとしたので、俺は口をはさんだ。
「別に人間誰しも、他人の役に立つために生きてるわけじゃないでしょ。生まれて、生きて、死ぬ。その三段階があるだけだよ」
「この享楽主義者が!」
「なんとでも言いな? 俺たちは戦場に用はない。ただひたすら、空の上で惰眠を貪るだけ。強いて言うなら、それが俺たちの存在価値だ」
「ゴミどもが!」
死山血河を築くしか能のない奴が、なんか言ってるな。
俺のクラフトスキルの方が、よっぽど有益な代物を築いていると思うのだが。
「我らが皇国の対空兵器、【スカイ・ピアッサー】が三日後、お前たちを撃ち落とす。航路を変更しても無駄だぞ? 常に監視しているからな!」
などと言い残して、シドとかいう奴は帰ってしまった。
面倒ごとが増えたな。
「仕方がない。飛空艇は一旦放棄だね。ほとぼりが冷めたらまた造ればいいし」
「でも、これだけの超技術、また狙われるんじゃ……」
フレアの指摘ももっともだ。何か別の乗り物にしとくか?
「クロードさん、教えてください。飛空艇なんて超技術、どうやって再現したんですか? 大陸各国でもまだ研究途上の技術です」
「確かに。クロード、戦場から引退してから、何があって飛空艇の主になったの?」
セレスティアとエレノアがそれぞれ疑念を表明する。
そうなるか。皇国に狙われるだけの超技術ではあるんだからな。
そろそろ、皆にもちゃんと説明する時が来たか。
「ちゃんと話すよ、ついて来て」
俺は、皆を船内へと誘導した。




